EP 13 リベリオン
「ハーイ、アレンってば元気してる~!」
元気な声と共に勢いよくドアが開け放たれる。俺の師匠のユーノだった。
師匠、治療院では他の患者さんもいるんですからなるべく静かにしてください。
案の定、ドアの向こう側の廊下を通るナースから厳しい視線を向けられていた。向けられている当人はどこ吹く風と全く気にしていない。代わりに俺がお辞儀だけで謝っておく。
「ありゃ? ルイーナちゃんにリリア―ナじゃない。二人ともこんにちは」
「あ、はい、こんにちは」
「相変わらずの自由気ままさね」
リリアーナの指摘にもけたけたと笑うだけ。
寧ろよいこととして受け取ってるんじゃなかろうか? 師匠、それは皮肉ですからね。
俺の見舞い…、ということなのかその手には小さな花束が握られている。
花束を不思議そうに見つめていたのに気付いたのか、師匠は「ああ、これ?」とそれを持ち上げた。
「あんたが治療院に運ばれたって聞いて流石に心配になってね。ガラでもないけど花を買って来たってワケ。どうせその分じゃしばらく動けないでしょうし、部屋を飾るものは必要でしょ?」
本当にガラでもない。花束に何か仕込んでいるんじゃあるまいな。
一抹の疑いを拭いきれずに彼女を見ると、彼女は不満そうに頬を膨らませた。
「ま、まぁまぁアレン。それよりユーノさん、もうお仕事は終わったんですか?」
話題を変えにかかるルイーナ。
さっきまでの不満顔はどこへやら、師匠はぺろっと舌を出していたずらっぽく片目を閉じた。
「ん? リベルに任せて来ちゃった」
哀れ、リベルさん。同情の念が禁じ得ない。
眉間を揉みながら、難しい顔をして執務机で書類を処理している姿がありありと想像できてしまった。
聞いたルイーナもあははと乾いた笑いを浮かべている。リリアーナに至っては協会に向かって手を合わせて祈っていた。
「ふーん、結構酷い怪我ね…」
「うぉわっ!」
師匠は俺に近づいてくると、包帯の上からつつつと傷口をなぞった。痛くはないがむず痒さを感じる。触るなら触ると言ってほしい。
次いでちらっと机の上に置いてあるリベリオンを見ると、師匠は大きくため息を吐いた。
「なぁるほど。アレン、あんたこれ使ったでしょう?」
ぴくりとルイーナの肩が動く。
彼女の視線は不安そうにリベリオンと俺の顔とを行き来していた。
「ああ、使った。使わないと死んでたからな」
「よく体がもったわねぇ。ばらばらになってないのが不思議なくらいよ」
師匠の手がリベリオンに翳される。それはふわりと淡い光を纏うと、以前と同じように青い光を纏っていた。
「まさか封印をかけたその日に破られるとは思わなかったわ。まぁ無事だったからよかったけれど」
やれやれと言った感じで師匠は肩を竦めた。緊急だったんだから仕方ないと意味を込めて鼻を鳴らすと、彼女はくるりとルイーナに向き合った。
「ルイーナちゃんはこれのこと知ってるの?」
「えと、アレンが預かったものだってことくらいです」
「リリアーナは?」
「私は全く」
「そう、じゃあついでに聞いてもらっておいてもいいか」
どこから引っ張り出してきたのか、彼女の手には教師が持つような教鞭が握られていた。
そうして彼女は懐から伊達メガネを取り出すと、すちゃっと装着した。
「どう? このためにわざわざ買ってきたのだけど」
「わぁ、かっこいいです!」
「…………」
反応は三者三様だった。素直に賞讃するルイーナ、どうでもよさそうなリリアーナ、またかと頭を抱える俺。
その眼鏡まさか経費で落としたものではなかろうなと思ったが、彼女にそんなことをしない常識があることを願っておく。俺には彼女のポケットからのぞく協会宛の手切れなんて見えない。
「さて、真面目な話をするわね」
それまでのおちゃらけていた彼女の雰囲気が嘘のように真剣なものに変わる。それにつられて俺たちも姿勢を正す。
「アレンの持ってるこのリベリオンってネックレスだけれど、私なりに調査した結果恐らく古代動力装置の一種だと考えられるわ」
古代動力装置。遥か昔、今の人類がまだ存在していなかった時代に作られたと言われる古代装置のことを言う。古い遺跡からは発掘されることもあるが、大抵は既にエネルギー切れとなって残骸と化したモノが多い。
例を挙げれば、遺跡を守るゴーレムなんかも古代動力装置の一種である。時たま遺跡を守るため、こちらを襲って来たりするのだが、これがまた硬い。しかしそこまで動きは早くないので魔法であっさり破壊できる。物理的な攻撃には非常に強いので、近接戦闘を得意とする人種には厄介なものであろう。
他には魔力を弾丸として打ち出す魔弾銃とか、魔法を無効化する盾だとかがあるのは噂に聞いたことがある。ちなみにいずれも今の技術じゃ再現できないものばかりである。
「古代動力装置の可能性があるってことは回収されるってことですか?」
「まぁその可能性もあるけど、今回はこれを預かっている状態で所有権がアレンにあるわけじゃないから、強制的な回収は無理。おまけにその持ち主たる本人が見つからないんだから回収のしようがないわ」
「ってことはアレンがこれを持ち続けるのは変わらないってことね」
「そういうこと」
その判断はありがたい。こいつを勝手に回収されたら、ただの口約束とはいえ果たせなくなるからな。
「それで機能についてなんだけど…、多分魔力収集じゃないかしら」
すこし自信なさ気に師匠は口にする。
ただ機能が魔力収集という点には首を捻る。これのどこが魔力収集なのか。師匠の部屋で師匠が魔力を注ぎ込んだ時には思いっきり魔法が暴発したし、俺が魔力を注ぎ込んだ時も風が巻き起こった。そのおかげで助かりはしたが。
「師匠、本当に魔力収集なのか? こいつ思いっきり魔力に反発してたと思うんだが」
「うーん、そうなのよねぇ。これ、私の魔力にも反発したし…」
師匠は苦々しい顔でちょんちょんとリベリオンを、手に持っている教鞭で突っついた。こらこら。
「でも、さっき封印をかけた時に気付いたけど明らかにこれの魔力保有量が増えてるわ。皆も感じない?」
魔力量が増えている? 俺たちの魔力には反発していたのだからリベリオンには俺たちの魔力は注ぎ込まれていないはずだ。
ずっと肌身離さず持っていたから、誰かがこっそり魔力を注入したというのも考えられない。だからこそリベリオンの保有魔力量は増えていない。
そう確実な結論を持ってリベリオンの魔力保有量を確かめる。
「……は?」
「確かにこの前に見た時より増えてる。なんで気が付かなかったんだろう…」
増えていた。魔力を感じられるものなら少し集中すれば気が付くほどに、確かにリベリオンには魔力が注ぎ込まれている。
「え、いや、ちょっと待て。じゃあこれはなんの魔力だ?」
俺の魔力でもない、師匠の魔力でもない。俺がずっと持っていたのだから当然第三者の可能性もなし。であれば、どうしてこうなったのか疑問が出るのは当然だった。
「空気中の魔力を吸った…とかかしらね」
リリアーナが可能性の一つを口にする。
確かにその論なら勝手に魔力が増えているのも納得はできる。
「おいおい…、勘弁してくれ。これがそんな危ない代物なのかよ」
空気中の魔力を吸う。魔法を扱う者ならそれがいかに奇想天外なことかが分かる。
少し、魔力について話をしよう。
魔力とは魔法を使うためのエネルギーであり、例えるなら燃料のようなものだ。それは主に生命体のエネルギーから生成され、魔法を使うと同時に体内から空気中へと放出される。それは人間も他の種族も、モンスターとて例外ではない。
生命力を魔力へと転換しているので、生命力が涸れていれば魔力は回復しない。腹が減ってたり、不健康な状態だと魔力は回復しないということだ。
他のエネルギーから魔力への転換が実現したという話は聞いたことがない。昔、大気中のエネルギーから何とか魔力を作り出そうとした試みがあったようだが、それも失敗に終わっている。
無論、無機物にも魔力は存在する。が、たかだか一部に限った話であり、長い年月をかけ何らかの特殊な影響で魔力が沈着したためではないかというのが定説だ。
生命体が魔力を生成し始めたから魔力が存在してるのか、はたまた魔力は元々存在していて、たまたま生命体はそれを生み出すことができたのか、それは確かめようがないのでひとまず今は横に置いておくとする。
魔力用ポーションなんかも、あれは服用者の生命エネルギーを増幅させて魔力の補充を行っているのだ。
それに詳しい薬師曰く、急激な生命エネルギーの増加は人体に危害を及ぼすため、それを消化しようとして魔力が生成されるとのこと。
魔力を直接摂取したとしても、魔力の補給にはならない。それは自身から切り離されたものであるため、体に沈着しないのだ。
例えば、魔力を大量に含んだ空気を吸ったとしても、吸った本人には微塵も魔力は補給されない。術者が魔法を放って放出された魔力を吸っても補給されない。既に自分のものではないと体は判断してシャットアウトするようだ。
だから他人の魔力が自身の身体に渡されたとしてもそれは自分の物になることはない。精々、魔力の流れが変わる程度だ。
魔力の流れが変われば、異常を察知した身体は直ちに元の流れに戻そうとする。結果としてその流れを正すために身体は活性化を始める。
これを利用した魔法として相手の魔力をコントロールする呪魔というものがあったりする。あの黒馬による魔力の淀みはまさにその類だろう。
しかし、推測が正しいとすれば、このネックレスは空気中の、誰が生み出したかもわからない魔力を吸収する機能を持っているのだという。
しかもわずか短時間でだ。
始めが空っぽだとすれば、今リベリオンに宿っている魔力分なら『ヒール』一発は打てる程に補給が行われている。それは実に恐ろしい。
この機構が明らかになれば、あっという間に魔法は浸透する。なぜなら、これを魔導器に組み込めば魔石などいらなくなる。
時間回復で魔法が撃てるようになるということは、武器に転用すれば一定期間ごとに魔法を撃てる恐ろしい兵器が開発できるという意味でもある。
魔石ならば、魔石に含まれる魔力に限界があるためそんなものを開発したところで無駄に魔石を消費するだけだ。だがそれが組み込まれてしまえば、戦争は免れまい。
「もしそれが正しければ国を挙げての争奪戦になるのは間違いないでしょうね」
「そうなると、これを持ってた少女のことも気になるね」
改めてそれの不気味さを実感する。そしてそれを渡した少女の正体がなにか酷く恐ろしいモノなのではないかと俺は思わずにはいられなかった。
もしかすると、改稿する可能性もあるかもしれません。
次回更新日は9/23となっております。
2015/12/30
設定の一部にミスがありましたので改稿しました。
2018/10/14 タイトルを修正しました。