1(黄色い魚)
黄色い魚の泳ぐ窓
尋臣が立ち止まるのを見て、船橋亜希子はまたと思う。ショッピングモールは好きでないと云う。でもついてくる。そしてウインドウに視線を向け、立ち止まる。黄色い魚が泳いでいる。亜希子は一度も見たことない。
亜希子が中学に上がるその春、一家は新しく建ったマンションへ引っ越した。その夏の終わりに尋臣は父親と共に上の階へと越してきた。
示し合わせた訳でもないのに、帰宅の途で多々鉢合わせるようになった。同じクラスの男子とふたりきりのエレベーターは居心地悪かった。扉のガラス越しに後ろに立つ男子を盗み見たことがある。尋臣は横の壁に体を預け、天井を見上げていた。電子音が鳴って、扉が開く。無言で亜希子はそそくさ立ち去る。秋も終わりになる頃には、自意識の過剰具合との折り合いをつけた。春になり、二年に上がってまた同じクラスになった。時々一緒に帰宅した。級友の六文字ミチ子にからかわれた。「同じマンションって一緒に住んでると同義語じゃんっ」
あの子はちょっとおかしい。でも尋臣は殆どひとりであの部屋に住んでいる。
「大変ねぇ」母は嘆息する。父子家庭で、その父親はあちこち飛び廻っているご様子。母と母とは知らぬ仲でなく、だから小さい時分は子供同士も付き合わされたり。そして夭逝した彼女の一人息子を何かと気にかけている。
「お夕飯に呼ぼうと思うんだけど?」
やめなよ、と亜希子は云う。「男子ってそう云うのイヤがるよ」
「嫌がるのはあんたでしょ」
代わりに総菜を詰めたタッパを持って行かされる。母親の空気の読めなさは、ハンパない。
「あたしが行こうか?」
姉は分かってて代理を申し出る。三つ上の高校生の姉は、時々、ひどく意地が悪い。「ヒロちゃんってかわいいよね」
姉はちょっと趣味が悪い。下着も変な柄ばかり。休日の前の晩、勝手にクローゼットを物色して妹の服を一方的に借りていくが、自分のそれと合わせた格好は家から出すべきでない。なのに母は笑って送り出す。母もちょっと趣味が悪い。「あんたも出かけないの?」お友達と。
「約束ない」
「なら図書館とか」どっか行けばいいのに。ぶつぶつ云って、「お布団干すからね」
本でも読み読み自堕落に過ごす腹積もりを見透かされたようで、邪魔者扱いされてるようで、面白くない。そんな次第で取り合えずミチ子に連絡とってみる。
「ごめん」ケータイの向こうで友人は謝った。「先約があるからまた今度」。その今度は来るのかな。「……とは出かけたりしないの?」
何を云い出すのだ。「なんで?」どうして、ナニユエニ。なのに結局、着替えて七階に行ってみる。助言に従った訳でありませんよ? 知らん相手でもないし。文句云わないし。