EP 12 少年と少女の安堵
暗闇の中に立っている。
どこだろうとは思わなかった。そこにいるのが当たり前のように俺には思えたからだ。
暗闇の中には二人の人間がいた。
一人は左手を失い、血まみれで倒れている女を抱きかかえ、泣きじゃくっている青年。
もう一人は顔から血の気を失い、それでももう一人を宥めすかそうと精一杯の笑顔を浮かべている女性。
その光景にはあまりにも見覚えがある。それ故に俺は目を閉じる。
見たくも、聞きたくもない。青年の泣きじゃくる声が俺の心を削り取っていく。
これが夢ならどうか目を覚ましますようにと、俺は闇を晴らしていく光に祈りをささげるのだった。
気が付くと知らない天井を見上げていた。
頭がぼうっとする。なんだか嫌な物を見ていた気がする。まだ頭が起きていないのか、記憶に霞がかかったようにはっきりしない。
「ここは……」
体を起こす。
途端、身を捩るほどの激痛が俺を襲った。
「……っ!」
歯を食いしばり、その痛みに耐える。よくよく見れば体のあちこちが包帯で巻かれており、ひどい怪我をしていたのだと気づかされる。
包帯にはじんわりと血が滲み出ており、余程深いものだったことが予測される。
そうしてそれを見て記憶がはっきりとし始める。そうか、俺はあの時にあのペンダントを、リベリオンを使ったのか。
謎の黒馬から受けたのはほとんどが打撲傷。だからこれらの傷はほとんどがリベリオンを使ってできたものだろう。
命が助かったとはいえ、今更ながら自分の行為がどれだけ無謀なことだったか思い知らされる。体がばらばらになってないだけましだ。
あの時、あのままいれば殺されるだけなのは分かっていた。このリベリオンを奪われることも必至だっただろう。あまりにも危険な賭けだったが、どうやら天は俺に微笑んでくれたらしい。
改めて周囲を見渡す。
今、自分が眠っていたベッドは他にもいくつか並んでおり、白く塗装された壁には一際大きな窓が設置されている。
窓は開け放たれており、外ではもう太陽が地平線に差し掛かろうとしていた。もうじき夜の時間が来る。
恐らく、ここはどこかの医療施設。そして窓の外には夕日に照らされるカノーネ城が見えることを考えれば、どうにかして俺はカノーネへと運ばれたということだろう。
ドアの向こうからはがやがやと何やら騒がしい声。
何人かの話し声が近づいてきたかと思うと、控えめにドアが開かれる。
「だからね、リリアーナ。私が思うにあれは………へっ?」
部屋へと入ってきたその少女はまるで幽霊でも見たかのように、口をあんぐりと開けたまましばし停止した。
「どうしたのよルイーナ? はやく行ってくれないと邪魔で通れな……あら…」
彼女の後ろからすいっと光を纏った小さな少女が現れる。その少女は間抜けな表情のまま固まったもう一人の少女を見、その視線の先を辿る。そうしてその視線が俺に行き着いた時、小さな少女もまた同じように表情が固まった。
何と言うべきか分からない俺はひとまず手を上げ。
「おっす、無事で何よりだ」
少女たちの反応をうかがった。
彼女たちはだんだん口元が震えたかと思うと、俺に駆け寄って堰を切ったようにわんわんと泣き出した。
「うわぁぁん! アレンが生きてたよぉ――!」
「アレンのバカぁ! 死んじゃったらどうするのよぉ…!」
「お、おい、落ち着けって」
痛みで動けるわけもなく、かといって機転良く慰めの言葉の浮かばない俺は彼女らが落ち着くまでどうどうとあやし続けるのだった。
§
「それで、一体何がどうなったのか説明を頼めるか?」
何とか落ち着いた二人に尋ねると、ルイーナが鼻をすすりながら順に説明をしていった。
俺に背中を押された後、やはり不安になった彼女たちは俺に加勢すべく戻ろうとしていたらしい。しかし、間が悪いことにそれまで影も形もなかったモンスターたちが急に姿を現し始め、襲い掛かってきた。
何とかそれらを撃退した二人が俺がいた場所に戻るも、そこには誰もおらず、ただ戦いが行われたであろう痕跡が残されているだけだった。
木や地面にかなり多くの深い切り傷が残されていたことから、彼女たちは俺がかなり深刻な傷を受けたという結論に至る。
事実それは間違っておらず、そこから随分と離れた場所で全身に切り傷を負いながら、血まみれで意識を失っている俺を彼女たちは発見する。
命に関わると判断した彼女たちは再びモンスターたちに襲われないかを警戒しながら、迅速に俺をカノーネまで運び込んだ。
そうして二日が経ち、俺は目覚めて今に至る。
「そうか…。ありがとう、助かった」
「ううん、助かったのはこっちだよ。あんな危険なものにアレン一人立ち向かわせて私たちは…」
「それは当たり前だ。ルイーナは依頼人なんだし、リリアーナだって俺に付きあってくれてるだけだろう。護衛の依頼を請け負ったのは俺なんだから俺が残って戦ったのは別に変なことじゃない」
そう言うと、ルイーナはえっと驚くような顔をする。
別段、変なことを言った覚えはないんだが…。
「アレン、あんた……」
リリアーナはというと驚きやら怒りやらが混じり合ったようななんとも言えない顔をしていた。
「それよりあの黒馬は再び現れたりしたのか? 行方はどうなってる?」
「へっ、あぁ、うん」
俺が訊ねると、ルイーナは間抜けな声をあげる。何かショックから抜け切れぬようで何とか気を取り戻したといった感じで説明を続けた。
「アレンを治療院に運び込んでからギルドの方にも調査員を派遣してもらったよ。結果は…、何も見つからなかったみたい。魔力の残滓もなかったみたいで今は手掛かりなしってところ」
「そうか…」
つまり、あれへの行方は知ることができないということ。そして、俺はリベリオンの手がかりも失ったことになる。
あれ程強く共鳴していたということは何かしら関係があるということ。
そしてあの影がリベリオンを手にしようとしていたことを思うと、もしかするとカノーネに攻め入ってくる可能性もありうる…のか?
そうなればギルドへの注意喚起は提言しておいた方が良いだろう。有事があってからでは遅い。事前に対策をしておく必要がある。
それに、まともに闘って歯が立たなかったということもある。
あの風の障壁さえなければまだ勝てる見込みがあるが、逆を言えばそれを無効化させることが出来なければ俺に勝機はない。
リベリオンが手元にある限り、あの黒馬と闘う機会はそう遠からず訪れるはず。そうなれば今の俺では勝つことはできまい…。
どうにか、策を考えておかないと……。
「っと…! そういえばネックレスは!?」
そこで手元にリベリオンがないことに気付く。懐にしまっておいたはずだが、その感触は今は感じられない。
切羽詰まるようにルイーナに尋ねると、彼女は俺の勢いに押され、身を縮こまらせる。
「御所望のネックレスならこっちよ」
ベッドの隣にある机の上にあるそれを、複雑な顔でリリアーナは指さした。
悲鳴を上げる体を抑えながらそれを持ち上げ、傷がないかを確認する。ひとまずどこにも損傷はないようだが、俺が無茶をしでかしたせいで師匠が施してくれていた封印は消えてしまっていた。
また師匠に頼まなきゃいけないか。
「ねぇ、アレン。あれ何だったのかな?」
ルイーナは当然の疑問を口にする。
それは俺も思っていたこと。しかし、それに応えるだけの答えを俺は持ち合わせておらず、ただ彼女に同調するほかなかった。
「さぁ、俺にも分からん。ただ言えるのは…」
リベリオンを彼女の目の前に掲げる。
「こいつがあれに関係していることは間違いないってことだ」
次回更新は9/20になっております。時間に関してはまたtwitterの方でお知らせいたします。
2018/5/20 文章の改稿を少し行いました。物語の進行に影響はありません。
2018/10/14 タイトルを修正しました。