03
(今度の相手は……あれか)
丁度、入り口に近い場所で戦っている一つのグループに、ドローは目を付けた。
まずは偵察をして、この層のモンスターの情報収集だ。
しかし、そんなドローの姿は堂々としていて隠れもしない。
そんな見られているグループは戦いながらもドローを警戒しているのが、見ている本人にも理解できた。
しかし、情報は必要なのでドローは引く事はできない。しかし、いつでも逃げられる体勢ではあった。
物陰からあからさまに顔を出して、ドローは情報収集を続行する。
見られている方は実に不愉快そうに顔を歪めていた。
(そういえば、隠密系スキルはまだ取って無かったな。隠蔽で良かったっけ?)
などと考えながらもドローは彼らが戦っている、子供ほどの大きさの茶色い兎を鑑定する。
名前はビッグラビット。体当たりと噛み付きをしてくる凶暴な兎だ。
能力値はゴブリンの倍の四。大人の平均に迫る強さだ。
(なるほど。だからグループ組んでるのか)
誰か一人が攻撃を防御すれば、他は攻撃に専念できる。
グループとはそういうものだ。パーティともいう。
その代わりといってはなんだが、報酬は人数割りが基本であったり、活躍に応じて増やせ等といった面倒も起きる。
しばらくビッグラビット相手に防御と攻撃を繰り返していたグループは、なんとかビッグラビットを倒せた。
だが、解体が始まるとドローはその作業に違和感を覚えた。
その間、彼らの内の一人は確実にドローを監視している。
(……あれ? 魔石だけじゃない?)
彼らは丁寧にビッグラビットの血抜きをし、皮を剥いで持ち運び易いように肉を切り分けていく。
その動きは素材に対するそれであった。切り取られていくそれをドローは鑑定した。
(へぇ……皮や骨は最下級装備の素材になるのか。そして肉はありふれた食用。これはスープに入ってた奴だな。こいつだったのか)
ドローが昨日、注文したサプライズスープに入っていたものだ。
いつものスープは屑野菜と屑肉が浮かんでいるもので、見た目も良くない。
それでも味はそこそこだから誰も文句は言わない。
もうすぐ彼らの作業も終わる。
必要な事は見終えたので、ドローは最後まで彼らに睨まれながらも、ビッグラビットを探す事にした。
幸いにもビッグラビットの動きを見た限り、ドローが一人でも楽に相手にできるモンスターであった。
次の層へ進む道を外れ、他の冒険者が居ない方へ進むとドローは、そう時間も掛からずにフリーのビッグラビットを発見した。
もちろんそこは観察したグループとは反対側で、なおかつ大分離れた場所だ。
(緊張はしない。慢心もしない。ついでに周囲の警戒も忘れずに……)
ドローはビッグラビットに歩み寄る。
やがてドローに気が付いたビッグラビットは、飛び跳ねながらドローに襲い掛かった。
しかし、その姿はドローにとっては遅すぎた。
本人の感覚としてはゆっくりと構え、そして魔力を使って棍棒状に変形させた武器で強かにビッグラビットを迎撃する。
たったそれだけ。それだけでビッグラビットはドローの武器で、土下座をするように頭を潰されて倒された。
(……ここまで楽だと逆に疑惑が湧くから、なんともはや)
ドローが目視と鑑定でビッグラビットの死亡確認をしてから"つよさ"を見ると、ビッグラビットの経験値はゴブリンの倍の四だった。
(なるほど、こっちも倍々ゲームか。後は素材だが……)
武器に魔力を通して刃物状に変えてから、ドローは見様見真似でビッグラビットを解体していく。
記憶力が良くなっているとはいえ、細かい所は流石に見えなかったし、手先が良くてもビッグラビットの仕組みやコツが分からなければ失敗もする。
これはスキルが無いのだから、当たり前だ。
逆にいうと、そういうスキルがあれば理解できてしまうのだ。
(……あまり良い感じじゃないな)
やがて皮、骨、肉、魔石となんとか分けられたビッグラビットは、魔石を除いて品質が悪い。
切り口がギザギザで所々が千切れている皮。刃に当たりに当たって傷だらけの骨。
肉に至っては、あっちこっち切り刻まれてミンチ寸前だ。
見事なまでに素人仕事だった。ドローはスキルの重要性を身に染みて理解した。
その上、ドローは他と成長システムが違うので、やったとしても該当するスキルの熟練度が上がるわけでもない。
これは、数少ないRPGシステムのデメリットだった。
(仕方ない。いずれ覚えるとして、確か解体担当の所持スキルは……)
今のドローは記憶力が良いので、少し前の事であれば即座に思い出せる。
やがて答えを記憶から引き出したドローは、一つの結論に達した。
(……調理? あれ? でも、確かにこれ以外はこれといって思い当たらないんだよな……)
解体していた冒険者の所持スキルは、剣、盾、農業と最後に調理。農業が二であったものの、他は全て一だ。
農業を除けば、実に平均的な駆け出しが持つスキル欄である。
こじつけのようではあるが、肉を切ったり魚を捌いたりするのは解体だ。
つまり、料理に最適な形に切り分ける事が"調理"というスキルに含まれていても、おかしくはないのである。
(生産か。今は魔石があればなんとかなってるから、まだ必要ないな)
ドローは心にメモをして魔石だけ取り上げると、ビッグラビットの狩りを再開した。
見るからに素人が失敗したグズグズの素材なんて他の冒険者は見向きもしないし、放っておけばやがて迷宮に消される。何も問題は無いのだ。
追加で十五体。
それがドローが討伐して、レベルアップに必要だったビッグラビットの数だ。
あれからドローはビッグラビットの魔石だけしか回収していないので、作業は早い。
ドローの全ての能力値は百二十八に上がり、獲得したスキルポイントは新規スキルである"隠蔽"へ振る。
次に必要な経験値は百二十八だ。ビッグラビット換算だと三十二体ほど必要になる。
能力値が二桁を超えて三桁になる者は、この世界の人類の全体で見れば一握りで、殆どが要職についている。
そうとは知らないドローは今日も石橋を叩いて渡る。きっと、これは彼が気付くまで続くだろう。
(レベルも上がって安全性が増したし、今日も次の層のモンスターを見てから帰るかな)
心の中では少しだけ疑問系だが、既にドローの心は決まっていた。
新しく獲得した隠蔽のおかげで、ドローは気配を減らす事が出来るようになった。
流石にまだカメレオンのように隠れたり、または透明になれたりはしないが、それでも無いよりは心強い。
影が薄くなったドローは次の層への人の流れに乗り、先に進む。
ここは迷宮。営業時間に休みは無いし、安全地帯を見つけてテントを張る熟練も少なくない。
特に兵士は、迷宮で訓練と称して一日や二日ではない長期間滞在の任務をするから大変だ。
(さて、次の相手は……)
影が薄いまま、戦闘状態に入っているパーティを見つけたドローは敵を鑑定する。
戦闘中のおざなりな素人の警戒では、ドローの"隠蔽:一"を看破する事は出来ない。
運悪く目と目が合わないように、ドローは"感知:三"で危険を知ると時々、素早く物陰に隠れる。
冒険者の相手は一言で言えば大きな鳥だった。名前はビッグバード。
だが、迷宮のモンスターが、ただの鳥なわけがない。
(ビッグバード……って、また安直だな)
しかし、その能力値は八と大人の平均値を超えて、訓練を受けていない大人の中でも優秀な十の数値に迫る勢いだ。
つまり、人によってはソロでもできるが、ほぼ互角なので苦戦は免れない。とはいえ、そんなアホをする奴は少ない。
ビッグバードは雀を大きくしたような正統派の大型鳥だ。ダチョウみたいに陸上特化ではない。
大きさは立っている時には大人の胸まであり、翼を広げれば大人を易々と包み込める。
ビッグバードの気をつけるべき攻撃は、体当たりはもちろんの事、嘴や、意外と鋭い足の爪に注意する必要がある。
そして、体当たりからの圧し掛かり連続突きが必殺技だ。
冒険者の装備も安価な金属製が殆どで、防御もビッグラビットの時の様に真正面から受け止めるというより、なんとか受け流そうと奮闘している。
(ここが最初の壁ってやつか)
第一層が子供用。第二層が人型への備えと警告。
第三層で力を試し、第四層で空からの脅威を知らせると同時に本当に戦えるかどうか、ふるい落としに掛かってくる。
冒険者ギルドが新人に勧める迷宮なだけの事はあるのだ。
やがて負傷しながらも、ドローが観察していた冒険者パーティはビッグバードを倒した。
その負傷は下級回復ポーションで癒されていく。下級とはいえ、その効能は骨折を治せるほどだ。
そしてやはり、解体をするのは調理スキル持ちであった。
しっかりと一連の流れを把握してから、ドローはその場をゆっくりと後にする。
今度はしっかりと気を使った上に影も薄かったので、ドローが対象パーティの誰かに睨まれる事もない。
(……今日は下から二番目の部屋に泊まれるかな……?)
迷宮から出たドローは、冒険者ギルドで一時的に"隠蔽:一"を解除して魔石を換金すると、ホクホク顔で宿に向かうのだった。