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気持ちの籠め方

作者: のみのみの

 昔々の物語。

 雪の降る、寒い寒い山の中程にある小さな集落に、大きな荷馬車に二頭の馬をつれた一組の行商の老夫婦が泊まっていた。

 村長によると、雪山の向こうに行くためにしばらく泊まるということだった。名前はダンとハンナ。子供は三人いるが、みんな都会で暮らしているそうだ。今の季節は何かと入り用の物に事欠かないので、村人たちはたいへん喜んだ。

 ある日のこと。ある村人が何を売っているのか聞くと、ダンはこう答えたそうだ。


「売るものなんて無いよ」


 その背中には荷馬車があったが、それを指差しても首を横に振るばかりで話にもならない。仕方なくその日は帰ったが、気が変わっているかもしれないと翌日も訪ねたそうだ。しかしやはり、返事は変わらなかった。


「なんで何も売らないんだ?」


 そう聞くと、今度はハンナがこう答えたそうだ。


「気持ちが無いからさ」


 次の日から、村人たちは行商の夫婦に手土産を持っていくようになった。最初に持っていったのがアイ婆さんさ。倉に積んであった野菜から適当なものを選んで物々交換してもらおうとした。だが結果は散々なもので、何も売ってもらえなかった。他にもいろんな奴が物を持っていった。衣服や食材、果ては宝石まで、価値のあるものは何でもだ。しかしそれでも夫婦がものを売ることは無かった。

 次第にその夫婦に構う人は一人、また一人と減っていき、その内に誰も構わなくなっていった。

 そんな折、一人の青年が都会から帰ってきた。モールという名前だ。見るとその隣には別嬪さんが仲睦まじく立っていて、両親に結婚の挨拶をしに来たという話だった。

 ああ、確かに数年前に村を出た少年の面影がある。たが、あそこまで精悍だったか? 多少の疑問はあったものの、年月は人を変えるものだ。彼も私も変わったのだろう。

 その日の夜には村を挙げて結婚式を行った。別嬪さんはフィーネと名乗った。王女様のように可憐でおしとやか、女王様のように美しく慈愛に満ちた女性だった。

 どこで見つけたんだと聞いてもモールが答えることは無かったが、それでも話に事欠くことはなく、夜遅く、空が白くなりだす頃まで宴は続いた。

 その日からしばらくモールとフィーネさんは村にいたが、向こうで仕事があるからと村を出る日になった。

 その時だった。あの老夫婦が再び姿を表したのは。

 物を売らない行商だから、不機嫌になる奴もいたが、まあそこは新婚夫婦の手前、顔には出さなかったな。むしろ今までどこにいたのかを不思議がる人が多かった。

 老夫婦はいつの間にかフィーネさんのすぐ隣に立って、何事かを囁いた。フィーネさんはそれに少し驚いた風だった。

 みんなが黙ってことの成り行きを見守りつつ、老夫婦が何をしでかすのかと苛立ちと期待を膨らませていると、突然、フィーネさんが悲鳴をあげた。


「あ、悪魔ぁっ!」


 何事か、と見ると、フィーネさんは、老夫婦でもなく、ましてや村人の誰かでもなく、夫であるはずのモールを指差していた。

 ずりずり、と徐々に新婚夫婦の距離が開いていく。それにしたがって段々とモールの顔立ちに違和感を覚えるようになってきた。笑っている? 確かに笑っているが、それだけではない気がする。

 なにか、大切な、そう、なにかを、思い出せない、なにか。

 フィーネさんは、目を白黒させている村長さんの隣に崩れ落ちるようにへたりこんだ。


「バレたか。まあ、頃合いだろう。どうせ戻ったらネタばらしをするつもりだったんだ。多少それが早くなったところでもう遅い。お前はもう俺の味を覚えてるんだよ。ははっ、太ももを擦り合わせて何をやっているんだ? えぇ?」


 急にお喋りになったモールは、口元をつり上げながら嫌らしい目でフィーネさんを見つめ続けている。

 一歩一歩、フィーネさんに近づいたモールは、周りを流し見ると突然、破顔した。それはもう、気持ち悪いくらい気持ち良さそうに。


「ははっ、まだ気づかないのか。こりゃぁ傑作だ。最高だよ、そう思うだろ? ジャスミン! キール! トリタニー! えぇ?!」


 唐突に名前を呼ばれた三人は、互いに顔を見合わせて首をかしげた。代表するようにジャスミンが一歩前に、フィーネさんをすぐにでも守れるような位置に出た。


「モール、俺らは友達、だった、はずだよな」


 ジャスミンは、モールに確認するようにそう言った。その言葉にモールはさらに笑みを深くさせて、気味の悪い笑い声を響かせた。


「友達ぃ? 何を馬鹿なことを言っているんですかね。くくっ、最高じゃないか」

「そ、そうだな、聞くまでもないよな」

「そうそう、聞くまでもない。俺とあんたらは、友達でもなんでもなかったんだよ、馬鹿が。俺を殺そうとしたのはお前らだろ?」


 風が一陣、その場を吹き抜けた。


「お、お前はっ!」

「はっ、やっと思い出したか。そう、お前らがさんざんに苛めぬいた、モールだよ、馬鹿が」


 モールは小馬鹿にしたような微笑を周囲に浮かべると、いつの間にか隣にいたフィーネさんを無理矢理に立たせた。その手がフィーネさんの体を這っていく。

 モールが殺されそうになった?

 どういうことだと村長を見たが、首を横に振るばかり。モールはフィーネさんを慰めながら、三人に捲し立てている。

 そういえば、と行商の老夫婦を捜してみたが、どこにも見つからなかった。


「俺が友達だと気持ちを植え付けただけでこれだ。人間なんて単純だね。さて、それじゃあ彼女たちはもらっていきますよ、あしからず」


 そうモールが言うと、三人の後ろにいた村でも一二を争う美女三人、更には小さな子供から子持ちの女まで、可愛いまたは綺麗な女という女が歩き出した。フィーネさんも例外ではない。


「じゃあな、もう会うこともないだろ」


 そう言うと、モールは大勢の女と共に村を去っていった。私たちは何が起きたのか全く分からず、ただ立ち尽くすばかりだった。

 その夜は、三人からあらましがぽつりぽつりと語られた。子供の頃、三人でモールを苛めていたこと、木の枝で叩いたり浅い川に飛び込ませたり、死んでしまうかもしれないスリルを楽しんでいたこと、そしてモールが最後に見せた姿が鏡を見ているようだった、と。その内容に激怒した人もいた。


「何でそんなことを。お前らのせいで私の妻はあのモールに取られたんだぞ」

「そうだ。モールを苛めたりしなければよかったんだ」


 三人は喋り疲れたのかそれらには反応せず、鼻をすするばかりだった。


「すまないが」


 罵声が響く広場を静かにしたのは、静かな老人の声だった。見ると、行商の老夫婦の夫のダンが静かに立っていた。


「あなた方は、蛙になった王の話を知っているかね」


 蛙の王様。確か、蛙にさせられた王が、王女のキスで元の人間に戻って結婚してめでたし、という話だったはずだ。


「魔法によって蛙にさせられた王が、王女の落とした黄金の毬を池の中から拾う代わりに友達になってほしいと頼む。一度は頷いた王女だったが毬が手に戻ったと分かると蛙を置いて城に帰ってしまう。蛙の王様は彼女を追いかけ、そして彼女との約束を無理矢理に押し付け一緒に食事をし寝室にまで上がり込む。流石に王女は怒り蛙を壁に叩きつけるがそれにより魔法が解けて立派な王に戻り、王が王女に求婚するとあれよあれよと結婚。めでたしめでたし、だそうだ」


 だいたい合っていた。しかしこの話が何だというのだろうか?


「あなた方は、その王女なのかもしれないね」

「ちょっとあんた、さっきから何を言って」

「一途な家臣が、彼に手を差し伸べていたら良かったのかもしれないね」


 また、一陣の風が過ぎ去った。積もった雪が舞い上がり、視界が一気に悪くなる。そして気づいたときには、老夫婦の姿はすでに村からいなくなっていた。

 それからしばらくして、風の噂で王女が婿をとったという話が流れてきた。これで、この国は安泰だ。そう、私たちは安堵した。

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