4(イモくさい)
「なんでもない。本屋さん行くんでしょ?」
ところがその途で、今度は亜希子が引っ掛かる。カジュアルなアパレルショップ。
「ちょっといい?」
尋臣が頷く。
「待ってなくていいよ。先に本屋さん、行ってて」
しかし尋臣は、「いや、いい」
ゆっくり見て廻るつもりが、後ろからついてくる尋臣の存在でなにやら気が散り、ちょっとばかり嬉しくない。とは云え、色取り取りの、一足先の夏模様の店内は気持ちを華やかにさせてくれた。ハンガーに吊るされたそれを見つけて、お、と思う。桃色のかわいい花柄の夏物チュニックブラウス。
「ウチのお姉ちゃん、いっつもあたしの服、持っていくんだ」
尋臣の口元が薄く緩む。「返さないんだな」
「そう! ひどいでしょ?」
広げて身体に当ててみる。ゆったりとしたAラインのシルエットは見るからに涼しげだ。
「試着しないでいいのか」
さっと値札に目を呉れて、「いい」
戻そうとしたら、「お似合いですよ、ね? 彼氏さん?」音も立てずに近づいた、若くて茶髪で、睫毛バサバサの女店員が横から口を挟んできた。
「このイモくさい奴にもっと云ってやってください」
なんだと。ギッと尋臣を睨め付ける。女店員は口元も隠さず笑う。「試着、どうぞ」
いえいえ。断ろうとしたのに、いえいえ。女店員は云う。「こちらへ」どうぞどうぞ。
チュニックを取り上げられ、あれよあれよと試着ブースに押し込められた。
ベージュ色のカーテンが引かれて、壁の姿見の中に途方に暮れた女子がいる。自分だ。どうしてこうなった。亜希子はのろのろシャツのボタンを外し始める。これじゃぁ着ないワケにいかないじゃない。かてて加えてイモくさいとは何事か。思い出してぷりぷりする。かわいい花柄チュニックで見返してやる。
袖に腕を通し、ボタンを留める。薄くて軽くて、胸周りも苦しくない。縫製もしっかりしており、花柄プリントの生地も触り心地よい。裾を引っ張り、壁に取り付けられた鏡をのぞき込み、前髪を直す。そんなにイモいかな。くるりと廻って、後ろ姿を見ようと首を巡らせたとき、視界の端を何かがよぎった。
黄色く見えたそれは試着ブースのライトの映り込みだろうか。再び鏡に向き直って、身体を傾げながら覗いてみるが、確かにライトの反射はあっても、あの色は違う。明らかな黄色。鮮やかな黄色。夏のような黄色。ライトが作るそれではない。鏡の中、背後でカーテンがふわっと揺れた。外から誰かが触ってる。風ではない。一歩下がると、背に壁が当たる。イタズラ?
尋臣がやるとは思えなかったが、それでも呼びかけた。返事はなかった。カーテンの揺れ幅が次第に大きくなる。不意に、ぐっと目の高さで盛り上がった。