8(どうしろっつーの)
「魚みたいに見える服を着た人間……かもしれない」
「ひらひらの? ドレス?」
「うん──、」
「黄色いドレスかぁ」にこっと笑う。
そんなミチ子に亜希子は呆れる。「あんたって柔軟よね」
「そう?」
えへへ、とミチ子は自分の頭を掻いた。別に褒めたつもりはないが、けなしたわけでもないので黙っておいた。
ミチ子が云う。「ぶっちゃけちゃえば、他人事だし、わたしが見た訳じゃないから」
まったく同意。「窓の中を泳ぐとか、どうしろっつーの。なんだっつーの」頬杖を突いて、ふと気付く。「魚っぽいことには疑問はないんだ?」
「普通じゃん?」
「なんでさ?」
「ガラスの中って歩くもんじゃないよ」
「ハァ?」何を云い出すのだ。
「飛ぶのも違うと思う。ガラスの中は泳ぐものだよ。だから魚、或いは魚みたいなものでちっともおかしくない。それにガラスって液体じゃん?」
「固体でしょ」
「と見せかけて液体なんだよ。窓ガラスってゆっくり下に流れているんだよ?」
「そうだっけ?」
うん、とミチ子は頷いた。「逆に高いところから落ちれば、ドーン。水だってコンクリートみたいになる」
「ふーん」納得しかけて、「いや、違う」
「何が?」
「ガラスは固体でいい。確かに熱で液状にもなるけど、垂れたようなガラスってのは製法の問題だってテレビで見た」
「私もテレビで見た気がするんだけど」ミチ子は腕を組み、うーんと唸る。「でもさ、水と窓って絵ならどっちも水色に塗るよね。これは看過できない問題でなかろうかの」
この子はちょっとおかしい。でも、面白い。
「ま、いっか」ミチ子は肩をすくめた。
「そうだな」亜希子も同意。「合わせ鏡かぁ──、」
「今まで何かあったワケでないなら、失敗しても別に害はないでしょ」
何気なく投げられたミチ子の言葉に、亜希子の顔は強ばった。
「……あったの?」
「いや、」あれはあったと云えるだろうか。
「見ちゃったの?」
「ああ、うん」
「どうなの?」
「えっと……」
身を乗り出したミチ子から、うずうずとしたヤジ馬感が滲み出ている。だからワザと云ってやる。「血みどろの女」