虚弱な魔王様
勢いで書きました。ごめんなさい。
でも書いていて楽しかったです。
※この話の番外編を連載という形で書きました。よろしければそちらもぜひ。
8時間寝なければすぐに壊す体調。
ちょっと猫に引っかかれれば出る高熱。
雪ですべって転ぶだけで折れる骨。
大声を出すと砕ける肋骨。
人間よりも弱々しい私は
「魔王」
そんな存在。
こんにちは、魔王です。
人一倍貧弱な身体を持つ私ですが優秀な部下を持ってなんとか魔王やってます。
いやね、魔王なんてそんなのなるつもりはなかったんだ。
森の中でこっそり人の獲物にご相伴預かるハイエナのような暮らしをしていました。
ええ、ええ、満足でしたよ。
たとえきのこで腹を下そうとも、たとえ木のみを取ろうとして落ちて骨を折ろうとも。
え?魔力?
そんなもの1mmもありませんよ。
え?頭脳?
そんなものあったら頭脳派宰相なんて傍にいませんよ。
え?誇れるもの?
そんなものあるわけないじゃないですか。
強いて言うならねちねちねちねち言ってくる宰相の言葉を受け流す心くらいですかね。
でも魔王です。
何がどうなったかは知りませんが勇者に倒された先代の魔王の魂(100年彷徨った熟成物)が私に入っているようで。
強制的に連行されました、ここ魔王城へ。
先代の魔王というと泣く子も黙る凄い奴。
黒いウロコに覆われた強靭な肉体。
戦闘では負けなしと思えばその頭脳も勝てるものなし。
同胞には大きな愛を、敵には鋭い牙を。
もう慕われれない理由がない素敵な魔王だったそうだ。
一方私はというと。
ひょろりとした人間のような身体。
握手で折れる軟弱な骨。
魔力の欠片もない核。
知ってるんだからね。
あまりに違いすぎるから私を殺してまた転生を待とう、って上層部で会議があったこと!
いっそそうしてほしい。
豪華な椅子も煌びやかな衣装もいらないからそっとしておいてほしい。
あ、でもご飯は美味しいからそれだけは食べたい。
「ねえ宰相」
「わたくしの名はアルデバラン・ナ…」
「ねえ宰相」
「はあ…、なんでしょう魔王様」
「私もうこんな魔の巣窟で過ごせる自信がないからいっそ殺して欲しいんだけど」
「戯言を申されないでください。あなた様は魔王。とりあえず魔王軍ににっこり微笑んで「いってらっしゃい」と言っとけば良いのです」
「それ役立たず度に磨きがかかってると思うんだけど」
「大将はどんと構えて笑っておけば良いのです」
私のためにと庭師が作ってくれた花畑で花冠を作りながら日長一日過ごすのは楽しい。けど正直飽きた。
「やだやだやだー!飽きた!暇!」
「駄々っ子のようなこと言わないでください」
「この鬼!悪魔!冷血!眼鏡!」
「褒め言葉ですね、ありがとうございます」
ちくしょう、悪魔に悪魔って言っても意味がない。完全無血の冷徹宰相め!
「あ」
「どうされました」
「お願い、というか命令。プレゼントするからさ、それを絶対頭に乗せてね」
「プレゼント…?」
「私からのプレゼントはいらない?」
ちょっと目を潤ませて宰相を見上げれば赤みのさす頬。
あれま風邪でも引いたのかな。高熱だして寝込めばいい。
「はいこれ」
にっこりと(にんまりと)宰相の頭に乗せるは白とピンクの花で編んだ花冠。
わー、ファンシー。
こんなに似合わない人初めて見た。
「じゃあ部屋に戻るからご飯できたら呼んでね。あとそれ絶対外しちゃだめだから。枯れる頃にまた新しいの作るからね」
その姿で人気なんて地に落ちてしまえばいい。
インキュバスとサキュバスのお姉様方がきゃーきゃー騒いでるの知ってるんだからね。
あわよくばそれを見た上層部も「やっぱりあんな魔王殺してしまおう」となればいい。
と思ってたんだけど。
え?自分にも花冠をくれ?
いやいやおじいちゃん、それはあの宰相よりも似合わないことになるんじゃないか。
というか上層部のおじいちゃんたち行儀よく並ばないで!
え?髭を編んで欲しい?
いやいや大隊長。威厳もくそもなくなりますよ、あなた。
それに花を挿せなんていいのかそれ。
そんなわけで魔王軍、なんとも可愛らしい容貌になりました。
ゴブリンだろうがなんだろうが花を一輪体のどこかに編み込んである。
可愛くは、ない。むしろ気色が悪い。
さすがに10万人ひとりひとりに手渡すわけには行かなかったから、私が直接編み込んだのは部隊長とかちょっと偉めの人のみ。
あとは自分たちでやったみたいなんだけど…。
なんだろう。センスがないから気色悪さに磨きがかかってる。
どうせならキチンとやり直してあげたい。
「みんな気をつけてね。命を大事にしないと私泣くからね。死ぬと思ったら脇目も振らず逃げなさい」
「魔王様、それでは士気が下がっていまいます」
「ああそうか。じゃあ…その花傷つけずに帰って、私に見せないとお仕置きだからね!」
「魔王様、それもどうかと思います」
「いいのー。誰も死なずに帰ってくることが第一目標。土地なんて二の次!あ、でも食糧は必要か。ううーん」
「魔王様!」
なんだね髭を三つ編みにした大隊長。
その強面でこっちを見ないで。挿した花がミスマッチ過ぎて笑っちゃうから。
「我ら魔王軍、魔王様のために命の限り戦って参ります!」
「だから命は無駄にしちゃダメだって!ちゃんと帰ってこないとみんなにお花プレゼントできなくなっちゃうじゃない」
庭師の皆さんごめんなさい。
花の改良に勤しむみなさんもごめんなさい。
あれから増えた花たちに囲まれて私はしあわせです。
でもその知識をもうちょっと違うところに使うべきなんじゃないかな。まあ本人たちがいいならいいか。
「じゃあみんないってらっしゃい、気をつけてね」
「全軍進撃ー!」
とりあえず言われた通りに笑いながら手を振っておく。
鬨の声ってやつで地面が揺れる。というか城が揺れる。そういえばぼろぼろだもんなー、この城。
おおう転ぶ。久しぶりに折るか、骨。
「っと、ごめんありがとう」
「いえ。折れていませんか」
「ナイスキャッチしてくれたら大丈夫」
支えられた腕は私とは違って細いのに硬い。
なにそれずるい。
しかしいい筋肉だなあ。頭脳派なのに身体も鍛えてるのかな。
「…魔王様」
「なにー?」
「そろそろ腕を揉むのをやめていただきたいのですが」
「えー、じゃあ離すから噛ませて」
「は?」
「絶対噛みごたえあるよねー、宰相の腕」
いやもうこれは噛むしかないでしょう。
返事を待たずに袖をまくって噛み付いた腕はやっぱりいい噛みごたえ。
弾力を確かめるようにはむはむ歯で挟み、その感触を確かめようと舌を這わせる。
うーん、私もこの腕が欲しい。
鍛えようかな。いや、やめておこう。どうせ熱を出すか負傷するかで終わる気がする。
「っ…ま、おう様」
「むー?ああ夢中になっちゃった。わー!よだれでべとべとにっ。ごめんなにも考えてなかった」
唾液で光る宰相の腕。
恐る恐る見上げれば眉間に皺を寄せる顔。
ごめん顔が赤くなるほど耐えていたのね。嫌だったのね。
それりゃあ他人のよだれまみれになれば誰でも嫌がるわ。
すぐに拭きますから許してください。ごめんなさい。
どうか食後のプリンは抜かないでください。
「お召し物が汚れるのでそのままで結構。レディーがスカートを捲るものではありません」
「いやでも…」
「大丈夫です、お気になさらず。さあ夕食ですよ」
慌ててドレスで拭こうとする私を止めるとそのまま腕を袖で隠し、一足先に食堂へ向かってしまわれた。
そんなに嫌だったのかなごめん。
でも良い噛みごたえでした。余は満足じゃ。
でもねおじいちゃんズ。
あなた方なぜ腕まくりしてるの?
寒いでしょうよ、そんな脂肪も筋肉もない腕じゃ。
そんなにこやかな顔で差し出さないでおくれ。
もう人は噛まないよ、顎痛いし。
その日人間界では、
「魔王軍がトチ狂ったのか珍妙な姿で現れた」
とニュースになったそうだ。
そうだよね。可愛さの欠片もないゴブリンとかが可愛い花を愛でてたらなんか違うなーって思うよね。私も思う。
☆
こんにちは、魔王です。
今日も元気に魔王やってます。
ということで今、目の前に勇者がいます。
「お前が魔王か!か弱い女性を盾にするなんて、卑怯だぞ!」
いやね、青年よ。私が魔王なんだよ。
君が話しかけてるのは確かに魔王っぽいけどそれ違うんだよ。
「花なぞ頭に乗せやがって…。我らを愚弄する気か!」
いや違うんだよ。それ宰相なんだよ。
ふざけた格好してるのは私のせいなんだよ。
なんせそれ、今日編んだばっかりだから生き生きとしているね。
「後ろの女性に爆風でも当たればすぐに死んでしまいますよ。彼女は傷つきやすいですからね」
ああ勇者さん御一行ごめんなさい。
そいつ倒しちゃって構わないです。なんなら私も巻き込んでください。
まあなんやかんやあって、勇者御一行とお茶飲んでます。花畑で。
「これはあなたが?」
「いえ、うちの庭師が手をかけてくれたの。素敵でしょう」
「とっても!花への愛で溢れていてとても心地の良い魔力で満ち満ちています」
「そうなの?私魔力がないからそういったことはわからないのよね。残念」
いやー賢者さん可愛い。ぺろぺろしたい。
僧侶さんまで幸せそうな笑みでこっちまでほっこりしてしまう。
本当ごちそうさまです。
「では人に危害を加える気がない、と」
「ええ、進軍は食糧確保のため。見ての通り一面の荒野ですからね」
「こちらが食糧を、そちらが鉱物を、という取引で絶対に手は出さないんだな」
「もちろん。我が主は流血を好みません」
「だろうなー。まあうちに鉱物資源が足りないし、そっちは食糧が足りない。あの気味悪い魔物たちとも戦いたくはないからちょうどいいな」
「そうだ!勇者である俺と魔王であるあの人が結婚す…」
「それ以上を言葉にするなら縫いますよ、その口」
んん?
男組から不穏な気配が。
「ちょっと宰相ー、喧嘩なんてしたらダメだからねー。穏便な話し合いをして!あなたなら出来るでしょう」
少し離れたところで取引の話しをしてるみたいなんだけど。
会話が聞こえない。でもあれ絶対喧嘩の一歩手前だ。
「大丈夫ですよ魔王様。ちょっと口が過ぎる勇者を威圧しただけですから」
いやいやそれだめだって。
その顔で凄まれたら怖いんだって。
「お客様なんだから威圧なんてだ・め・で・す」
くう。私の骨が頑丈だったらもう少し強く叩けるのに。
いやしかし肩から二の腕にかけてもいい筋肉してるな。あー、噛みたい。
「魔王様、心の声がダダ漏れです」
「はっ」
「そんなに噛みたいなら俺の腕を!」
いやん勇者さま。
服引きちぎってまで腕出さないでくださいまし。
ほらみんな呆れた顔してますよ。
ああ私に対してもか。
そんな感じで友好関係が成立しました。
あの勇者で大丈夫なのか、人間界。ちょっと残念な頭だったけど。
☆
食糧問題も解決。
戦え魔王軍は掘れ掘れ魔王軍に変身。
平和っていいですね。
「時に魔王様」
「なんでしょう。もしや宰相、この美味しいクッキーを狙ってるの?あげないからねっ」
「いりません。そのクッキーよりも良い提案があるのですが」
「もっと美味しいものくれるの?」
「ええ。ですが一方的に差し上げることはできません。世の中等価交換です」
「それもそうね」
「こちらにサインいただければすぐにお持ち致します」
「おっけー」
長ったらしい文章なんて読む気もないし、第一私は字が読めない。
それでもサインだけはと木の皮に何千回も何万回も練習させられました。
「契約成立ですね」
「ところでそれなんて書いてあるの?」
「簡単に言えば、わたくしは魔王様に身体、心の全てを捧げます。ということですね。噛み放題触り放題ですよ」
「本当に?やったー!で、私の対価は」
「魔王様もわたくしに身体、心の全てを捧げます。ということですね。噛み放題舐め放題触り放題です」
「ええ!?」
「名実ともに晴れて夫婦です。では奥様、寝室へ参りましょうか」
「ちょっ!下ろしてよ!何勝手な契約交わさせてんの!」
「ご心配なさらず。痛くないよう、折れないよう、優しくしますからね」
「どこ触ってんのよ変態!そんな紙破いてやる!」
「子供は最低10人は欲しいですね。ああそれと、残念ながらこれはわたくしにしか破棄できないよう魔法をかけております。濡らしても燃やしても傷一つつきませんよ」
「騙したわね…っ。おじいちゃんたちに言いつけてやる!」
「上層部の方々の了承も得ています。「魔王様は素直じゃないからの」とおっしゃっていました」
「裏切り者おおおおお」
「わたくしのことはアルとお呼び下さい」
「この悪魔!」
「ありがとうございます」
こんにちは、魔王です。
何をどうしてこうなったか思い出したくもないですが魔王兼、冷血宰相の妻、やってます。
とりあえず身体は折れてはいませんが心は折れそうです。
※インキュバスとサキュバスについて
インキュバス=男
サキュバス=女
という認識です。
じゃあインキュバスとサキュバスの「お姉様方」っておかしいんじゃないかと思われるかもしれませんがあえてです。
男性にも素敵なお姉様がいらっしゃいますからね。