表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
願いは、彼女の家の夜空の下で  作者: 悟る世代
3/6

3ー回転寿司での、喜悲交々

最近は、何かにつけて楓の事を考えてしまっていた。家で美味しい秋刀魚を食べた時は、これを楓が食べたら何と言うのかな? テレビ上映される映画を見て、これを見たら泣くのだろうか? 完全に僕の心は、恋の病に苛まれていた。そんな中、渦巻く一つの疑問があった。

友人「でも、どうしてお前の事の告白を断らなかったのか。意外とストライクゾーンの広い子だったのか」

友人は、権利を譲渡したはずのコーラを一つ開けてゴクリと飲みながら言う。僕のどこを好んでくれたのだろうか、という難問だ。

友人「お前って特に魅力があるように思えないけどな」

ぐうの音も出ないほどの正論だ。

友人「楓ちゃんだったら選び放題なはずだ」

友人の力強い断言。僕もそう思う。でも、お前も十二分にぱっとしない存在だとも思うけどな。

友人「どこが良かったのか、聞いてみてよ。今後の参考にするから」

暫く春が来なそうな友へと事実を伝えても何も変わらない気がした。だけど、気になっていた事もあり、楓に疑問をぶつけてみる事にする。

楓「うーん。減点箇所が無いところかな。加点すべき場所も取り柄もないけどね」

もうちょっと褒めてくれてもいい気がするが……。楓は、素直?な子だった。


楓は、夕食に寿司屋を選択。高校生だから高級な物を食べられるはずも無く、全品100円の寿司屋だ。

楓「久しぶりだなー、寿司屋」

寿司屋に入った途端に、楓の機嫌はたちどころに治った。

僕「沢山食べていいからね」

楓「言われなくても、そうするつもりだよ」

機嫌をすっかり取り戻した楓に安堵しつつ、僕は薄い財布の心配をする。財布を楓に気づかれない様に開くと、渡戸さんが1枚顔を覗かせていた。

僕「大丈夫だよな?」

楓「何が?」

僕「う、うん。何でもない」

2人で50皿以上食べる事にはならないだろう。僕は安心してマグロに手を伸ばす。僕が一皿取った時には、楓側のテーブルには、サンマ、エンガワ、イワシ。沢山のお皿があった。

僕「楓は、どんな寿司ネタが好きなの?」

楓「やっぱり、光り物だよね」

楓の女子高生らしくない箇所は寿司の好物にまで及んでいた。もっと楓には、女子高生らしさを振りまいて欲しいと思う。ぶつぶつ……。

楓「今日の夜、私の家に泊まらない?」

僕「えっ」

下らない事を考えていた時に、楓から信じられない一言が告げられた気がした。

楓「今日、家に両親がいないの。もし、そちらのご両親が心配をかけないのなら、だけど……」

更に自分の良心を揺るがす様な楓の一言。

僕「いや、僕の親は放任主義だから、電話を一本かければ多分いいはずだけど……」

楓「じゃあ、それで決まりね。お願い。今晩、私の部屋で寝る事」

2度目の楓のお願いは、まさしくカップルらしい使用方法だった。でも、まさか。急に進展しすぎている気がした。自然と鼓動が高鳴る。

僕「楓……。楓は心配じゃないの?」

楓は、僕の言葉に対して目を丸くしていた。

楓「根性なしだし、益体無しだし、心配ないでしょ。私に対して嫌がる事をする人だとは思えないし、一緒の部屋で寝るだけだから。勿論、お布団は2つ準備するよ」

信頼されている様な、馬鹿にされているような不思議な気持ちだ。

僕「でも、いつ男は狼になるか分からないよ。僕だって、夜の月を見て変身しちゃうかもしれないし」

楓「今の話を聞いただけで動揺して、醤油皿を3枚準備している人に言われても、説得力が無いよ」

楓の言葉のおかげで僕は我に帰る。自分の手元には、醤油が注がれたお皿が3枚用意されていた。まだ、1貫も食べていないのに……。手も自然と揺れていて、とても恥ずかしかった。

僕「ごめん、ちょっとトイレ、トイレ」

楓「行ってらっしゃい」

僕は、逃げるようにお手洗いへと向かう。まさか、初デートで家に行ける事になるとは……。手洗い場にある鏡に映る自分の顔は、とても赤い。ゆっくりと呼吸を整えながら、頬をぽんぽんと叩く。

僕「ただ一緒の部屋で寝るだけ。それだけ」

小さな声で呟き、自分に言い聞かせる。それだけなら何の問題も無いはず。多分。僕は、トイレの中で親に連絡を入れる。勿論素直に、楓の家に泊まると伝える事は出来ない。母も知っている友人の名前を出し、ごまかす。母は特に疑う訳もなく2つ返事で僕の外泊の許可を出した。母に申し訳がないなと思いつつ、自分が親になったら外泊許可は簡単に出さないようにしようとも思った。

僕「ただいま。親の許可取れたよ」

楓「そうなんだ。良かったー」

楓の顔は一層ほころんでいた。ついさっきまで、同じ人が映画を見て泣き叫んでいたとは思えない。僕は、デートを企画して本当に良かった。楓はもう5皿ほど食べ終わっており、僕も早く食べなければ置いてかれてしまいそうだ。取ったが食べずに置いておいたマグロに手を伸ばそうとする。

……おかしい。どこかおかしかった。トイレに行く前のマグロはこんな置き方じゃ無かった。それにゆっくりと眺めると、マグロは膨らんでいるように見えた。……まさか。

楓「早く食べなよ」

楓は、早く食べる様に促す。

僕「デートの最中にあーんってして、食べさせるの夢だったんだよね」

楓「そうなんだ。へー……」

楓は、僕の不穏な雰囲気を読んだのだろう。目を合わせようとしない。

僕「お願い。この皿のマグロを楓に食べさせる権利」

楓「私、マグロ苦手なん……だよね」

楓の方には、まだ食べていないネギトロが置いてあった。マグロが嫌いな人がネギトロを食べるだろうか?楓のこの様子から分かる。楓は、僕のいない隙に大量のわさびを寿司の中に仕込んだのだ。少し前の事を振り返る。普段の楓なら、親の許可が取れただけであんな嬉しそうな様子になるはずかなかった。違和感はそこにもあった。楓は、わさびを食べた後の自分の歪む顔を想像して笑顔だったのだろう。ちょっと仕返ししてやる。

僕「でも、マグロ嫌いな人はネギトロ食べないよ?」

僕は、不思議がってる様子を大げさに示すために首をかしげて見せる。そう言われた楓は少し焦っているようだった。醤油皿に付けずに、醤油差しで上からマグロの寿司に醤油をかける。自分で大量に入れたわさびに苦しめられる時が刻刻と迫る。

僕「はい。あーん」

楓は、とても渋る。

僕「お願いを1つずつ叶えるって約束したよね」

僕もとても意地悪だった。楓をちょっと追い詰める。楓は観念したように口を開ける。

僕「そんなに小さな口だと入れてあげられないよ」

楓は渋々、大きく口を開ける。その口の中に無理やりお寿司を押し込む。

楓「あー」

つんとくる辛さに対して、テーブルの下で足をばたばたとさせている様だ。遠慮を余りしない楓の事だ。相当の量のわさびを入れたのだろう。見た目で違いが分かるほどなのだから。楓は、水で頑張って流し込んでいるようだ。目には涙が溢れそうだが頑張って堪えている。ここまで僕の予想通りに事が進んでいた。

楓「美味しいマグロだよ。もう1つは自分で食べなよ」

楓は僕が気づいていないと思っている。だからこそ、負けず嫌いの楓はもう1貫を僕に食べさせる為に文句を言わずに食べたのだ。しかも、辛さを悟られない様に演技すらしている。楓の涙ぐましい努力だった。だが、スイッチの入った今日の自分はここで折れる訳にはいかない。

僕「でも、僕のお願いはこの皿のマグロを食べさせる権利だから。2貫共だよ」

楓「えっ、あー、うん。でも、美味しいよ。私はもうお腹一杯。だから是非とも自分で食べて欲しいな」

僕「もう一皿とるからいいよ。はい、あーん」

楓「……」

僕「口開けて。ねえ、ねえ、早く早く」

寿司を箸で挟んで、楓の口元まで持っていく。楓の唇につんつんとネタを当ててみたのだが、楓の口は重い門の様になかなか開かない。

僕「お願い。僕の夢なんだけどなー」

食べさせる事が夢だった事を強調する。自分も腹黒さがある事を再確認する。最終的に観念した楓は再び口を開けて、再び悶え苦しむ事になった。

楓「意地悪……」

楓の呟き。僕がわざとやっていた事が伝わったのだろう。

僕「ごめん、ごめん」

また怒らせてしまった。ちょっと反省する。結局、2人合わせて1500円ほどのお愛想だった。楓の家庭は余り外食に行かないらしい。味的には満足して貰えたのではないかと思う。再び機嫌を損ねた楓と今度は家へと向かう。昼頃から始めた初デートだったが、気付けば時刻はもう7時を過ぎていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ