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ダンジョンから帰ったら五十年経ってたんだが。~え?昔の仲間が今や大手ギルドの代表?なにそれ知らん……こわ……~  作者: 蝉時雨


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第四話は再会と日本酒と共に

 コツっと、固い床を踏む音が耳に入る。

 

 次に感じたのは、アスファルトと草の匂い。

 間違えるはずもない、懐かしき外の世界の匂い。


 そして――。


「――ああ……これが……」


 見覚えはない場所だ。

 オレは、この『扉』がある場所は知らない。


 だが。


 ああ、だが。


 この、命溢れる光と匂いは。

 たしかに、この身に刻まれている。


 体感としては五年、されど五年だ。

 『扉』の中は、基本的には暗い。場所によっては魔法的な灯りだとか、松明だとかは設置されているが、太陽の生きた灯りとは無縁だった。


 周囲を見渡せば、『扉』は低い柵のようなもので囲まれている。目を凝らせば魔力が通っており、そこから金網のようにヒトもモノも通さないような仕組みになっていることがわかる。


 内部で配信なるものや、清吾の見た目も含めて確認はしていたが、五十年が経ったというのを嫌でも実感してしまう。


「先生、いかがですかな?」


 背後――『扉』から嗄れた、しかしたしかに力の宿る声が聞こえる。

  

「……清吾か。ああ……オレは、帰ってきたんだな……」

 

「ニューヨークの空ではありませんが、日本の空も悪くはないでしょう?」


「ふっ……故郷の空に勝るものはないさ」


 隣まで鎧を鳴らして歩いてきた彼と笑い合う。

 昔も『扉』から出たあとは、こうして笑いあったものだ。これが出来ると、毎度のことではあるが生きて帰ってよかったと感じる。


「はふぅ……帰ってこれたぁ……」


「牡丹、お疲れ様」


「うぅ……野薔薇ちゃぁん……」


 振り向けば、他の救出隊――帰りは少しばかり速度を出してしまった影響か、わずかながらに疲れが見える――と、野薔薇殿に肩を借りている花依殿の姿。

 少女たちの仲睦まじい姿に、実に癒される。


 配信はすでに終わらせているのか、帰りの中でもずっと見えていたコメント欄はなくなっていた。


「全員無事に戻ってこれてなによりだ」


「まったくです」


「だが清吾、彼らはまだまだ鍛え方が足りないのではないか?」


「はっはっはっ! 先生についていけるのは、かの方々ぐらいなものでしょうに!」


 ふむ、そんなものなのだろうか。

 オレが仲間たちと共に歩んでいた時代は、ほかの冒険者たちも同じくらいだったように思うが。

 これも時代の移り変わりというものなのだろうか。


「さて、先生――いや、田中次郎殿」

 

 名前を呼ばれ、清吾のほうを見遣れば。

 彼の皺の入った顔は真剣そのもので、瞳に力を宿してこちらを真っ直ぐ射抜いてくる。


「なんだ、そんなに改まって」


「この度は、私の不出来な弟子を救っていただき感謝の言葉も――」


「ははっ、やめろやめろ。そんなものが欲しくて助けたわけではない」


 頭を下げ、白髪をオレに向けながら、背中が痒くなることを口走る清吾を止める。

 まったくこいつは。

 オレの人となりはわかっているだろうに。


「ふふ……はっはっはっ! ……やはり先生は、変わりませんな」


「当然だ。今更実感したか?」


「ええ、それはもう隅々まで」


 ふたりで大きく笑う。

 他の若い衆が不思議そうに眺めてくるのがわかるが、仕方がないだろう。おかしくて仕方がないんだ。


 どれくらいふたりで笑っていたか。

 気がつけば周りにいた者たちはいなくなり、オレと清吾だけとなっていた。


「ふぅ……これだけ笑ったのは『NY・第八扉』を踏破した時以来だ」


「ふふふ、それは実に光栄ですな」


「それにしても――」


 くつくつと笑い続ける清吾を横目に、もう一度周囲をよく観察すれば。


「――あの廃墟でお前の話を聞いた時は、マスコミでも待っているものかと思ったのだがな」


 魔法的な金網の向こうは公園のようになっていて、今は閑散としている。さらに奥には高い壁のようなものも見えて、そこからすでに入る人間と出る人間を制御しているのだろう。

 普段からこうなのだろうかと思うが、『扉』の周囲は危険であるから合理的な形だ。


「そこは我がギルドと政府の扉管理――正式名称は長いのもあって、ダンジョン庁と呼ばれる機関が待ったをかけております。有名人になり損ねましたな?」


「はっ、相も変わらずよく回る口だな」

 

 かなりの人数に観られていたようにも思うが、実はあまり騒がれていないのだろうか。

 はたまた、清吾のギルドの力が凄まじいのか。


 どちらにせよ――。


「感謝する。騒がしいのは慣れんのでな」


「はっはっ! その感謝は儂ではなく、我がギルドの代表に言ってやってください」


「ふっ、それもそうだな」


「そろそろ参りましょう、こちらです」


 清吾の先導を受け、アスファルトで整備された地面を歩く。あまり離れていない場所に、駅の改札のような出入口のゲートと、スーツを来た職員と思しき者が立っていた。


「――SSランクの益田清吾、ならびに件の人物だ。通っても良いな?」


「――はい、問題ございません。探索ならびに救助、誠にお疲れ様でした」


 目礼をし、ゲートを越えれば。

 視線の先、先程までいた若い衆の一団に囲まれて、和やかに会話をしている茶色がかった小綺麗なスーツを着た男の背中。


「清吾、もしかしなくともあれが?」


「ええ、我がギルドのギルド長です」


「メンバーを労うために来るとは、器まで大きい者なのだな」


 オレがそう言えば、なにがおかしいのか清吾は笑う。


「くっくっ、たしかに器は大きな男ですな」


「……? なにがおかしい?」


「いえなに。団員を労いに来たのも間違ってはいないでしょうが――」



 スーツの男が振り返る。



 白髪混じりの、しかしいまだ黒が残るその髪。



 そして――。



「……おい、まさか――」



「――本人は」



 一歩一歩、歩み寄ってくる、その姿。



 着ているのは動きやすい軽鎧でも、黒を基調としたフードもないが。



「一秒でも早く、貴方に逢いたかったようですよ」



 ああ。



 そうか、そういうことか。



 まったく、オレも良い歳だっていうのに。




「――旦那」




 廃墟で清吾とあれだけ泣いたっていうのに。




「――お迎えに、上がりましたよ」




「――ああ……っ!」




 今日の雨は、まだ降り続けるらしい。




 はは、土砂降りじゃないか。




 風邪をひかないように、しなくてはな。






 ■■■




「旦那ぁ、いくら久しぶりでも泣きすぎじゃないか?」


「お前にだけは言われたくないな、誠一郎」


 大の大人ふたりで男泣きをしてから少し。

 清吾の奴は隣でもらい泣きをしているわ、若い衆は少し離れたところで興味津々と言った具合に眺めているわ。

 まったく、見世物ではないんだぞ。


「はははっ! やっぱりこうでなくちゃ」


「ふっ、そうだな」


「さて、積もる話は後として――」


 誠一郎はこほんと咳払いを挟む。


「――清吾くん、ご苦労だったね」


 どこまでも爽やかな笑顔と共に、優しい声を吐き出した。

 オレの知る声と表情とは雲泥の差があり、思わず声を出して笑いそうになってしまった。


「いえ、当然のことをしたまで」


「うん、ありがとう。手当はあとで支給しておくから――」


 これが、誠一郎のギルド長としての顔なのだろう。

 清吾も真面目に答えているし、オレが慣れていないだけであろう。どうしても、推しというものを語る時の彼の顔がチラついてしまう。


「――彼らを食事にでも連れていってくれ。費用は気にしないでくれていい。私は旧友を着替えさせる」


「ふふ、はい。承知しました」


 着替えさせると言われてから、自分がまだ鎧のままであったことを思い出す。

 『NY・第八扉』からずっと、着替えるということをしていなかったからすっかり忘れていた。


「さて、そういうわけだから――」


「ち、ちちちょ、ちょーっと待ってくださいっ!」


「ちょっと牡丹……っ! さすがに……っ!」


 赤髪の少女――元気を取り戻したらしい花依殿が、野薔薇殿を引きずって静止をしてきた。


「牡丹さん、今回ばかりは――」


「清吾くん、構わないさ。旦那も構わないよな」


「ああ、もちろんだとも」


 こういう若者は、とても好ましいからな。

 誠一郎はどこか懐かしいものを見る目をしている気がするが、致し方ないのだろう。


「あっ、ありがとうございますっ!」


 花依殿は一瞬だけ悲しそうな表情をしたが、すぐにまた笑顔となる。

 なぜだかそれが小動物のようで、くすりと笑ってしまう。


「それで、牡丹ちゃん。なにかおれ――ん、んんっ。僕たちに用かな?」


「あ、えっと……」


 言葉を探しているようで、ちらちらとオレと誠一郎とを見る。


「花依殿、気にせず言ってみてくれ」


「……っ、おじさまっ! 今日は本当に助けてくれてありがとうございましたっ!」


「はは、『扉』の中でも礼はいらないと言ったろうに」


 彼女は頭を下げ、それに伴って赤髪が揺れている。


「たしかにそうですけどっ! やっぱりあたしの気が済まないっていうかっ!」


「律儀な娘だ」


「あっ、おい旦那」


 彼女に歩み寄る。

 頭を下げているから花依殿は気づいていないが、その隣の野薔薇殿が身構えかける。

 それを目で制する。

 若者よ、すまないが少し譲ってくれ。


「だから――っ!?」


 赤髪に手を乗せて、ゆっくりと動かす。


「少女よ、その気持ちはとても尊いものだ」


「あ、へぇっ!?」


 鎧越しであるから、すこし痛いかもしれない。

 その点は申し訳ないが、心を温かくしてもらった礼だ。


「――こちらこそ、キミに感謝を。しかし、その頭はオレに下げる必要などない」


「――へぅっ」


 オレは、汚れている。

 数多の仲間の屍の上に、築き上げられてしまっているものだ。

 このように眩しい娘の想いには、あまりに不釣り合いだからこそ、オレ以外に使ってほしい。

 心から、そう思う。


「また機会があれば、話をしよう。時間ならいくらでも取る」


「……は、はぃ……っ」


 手を放し、誠一郎へと向き直る。

 ちらりと見えた野薔薇殿の顔は、酷く歪んでいたが見なかったこととしたい。


「さて、誠一郎。どこかへ行くのだろう?」


「はぁ……旦那……」


 彼は、頭を掻いて。

 そのしぐさが、昔の彼と重なってしまう。

 やはり、どれだけ歳を重ねても癖というのは抜けないものなのだな。


「あんた……いつか刺されるぜ?」


「ふっ、オレを刺せる者がいるならぜひとも手合わせ願いたいな」


「はぁ……こういうヤツだった……。清吾くん」


「ははは、さすがは次郎先生といったところですな。では、我々はこれにて」


 清吾が少女ふたりを連れ、囲いの外へと向かっていく。

 それを見送りつつも、どこか晴れやかな気持ちでいっぱいだった。


「旦那、俺らもいきやしょうか」


「うむ、着替えだったか?」


 誠一郎は頷き、オレのほうを真剣に見る。

 不思議と、その目には殺意のようなものが宿っているようにも映る。


 むっ、オレはなにかをしてしまったのか。


「それはそうなんですがね。まぁ、七十越えた爺が言うのもあれなんですが――」


 彼は拳を握りしめ――。



 

「――百合の間に挟まろうとしてんじゃねえぞ天然タラシのボケナス野郎がぁっ!」


「ふごぉっ!?!?」




 ――この時代に戻ってこれてから初めての痛みは、誠一郎の拳であった。




 ■■■




「さて、旦那。まずは一献」


「あ、ああ。ありがとう」


 空調が静かに空間を過ごしやすく整える。

 ここは、誠一郎に案内されて来た日本料理屋――らしい。

 正直、入ったことのないほど高級な佇まいで少しばかり気圧されてしまっている。


 誠一郎の計らいで着替えを済ませたオレは、上物と思われる黒いスーツを身にまとっている。

 それ専門の方と紹介された女性に髪のセットもされ、そわそわしっぱなしでもあった。


 すごく、落ち着かないんだ。

 もっと重みのある――そう、鎧などを着ているほうが性に合っている。


 手元の徳利に日本酒を注がれ、くいっと一口で飲み干す。

 喉が焼け、気持ちのいい苦みと最後に微かな甘みが広がる。

 五年ぶりに呑む日本酒は、こうまで格別なものなのか。


 不思議と、今日は涙腺が脆いな。


「ははっ。旦那、泣くほどうまかったか?」


「ああ、日本酒はここまでうまいものだったか」


「わかるっ! わかるなぁ……。俺も日本に帰ってから呑んで同じこと思いやしたからね」


 横に来ていた誠一郎が対面の座席に戻り、胡坐をかいて座る。

 それにしても――。


「ここは随分と良いところなのではないか? 懐は大丈夫なのか?」


 一瞬、誠一郎は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして。

 すぐ、大爆笑をした。


「はっははははっ! 旦那、俺を誰だと思ってるんで?」


 誠一郎はしたり顔で、得意げに話しだす。


「五十年前の帰還から今日まで日の本のために各地を奔走し、ギルド『Show Now, Our World』の総代表! 七十を越えてなお現役のSSランク探索者――日本最高峰の一画を張り続けている、枢木誠一郎その人よ?」


「お、おう。すごいな?」


「……はは、やっぱ旦那は旦那か」


 誠一郎もまた、手元の徳利を飲み干して次を注ぐ。

 お互い、耐性の影響もあって酔うことはないが、やはり酒を酌み交わすのは良い。


「さて、旦那。ここから大事な話だ」


「うむ、そのためにここに来たのだろう?」


「さすが旦那、話が早い」


 またくいっとふたりで飲み干し、液体を注ぐ。


「何点かあるが、まずは旦那の身柄だ」


「ふむ。戸籍などはどうなってる?」


「そのあたりは問題ない。こっちでいい感じに処理してるから旦那は今まで通り田中次郎その人だ」


 こいつ、相も変わらず仕事が早い。

 またなつかしさを感じてしまうじゃないか。


「さすがだな」


「よせやい、そのための権力よ。んで、だ」


 誠一郎は瞳に真剣な色を宿す。


「旦那、あんたにはうちのギルドに入ってもらう。これは決定事項だ」


「ふむ。理由を聞いても?」


「もちろんだ」


 大方予想はしていたが、やはりか。


「まずは戸籍の問題。なんとかしたとは言ったが、その時に政府連中から条件を出された」


「それがお前のギルドへの所属か」


「それだけじゃねえがな。まぁ、一番大きいうちが一番信用に値すると判断したんだろう。すまねぇな、旦那はソロのほうが良かったろうが」


「いや、問題ない。条件の良い場所がなかっただけだ」


 彼はくつくつと笑い、先を続ける。


「あとは認可とランクの問題だ。この五十年で制度が変わってな、俺とか清吾は問題ないんだが旦那のランクがどうなるかわからんってのが正直なところだ」


「ふむ」


「まぁ、旦那なら問題ないだろうが、政府がどう出るかわからん。牽制はしているが、元の鞘に納まれるかは未知数ってとこだな」


「そこも問題ない。ランクなどにオレは興味がなかったからな」


「旦那らしいが、そこに認可の問題が来るって寸法よ。SSランク以上は昔みたいに好き勝手に『扉』に入れるが、それ未満は国からの認可が必要になる」


 随分と面倒な制度を作ったものだ。

 昔のような無法地帯にしないための方策だと納得はできるが、オレのような昔の人間にとってはいらん首輪、というわけか。


「で、旦那のランクが仮にSだと制定されても、俺のギルドの力を使ってどんなところでも認可をもぎ取るって話よ」


「大方理解した。すまんな、迷惑をかける」


「はっ、よせやい。このために準備してきたんだ」


 もう一献、腹に流し込む。

 腹の奥が焼けるが、実に心地の良いものだ。


「……最初の話はこんなところだ、旦那もいいよな」


「ふっ、ああ。問題ない」


「はぁー、これで肩の荷が一つ降りたってもんよ」


 誠一郎は大げさに肩をすくめてみせる。


「これからよろしく頼むぞ、ギルド長」


「旦那やめて? 今まで通りイチローでいいって。あんたにギルド長なんて呼ばれると背中が痒くなっちまうよ」


「はっはっはっはっ!」


 やはりこれだ。

 この感じが一番心が落ち着く。

 現実世界で五十年の月日が流れていると知って諦めていたが、オレは恵まれているな。


「さて、旦那」


「うむ」


 誠一郎が、どこか気まずいような雰囲気を醸し出す。

 頬を掻いてるのが良い証拠だ。


「……なにかまずい話か?」


「……ああ、ほかの三人についてだ。これも、あんたにゃ話をしなきゃならん」


 そう言われ、瞬時に姿勢を正す。

 聞き逃すわけには行かない。


 たとえ、誰かが――。


「まず、ジェイとローズだが……」


「……」


「ふっ、安心しな。あいつらは元気に向こうのギルドの代表やってる仲睦まじい老夫婦だ」


「おお、結ばれたか!」


「おう、可愛い子供も三人出来てたぜ!」


 そうか、あの二人は無事結ばれたのか。

 あの『扉』の奥で愛を確かめ合っていたのだ、当然か。


「……で、問題は聖女様だな」


「なにか、あったのか……?」


「……はぁ……黙っててもどこかでわかるからな。まぁまずはもう一献」


 ふたりでもう一口呷るが、内心はそれどころではない。

 

 誠一郎の口調に、なにか嫌な予感がする。


 はっきりとはわからないが、冷や汗が止まらない。


「……それで、アリアはいったい?」




「……あんたが戻ってこなかった時から、ちょうど五年後だ」




 空気が、重い。



 

「――聖女アリア・アルデルテは……魔法事故で永久凍結の氷に囚われた」




「――――――」




 夜は、まだまだこれから深くなる。

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