5(ちょっと!?)
「ちょっと!?」
声を上げた途端にすとん、と元に戻った。惰性で揺れるカーテンを暫く見つめ、意を決してしゃがみ込み、裾をエイヤッと捲ってみた。脱いだ自分の靴が揃えてあった。
亜希子は急いで着替えると、チュニックを丸めて試着ブースから出た。靴を履くのがもどかしい。一刻も早くここから離れるべきだ。
のらりくらりと先の女店員が近づいてきて、「どうしでしたか?」やっぱり呑気に訊ねる。
女店員の手にチュニックを押し付け、尋臣を見つけると、腕を引っ張り、靴の踵も潰したまま、逃げるように店を出た。
「どうした」
訊くべきか否か。逡巡して、しかしエスカレーター前の小さな休憩スペースに差し掛かったので、腕を離し立ち止まる。「あんたさ、窓に何か見えるよね?」
互いの視線が交錯する。
「それ、なに?」
「黄色い魚」云って、尋臣は一拍の後、視線を反らした。「見たか」
「分かんない」
亜希子は首を振る。何故なら、自分が見たものは。膨れたカーテンのシルエットは。
──あれは人間の顔だった。
「帰ろう」尋臣が云った。
「本屋さんは?」
「済ませた」今度は尋臣が亜希子の手を取った。「長くなりそうだったからメールした」
「来てないけど?」手を引かれ、エスカレーターに乗ってフロアを下る。
「詰まったんだろうな」振り返りもせずに尋臣は云う。
「そんなこと、ある?」
「たぶんな」
勿論、センターに問い合わせたところで、そんな痕跡はない。尋臣が書店の紙袋のひとつも持っていないにも気付いている。目的のものがなかったのかもしれないが、そもそもが嘘だと亜希子は確信している。帰りの電車も、駅からマンションへ帰るみちみちも、ふたりは無言で、エレベーターの六階で降りた時も尋臣は横を向き、亜希子も口をつぐんで、ガラスのはめ込まれたスチールの扉越しに箱が昇るのを見送った。
*
「黄色ってキチガイの色なんだって」
空いている亜希子の前の席に、ミチ子がどっかと腰を落とした。中間テストまで一週間を切った。部活も一部を除いて活動が制限された。