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その1 黒電話

挿絵(By みてみん)


 エピソード1 郵便局に交換手


 昭和二〇年代生まれなので、電話と言えば、黒電話だった。

 生家は四国の山奥にあった。郵便局に行くと、局員が奥の機械に向かって何やら操作していた。オペレーター、つまり電話交換手だったのだろう。


 学校には電話機があった。商店街でも電話機はふつうに見かけた。黒い電話機だった。威厳に満ちていた。村の少年にとっては、文明の利器そのものだった。


 エピソード2 公然の秘密


 村に最初の電話機が入ったのはいつか、正確には覚えていない。村の中央部にある家の玄関に、電話機が鎮座していた。いわゆる分限者だった。

 村に小高い山があった。そこにスピーカーが取り付けられた。村人に電話が入ると、放送で報せた。

「山谷さん、山谷さん。大阪から電話が入っています」

 相手が切らずに待っている場合は、その旨を告げ

「至急おいでください」

 村人は取る物も取り敢えず、電話口に駆け付けていた。


 放送はチャイムならぬ、ペギー葉山『南国土佐を後にして』(作詞・作曲:武政英策)のイントロで始まった。

 この曲は一九五九年(昭和三四)にリリースされ、一年ほどでミリオンセラーになった。記録によれば、同年、全国の電話加入者数は三〇〇万を数えた。故郷を後にして、出稼ぎ者が増加していた時期だった。


 村にペギー葉山の歌声が流れると

「どこかから、誰かに電話だな」

 と村人は耳をそばだてた。

 緊急の用事でなければ電話など使わない。何かあったことが村じゅうに知れてしまう。村は秘密を共有していた。


 エピソード3 普及に時間


 それ以前、緊急の連絡には電報が使われた。

 電報もまた郵便局で取り扱っていた。誰が配達していたか忘れてしまった。専門の配達人が控えていたのだろう。郵便局で電報を受け取って、山道を急ぐ。届け先はさぞかし緊張の瞬間だったに違いない。


 やがて緊急の連絡は電報から電話に、主役の座が取って代わる。しかし、急増することはなく、加入者が一千万を突破するのに一九六八年(昭和四三)までかかった。

 加入者債権や毎月の基本料、通話料の支払いなど、村の電話がどんなシステムで運営されていたのか、不明である。いずれにしろ、分限者一家の犠牲的精神には頭が下がる。


 エピソード4 子孫繁栄


 黒電話はすっかり過去の遺物になった。

 電話が掛かってきた時のベルにはドキリとさせられた。有無を言わせず、生活空間に割り込んできた。それくらい、絶大な権力を持ったメディアだったのだろう。


 反面、ダイアルを回し、元に戻るまでの間がなんとも、まったりしていた。今、あれを経験したら、おそらくまどろっこしくて仕方ないだろう。

 懐かしの黒電話からガラケー、スマホへ。現代人は忙しい時間を生かされている。

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