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鋼鎚使いの無能神官  作者: しらぬい
第1章 流嵐の王都編
16/45

EP 14 大厄災の伝説

2018/10/14 タイトルを修正しました。




 しんと静まり返っただだっ広い空間。時折響くぱらりぱらりと本をめくる音が、まるで正確な時計のようである。

 無駄に長い大机には俺と同じように調べ物をしにきた人や、学生らしき少年少女たちが一心不乱に本を読み耽っていた。積み重ねられた本は魔法理論に歴史書etc…。近々試験でもあるのだろうか、その顔は鬼気迫るものがある。


 ここは王都カノーネが誇る王国一の大図書館。スぺシエル大図書館だ。

 その蔵書たるや3万冊を超える。魔法使い初心者ご用達の『大魔女シエラの製薬初心者講座♪』から主婦の皆さんに大人気の料理本『天才料理人バルゴーの料理秘術』、果ては各国歴史書に大禁呪解体新書(だいきんじゅかいたいしんしょ)と、その種類は多岐にわたる。

 故に毎年、世界中から多くの人がここを訪れる。最早カノーネの観光名所といっても過言ではないだろう。


 ふわふわと頭上を本を持った妖精たちが通り過ぎていく。ここでは本の管理に妖精も一役買っている。本を元の所に戻したり、読みたい本を取ってきてもらえたりするのだ。もっとも、彼らに持てるものでなければ自分が取りに行くことになる。

 一匹の妖精がぶんぶんと一生懸命に羽根を震わせて重い本を支えたまま飛んでいく。……あ、墜落した。

 近くを通った職員が困った顔で妖精と本を拾い上げ、本棚の向こうに消えていった。

 

 ぐっと大きく伸びをする。ぱきぱきと小気味良い音が背中から聞こえ、俺はふぅと息を吐いた。

 俺の近くには歴史書が山ほど積み上げられ、近くを通る利用者は何事かと不思議そうに本の山を二度見していた。





 俺が治療院に入院してから完治するまでに3日が必要だった。その間、ずっと治療院内で絶対安静だったのだから暇なことこの上ない。

 毎日ルイーナとリリアーナが見舞いには来てくれたから多少は気が紛れたが、それでも有り余った時間をどうしたものかとベッドに横になっては考えていたものだ。

 傷が完治したとはいえ、翌日からすぐに依頼なんぞ受ければ閉じた傷も開きかねない。そう思った俺は様子見も兼ねて一日はゆっくりしようと思い、もののついでとばかりに図書館を訪れたのだ。


 ――手がかりなし……か。

 わざわざ図書館にまで来て歴史書を紐解いているのはリベリオンに何か関係したことがないかどうかを調べるためだ。

 同じ名を持つ過去の堕神を追っていけば何か掴めるかもしれないと思ったが、どうやら無駄に終わりそうである。


 ふぅとため息にも似た一息を吐き、本の塔が一つ分また高さが増えた。

 新たに本を手繰り寄せ、目的のページを開く。


 どの歴史書にも大抵は同じことが書いてある。





 曰く、遥か昔リベリオンなる堕神あり。人、それを“大災厄”と呼ぶ。

 天に日昇れば人を(しい)し、(ひだ)かりし時数多(あまた)の命を喰らう。

 暇を見扱(みあつか)わば森を焼き払い、大地を火の海に変え、彼の者の機嫌損ずれば海は割れ、空は凍りつく。

 彼の者嗤(わら)わば雷鳴が轟き、大雨や降りける。

 悪逆の限りを尽くし、この世全てを手玉に取らん。

 人、これに立ち向かうもなす術なし。幾人もの命、彼の者の前に散りにけり。

 されど、彼の者勇なる者に敗れ、その力を8つに分けられん。

 一つは火なる国、全てを飲みし灼熱の海の底

 一つは風なる国、人を惑わし魔の魔窟(まくつ)

 一つは土なる国、大地に開きし虚空の闇

 一つは雷なる国、青き光走る空の下

 一つは水なる国、永久に閉ざされし氷の森

 一つは幻なる国、時を忘れし光の中

 一つは闇なる国、黄泉(よみ)に至りし夜の道

 かくして事無き世来たりけり。





 本の読みすぎのせいで痛む額を抑え、開いていた本を閉じる。

 要は暴れていた神様がいて、それが勇者によって倒されて力を分散させられて封印されたよ、と書かれているだけなのだ。それが本当かどうかもわからない勇者一行の冒険譚(ぼうけんたん)と共に延々と綴られているのだから、めまいも起こそう。

 本によっては昔出たであろう被害や、それによって生まれている現在の地形とも絡めて考察をしているものもある。


 だが、いずれの話でも首飾りの話は出てこない。影も形も見当たらぬあたり、実は“大災厄”とは何の因果もなくただそう名付けられただけという線も出始めていた。


 次の本を手に取り、開こうとした時ふっと本に暗い影が落ちた。

 誰だと顔を顰めながら、その主を見上げようと顔を上げて――


「あら、アレンったら珍しいモノ読んでるわね」

「……なんでここにいるのさ」


 悪戯っぽく笑う師匠と鉢合わせしたのだった。




§




 場所を変え、やってきたのは大図書館内にある談話スペース。本に読み飽きたり、一区切り入れるために設けられている場所である。大著書館内は基本的に大声での私語は禁止だ。しかし、ここならそんなことに気兼ねすることなく話をすることができる。

 適当な席に腰かけ、ついでに持ってきた何冊かの本を静かに机に積み重ねた。


「歴史書に魔法学…。あれ? これって女性用のアクセサリー特集じゃない。…ふぅん、アレンってば宝石にも興味あるの?」

「断じてない。分かってる癖にからかうようなこと言わないでくれ」


 意地悪そうにごめんごめん、と笑う向かい側の師匠。赤色基調の相変わらずド派手な神官服である。


「それで、何か分かった?」

「いや、まったくだ。調べても首飾りの事なんか一言も出て来やしない。最早関係がないんじゃないかとまで思い始めたよ」

「そう…。こっちも古代動力装置(アーティファクト)の一覧を見てみたけど登録されていなかったわ。完全に未発見のものみたい」


 『聖法協会』は古代動力装置(アーティファクト)の回収も仕事の一つだ。過去に回収されたものは記録として協会に残っており師匠はそれを調べてくれていたらしい。


「やれやれ、ゴールは遠いな」

「分かりきってたことだから気にしてないわ。それよりアレン、あなた近々南の方へ出ることはある?」


 カノーネから南…、そう言われて俺は頭の中で地図を広げてみる。

 王都から出てずっと南へと進んでいけば、数日前に訪れたばかりの魔の森がある。そこから更に先へ進めば幾つかの小国を過ぎた後に、ヴィーゼ王国に匹敵するほどの国土を持つハーレーン聖国がある。女神信仰が盛んな宗教国家だとは聞いたことがあるが、訪れたことはないしその予定もない。


「いや、今のところはない。それも依頼次第ではあるが」

「なら丁度良かったかもしれないわね…」


 彼女はガサゴソと懐を探ると、少しよれよれになった書類を机の上に広げた。少々暖かいのが生々しい。

 それはヴィーゼ王国南部における魔物活発化の報告書だった。

 手に取り、文章を追っていく。ところどころ撮影された写真も載っており、そこには魔物の群れと思しき影が映っていた。


「あんたが退院した直後に持って来られた報告書よ。どこから出て湧いてるのかは知らないけど、馬鹿みたいに魔物が出現してる。一応冒険者ギルドや討伐隊の方にも話は回っててかなりの討伐がされてるみたいだけど、きりがないわ」

「……これもやはり黒馬の影響、と考えるべきなのだろうな」

「他に原因が見当たらない限りはその可能性は高いわ」


 であれば、明日から受ける依頼の数は増える可能性はあるな。それはそれで稼げるし、冒険者のランクを上げるチャンスでもある。さしたる問題といえば…。

 考えこんだ俺に師匠はじとっとした視線を向けた。


「どうせあんたのことだから、やったぜ臨時収入だ!とかここでのし上がって女の子にモテモテだーなんて考えてるんじゃないでしょうね」

「前者は図星だが後者にはそこはかとない悪意を感じるぞ!」


 依頼を受けまくってランクを上げようとしてたのは事実だが。

 彼女は眉根を寄せ、むぅと口を尖らせる。とん、とん、と机を指で叩くのは彼女が考え事をしている時の癖でもある。


「……依頼を受けるな、とまでは言わないけどちゃんと誰か連れて行きなさいね。治療院に入院してたばかりなんだから」

「わかってるさ」

「本当に分かってるんでしょうねぇ?」


 彼女の疑いの眼差しが容赦なく俺に突き刺さる。そこまで信用ないか、俺?

 必ず誰か連れて行く、とわざわざ指切りまでしてようやく彼女は納得した。いくら信用できないからといって「嘘ついたら魔法千発喰らわす♪」と言うのは寿命が縮みそうなのでやめてほしい。


「さて、私はそろそろ行くわ」


 そう言って師匠は席を立つ。

 俺との話が終わった彼女は軽く別れを告げると、神官服をはためかせ颯爽と去っていった。談話スペースでくつろいでいた男性の何人かがその後を視線で追っている。


 残された俺はというと、再び本を読む作業に戻ることにした。せめて何かしら手がかりを掴んでおきたいと思う部分もあったのだ。

 身体をよじり、凝り固まっていた筋肉を解す。よし、と気合を入れ直し、一番上にあった本を手に取り適当に表紙をめくる。その適当さが悲劇を生んだ。


 そこにあったのは世界でも大人気の水着特集の雑誌。

 海を背景にしてポーズを決めている写真はさぞ予算のかかったものなのだろうと感じさせる。

 きらきらと光る水飛沫(みずしぶき)。暑い夏にぴったりの麦わら帽子。夏の海といえば、これ!と思うアイテムをふんだんに使い、その魅力を引き出している。

 体にわずかに食い込むそれは、好きなものからすればさぞ興奮物なのだろう。青色を基調にした水着は付けた人間によく映えている。

 その出来は一級品とも言って良い。練りに練られたその写真からはいっそこちらを圧倒させるものがある。



 だが、男だ。



 むきむきマッチョマンがその鍛え上げた肉体を惜しげもなく披露している写真が俺の目に飛び込んできてしまった。

 無駄にこっているのか肉体に付く水滴がきらきらと反射しているのがやたらにリアルで気持ち悪い。片手には麦わら帽子、反対側はこちらに向かってサムズアップ! 白い歯を見せていい笑顔なのがやたら憎らしい。肌は小麦を通り越してもはや焦げているレベルだ。

 モリっと盛り上がった筋肉が太陽の光を受けて黒く輝いていた。青色の水着は鍛え上げた肉体に耐え切れずはちきれんばかりである。


 ――あ、あのアホは…!

 素早く本を閉じ、ダメージを受けた目を抑えそこに置いたであろう犯人に悪態をつく。今頃さぞ悪い顔をしてくすくすと笑っているに違いない。

 今度会ったらどうしてやろうかと画策する。周囲の人間からドン引きした視線を受けながら俺は苦悶の声を漏らすのだった。

前回からかなり投稿が遅れてすみませんでした。これからも卒業研究のため、投稿スパンは長くなりそうです、すみません。

次回投稿日は来週中となっております。



おまけ

“大災厄”伝説 現代語訳版(分からない人のために)


 遥か昔リベリオンという堕神がいたという。人はそれを“大災厄”と呼んだ。

 空に太陽が昇れば人を殺し、腹が減れば多くの命を喰らった。

 暇を持て余せば森を焼き払い、大地を火の海に変え、奴の機嫌を損ねれば海は割れ、空は凍りついた。

 奴が笑えば雷鳴が轟き、大雨が降り続いた。

 悪逆の限りを尽くし、この世の全てを奴は手玉に取った。

 人はこれに立ち向かうが、なす術はない。何人もの命が奴の前に散っていった。

 しかし、奴は勇者に敗れ、その力を8つに分けられた。

 一つは火の国、全てを飲みし灼熱の海の底

 一つは風の国、人を惑わし魔の魔窟

 一つは土の国、大地に開きし虚空の闇

 一つは雷の国、青き光走る空の下

 一つは水の国、永久に閉ざされし氷の森

 一つは幻の国、時を忘れし光の中

 一つは闇の国、黄泉に至りし夜の道

 こうして世界に平和が訪れた。

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