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願いは、彼女の家の夜空の下で  作者: 悟る世代
4/6

4ー彼女のパジャマ、僕のパジャマ?

 楓の苦しむ顔を見て、ティースプーンの小さじ一杯ほど喜んでしまった。隠れていた自分のSっけという内面に驚愕する。今まで、いたずらとかされてばっかりだった。最初のいたずらは下駄箱の靴を左右逆にされていた事だった。最初は楓と付き合い始めた嫉妬で、誰からかいじめを受けているのかと思い、落ち込んだ。でも左右逆にされる日が、楓と時間を合わせて一緒に下校出来なかった時だけだった。その為、僕は楓がいつもやっている事なのだろうと思い立つ。僕が先に帰る事になった時、試しに楓の靴を左右逆に変えてみた。そうしたら、次の日の登校日の学校用シューズは、左右の靴紐がお互いに複雑に絡められていて、履ける状態じゃなくなっていた。靴紐を結び直したせいで、人生の最初で最後だろうと思われる遅刻を喫する結果となった。顔色を変えて教室に飛び込んだ僕を見て、笑いを隠そうとしていた楓の顔を忘れる事は出来ないだろう。




楓「あんまり女の子にひどい事すると地獄に落ちちゃうよ」

僕「だって元々、楓がした事だし」

楓「女の子はもっと優しく接しないと逃げて行っちゃうよ」

僕「以後、気をつけます」

楓「よろしい」

会話の歯車は噛み合っていた。一方で、公平という名の天秤は楓の方へ傾いている気がした。そんなこんなで、歩いて15分程。

楓「ここが私の家」

特に目立たない一軒家だった。手入れされている庭や簡単な装飾が施された小奇麗な玄関

からはこの家を守る楓の母親の努力を感じずにはいられなかった。

楓「どうぞ、上がって」

鍵を開けた楓に家の奥へと案内をされる。

楓「何飲む?」

僕「どうして家の人いないの? 牛乳で」

楓「どうぞ。両親共に出張で暫く家を空けるの。金、土、日、月、火、水と6日間、大阪へと行っているの。姉は大学で1人暮らしだし」

楓はお盆に載せた牛乳を僕に出す。美味しそうな和菓子のおまけ付きだ。

僕「ありがと。中に変なもの入って無いよね。……わさびとか」

楓「ひどい。やっぱり、知っていたんだね。ひどい、ひどい」

うっかり僕は口を滑らせてしまった。差し出された牛乳を恐る恐る口にする。普通の牛乳だった。あんまり、わさびの話題を引っ張ると機嫌が悪くなりそうだ。話題をそらす為に、僕はテレビを付ける。リモコンに刻まれている数字のボタンを次々と押して回したが、うまく話題をそらせそうな面白い番組はやっていないようだった。僕は、芸能人が次々と美味しい名店を回る企画を見ることにした。

僕「美味しそうなチョコだね」

楓「今年、チョコを貰うとしたら、手作りと出来ているやつどっちがいい?」

僕「勿論、手作りがいいよ」

楓「じゃあ、中に何か異物が混ざっちゃうかも。ワサビとか」

口調を真似された。楓は、僕とテレビの間をわざと横切る。顔には、小悪魔風の笑顔をたたえていた。今にも黒い尾がにょきにょき生えてきそうだった。

楓「お風呂入れてくるね」

いつもは、楓と一緒に居ることが愛おしい時間だ。だけど、今日は僕の人生にとって大きな出来事がありすぎて、一人で落ち着いて考える時間が必要だった。楓がお風呂に水を注ぐ短い時間で、僕は今日あった出来事を整理する。関節キス、楓が人形好きでクレーンゲームも得意だった、怖い話は苦手。どれも僕の知らない楓の一面だった。怒らせてしまった事も多々あったけど、今日のデートは大体成功だったのだろう。今日の一日の総括を短い時間で済ませる。

楓「何にやにやしているの? エッチな事でも考えていたのかいね」

僕「違うよ。今日のデートは成功だったのかなって考えていたんだよ」

楓「失敗だったかな? 格好良いとこ無かったし」

突き刺さる一言。とても採点が厳しい彼女だった。

僕「今度は、ボーリングとかにしようか。それなら、格好良いとこ見せられるかも」

楓「私も上手だよ」

僕「どれくらい?」

楓「アベレージ160位」

僕より高い点数だった。その後もダーツとかビリヤードとか遊技場で遊べそうなゲームで、自分よりうまいゲームを探してみたのだが、話を聞く限り僕より上手そうだった。オセロや将棋でも頭の良い楓の方が多分上手だろうし、僕の技術では楓に格好良い所をみせる事は無理だろうと思えた。

楓「風呂入って来るね」

結局、楓の弱点を見つけるより先にお風呂の準備が出来てしまうのだった。楓は、僕を置いてお風呂に入る。「一緒に入る」と一言言ってみたかったが、たしなめられてしまうだけだろう。楓の事だからもしかしたら許しを出してくれるかもしれないが……。その妄想による後悔は僕を更に苦しめた。テレビから流れてくる特に面白みのない芸人の話を聞いて自分を慰める。楓の家にお邪魔出来るだけで夢のような出来事なのに余り沢山の事を期待する訳にはいかない。別々のお布団で眠りにつくだけなのだ。期待に膨らみすぎる妄想に歯止めをかける。少しだけ落ち着く。そんな僕は、テーブルの上に家族写真がある事に気が付く。こんな近い所にあり、枠に入った写真に気がつかないなんて僕はどんなに焦っていたのだろうか。写真には、楓、母、父、おばあさん、姉の5人が写っていた。先ほどの楓の話にはおばさんの事が出てこなかった事を鑑みると、おそらくお亡くなりになっているのだろう。その他にも姉のことが気になった。姉は、楓と違って背がとても高かった。写真を見る限り楓と同じかそれ以上の美人だ。すらっと伸びる長い足、触ってみたくなるような細くてしっかりとした黒髪。将来はモデルとしてもやっていけるような等身だ。モデルになれば間違いなく、読者モデルというレベルでなく、雑誌のトップモデルとなれると僕が思うほどだ。楓が普段背の事を執拗に気にしていた理由が分かった。楓は姉と自分を比べて惨めになっていたのだ。負けず嫌いな楓だが、身長の面ではいくら努力しても姉に勝てなかったのだろう。

僕「綺麗だな」

自然と言葉が落ちる。

楓「誰が?」

濡れたものが僕の頭を包む、ゴシゴシされる。

僕「痛い、痛い」

声のする背後を振り返ると濡れタオルを持った楓が立っていた。フリルのついたパジャマを装備する楓。楓の可愛らしさを一番引き立てるような素晴らしいお召し物だった。でも、そんなパジャマを着た女の子は、僕の髪をぐしゃぐしゃにしていた。

楓「どうせ私は背が小さいですよーだ」

女心は秋の空。風流で的確に示したことわざだと思う。目の前の女性の心は今にも豪雨に変わりそうだ。

僕「楓の方が可愛いよ」

楓「私に対しては、可愛い。姉に対しては、綺麗。やっぱりさっきは姉の事を見ていたね」

鋭い楓の分析が僕の心を読んでいた。でも、僕のフォローのおかげで、雨のち曇天ですみそうだ。

僕「か、楓の方が綺麗だよ」

今日はいつも言わない恥ずかしい言葉を沢山言わされている様な気がする。

楓「お世辞ありがと」

嬉しくなさそうな顔をしているが、タオル攻撃が弱まっている事。「ありがと」と言う言葉は、楓がまんざらでも無いことを示している気がした。あんまり、沢山話すと墓穴を掘ってしまう、ここは一度距離を取った方がいい。

僕「風呂入っていい?」

そう言いつつ、椅子から立つ。

楓「タオル持っていって」

楓は僕に対して、2つのタオルを投げて渡す。キャッチした僕はそそくさとお風呂場へと向かった。

僕「そういえば、着替えもってこなかったな」

当たり前の事だった。今日ここに来るとは全く思わなかったのだ。気持ち悪いが、同じ洋服を着直すしか無いだろう。お風呂場の戸を開く。ひのきの香りが僕の嗅覚を刺激した。入浴剤のせいで黄色に染まったお風呂。水面には、お風呂場で何故か良く見るアヒルが浮かんでいた。肩までお湯に浸かる。

僕「あー」

気持ちよさで言葉が漏れる。これは僕の悪い癖なのだが、意識せずに言葉が溢れてしまう事がある。普通の人にも良くある事なのだろうか? これのせいで、笑われたり、他人を傷つけてしまったりする。楓とか、楓とか、楓とか。以後気を付けないと。暖かいお湯は自分の体を包み込む。体に染み入り渡る暖かさに対して、遠慮せずに全てを明け渡す。水面で揺れるアヒルのおもちゃはアンニュイな笑顔で僕の気持ちを全て察してくれている気がした。

僕「ぐわっ、ぐわっ」

高校生にもなって一人で人形遊びをしてみる。アヒルがどんな鳴き声なのかよく知らないのだが、多分こんな感じだった気がする。

楓「あはは」

楓の笑い声が聞こえる。とても近い位置で聞こえた気がした。でも、今居間にいるだろうから、テレビを見て笑ったのだろう。

僕「今、居間って」

自分で偶然閃いたオヤジギャグにつっこむ。体を覆うお湯は体の芯まで到達し、自分の体からは汗が流れる。そういえば楓もこのお風呂に浸かったんだよな。それならば、楓からも出汁が出たはずだ。水面に鼻を近づけて匂いを嗅いでみる。当たり前の様に檜の木の香りが漂う。当たり前の様に楓の香りがする訳が無かった。風呂場の水を飲んでみる……。流石にやりすぎだ。思いとどまる。アヒルさんも監視しているしね。

僕「ぐわっ、ぐわっ」

洗い場に移ると、シャンプーとリンスが近くに置いてあった。これを使えと言う事なのだろうか。容器には沢山の花柄があしらわれている。高そうな女性用シャンプーだ。いつも使っている安物リンスインシャンプーの倍の値段はしそうだ。丁寧に2プッシュする。男性用よりも香りが強い。この香りは、いつも楓からふわりとする甘い物だった。楓の香りはシャンプーの香りだったのか。ラベルをみると地中海風オレンジの香りと書いてある。日本産とは違う匂いなのだろうか。

僕「ふん、ふ~ん」

髪を洗っている間、自然と鼻歌が溢れる。先ほどの誓いとは何だったのだろうか。でも、こんなにいい香りに包まれているのに歌を歌わない方がおかしい。おそらく楓を抱きしめると、この香りを感じることが出来るのだろう。自分にはいつか楓を抱きしめるチャンスが生まれるのだろうか。地中海の力を得て、地中海風男子になった今の自分は、楓を抱きしめる事が出来る気がした。シャワーで香りをさっと流す。もう一度、ぽとんと体を浴槽へ。たまには、香りにまみれる入浴タイムも悪くないだろう。バスタイムで生気を養った僕は、浴室の外へと出る。

僕「えっ」

着替えが無い。僕の置いていた場所に着替えが存在していなかった。大声で呼ぶ。

僕「着替えが無いんだけど」

楓「洗ったよ。だから、棚の上に置いてあるやつ着て、ぷっ」

楓が最後吹き出していた様な気がする。とても悪い予感だった。棚を見ると棚には緑の大判タオルの様な物が畳んであった。広げて見ると、その全貌が明らかになる。カエルの着ぐるみだった。生地自体は、タオルの様な触り心地。一応パシャマと言われれば、パシャマだった。僕の体格から考えて、お姉さんのパジャマなのだろう。また、下にはちゃんとパンツも置いてあった。

僕「一応聞いておくけど、このパンツ誰の?」

楓「父さんのだよ!」

ですよねー。元気の良い楓の返事は、最後にエクスクラメーションマークが付きそうなほどだ。お父さんごめんなさい、そう思いつつ僕はお父さんの下着を履く。カエルパジャマは上下ひとつなぎとなっているようで、前のジッパーを上げる事でカエルとして完成する様だ。一気に上まであげきる。目の前に鏡があるようだが、鏡を見たら心が折れてしまう絶対に見ない様にして着替えを済ませた。楓は、この姿を見て苦笑するだろうな。笑う為にこの衣装を着せているのだろうと思うと、デートの最中にもっと意地悪をしておけばと思った。勇気を持って、リビングへと向かう。

楓「おかえ……、ふふっ、あはは」

苦笑では無かった。僕の事を真っ直ぐに指さして、腹を抱えて笑っていた。漫画ならば、床を横にころころと転がって表現されるのだろう。

僕「別に着替えなくても良かったんだけど……」

楓「ごめん、でも干しちゃった」

楓の指を動かした方向をみるとぶらぶらと干され、揺れていた。ワイシャツやシャツとパンツ、そして靴下、体育用体操着まで漏れずに洗ってあった。急いで愛しい衣類たちの傍へと駆けつけてみたが、水気を帯びており着衣出来る状態では無い。学ランは、綺麗に畳まれて仕舞い直されていたが、制服姿で寝るわけにはいかない。また、カエルスーツを脱いで、パンツ一丁になるのもデリカシーが無いだろう。

楓「明日の朝までには乾くよ。夏だし、だいじょぷっ、ふっ」

最後の方、笑っちゃっていますけれど、本当に大丈夫なのだろうか。心配になる。

楓「そういえば、アヒルの物まねしてたね」

お風呂場の恥ずかしい出来事を思い出させられる。洋服を洗濯する為に、着脱場所へ向かった時に聞かれたのだろう。

楓「ぐわっ、ぐわっ、ふふ」

楓の連続攻撃にお風呂の中で養った気力がたちどころに逃げていくのを感じた。目の前にいるのは、純白のフリル付きパジャマに袖を通した女の子のはずなのだが、悪魔の黒い尻尾だけで無く、黒一色の耳が生えてきそうな様子だった。

楓「いっしっしっし」

笑い声さえも下衆の笑い方へと変わっていた。


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