EP 8 妖精の同居人
今回はちょっと短いです
2018/10/14 タイトルを修正しました。
燻る気持ちを抱えたまま、俺は一度帰路へ着いた。
本当はそのままギルドへ行って依頼を受けるつもりだったがそうはしなかった。
こんな中途半端な依頼を受けたところで失敗するのがオチだ。それに一度頭を冷やして冷静になりたいというのもあった。
俺の家は南側の居住区にある。
大通りの小道を進み、少し入り組んだところにあって、比較的小さな家だ。以前ここに来た時に借り受けた借家で、日当たりはそこそこいいし、通りの喧騒もそんなに気にならないので、中々気に入っている。
ここに住んでいるのは俺一人とあと同居人が一人。いや、一人と言うより寧ろ一匹か?
その同居人は今は出かけていていない。
だから当然今俺の家にいるのは俺一人のはずである。
……が、しかし家の前に立ってみるとどうも中からどたばたと何やら物音が聞こえる。
空き巣か?
嫌な想像が頭を過ぎる。まったく…、今日は踏んだり蹴ったりだ。苛立ちで軽く顔を顰めた。
念のためで鋼鎚に手をかけ、扉の横に立つ。
3数えた後に突入する。ふぅと息を吐き、心の中で数を数えはじめる。
3…、2…、1…、0!
勢いよく扉を開け、素早く中へ滑り込んだ。玄関を越え、ダイニングへと入り込みすぐに標的を探す。
空き巣は何処だ。今の俺は虫の居所が悪い、無事で帰れると思うなよ。
ざっと見わたし、目標がいないことに首を捻る。
先ほどまでしていた音もしない。どこかに隠れているのか?
鋼鎚にかけた手はそのままで注意深く部屋の中を探す。
棚の影、収納の中、そしてカーテンの近く。おかしい、どこにもいない。
不審に思いながらそっと机の下を覗き込む。
と、スパン!と勢いよく頭を何かではたかれた。
「…っ! 何しやがる!」
「それはこっちの台詞! せっかく掃除したのに埃たてないでよね!」
頭上から降ってきた、聞き覚えのある怒った声が耳をつんざく。
その声を聞いてああ、なるほどと納得すると同時に、お前だったのかと安心する。
頭をあげればそこにはふわふわと浮かぶ、やわらかな光を帯びた一人の妖精、そして俺の同居人。
「まったく…。早く戻ってみれば家中埃だらけ。アレンってば掃除してなかったでしょ! ちょっと、聞いてるの?」
桃色に近い赤い髪を揺らしながらその妖精、リリアーナはぷりぷりと怒っていた。
「あー、まぁ、あれだ。ほら、あれだから仕方ない」
「あれってなんなのよ…。全く意味が伝わらないのだけど?」
呆れるようにリリアーナは額に手を当て、だめだこりゃと頭を振った。
ふわふわと浮かぶ彼女の頭には三角巾が付けられ、その手には小さなはたきが握られている。
先程騒がしかったのは彼女のせいだったか。にしてはやたらと五月蠅かったが。
「にしてもお前なんでここにいるんだ? この前妖精界に出かけるっつって出ていったばっかだったろ」
これ以上先程の醜態を追及されまいと話題を変える。それは実際気になっていたことでもあった。
妖精界というのは妖精が住むと言われている未だ人の知らない未知の場所だ。
要はリリアーナは里帰りしていたのである。
「こっちが心配になったのよ。あんたのことだから掃除なんてしないだろうし」
じとっとした視線が突き刺さる。さっと視線を逸らすとわざわざ回り込んでまでリリアーナは俺の顔を覗き込んだ。
「まぁ向こうでしたかったことはできたし、予定を早めて帰って来たってワケ。納得した?」
「ああ、納得できた。まぁ、おかえりリリアーナ」
迎えの言葉をかけてやると、きょとんと彼女は目を丸くした後、ふんと満足げに鼻を鳴らした。
「ただいま、アレン。頼れる同居人が帰って来たわよ」
いや、それはどうかと思う。内心で呟いた。
――スパン!
俺の内心を知ってか知らずか彼女のもつはたきが俺の頭にふるわれる。
どうも俺の周りには心を読める奴が多すぎる気がします。
「あんたはすぐ顔に出るのよ」
不満そうに彼女は呟くのだった。
§
「それで? なんで落ち込んでるのよ」
コップに注いだ水を飲み干した時、机の上で座っていた彼女は不思議そうに俺に尋ねた。
内心を悟られた動揺からか思わず、え…とか、ぁ…とか声が漏れてしまう。
彼女は俺の様子で何かあったと察したか、ふわふわと浮いて俺の目の前で止まった。
「ほら、話してみなさい」
「……なんでなにかあるってわかったんだよ」
疑問を口にすると、彼女は何を言っているのかとばかりに自信に満ちた声でこう言った。
「何年あんたと過ごしたと思ってんの。二年も過ごせばあんたが何か悩んでることくらい分かるわよ」
当然でしょ?と彼女の目は物語っていた。
彼女の真っ直ぐな瞳と、純粋に心配してくれるその気持ちが眩しくて思わず頬を掻く。
その気遣いに感謝しながら、ふぅと気持ちを落ち着けた。
もやもやと燻っていた火種はゆっくりと消えていった。
「協会でジュードとちょっと、な」
それだけでリリアーナは全容を察したのか、はぁと大きくため息を吐いた。
「あいつも懲りないわねぇ…。一度ぼっこぼこにしてやった方がいいんじゃない? 魔法なしのガチンコバトルで」
シュッシュッ!と見えない敵目がけて彼女は拳を振るった。
「そんなのにあいつが乗るわけないだろ。大体、それじゃ師匠に迷惑がかかる」
「あんたも変なところで律儀よねぇ…」
「そういうわけじゃないさ、ただ師匠に迷惑はかけたくない」
師匠は命の恩人だ。俺が師匠の弟子であることは周りに知れてるし、俺が何かしでかせば彼女にその矛先が向く。
今日のあれだって彼女に迷惑をかけた。だからこそこれ以上師匠には苦労を背負わせるわけにはいかない。もっとも、師匠なら涼しい顔で「だから何?」とか流しそうではあるが。
そう主張する俺の目を見てリリアーナはやれやれと肩を竦めた。そうして鼻先まで飛んでくると、その指先でちょんと俺の鼻をつついた。
「あんたってば、頑固で変に律儀。でも、そういうところ、私は好きよ。大切にしてくれてるんだって思えるもの」
不敵に笑って彼女はウィンクする。
ふふんと笑って、離れると彼女は満面の笑みを浮かべた。
「どうせあいつの言葉に乗せられた自分が情けなくて落ち込んでるんでしょ?」
図星である。この上なく図星だ。
うっと僅かに歪んだ顔を見て、彼女はピッと指を立てた。
「難しく考えすぎよ。嫌なことを言われれば怒りたくなるし、楽しいことがあると嬉しくなる。そんなの当たり前。だからあんたが怒ったことは別におかしなことじゃないわ」
そうでしょ?とばかりに彼女はこてりと首を傾けた。
俺はガシガシと頭を掻いて、もう片方の手でぐりぐりと彼女の頭を撫でた。
「ありがとう、少しは気が楽になった」
「ふふん、こんなかわいい子がいてよかったでしょ?」
「ああ、お前がいてくれてよかったよ」
そうして二人して笑いあう。
リリアーナはふわふわと飛んで再び机の上へと戻っていく。
ありがとう、リリアーナ。もう一度心の中で彼女に感謝の念を送る。
落ち込んだ気分を切り替え、自分のやるべきことを確認する。
ひとまず当初の予定を進めることにした俺はギルドへと赴くため、自分の部屋へと戻るのだった。
もしできれば明日(9月9日)の10:00にもう1話上げたいと思います。
前回の予告通り、キャラ紹介を0話目に挟みます。キャラ紹介更新は本日22:00です。