9(泳ぐ何か)
「きゃぁっ」
ミチ子は悲鳴を上げた。
「顔は半分潰れて、長い髪も血濡れでベッタリ。グズグズで折れた手足がブラブラ」
両耳を塞ぎながら、きゃーきゃー楽しそうなミチ子。
やっぱりこの子はちょっとおかしい。けど、興味深い話を教えてくれた。それには感謝。
合わせ鏡。いかにもそれっぽいじゃないですか。試してみたいと亜希子は思う。
ふと、ミチ子が云った。「血塗れなら赤い服じゃないの?」
変なところで聡い。
「えび茶色」
亜希子の言に、うわ、とミチ子は身を引いた。「汚ッ」
知るか。
*
「ふうん?」
薄暗いリビングで、ソファの斜向かいに座った尋臣は気のない返事をした。
「試して見る価値はあるんじゃない? 今更だけど」
さっきから鼻のむずむずがとまらない。「ねぇ、なんであんたン家って、いっつも昼間っからカーテン閉めてんの? 窓に映るからでしょ? 違う?」
「うん?」亜希子に視線だけを向け、「うん」尋臣は否定しなかった。
「映画の日のこと憶えてる?」返事を待たずに亜希子は続けた。「あたし、思ったんだ。あれはマイナスになることはあっても、絶対プラスになることはない」
尋臣は口をつぐんだまま、自分の前に置かれた薄茶色の湯のみの口縁を指先でなぞる。
亜希子は薄緑の湯のみに注がれた紅茶で口を湿らせ、「ひとつ、訊いていい?」
「うん?」
「あんたが見てるの、本当に魚?」
「違うよ」尋臣はおもむろに答える。「魚みたいに泳ぐ何か」
立て続けにくしゃみが出た。
*
「明日、あんたン家に泊まることにしてくんない?」
亜希子の言葉にミチ子は目をしばたたき、「嘘はヤダよ」
「あたしだってヤダよ。でもさ、」
「うん」皆まで云わせず、ミチ子は察したようだ。しかし顔は渋い何かを含んだよう。
「お願い」手を合わせ、頭を下げる。
「ああ、もうっ。分かったから止めてよ、」
「ありがとう」顔を上げ、亜希子は云った。「今度、プリン出たら譲る」
「いいよ」ミチ子は苦笑しながら辞退する。
「いや、貰ってくれ」
「だから取り引きじゃないんだよ」
「こっちの気が収まらないから」後生だから。
「分かった分かった」投げやり気味にミチ子は云った。「半分だけ。これ以上は負けらんない」
「感謝」
「うん──、」ミチ子は歯切れ悪く応える。「まだそれを云うのは早いかも」
*
乾いた空気に混じる柔軟剤の匂いが鼻をむずむずさせる。薄暗い部屋。今夜も尋臣の父親は戻ってこない。忙しいにしたって、どうなんだろう。
夜。ふたりで食事をした。カレーを作った。特に尋臣は何も云わなかった。片づけた後、お茶を飲んで、一息。それから家中の電気を消した。カーテンを開けた。下弦の月が昇る晩で、リビングにサッシの影が長く伸びた。