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鋼鎚使いの無能神官  作者: しらぬい
第1章 流嵐の王都編
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EP 15 魔の森の依頼




 図書館を訪れた翌日、依頼を受けようと“星屑の燐光(シュテルン・グリッター)”に来ていた俺は掲示板に張り出された紙を見上げ、その場で立ち尽くしていた。


「Bランク以下の冒険者は魔の森周辺に進入禁止、だと……?」


 Cランクの掲示板にはでかでかと張り紙が貼られており、依頼書は普段よりも圧倒的に少なくなっていた。Bランク以下の掲示板も同じである。

 対するAランク掲示板には馬鹿みたいに張り紙がされており、先ほどからひっきりなしに冒険者とギルド員とがカウンターと掲示板の前を行き来していた。その依頼書のほとんどが魔の森に関するものである。

 昨日の俺の予想は確かに当たっていた。魔物が活発化すれば依頼は増える。事実、その通りになりはしたものの、まさかランク制限を課されるとは思ってはいなかった。


「おい、あんた。こりゃ一体どういうことだよ」


 近くをぱたぱたと通るギルド員を呼び止め、この事態の説明を求める。ギルド員は少し眉を寄せたが、手に持っていた書類を持ち直してすぐに説明を始めた。


「どうもこうも…魔の森の付近にダークオーガやデル・スキュラなどのAランク相当の魔物が現れ始めたんです。おかげでBランク以下の冒険者には仕事が頼めないですから、仕事が回らなくて大変ですヨ!」


 ギルド員はそう言って口を尖らせると、一礼してすぐに来た時と同じようにぱたぱたと去っていった。 

 俺は呆気にとられたまま何もできず、去っていったギルド員の後を見つめる。


 Aランク相当といえば、一匹いるだけで街はほぼ壊滅状態、村ならものの数時間で消滅させるほどの力を持つ。

 その戦闘力は並々ならず、下のランクとは一線を画している。Aランクの冒険者同士がパーティを組んでようやく倒せるといった具合なのだ。Cランクの冒険者など挑んだところで話にならない。

 だからこそギルド側は周辺地域に立ち入り禁止を課しているのだ。基本的に冒険者ランクに見合わない魔物の討伐をギルドでは推奨していない。


 だが、そんな奴らはほとんど姿を見ない。当たり前だ、そんなものがこの辺をうようよしていようものならとっくの昔にヴィーゼ王国は壊滅している。年に数回見れば多い方である。大半はダンジョンや森などの奥地でひっそりと生きており、滅多に外界へと出てくることはない。


 さて、どうしたものか。Aランク相当の魔物が出ているというのなら、無闇に森の方面へ出向くのも危険だろう。ならこの付近の依頼を受けるのがいいか。

 改めて掲示板を見上げる。相変わらずそこに貼られている依頼書は少ない。その中からどれを選ぼうかとうんうんと唸っていると、ポンと誰かに肩を叩かれた。


「よう、何ギルド員と話してたんだい」


 後ろからかけられる声に振り向けば、そこにいたのはジョッキを片手にニヤニヤと笑う壮年の女性。ばっさりと短く切られている茶髪の髪は粗野に崩され、切れ長の瞳が愉快なものでも見るように細まっている。口元には今にも吹き出しそうと言わんばかりにプルプルと震え、頬はほんのりと赤く色づいている。

 彼女の着ている鎧の隙間からちらりと見える締まった体と、その重さを微塵も感じさせない佇まいは彼女の持つ実力を感じさせるが、締まりのない表情のせいでそれも台無しだ。


「ヴェルナか、相変わらず酒ばっかり飲んでるな」


 ヴェルナ、それが彼女の名である。もっとも、いつも酒ばかり飲んでいることから皆からは“酒飲みのヴェルナ”と呼ばれているが。


「まぁねぇ。酒なしであたしに生きてけなんてそりゃ無理なもんさぁ!」


 何が面白いのか、この酔っ払いはあっはっはと豪快に笑いながらばしんと空いた手で俺の背中をバシンと叩いた。なんとか踏みとどまり、仕返しとばかりに軽く肩を小突く。


「それで、なぁんでギルド員と話してたんだい。もしかして…ツケを払えって言われたのかい?」

「あんたじゃあるまいしそんなことするか! 魔の森の封鎖について聞いてたんだよ」

「そういやぁAランク相当が出たんだってねぇ。おかげであたしも狩り出されて大変だったよ」


 ヴェルナはやれやれといった感じで言い、ジョッキの中身を一息で胃の中へと流し込んだ。ぷはぁ!と飲みきった彼女の口元には白い髭ができている。

 俺が自分の口元をちょんちょんと指してやると、彼女はぐしぐしと荒っぽく泡の髭を拭い取った。


「あたしが狩ったのは小型のシルフェンブルーノだったけど、ブリザードホークを狩ってるやつもいたよ」

「ブリザードホークだと!? あれは北の地方しか出ないって話だろう!」


 彼女の言ったどちらもがAランク相当の魔物だ。前者は風を扱う蜥蜴の魔物で、後者は氷を操る鷹の魔物だ。しかし、どちらも魔の森で目撃された情報はなく、また後者に至ってはそもそもヴィーゼ王国で目撃された情報はない。元々気温の低い地方に生息する魔物のため、温暖な気候のヴィーゼ王国には生息していないのだ。

 ましてや南に位置する魔の森は本来の生息地から遠くかけ離れている。だからこそ彼女の言うことが信じられない。


「とは言ってもね、いたのはいたんだからしょうがない。それがどういう理由でこっちに移って来たかは知らないけどねぇ」

「そうか…。妙な話だな」

「ホントだよ、どうにも最近きな臭くていけない。どこかの誰かがこんなことを仕組んだんだとすれば、胸糞悪くて酒も不味くなるってもんさ」


 彼女はごそごそと懐から酒ビンを取り出し、その中身を一気に(あお)った。まだ飲むのか、この呑兵衛は。

 ふぅと吐く息に酒臭さが混じり、俺は顔を(しか)めた。


「あんたにも依頼の誘いをかけようかと思ったけど、そんな状態じゃ出られそうにないな」

「悪いけど今日のあたしはもう働く気はないよ。流石に3体もAランク相当と戦わせられりゃ疲れるわ」


 彼女は首を回してポキポキと鳴らし、これ以上動く気はないと告げる。


「それに、ぴったりの相手がちょうど来たみたいじゃないか」

「は?」


 彼女はくっと親指を入口の方に指す。訝しげにそちらを見ると、丁度ギルドに見慣れたブロンドの髪の少女が入ってくるところだった。

 彼女はきょろきょろと辺りを見渡し、そして俺がいるのに気付くときょとんとした顔になる。


「……なんでわかったんだ」


 俺の言葉に対し、ヴェルナはただの勘だと告げてくるりと踵を返した。


「頼むなら彼女に頼んでみたらどうだい? ま、君の頼みなら引き受けてくれるだろうさ」


 彼女はひらひらと手を振って去っていったかと思うとふとぴたりと歩みを止め、半分だけ顔をこちらに向けた。そうして、そういえばと言葉を始め。


「どの魔物にも奇妙な紋があったねぇ。君が知りたいことかどうかは知らないけど、一応伝えておくよ」


 そう言い残すと、今度こそ本当に去っていった。




§




 ヴェルナと入れ替わりにひょこひょこと近づいてきたのはルイーナだった。彼女は先日と同じように腰に二振りの双剣を提げ、軽鎧を身に纏い、照明の光を浴びて(にぶ)く輝く頑丈そうな小手をはめている。


「無事退院できたみたいだね、アレン」


 彼女は俺の無事を祝うように優しく微笑んだ。


「おかげさまでな。それなりに日を置いたが無事復帰だ」


 その笑みに応えるようにニッと笑ってみせる。もう怪我もないぞと腕をぐるぐる回してアピールすると、彼女は心の底からほっとしたような安堵の表情を浮かべた。


「それよりルイーナはここに何か用か? 依頼を受けるつもりなら大した依頼はないからやめておいたほうがいいぞ」


 不思議そうな表情をする彼女に俺が事の顛末を説明してやると、彼女は大きくその目を見開いた。


「Aランク相当!? 魔の森に? そんなこと…」

「残念ながら事実だ。さっき知り合いにも会ったが、既に何匹か狩り終えてきた後らしい」

「……そっか、道理で近頃ずっと精霊が騒いでるわけだ」


 彼女は納得したように頷く。彼女にも思うところはあったらしく、あっさりと話を飲み込んだ。


 しかし、いつも鍛冶屋にいる彼女が度々ここに顔を出すのも珍しい。この前の依頼で取ることができなかった翠光(すいこう)石を改めて取りに行くつもりだったのだろうか? そうだとすれば運がない。彼女もAランクではないから森に立ち入ることはできないだろう。

 依頼を出してもいいが今は依頼がAランクになるため、普通に依頼するよりも何倍の値段もかかる。ここで無理に依頼するのも得策ではない。

 俺の視線に気づいてその意図を察したか、彼女は目の前で小さく手を振った。


「今日は別件だよ。この前の翠光(すいこう)石は別のルートで手に入ったんだけど、そのせいでお金がなくなっちゃってね」


 はぁ、と彼女はため息を吐く。余程金がかかったらしく、しょんぼりとした彼女の表情にはどこか哀愁が感じられる。


「おかげで注文はこなせたけど、次の武器を作るための素材を買うお金が無くなっちゃってね…。だから依頼を受けて手持ちを増やそうかと思ったんだけど…」


 そう思い、彼女がギルドへと来た結果がこの有様である。


「そうか、それは間が悪かったな」

「そうだね、本当に間が悪い」


 二人揃って肩を落とす。ないものはいくらねだってもないのだから仕方ない。

 やることもなく、ギルドを後にしようとしたまさにその時、Bランクの掲示板に慌ただしく駆け寄るギルド員の姿が目に入る。

 彼は走ったせいでずれ落ちた眼鏡の位置を直すと、真ん中の辺りに手に持っている書類を張り付け、カウンターの方へと戻っていった。その時、彼を目で追っていた冒険者たちが僅かにざわめきが広がった。


 横に立つ彼女を確認する。彼女も俺を見上げ、こくりと頷く。

 以心伝心。俺と彼女は言葉を交わすことなく、逸る歩みを抑え、掲示板の元へ。

 彼が貼ったのは新たな依頼書だ。カノーネ南門付近の魔物の掃討、それがこの依頼の達成目的である。

 参加人数は四人まで。報酬は金貨一二枚、一人当たり金貨三枚と破格の報酬だ。


 一も二もなく俺と彼女は依頼の受付に駆け寄り――


「「あの依頼、受注させてもらう(よ)!!」」


 掲示板に貼ってある依頼書を指さしながら、興奮した声でギルド員に詰め寄った。周囲の冒険者も怪訝そうに声の主である俺たちを視線を向ける。

 受付嬢は目元をひくひくとさせ、半ば引き気味に口を開く。


「……お二人で?」


 俺たちは躊躇(ためら)うことなく、鼻息も荒く縦に首を振るのだった。

来週は院試のため、更新は土日までお休みさせてもらいます。


11/8 依頼受注可能人数と報酬の調整をしました。


2018/10/14 タイトルを修正しました。

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