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6(特になにも)

 校舎も校庭も、いつも以上に空ろに感じて、ふと、亜希子は帰宅の準備をやめ、自分の席に座り込んでしまった。どれくらいそうしていたろう。忘れ物を取りに戻ったミチ子が教室でぽつねんとしている亜希子を見咎めた。

 なんかあったの?

 ミチ子が訊ねた。

 特になにも。

 答えるのも、何だか億劫。

「いや、あった」ミチ子は断言した。「良かったら聞くけど。ダメでも聞き出すけど」

 級友の顔を見ると、冗談でないと分かる。そう云えばこの子は水泳部だった。

 窓の中を黄色い魚が泳いでいる。

 いつしか亜希子は話していた。ミチ子は静かに頷きながら亜希子の喋りたいように任せていた。

「ねぇ、」ひと通り話し終えると、亜希子は訊いた。「あんた、泳いでる時ってなに考えてる?」

「水のことかなぁ」自信なさげに云いながらも、「うん」確信したように頷き、「水のことだ」人さし指を立て、小鼻を膨らませた。「水って存在そのものが不思議。だからその中に混ざって遊べるって楽しい」

「ふうん?」

「黄色って意味あるの?」

「知らないよ」そもそもが雲を掴むような話なのだから。

 しかしミチ子は違ったようだ。「何色でもいいのに、特定なのが気になるかな。例えば水って何色? 水色とか云わないでよ。あれはブルーだから。シアンにイエローちょびっと混ぜたもんだから」

「んん?」何を云い出すのだ?

「水って周りの影響を受け易い色なんだよ。色って光だよね。光の反射が色。その光が曲がっちゃうくらい、水ってすごいんだよ?」

「それは周りに影響を与えてる方じゃないかな」

「どっちもあるの。クラゲなんかほぼ水分で、人間だって七割、地球も七割」

「でっかいねぇ」例えのスケールに呆れた。

「でっかいさぁ」ミチ子は笑った。「だから気になるんだけど?」

 なるほどね。「黄色かぁ」机に指で〝黄色〟と書いてみた。「キチガイなんだ?」

「美術の教科書に載ってたでしょ、ゴッホのヒマワリ」

「うん」ぐねぐねとして不安になるような、ベッタリとして気味の悪い、そんな絵だ。

「あれは病んだ彼が見ている世界なんだって。自分で自分の耳を切り落とすくらいだし、さもありなん?」

「あんた変なこと知ってンね」

「受け売りだよ」からっと明るくミチ子は続けた。「お兄ちゃん、美術部なんだ」

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