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鋼鎚使いの無能神官  作者: しらぬい
第1章 流嵐の王都編
12/45

EP 10 クロキモノ

すみません、投稿が遅くなりました。


2018/10/14 タイトルを修正しました。



 鬱蒼(うっそう)とした森の中を歩く二人と小さな光。その姿には緊張はなく、ごく自然体である。

 しかし、常に周囲にその目を光らせており、いつ何が出てきてもいいように警戒は怠らない。


 前を歩くのは二振りの長剣を腰にさげたエルフの少女。カノーネで鍛冶屋を営むルイーナである。

 その後ろを俺が着かず離れずで歩いて行く。その俺の傍を妖精(フェアリー)であるリリアーナがふよふよと浮かんでいる。


 魔の森はモンスターの跋扈(ばっこ)する無法地帯。光は森の木の枝によって阻まれ、常に薄暗い雰囲気が漂う。

 一歩歩けばスライムに絡まれ、二歩歩けばゴブリンに襲われる。それでもなお奥へ進もうというのなら、オークやホーンラビットといった更に強力な魔物と戦うことを覚悟しなければならない。

 ただでさえ薄気味悪いそこは、うっすらとかかる靄のせいで更に不気味さを増していた。


 (つた)が這い、歩きにくい獣道を目の前のルイーナはひょいひょいと進んでいく。森で住んでいたエルフの特性故だろうか。

 置いていかれないように彼女の辿った道を歩いて行く。


 既に森に入って数十分が経っている。

 彼女の欲しいものがこの森の奥地にあるため、周囲を警戒しながら進んでいるのだが、一向にモンスターの気配はしない。

 一つ歩けばモンスターに遭遇するいつもの森を知っているだけに、この出会わなさは不気味さに拍車をかける。

 森に入って初めの方は楽しそうにおしゃべりをしていたルイーナとリリアーナも、どこかおかしさを感じ取ったのか二人共口をつぐんだままだ。


 彼女が欲しいもの、それは魔の森の奥地にあると言われる翠光(すいこう)石。別名、グリアグネと呼ばれる鉱石である。

 どうやら彼女が請け負った鍛冶にその鉱石が必要だったが、在庫を切らしていたらしい。市場に出て探してみるも、どこの店もそれだけが品切れ。仕方なくギルドへと依頼しに行ったところにばったりと俺に会ったという経緯である。

 これは幸いと彼女は俺にその手伝いを頼んだのである。報酬は銀貨10枚。他のものよりよほどいい。

 それに普段鋼鎚のことで世話になっていることもあり、俺は快く彼女の手伝いを受け入れた。その後、一度家に戻ってリリアーナを引き連れ、今に至る。


 じきに奥地に着く、そんなタイミングで前をすすむルイーナはくるりと顔だけをこちらに向けた。


「アレン、大丈夫? 疲れてない?」

「ああ、まだ大丈夫だ。これぐらいでへばってたら神官なんてやってられん」

「……神官ってそういうものじゃない気がするんだけど」


 呆れるように彼女は言う。神官は基本的に後方支援なので彼女の言はたしかに正しい。

 だが俺の場合、後方で支援どころか前衛に出るスタイルである。ルイーナはそこら辺はわかっているようで、すぐに前を向くと、「疲れたら言ってね」とだけ言い残して再び進んでいった。

 彼女に見えているかはわからないが、軽く頷いて彼女の後を追う。


 出力は落としているが、『リジェネ』が常時かかっているせいで疲れはほとんど感じない。それに『リジェネ』の出力を引き上げるだけの魔力も残っている。

 心配なのはその残量だが、出てくる前に3本ずつ普通のものと魔力回復のポーションを買ってきたので大丈夫だろう。


 再び沈黙が訪れる。

 がさがさと草を掻き分ける音だけが辺りに響く。

 進む先も薄暗さのせいでよくは見えない。

 異様なまでの静けさ。時折吹く生温い風が頬を撫でる。


「ねぇ、アレン。今日の森変じゃない?」


 それまで静かに浮いていたリリアーナが口を開く。


「ああ、変だ。いや…異常と言っていい。魔物が全く見当たらない」

「こんなことってあり得るのかしら…? これがアレンの言ってた魔物大発生の予兆?」

「ううん、多分違うと思うよ、リリアーナ」


 前を歩くルイーナがリリアーナに答えた。

 どういうこと?と訝しげにルイーナを見るリリアーナ。それに対する彼女の声は随分と硬いものだった。


「さっきから奥に進むほど木が怯えてる。彼らの恐怖が伝わってくるよ」


 そう言って彼女は近くにある木に触れた。

 エルフは精霊とともに森で生きる。長年、森に住んだ彼らには森の声が聞こえるのだ。

 彼女もまた例外でなく、木の声を聞くことができるのだという。彼女は優しく、あやすように木を撫でた。


「何か、この子たちが怯えるほどの何かがこの奥にいるのかもしれない」

「それに魔物大発生の時は確かにモンスターの姿は少なくなるが、それでも完全にいないってわけじゃない。どこかしらで奴らと遭遇する可能性はある」


 魔物大発生の時に魔物の姿が消えるのは、ボスクラスの魔物によって統制されているからだ。奴らは森や洞窟の奥に引っ込み、戦力を溜め込んでいるのだ。

 哨戒を発し、辺りを警戒し、その数を減らされないようにする。そうして辺りを襲えるほどの戦力を揃えた時、初めて姿を現し、その暴力を存分に振るう。

 だからこそ今の状況はおかしい。

 もしこれが魔物大発生というのなら、奥地に差しかかろうとする俺達が哨戒をする魔物に出会ってもおかしくないはずである。もしかすると目視できない敵なのかもしれないが、幽霊でない限り全く気配を感じないなんてことはありえない。

 その幽霊だって魔力に敏感な妖精族であるリリアーナなら存在に気づく。しかし、彼女もまた何も感じないときた。


 いよいよ森の怪しさが増してくる。

 回収を急ぎ、さっさと戻った方がいい。そう言おうとした矢先、ふと懐の辺りに違和感を感じた。

 じんわりとわずかに熱を感じるのである。


 立ち止まり、懐に仕舞っていたネックレスを取り出す。不思議なことに、わずかに緑色の光を帯びており、少しばかりの熱を放っている。


「どうしたの、アレン? さっさと進むわよ」


 立ち止まった俺に振り向き、リリアーナが先を促した。


「あ、ああ……」


 ひとまずは気にしなくていいだろうと思い、再び懐にしまいこんだ。

 急ぎ足で前を進むルイーナに追いつく。

 ルイーナは俺が追いついたことを確認すると、その足を早めた。どうやら待ってくれていたらしい。


「ルイーナ、早めに戻ろう。どうもきな臭い」


 彼女は俺の言葉にこくんと頷いた。

 大事があっては遅いのだ。何もなければいいのだが…。 




§




 奥地へと進むごとに懐の熱さは増していった。

 焼いた鉄のように熱さを放つネックレスは、服の上からも分かるほど煌々と輝いていた。ルイーナとリリアーナもその異常に既に気づいている。

 おまけに先程から僅かに、ドクン…と脈を打つのが分かるのだ。

 そしてその鼓動は奥へ進むほどに大きくなっていく。


 明らかにこの奥には何かがある。そして、それはこのネックレスに関係がある。それを俺が確信するには十分だった。


「ルイーナ、一旦戻ろう。この先には多分、何かがいる」

「そうだね。私もそのほうがいいと思う」


 リリアーナも同じ意見のようで、こくりと頷いた。

 この状況下で先へと進むのは下策だ。自ら命を投げ捨てているのと変わらない。彼女の目的のものが手に入らなかったのは残念だが、それも命と比べれば遥かに軽い。


 皆が踵を返して戻ろうとしたその瞬間、俺の懐にあるネックレスが今まで以上に強い光を放った。

 燃えるような熱さがこの身を焦がす。鼓動は一層強くなり、持ち主である俺にその異常を伝えた。


「……っ!?」


 その熱さにたまらずそれを取り出した。

 そしてそれを見た時、俺はその目を疑った。


 はめられた緑色の宝石は他の宝石よりも一際強く光を放ち、金細工の上には同じ色の線が走る。ドクンと鼓動が鳴る度、金細工の上を走る線は力強く脈打った。

 ネックレス全体が淡く緑色に輝き、パチンと魔力の火花が散る。


「なんだ、これ…」


 あの時渡してもらった状態と明らかに違う。金細工の上を走る線など初めて見る。


「アレン! リリアーナ!」


 呆然と眺めていた俺の体が急に茂みの方へと引っ張られる。

 何事だと口にする間もなく、無理やり茂みの中へと引きこまれた。

 口を塞がれ、体を押さえつけられる。その押さえつけた張本人であるルイーナは、緊張した面持ちで茂みの外の様子を伺っていた。


 もごもごと何かしゃべろうとすると、「しっ……!!」と強く言われる。

 彼女は全く余裕がないようで、しきりに周囲を見渡している。

 彼女の傍を浮くリリアーナも発する光を抑え、茂みの枝の中へと隠れていた。


 何かが起きた、それだけは分かる。彼女に落ち着いたとなんとか身振りで伝えると、彼女はようやく抑えていた手を離してくれた。

 彼女に説明を求めようと口を開いた瞬間、ズンと地が揺らいだ。


 何かに共鳴するようにドクンと鼓動は更に激しくなる。


 体中に急速に血が巡り始める。呼吸は僅かに早くなり、背中を刺すような悪寒が走る。

 冷や汗が流れる。手は自然と鋼鎚の柄へと。

 姿は見えない。いや、見えないからこそのプレッシャー。全てを押しつぶさんとばかりの重圧は、ここにいる全員をこわばらせるには十分だった。


 一際強くネックレスが(またた)いた。


 急に風が吹き始める。森の奥地から外へと流れるように風が吹く。

 そしてそれはゆっくりと暗闇から姿を現した。


 ルイーナが息を呑む。リリアーナの顔から血の気が引く。俺はぞくりと身体を震わせた。


 それは魔の森において明らかに異質だった。


 身体は闇のように黒く、その身体の上をネックレスと同じように緑の線が走っている。心臓の鼓動のように脈打ち、煌々と光り輝く。まるで火山に流れる溶岩のようである。

 その目は赤く、見るもの全てに恐怖を抱かせる。頭からは一角の角が生え、地に下ろした4本の足は大木のように太い。その足先にある蹄で叩かれたのなら、人などたやすく潰されるだろう。

 その背に雲のような灰色の毛を背負っている。どこからか吹く風でたなびき、まるで本物の雲のようである。


 一歩歩くたびに地にその跡を刻む。

 その高さは人二人分は下るまい。全長など三人にも及ぶだろう。


 圧倒的だった。そのプレッシャーに俺達は何も言えずに、ただ息を潜めてそれを眺めていた。


(なんだってんだ…)


 森に現れたのは四メートルもあろうかという巨大な黒い馬。

 奴は自分の存在を周りに知らしめるかのように大きく(いなな)いたのだった。

次回更新日は明日になっております。時間はすみませんがまだ未定です。

情報に更新があればTwitterで呟きますので、そちらも見ていただければ幸いです。

Twitter→htttps://twitter.com/koutetu_puri

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