1-クレーンから始まる恋愛模様
楓「もし、あのぬいぐるみを取ってくれたなら、今日は最高の一日になるなー」
付き合い始めて一ヶ月。授業終わりの放課後デート。しかも、今日は僕に取って初めてのデートの日だ。そんな時に、自分より背の小さな女の子が上目遣い。ぬいぐるみを取ってとお願いをする。断れる男性はいないだろう。とって欲しいとねだる商品は最近、女子高生に人気のアルパカのアーくんのようだ。
僕「あれは、少し難しい位置にあるから、取れないかも……。鹿っぽいキャラなら取れそうだけど、そっちじゃ駄目?」
楓「駄目!」
夏服に身を包んだ楓は、僕の手を引っ張ってブラブラさせながら言う。可愛いと思ってやってるんだろうな……。すっごく可愛いけど。また、「駄目」という言葉はきつい言い方だが、楓の声色は全くそんな事を感じさせない。むしろ、楓の内面の優しさが感じられる言葉ですらあった。そんな事を考えつつ、僕は500円をクレーンゲームへ投入する。チャンスは5回。久々のクレーンゲームだが、うまくいくだろうか?
楓「全然、惜しくともなんともない。下手っぴさんだね」
僕「ごめん、ごめん。後、5回だけチャンスを」
優しく罵られる。高校生に取って500円玉は死活問題だが……。僕は泣けなしのもう一枚の500円玉も投入する。クレーンは自分の望み通りの位置に降りて、予想通りのつかみ方をする。だが、持ち上がることなくその手を離してしまう。まるで人形の裏側がガムテープで止められているのではないかとも思わせる。
楓「あーあ。諭吉さん一枚飛んじゃったね」
僕「諭吉じゃなくて、野口さんだよ。映画の為のお金のつもりだったのに」
楓「デート中の男の子なのに、格好悪いなー」
僕「そんな事いうなら楓は取れるの? あっ、中学生に見える程の小ささの楓には難しいかなー」
小さな小さな楓は自分の身長の低さを気にしている。僕に馬鹿にされて少しむっとしているようだ。
楓「そんな事いうなら、私も挑戦してみようぞ。さあ500円玉を入れて」
僕「えっ、僕の500円玉なの?」
楓「デート最中の支出は男の子の持ち分じゃないのかね?」
僕「うん、まあそうなんだけど……。でも、絶対にあの位置にある人形は取れないよ」
僕は渋々、千円札を500円玉二枚へと両替する。この500円玉で楓が諦めてくれるならそれでもいいだろう……。まさか、10回チャレンジして一度も持ち上がらなかった人形が5回のチャレンジで取れるとかないよな? それだと、男としてのプライドが……。
楓「もし、取れたらどうする?」
僕「今日のデートの間、一度だけ願いを叶えるよ。もし駄目だったら、一個。僕のお願いを叶えてね」
楓「よし、その提案乗ったよ」
口調がいつの間にか、男女逆転している気がした。楓は、なんのためらいもなく、僕の500円玉をクレーンゲームという名の貯金箱へ投入した。
僕「あっ」
自分の500円玉がゲーム機に飲み込まれてしまった事に対して、思わず声が漏れてしまった。自分は予想以上にみみっちい男だった。楓は僕の予想とは異なって、楓は慣れた手つきでクレーンを操作する。
楓「はいゲット」
まだ、クレーンが降りていない。アルパカの頭上にクレーンを動かしただけなのに……。そんな事宣言していいのだろうか?どことなく楓は余裕の表情だ。
僕「そんなまさか……」
僕と楓はクレーンの挙動を固唾を飲んで見守る。クレーンの位置は自分と同じような場所で、人形を持ち上げる事は出来ないだろうと思った。しかし、クレーンは人形を手放す事なく、景品落下口へと運ぶ。
楓「はいゲット。こんなに簡単なのにね」
意地悪な笑みを浮かべて僕を笑う。
結局、楓は計5回のチャンスで、5つの景品。これ以上ない成果だ。楓は、両手一杯に人形たちを抱えて笑顔で僕を見る。何か言いたい事ありませんか? そんな顔だった。
僕「すいません。参りました」
楓「よろしい。じゃあ、今日は5つの願いを叶えて貰わないとね」
僕「1つで勘弁して下さい」
楓「うーん、1500円も使わせておいて悪いしね。1つで許して上げる。後……。私も1つお願いを叶えてあげる。その方がデートっぽいよね」
いつもだったら譲歩しないのだが、楓は沢山の人形を手に入れてご機嫌だった。1つずつ願いを叶えてあげるというルールを加えて、僕たちのデートは映画館へと場所を移す。それにしても、楓はクレーンゲーム得意だったんだな。それなら最初っから楓に任せれば良かった。楓の普段見られない側面を見られて僕は満足だった。少し高すぎる代償だったけど……。