2(追い出された)
「家から追い出された」
亜希子を玄関で待たせ、尋臣はシャツを羽織って、ジーンズの尻ポケットに財布を突っ込みながら戻ってくる。
尋臣の家はいつも薄暗い。乾いた空気の中に、ほのかに甘い匂いが混じって、それが鼻をむずむずさせる。玄関も廊下もさっぱりしていて、ついつい自宅と比較して、どうしてウチは物が多いんだろうなぁ。
「なんか予定あった?」
訊ねると「いや」尋臣は否定して、「親父の戻りも来週だし」
洗濯とか全部自分でしてるのは知っている。甘い匂いの正体は柔軟剤だ。リビングに上がったこともある。厚いカーテンがひかれ、棚やソファが定規で測ったように配されていた。テレビはなかった。鼻を刺激する匂いさえなければ、まるでモデルルーム。立て続けにくしゃみが出た。自室は見てない。けれどもそこだって綺麗に片づけられ、整然としているのは想像に難くない。本は絶対、作家順に並べている。でも、そう云うのってなんだか神経症みたい、と亜希子は思う。
四角い部屋を丸く片づけない!
多々怒られる身としては特に。
「行き先は?」マンションのエントランスを出たところで訊かれた。五月の新緑が眩しい。手で庇を作って目を細め、「ノープラン」
「資金は?」
「少し」
同じ歩幅で横を歩く尋臣が、くいと空に視線を向けた。このところ急に背が伸び始めたよう。なんだかひょろひょろして見える。昨年までは明らかに自分の方が高かったはずなのに、そう云うのってすごく男子っぽい。
「映画は?」尋臣が云った。
驚いた。往々にして避ける傾向のある場所なのに。「何か見たいのあるの?」
「いや」否定した。「ない」
なんですと。亜希子は些か困惑する。でもまぁ、特に何かするわけでもなく、時間を潰すにはいいかもしれないし、財布の中身を思い浮かべ、妥当な提案との結論に達する。「いいよ。映画」
隣駅の大型ショッピングセンターに入っているシネコンへ向かった。
ゲームしよう。尋臣が云う。「上映時間が近くて、一番ひとが入っていないのを観る」
なんだい、そりゃ。「前半は別として後半はハズレってことじゃない?」
「いいや」尋臣は薄く笑った。「意外と当たりかもしれない」




