7(逃げたりしない?)
「ふーん」以前、会ったその兄とやらは確かにそんな感じかも。「仲、いいんだ」
「普通?」
さて、どうかな。亜希子は姉を思い浮かべ、「力関係はどうにもなぁ」
椅子に深く座り直し、風船の空気が抜けるような、細く長い溜息を漏らした。静まり返った教室で、ふたりの呼気が交叉する。
「ひとつ、怖い話するよ」ミチ子が云った。「それ、捕まえられる」
「なに?」
「黄色い魚」
まさか。笑おうとしたのに、頬がひきつって失敗した。
「正確には閉じこめるんだけど」
ミチ子が真っ直ぐ見つめてきた。亜希子はその瞳の中に自分を見た。
「どうする?」ミチ子が訊ねる。
「……逃げたりしない?」
するとミチ子は、芝居がかった様に肩をすくめて見せた。「保証なんてないよ」
まぁそうだろうな。
「それが本当にいるのが前提だけどね。疑ってる訳じゃないよ? でも奇妙キテレツなのは承知でしょ?」
亜希子は首肯する。
「だから話半分ってことで。興味あるなら、」
「聞く」言下に亜希子は云った。「聞かせて」
「ん」今度はミチ子が首肯する。「合わせ鏡にするの」
「……どう云うこと?」
ミチ子は机の上で、肩幅にした両のてのひらを向かい合わせに、立てて見せる。「泳いでる姿を見つけたら、片方の鏡に映して、」手のひらとひらが狭まる。「そのタイミングで合わせ鏡にすれば──、」パン、と小さく手を打ち鳴らす。「そこから出られなくなる」
「それもお兄ちゃんの受け売り?」
「うん。あ、違った。お兄ちゃんの友達だったかな」
何者だ。「それ、魚じゃなくてもイケる?」
「違うの?」ミチ子目が僅かに見開く。
「まぁ……違うんだと思う」
「ハッキリしてよ」
ぷっとミチ子は頬を膨らませた。