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 十日目。

 アンチドーテを消毒魔法と認識しているドローは、これを覚えてからは朝夜と歯を磨いてから口内と使った歯ブラシを消毒する事にしている。

 一定のグレード以上に泊まると貰える使い捨ての歯ブラシとはいえ、それはしっかりと手入れしておけば少しは長く使えるからだ。


 そうすれば"どうぐ"の中に旅の最中に使えるものが蓄積できる。

 それとは別に、しっかりとした道具もドローは買う予定だ。

 もっとも、それが消耗品である事に変わりはない。


 十分にベッドの上で大の字で一晩の眠りを堪能したドローは、いつも通りの時間に宿を出た。

 今日も元気に朝日が眩しい。


「いらっしゃい!」


 昨日立てた計画通りにドローは朝市で鑑定しながら食材を見ていくが、やはり傷物もある。

 どこかの日本のように神経質に洗浄や選別、包装もせず、山積みにされている状態だ。


「これをこのぐらいで」


「はいよ!」


「どうも」


 今回は"どうぐ"の実験も兼ねた下見なので、ドローは食べやすくて傷みやすいものを選び、少し多めに買った。

 基本的に量り売りだ。中年男が木の皮を剥いで簡単な袋状にしたものに商品を入れてドローに手渡した。


 この国は水が豊富で森が多い。

 それでなくても土魔法使いが土壌に関して抜群な効果を発揮しているから、森が無くなる事は無い。


(腐ったら迷宮に捨てればいいし、状態は鑑定すれば簡単に分かるから楽でいいな)


 外側に変化がなくても、鑑定があれば内部の少しの傷みも判別できる。

 ドローは少し行った場所で隠蔽して姿を隠すと、買った食糧を一つだけ金属の箱に入れて腰にぶら下げた。残りは"どうぐ"行きだ。

 これで"どうぐ"に入っているかいないかで差異があれば分かる。


 そして、後は馬車の移動日程を調べるだけだ。

 まずは場所と値段を理解してから情報を集めても遅くは無い。


 移動馬車は巡回する長距離のものと、街を往復する短距離の馬車がある。

 受付場所は外に繋がる門付近にあり、受付嬢の周りには行き先や金額が書いてある看板がある。

 情報は毎日更新されていて、利用者はそれを見て判断するのだ。


 ドローがまず最初に見たのは王都行きの馬車だった。

 ここなら間違いなく王領なので、追っ手が来ても下手な事はできず、諦める可能性が高い。

 別の管轄だから、何かあっても揉み消す事が難しいからだ。


(高速馬車なら日程は二週間。通常なら一ヶ月。水と食料は業者持ちとはいえ、基本持ち込み自由。料金は……なるほど)


 それは完品のスケルトンでなくても、ドローが一週間ほど頑張れば高速馬車に届く範囲だった。

 通常馬車なら、その半額になる。ただし日程は倍だ。

 ちなみに、高速馬車は馬車と名があるが、引いてるのは馬よりもタフで高価な調教済みモンスターである。


(これならわざわざ情報集めなくても、そのまま王都に行けばいいかな)


 そもそもドローは資金が足りるかどうかが気になっていただけなので、足りるのであればわざわざリスクを冒すほどの事ではなかったのだ。


 明確な目標が立って少しだけ肩の荷が下りたドローは、ついでに屋台で食料も買って迷宮に向かった。

 今日は短時間ではなく、実験食材が傷むまで居る必要があるので、少しだけ長く留まるつもりなのだ。


 水は魔道具の水袋がある。コップ程度なら土魔法で生成できるので、問題は無い。

 それに、時間経過でどうなるかは傷みやすい食材があれば事足りる。

 傷みそうなものを備蓄するなら、実験してからでも遅くは無いのだ。




 相変わらず壁が光っているものの薄暗い迷宮に入り、スケルトンがいる層に着いたドローは早速、昨日覚えた新しい回復魔法を試す事にした。

 相手のスケルトン達は、今日もストーンアーマーで武装しながら隠蔽して進むドローには気付けない。


「マルチ・ヒール!」


 スケルトン達の頭上からキラキラと輝きながら降り注ぐ光の粒。量はそれほどでもなく、明るさも火の粉より弱い。

 暗い眼窩に赤く輝いていた瞳のような光が消えうせ、スケルトン達は一斉に力が抜けたように音を立てて倒れこむ。

 これが、回復魔法による昇天である。


(魔力の消費は……百分の一ぐらいか。大分改善されたけど、まだ消費が高い理由は……杖とかが無い事かな)


 杖のような魔力増幅装置は魔法使いの必需品だが、質は値段に比例する。

 製作者の技量。高品質な素材。良いものであればあるほど、魔力の増幅量や限界値が高い。


 ただ、ドローが全力で使える道具は無い。

 ドローの全力に耐えうる素材を作る事も、それを加工する技術者も今のこの世界には居ないからだ。

 国宝として存在するのが、魔力を三百までしか耐えられない時点でお察しである。


 なお、百の魔力に耐えられる杖は二メートルの大きさになり、値段も屋敷が買えるほどだ。

 今のドローには手が出ない。


 そんな事情はともかく、ドローは傷が無いスケルトン素材を"どうぐ"に入れていく。

 触るだけで入れられるので、その作業も数秒で終わる。


 そして、次のスケルトン探しだ。だが、今回の戦い方は少し違う。

 今までは他の冒険者などの邪魔をしないようにしながら、ドローはその付近の隙間で戦っていた。

 しかし、今回は大胆に突撃する。そして、魔力を四割消費したら一旦、引き上がる予定だ。




 そんなわけで自重する事無く突撃したドローは、ゆらりと動くスケルトンの群れに飛び込んだ。

 十や二十では足りないグループが、大量生産されているかのように規則正しく動いている。


 スケルトンは敵を発見するまで同じ速度で散らばっていく。

 その前の状態の彼らにドローは突っ込んでしまったのだ。


(こりゃあ、頑張ればレベルアップできるかもな)


 慣れてきたとはいえ、ドローは隠蔽を解いて真正面からスケルトン達の大歓迎を受けるつもりはない。

 感知による警戒もかかさず、マルチ・ヒールでグループを昇天させて"どうぐ"に入れていく。

 それを繰り返す事四十二回。ドローはレベルアップを果たした。


(……ふぅ。そろそろ安全圏に下がらないとまずいな)


 倒しても倒してもスケルトンは次々に補充されていく。

 ここで回復魔法だけで戦い続けるには、まだまだドローの魔力が足りない。

 もっとも、休む事ができればすぐにでも魔力は回復するが、津波のように押し寄せるスケルトンの群れの前では不可能だ。


 もちろん、セキローをスケルトンへけしかければ経験値は得られるが、その後の魔石集めが酷く面倒になる。

 それに、後で確実に変な噂が立つ。それはドローとしてもやりにくくなるので、やるとしても最終手段だ。


(そろそろ集中力も切れそうだったし、丁度いいな)


 ドローが戦っていた時間は一時間も無い。

 それでも戦っていた本人は、それ以上の時間に感じていた。

 風のように安全圏へ戻るドローだが、スケルトンは同じ動きで変わらずに前進していた。




(んー……スキルポイントは、どうするか……)


 人の戦いを横目に距離を取り、ドローは座って隠蔽を維持したまま屋台で買った食料をかじっていた。

 そこは冒険者や訓練兵に囲まれた安全地帯。迷宮内のどこにでもある十字路だ。


 ストーンアーマーの口元を外しているが、感知は欠かしていない。

 なにかあれば、即座にセキローで迎撃できる状態だ。


 ドローの買った食料は串焼きだが、肉以外にも野菜や小麦粉っぽいものを練って味付けしたものもある。

 水は魔道具の水袋から出して、土魔法のコップに注いである。

 それは冷たくはないが、ごくりと飲み込めば疲れた身体に良く染み渡る。悪くない。


 そんな休憩をしながら、ドローは"つよさ"で上がった能力値を確認していた。


(八千を超えたか。こっちは変わらないな。次はついに一万か?)


 能力値は八千百九十二。八体のエンシェント・ドラゴンほどだ。

 また魔力が倍化したおかげでスケルトン退治がやりやすくなる。

 そう思ったドローは小さく笑った。


(それじゃあ、スキルポイントは調理にやっとくか。なんだかんだでモンスターと戦っていると必要な場面が多いし)


 レベルが上がった事で気が大きくなったドローは、また倒していないビッグホーネットを一回だけでも倒しておこうと思ったのだ。

 なにより、魔力回復効果のある蜜が忘れられない。

 あれからレベルは二つも上がり、回復魔法も上がって調理を覚えた。今ならやれる。という事だ。


 調理はモンスターの解体ばかりではなく、もちろん料理にも効果を発揮する。

 これでドローは一度も料理をする事無くメシマズを脱却し、無難な味に進化した。


 食べ終わった串を飲み終わったコップに入れて迷宮の隅の方に捨てたドローは、ストーンアーマーの形状を元の全身鎧に戻して口元を隠した。


(……よし)


 休憩した事でドローの魔力は回復していた。

 周囲で戦っていた人々は素材の回収も終わり、次のモンスターを探すべく散り始めた。

 時間としてはぎりぎりである。しかし、間に合えば問題は無い。


 ドローは立ち上がると、人の波を探してビッグホーネットの層へ流されに行った。




 そして、ビッグホーネット戦。相変わらず見た目が蜂にそっくりで、視覚的にも凶悪な群れである。

 空を飛んでいるので、ドローは魔力を流して武器を伸ばす。


 剣の鋭さと鞭のしなりを併せ持った、連接剣と呼ばれるロマン溢れる形状への変化である。

 節の一つ一つが盾にもできる大剣のように大きい。


 しかし、ドローは重さを感じないが、武器には金属としての堅さがある。

 そこへ魔力を込めて強化しているので、そう簡単に壊れたりはしない。


 土魔法が上がった事で、金属が解禁された事による新兵装だ。ドリルもできる。

 これは叩きつけるだけだった過去への決別である。


「オラァ!」


 ドローが咆えて攻撃しても、隠蔽の効果でビッグホーネット達は気付けない。

 戦う前に近くに冒険者が居ない事は確認済みである。


 大型連接剣が風を切って迷宮の壁を削る。

 このぐらいでなければ、ドローの力量ではビッグホーネットに当たらない。


 がむしゃらに振り回せば秒間十六連撃も難しくない。線による面のような攻撃だ。

 更に迷宮の壁が酷い事になるが、表面程度ならば迷宮の自己再生能力のおかげで問題になる事は無い。


 敵は迷宮の壁なのか。それともビッグホーネットなのか。

 そう思えるような光景が広がっているが、ドローの武器は確かにビッグホーネットを捉えていた。

 そして、時間も掛からずに十体ほどいたビッグホーネットの群れは全滅した。


 ドローが"つよさ"を見てみると、ビッグホーネットの経験値は一体あたり二十五だった。


(……武器を変えた方がいいな)


 正面から真っ二つ。横から真っ二つ。斜めに真っ二つ。

 場合によっては魔石が切れていたり、蜜が毒と混じったりしている。

 初戦のオーバーキルは、ドローがやってしまう悪い癖である。


 このモンスターの素材を回収したければ、いかに上手く頭部を破壊するかに掛かっている。

 つまり、素材を回収する冒険者という仕事を覚えるとしても、この敵は最後の試練として実に相応しいのだ。


(んー……道具は……ナイフでいいか)


 運良く頭部だけが破壊されたビッグホーネットを前にしたドローは、記憶の中から作業風景を思い出しつつ、鑑定で死骸を調べて調理スキルによるしっかりとした手付きでナイフを動かす。


 とはいえ、それは傍目から見れば死骸を観察した後にゆっくりとナイフを差し込む、地味な作業にしか見えない。


(っと、容器容器)


 引き抜く前に気が付いたドローが土魔法で容器を作る。

 そこに琥珀色の液体を採取すれば、ビッグホーネットの目玉素材は回収完了だ。

 回収し終えたそれを鑑定すると、毒が混じっている様子はない。ドローは"どうぐ"に入れた。


(……ふぅ。なんとかなったか)


 これで、おおよそのやり方を覚えたドローは、次の死骸に取り掛かった。


 結局、魔石諸共ダメになっていたのが二体。蜜が回収できたのが二体だった。

 後は魔石と、わずかな手足が回収できた。


(まあ、あれだけやって蜜が回収できれば悪くないな)


 それでも攻撃方法の見直しは必要だ。これでは経験値ばかりが増えていく。

 ドローとしても蜜の回収はできるだけしておきたい。そうなると、どうするか。


(盾を捨てて網に変えて、剣じゃなくて、また鈍器に戻して頭を狙うしかないか……?)


 ストーンアーマーの武装は、形状が容易に変化できるのが強みだ。

 そうすると、ビッグホーネットが引っ掛かる程度の密度で、なおかつ太さもある網を展開する事になる。

 まるで漁師だ。しかし、それが手っ取り早いのも事実であり、ドローには他のやり方が思いつかなかった。


(まあ、他のやり方を考えるのは、一度やってからでもいいか)


 そういうわけで、次の群れを探す事になった。


 ドローが少し先に進むと、ビッグホーネットはすぐに見つかった。

 人がいない場所を見つけて進んでいるのだから、早く見つかるのも無理は無い。


 群れで行動しているビッグホーネットは、今回は少し数が多い十二体だ。編隊を組んで飛んでいる。

 普通ならば一回網を投げたからといって、それで確実に彼らが捕まる保証は無い。

 しかし、ドローの武器は魔力で容易に操れるので、物理法則に従ってそのまま垂れ下がるという事はないのだ。


 網と棒に武装を変更したドローがビッグホーネットに向けて網を投げた。

 すると網は即座に広がり、通路の四隅に蜘蛛の巣のように展開した。


 そして、網はそのまま迷宮の壁を頼りに巨大化していく。


(……魔力がごりごり減ってるな)


 ビッグホーネットに暴れたり噛まれてたりしても破れない強度。

 それを通路を覆う様に広げているのだ。まさにごり押し。

 やがて全てのビッグホーネットが網に入ると、後ろで閉じて上から網が降りてくる。


 当然、ビッグホーネットは抵抗する。

 しかし、ドローの魔力で強化されたそれを食い破る事ができない。

 更に網は動いて平らになり、ビッグホーネット達を拘束していく。もはや詰みだ。


「さて」


 ドローは動けなくなったビッグホーネットの頭を、一つ一つ丁寧に潰していった。

 それが終われば、後は素材を回収するだけだ。


 今回の蜜は、いつもの素材売却用の金属の箱に入れていく。

 最初に"どうぐ"に入れた奴はサンプル用なのだ。


(確実に回収できるとはいえ、これはあんまり数をこなせないな)


 やはりドローにとって、スケルトンは美味しいモンスターのようだ。


 その後、ドローはビッグホーネットの群れを九つほど完全討伐をして素材を回収した。


(よし。帰るか)


 既に時間は大分経過している。今帰れば確実に夜だ。

 ビッグホーネットの素材がたんまり入った箱を担ぎながら、ドローは帰る人波に揉まれた。


 そして、スライムの層まで戻ってくると、一人、流れから外れる。

 今回の重要な実験である"どうぐ"の性能実験の結果発表だ。


(どうなったかな……?)


 ドローが腰にぶら下げてある箱を開けてみると、中の食材は触るとぐにゅぐにゅと柔らかくなっていて、傷んでいる事は鑑定しなくても良く分かる。


(これはもうダメだな)


 駄目になったのは迷宮に捨てて迷宮の養分だ。

 これで"どうぐ"の中にある同じものが、傷んでいるかそうでないかで"どうぐ"の価値が変わる。

 ドローがわくわくしながら"どうぐ"から取り出して、己の手に出す。


(んー……)


 見た感じでは購入時と変化は無い。触っても食材は崩れたりはしなかった。


(流石、というべきか)


 念入りに鑑定してみても、やはりどこも傷んではいなかった。

 実験は良い方向で終了である。


(これで心置きなく食料や水を備蓄できるな)


 出した食材を再び"どうぐ"へ戻すと、ドローは迷宮を後にした。

 そして、冒険者ギルドでビッグホーネットの素材を換金すると、宿に泊まった。

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