黒い木立ち
その頃、私は幸せの絶頂にいた。
そのひとは私を幸せにすると言ってくれた。
私はそのひとに身を捧げようと決めていた。
月は夜空に浮かぶチーズ玉で、美味しそうな色を纏ってニコニコと、二人を見守ってふわふわ笑っていた。
ある冬の日、私は絶望という名の穴に落ちた。
丸い穴から見上げる月は、幻想を脱ぎ捨てて、真の姿を私に曝していた。乾いた色の満月が、髑髏のように、表情もなく私を見下ろしていた。
私は逃げようとした。幸い、穴の中にはいくらでも逃げ道が広がっていた。それはモノクロームの林だった。
裸の黒い木が立ち並ぶ中を、私は白い空間を伝って逃げた。しかしどこまで逃げても月は白けた空にあった。
乾いた足音と、荒い吐息──それが世界にある音のすべてだった。私は胸に心臓が脈動しているのを感じながら、ただそれが止まらないことを祈った。それだけが希望と信じるように。
だんだんと、白い空間が少なくなりはじめた。
黒い木立ちが、私を取り囲んで、回りはじめた。
無数の細い腕を広げて、集団で狭まってくる。
蜘蛛のように、獲物を狩る化け物のように、私の存在を締めつけてくる。
冷たい風が吹き抜けるのはそのままに、音もなく、まるで古い写真のように、風景は落ちた。
私の目は水に浸されて滲み、遂に世界は真っ黒に閉ざされた。
私は自分の魂をポケットから取り出すと、紙屑のように、黒い地面にぽいっと捨てた。
すべてはどうでもよくなった。
だから今、私はここにある。
あの時、魂は私のものだと信じ続けていたら──
私は今でも、あの黒い木立ちの中にいたのだろうか。




