第二十二話はヒカリ差す <Ⅰ>
ガラスの割れる音が、背後から聞こえてくる。
スティーブの身になにかあったのかと慌てて振り返ろうとした、その時。
頬を撫でる――。
体を包み込む――。
――どこまでも優しく、そして懐かしい――。
――あたたかな、風。
ああ。
――ああ、わかる。
そうか、ローズがやったか。
爆発的な魔力の起こりは感じていたが、想像もつかないような魔法でも使ったのか。
姫野の嬢ちゃんが、やり遂げたか。
口では裏切るだなんだと言っていたが、結局はちゃんとやるあたり可愛いもんじゃねえか。
「――は、ははっ! はっはははは――っ!」
見えたのは、空っぽになった台座。
倒れ伏す直前の姫野の嬢ちゃんの姿に、ゆっくりとスティーブに歩み寄るローズ。
そして。
そして――。
「――ああ、俺が見たかったもののひとつだ」
長い長い金色の髪を、己の中から溢れる程の魔力で靡かせた後ろ姿。
そして、その先にいる、背中に一切の傷がない盾。
この、旦那が消えてから五十年間。
この、アリアが氷に囚われてからの、四十五年間。
旦那が帰ってくる保証なんかなかった。
アリアを助けられるなんて、想像すらできなかった。
だが、俺は――仲間たちは信じていた。
信じて、すべてを整えた上で待ち続けた。
いつか必ず――たとえ俺たちが死んじまおうが、なんとかなるように。
どれ程、待ち焦がれただろう。
ふたりはなにか話でもしているのだろうか。
距離がある上に、背中越しではなにもわからない。
きっと、旦那はその顔を綻ばせて、アリアは慈母のような顔でもしてるんじゃなかろうか。
お互いに話したいことも、伝えたいことも、腐るほどあるだろう。
戦闘中だから手短に、のような感じかもしれない。
はやくこんなことは終わらせて、昔のように旦那の膝の上で笑うアリアと、それを困ったように見る旦那の姿が見たい。
懐かしい。
思い出すのは、あの頃。
まだ俺たちも若くて、みんなで野営をしながら、なんて事ない話をし合ったあの時。
体の傷が、瞬時に治っていくこの感覚。
戦闘中だろうが、戦闘後だろうが、毎度癒してくれていた。
それと同時に、己の体に広がる全能感。
周囲に淡い光の欠片が所狭しに広がり、鋼鉄の箱の中が幻想的な空間に様変わりする。
戦闘中は敵を殲滅できるように、戦闘後は体を急速に休ませられるように。
深淵に入ってからは魔力探知に長けた異形を警戒して、必要最低限でしか発動しなくなっていたな。
それを、こうも大盤振る舞いとは、アリアも分かっている。
ああ、懐かしい。
あまりにも、懐かしすぎる。
夢を見ているような気持ちだ。
「サイッコーだっ!!! サイッコーな気分だなぁ、ジェェェェイィィ!!! アーッハッハッハハハハハッ!!!」
右手に幾本もの矢を生み出し、無造作にデカブツに向けて放る。
そこからさらに矢を生み出し、今度は愛武器を通して射る。
最後に数本の巨大な矢を生み出し、光るように視える弱点へ射る。
多重的に増えた矢が、先に放った矢を追い越してデカブツに命中し、遅れてその傷跡に威力をわざと上げて代わりに飛来する速度が落ちた矢が殺到する。
これだ、今じゃ出来なかったはずの矢の雨。
威力、速度、さらには大きさまで異なる多重層の弓矢の嵐。
ああ、懐かしい。
良く視える、視界は一切曇っていない。
なんならあのデカブツの弱点となる場所すら、はっきりと視える。
だけど、ああ。
なぜだろう、なぜだろうな。
俺の体に、雨が降りやがるんだよ。
ああ、止まない雨だ。
潤いに満ちた雨だ。
ああ、嬉しいなぁ、嬉しいなぁ。
この日まで、生きてきて。
本当に、本当に、よかったなぁ。
「ふあははははっ!!!! 旦那ァァァァァァッ!!! アァアリアアァァァァァ!!!! よぉく帰ってきたァ!!!!」
前衛のことなど、気にするものか。
気にしていたら、俺の最高火力が出せない。
なにより、敵を殺せるわけがない。
手を、目を、体を。
なによりも魔力の巡りを止めずに矢を放ち続ける。
「ぎゃーっはっははははっ!! おい出来損ないの狩人野郎!! こんなんじゃまだまだ足りねぇんじゃねえかぁ!?!?」
デカブツの近くでは、どこまでも楽しそうなハゲが、両手に握った別々の大剣で斬り合い――いや、圧倒を見せている。
あいつに負けるわけにゃいかない。
それに――。
「――し、師匠……これは……」
あんなにブチ切れてた弟子が、ここまで呆けているんだ。
師匠の一番カッコイイところ、魅せてやらなきゃならねぇだろうが。
「ジェイ、テメェこそ腕が鈍ってんじゃねえのかぁ!? あぁ!?」
「アリアのバフの感覚久々なんだ! ひっははー!! 仕方ねえだろうが!」
「ああ、違いねぇわなぁ!」
こつりと、硬いヒールの音。
「ふ、ふふふ。ふたりとも、楽しそうね」
隣に、いつの間にやらローズの姿がある。
すぐ先程までスティーブの居る西側の少し離れた場所にいたと思うのだが。
その、両手には――。
「ローズ、お前も混ざるかぁ! つうか、スティーブたちの方に行ってたんじゃねえのかよぉ!」
「スティーブもコアちゃんも元気そうだったから、魔力に乗って急いできたのよ」
――いったいどれだけの魔力、属性を組み合わせているのかすらわからない魔法の塊たち。
「――だって、せっかくですもの。私も混ざらないとね」
そして、その背後には――。
「今の方がたくさん操れるけれど、昔みたいになにも考えずにっていうのはやっぱり最高よね」
――これまたどれ程の魔力を継ぎ足し、どれ程の属性を組み合わせたのかわからなければ、数えることすらも億劫になるほどの魔法の数々。
かつての頃よりも、数も暴力性も増しているそれこそ魔女たる彼女の研鑽の証拠だろう。
ああ、これだ。
これなんだよ。
アリアのサポートがあれば、盾としての旦那が俺たちを最大限守ってくれる。
俺たちも、アリアのサポートでいつも以上の出力を出せる。
なによりも。
俺たちは、他のことを一切気にせずにいられる。
「でも大丈夫かぁ!? 氷の割るのに手一杯だったのに、んな魔法大量に出してよォ!!」
「嫌になっちゃうわね。それはそれ、これはこれよ。アリアちゃんがジローの背中にいるんだから、あとはもうなんでもいいじゃない」
心底、楽しそうに。
心底、愉快そうに。
心底、悦に浸るように。
特徴的な魔女帽を脱ぎ捨て、泣き笑いをしているローズ。
きっと俺もジェイも、みんな同じような顔をしているのだろう。
そう、アリアが旦那の近く――世界で、いや宇宙で一番安全な場所にいる。
そこから、彼女が味方だと認識している者たちに無尽蔵の回復と支援を供給してくれる。
ああ、待っていた。
ずっとずっと、この時を待ちわびていた。
「あの頃に戻ったみてえじゃねえか、なぁおい!」
「ああ、同感だジェイ! ローズは――」
「あらあら、子供みたいね。でも、それは違うわよ」
静かな、けれどどこかいたずらっ子のようなローズの声。
「ここに居るのはただの的。『NY・第八扉』の頃みたいな強敵はいないわ」
「――ひーひっひっひひひっ!! そらそうだぁなぁ!!!」
体のあちこちに傷がつき、もはや満身創痍の状態で暴れるデカブツ――タイタンへ更に、先程以上の矢の嵐を降らせる。
それと同時にジェイのもはや制御をしていないのではと思われる蛇腹剣が襲いかかり、ローズの漆黒とも虹色とも取れる塊が殺到する。
「……もはやヤツが可哀想とまで思うでござるなぁ」
ありとあらゆる轟音が響き渡る。
そこに乗るのは、俺を含めた三人の笑い声と、ひとりの諦めたような呟き。
マサ、きっとお前はこの全能感は感じられていないんだろうな。
仲間だとは思われていないだろうお前は――回復の効果だけを得られているであろうお前は、今回お預けだ。
せいぜい、これからアリアと仲良くなるこったわな。
だが、お楽しみはまだ終わっちゃいない。
「――おぉいジェイ、アレやるぞアレ!」
「おーし、合わせりゃいいんだろぉ!?」
ありったけの魔力を込め、通常の大きさのまま圧縮した矢を番える。
弦を限界ギリギリまで引いた上で射出すれば、楽しげに嗤うローズの魔法がそこに殺到して矢というよりも巨大な渦巻く極彩色の弾丸と化す。
そこに――。
「ぃぃぃいいいよおぉぉぉぉおおっしゃああぁぁぁあああっ!!!」
――ジェイの蛇腹剣の先端が回転しながら合流して軌道を変える。
本当に、懐かしい。
昔はよくこの技で旦那ごと相手を吹き飛ばしていたか。
ぐるぐるとジェイの頭上で回転させた、もはやなんと形容するべきかもわからない暴力の塊。
様々な色に変化しながら幻想的な尾を引くところから、彗星――星堕、とでも名付けるべきだろうか。
「しいいぃぃぃいにさらせえええぇぇぇぇいいぃぃぃッ!!」
ヤツの楽しげな怒号と共に、地面に倒れ伏していたデカブツの胴体に直撃したと同時――。
眩い極彩色の光が辺りを包み込み。
――空間が、悲鳴を上げた。
「なぁ、マサ」
「……はい」
「仲間ってぇのは、いいもんだよなぁ」
熱に浮かされたように、そう呟く。
ああ、本当に。
楽しいなぁ、おい、はは。
■■■
「ふむ。魔力タンクは消え去った、か」
ヤーナの呟きと共に、ここまで見てきた魔法の中でも一際巨大な火の塊が向かってくる。
「……ビッグ・シールド」
盾役をやるのであれば、一番最初に覚えるべき――買うべきとされる最も普遍的なスキル。
込めた魔力の分だけ、盾の前に巨大な魔力で出来た盾を展開するものだ。
そこに残っていた魔力のすべてを注ぎ込み、火の塊に負けないほどの魔力盾を展開する。
「ふふ、いつ見てもジロー様の背中は素敵ですね」
背後からそんな呟きが聞こえたと同時に着弾、腹の底に響く轟音が鳴る。
「不帰ノ遠征」
白い蜥蜴と戦った頃に使った禁じ手――その後の病院で誠一郎にやめてくれと願われたものを使用する。
そこまでに受けた傷をすべて癒すと同時に、身体能力と魔力を増幅させるもの。その代わり、効果時間が終わればすべての傷が元に戻り、動けなくなるもの。
なぜ、今使ったのか。
なぜ、誠一郎にやめるよう懇願されたコレを使ったのか。
答えなぞ、簡単だ。悩むことですらない。
なぜなら――。
「――ハイ・リジェネレーション」
歌うような声が聞こえる。
「ジロー様――」
オレの背中には、最高の癒し手がいる。
「――どうぞ、ご存分に」
「――ああ、征ってくる」
――もはや、禁じ手ではないからだ。
盾を正面に無造作に構え、ゆっくりと散歩の感覚でヤーナに近づいていく。
ヤツはだらりと垂れた腕――先ほど破壊したであろう腕を物理的に切り離しながらも、残った腕で様々な属性の魔法を放ってくる。
一つ一つを背後に被害が出ないように、軽く魔力を流した『ビッグ・シールド』で受けながら、それでも気にせず突き進んでいく。
「なぜだ、なぜ向かってこられる。魔法の威力は下げていない――その逆のはずだ」
たしかに、威力自体は上がっている。
防ぎきれていないものがあるもの事実だ。
だが――。
「癒しよ」
――すべて、なかったことになっているだけだ。
すごく単純な話だ。
オレの傷はアリアが癒す。
アリアは、オレが守護る。
ただ、これの繰り返し。
「そこの癒し手か。ならば――」
ヤツの翼が動き、そのまま低空で鎖のギリギリを移動しようとする。
「どこへ行く」
「ぐっ……なんだ、この力は……?」
エイギスを展開し、空いた右手で鎖を掴む。
そのまま引っ張ってやれば、空中で抵抗しようとしていたヤツごとオレの近くへと無理やり引き寄せる。
無作為に展開したエイギスを操ることで、低空にいるヤツを地上へと無理やり叩き落とす。
「貴様の相手はオレだと、そう言っただろう」
「……ふっ、ふっふっ……す、素晴らしい……」
この期に及んで、まだ笑みを浮かべるとはな。
「誠一郎のときもそうだが、貴様は同じことしか出来んのか」
「……くっくっ、私としたことが。視野が狭まってしまっていたらしい」
つい、口をついて出てしまった言葉。
しまった、と思ったのも束の間、ヤツの三本の腕に別々の魔法陣が浮かぶ。
「貴君の助言に感謝をしよう。その通りだ」
複数の属性を混ぜ合わせた塊が、三つ。
「なにも攻撃するために、私が直接行くまでもない」
展開させていたエイギスを再び左手に集める。
若手に助言する機会が増えた影響か、戦闘中――それも、負けるれないというのに余計なことを言ってしまう悪癖がついてしまったな。
意識的に矯正せねばならんな。
「貴君でも、複数は同時に捌けまい」
三つの魔法の塊が別々に射出される。
遊道でもしているのか、少しずつ軌道が調整されているように見える。
たしかに、点で見ればひとりで防ぐのは難しいだろう。
このままではアリアたちに――オレの背中にいるであろう者たちへ直撃してしまう。
だが、あくまでもそれは点で見たときの話だ。
こんな状況、過去にも嫌という程にあったとも。
きっと、アリアも涼しい顔で眺めていることだろう。
いや、数が少ないとでも思っているのではなかろうか。
その気持ちには、大いに頷く他あるまい。
「――難攻の城壁」
盾を地面へと打ち付ければ、オレの魔力を吸ったスキルが発動する。
壁から壁まで伸びる破られることのない強大な石造りの青白く輝く城壁。
言い表すとすれば、これが正しい表現であろう。
広い面をカバーする時によく使っていたものだ。
その場から動けなくなるのが難点ではあるが、背後を守護るのならこれでいい。
衝撃音が三度耳に飛び込んでくる。
「軽いな」
呟いた声は続く幾回もの衝撃音に掻き消されていく。
多面的に受けていた衝撃は、次第に一点へと集約されているように思う。
狙いを絞って一点突破、といったところだろうか。
それで破れる程、やわなスキルではないのだがな。
途端、背後から眩しいほどの閃光と――。
「まあっ! ふふふ、あれも久しぶりに見ますね」
――楽し気なアリアの声。
拍手の音も聞こえるあたり、その顔も笑っているのだろうとわかる。
大方、誠一郎とジェイとローズが暴れたのだろう。
良く巻き込まれていたことが、昨日のことのように思い出せる。
それほど時間は経っていないはずだが、ひどく懐かしく思う。
「――形勢はこちらが不利になってしまったか」
壁の向こう側から、ヤーナの声が聞こえてくる。
「タイタンはやはり未完成か。研究班には後ほど苦言のひとつでも言わなければいけないな」
壁を襲う衝撃がなくなると同時に、打ち付けた盾を持ち上げてスキルを解除する。
淡い粒子となって溶けていく壁の先に、だらりと腕を下げたヤツの姿が見える。
オレから伸びた鎖は垂れることなく、たしかに繋がったままだ。
「今回はこちらの負けだ。見逃してはもらえないだろうか」
動かすことの出来ないであろう腕を除いた三本の腕を広げてそう宣うヤーナ。
「必要であれば情報を提供しよう。貴君にとっても――」
「――――」
答えることなく、オレは一歩を踏み出す。
たしかに、これまでは情報のためにも姫野を確保したりしてきた。
しかしだ。
「ふむ。この鎖を――」
「――逃げたいのであれば」
ヤツの言葉を遮るように言葉を返す。
「オレを殺してからにするんだな」
ヤーナを――敵の幹部のひとりをここで仕留めずに、どうするのか。
情報はたしかに欲しい。
教団の首魁がいるであろう場所も、ヤーナであれば知っていることだろう。
だが、ヤツには『黒い扉』がある。
ここで捕らえ、拘束具を取り付けたところで逃げおおせるやもしれない。
ならば、ここで吐き出させるだけ吐き出させてから殺す。
ただ、それだけだろう。
なにより――。
「――言ったはずだ」
歩みを止めることなく、近づいていく。
「この鎖はオレか貴様か、どちらかが死ぬまで解かれない、とな」
「――残念だ」
広げていた腕と共に、ヤーナの体がいびつに歪んでいく。
ローブの下が泡立つかのように脈打ち、時折耳にしたくないような骨や筋肉が砕ける音が響く。
歩みを止め、盾を正面に構える。
ローブが裂けていき、ひとまわりもふたまわりも体を膨張させていくヤツを見据える。
勝負はまだ、これからのようだ。
評価、ブクマ、リアクションなど誠にありがとうございます。
大変モチベーションとなっております。
次回更新は8/30を予定しております。




