40【レドモンド・ウォーカー】
バタバタと外から騒がしい足音が聞こえた瞬間、扉を乱雑に叩く音と、
「回収を」
「はい!」
ヒナノがビシャカという女性に指示を出し、目の前から消え、部屋にはいつも通り私たち3人という、違和感のない室内となった。
「失礼致し……」
「?どうした」
「「はぁー……」」
「?」
外から話しかけてきた者の声が途中で途絶えると、なぜかヒナノとクーパーがため息をついた。
「騒ぎを収める術は学び終えた?」
「いえ、今は拷問の基礎から学んでおります」
「今回は私が。ビシャカにも伝えておいたわ」
「申し訳ございません。ありがとうございます」
「このまま認識も幻影で済ましておく。レン、仕事は?」
「仕事…?い、いや、ヒナノが殆ど終わらせてくれているから問題ないよ」
「残りは明日でも?」
「あ、ああ」
聞きたい事も、いつものような態度でない事も、クーパーが理解し、話についていけている事にも疑問を投げかけたくなるが、
「「!?」」
ヒナノがおもむろに取り出した鍵を宙で回すと、扉が出現した驚きに思考が停止してしまう。
「説明は全て天界で」
「は、はい!」
「テンカイ?」
ガチャッ。
扉を開くと、その先は暗く、奥が見えない。
不思議な空間が広がっている中に、私とクーパーの手を掴んだヒナノが躊躇なく足を踏み入れる後を着いていくように、引っ張られるように扉を潜った。
そして、
「レン!レン!レンーーーー!大好き!大好き!もおおおお!愛してるぅ!!!」
「っっ、な、」
ヒナノが見たこともないキラキラとした笑顔で私に覆いかぶさりながら、そう、上に乗られているのだ。
何故か私は横たわっていて、背にはみずみずしい草が当たっているのを感じる。
「レンってば本当にかっこいい!造形が整ってるってレンの事を言うんだよお!!!」
そして何故かヒナノからキスをされながら褒め称えられている。
「私の伴侶様がかっこ良すぎて♡もうっ、もうっ、大好きぃぃぃぃ!!!」
ヒナノの声は、聞きたかった声音だった。
「レンちゅー!んへへー!愛してるぅ!」
私の不満をあっさりと解消してくれたヒナノは、まだ言いたい事があるのか、
「あ!別にね?顔だけが好きな訳じゃないよ?でもでも!褒めたいのに、どれだけかっこいいか伝えたいのに言えなかったから爆発してるだけでね?性格も好きだよ!慎ましい。って感じも好き!でもでも、ちょっと荒々しくなる時も……んふ♡好きぃ!!」
声を張り上げて言い、またキスをするという行動を………咄嗟にとめてしまった。
「むぐ!」
「…」
口を塞いだ。
これ以上は倒れてしまいそうだ。
「ヒナノ」
「むぐ!ぷはっ!はい!」
「せ、んっ、んん……説明を」
「はあい!クーパー、一緒に食べよー」
「先にいただいております、聖主様」
「あ、ああ………。?」
忘れてしまっていたが、クーパーも一緒だったと、ヒナノの言葉で思い出し、クーパーの方を向くと、ピクニックをしているような風景が広がっていた。
やはりみずみずしい草が生えている上にラグが敷いてあり、そこにはヒナノの手作りだと分かる料理が並んでいる。
あまりにも空気が澄んで心地よい場所を見渡してみると、少し奥に泉があり、その泉を囲うように木々が生えている美しい場所だった。
「レン!早く、早く、ご飯食べよ?」
「あ、ああ」
一体ここはどこなのかという疑問に何故かクーパーが答えてくれた。
「こちらはヒナノ様の故郷ですよ」
「そうだったのか…」
「わ!忘れてた!はい、あーん!」
「むっ!」
「ここは私の故郷?帰る場所!天界だよー」
テンカイ?そういえば先ほど言っていたな。
「神々が住まう世界だねー」
「もぐ………は?むぐっ!」
「おいしー?」
神様が住まう世界………?
しかも今、神々と言わなかったか?
お一人ではなく、数人いらっしゃるという事か?
「あとで紹介するねー」
「………は?」
「クーパーも同じ子どもなんだから仲良くしてねーって言っておいたよー」
「そ、それはっ、んんっ!ふ、複雑ですが、あ、あまりにも恐れ多いです!」
「大丈夫大丈夫ー」
「は、はい」
「………は?」
「あーん」
「む!」
「神々は私の子どもだからねー?あ、でも、嫌な子がいたら嫌ってもいいんだからねー、無茶しないでねー?」
「もぐ…………」
「聖主様の思考が停止しておりますね」
「んっふっふー!それなら今がチャーンス!」
押し倒された私はまたヒナノのキスをされているが………なぜだ?いや、キスをされているという事に疑問は……浮かぶけれど、それよりも神様がお子だと言わなかったか?神……々?そうなるとヒナノもまた神様ということか?だがしかし、神様を召喚することなど果たして、叶うのだろうか。
「叶う叶うー、というより召喚の本を置いたのは私だよー。あれ実はなんちゃって召喚でねー?呼び鈴みたいになってるんだー、それで起きてあそこに行ったのー」
どうやら口に出てしまっていたらしい。
そのように、またまたあっさりと答えをくれるヒナノは、隠し事などないといってくれるような態度に嬉しくなる。
「うへへー♡ヒナノもうれしー!」
また口に出してしまったみたいだ。
だが、なぜそんな事を………
「あの世界を管理してる子がねー?どうにかして欲しいーってお願いしに来たの。淀みが酷くなっちゃってるよーって。200年前くらいかな?その時に見に行ったんだけどー、あまりにも馬鹿が多すぎてー、勝手に浄化してもまたすぐに汚すだろうなぁ…なんて思ったから今回のような形をとったの」
「………ありが、とう、ございます……?」
「どういたしましてー!」
頭が混乱するのは当たり前だ。
妻の故郷に行きたいと願い、行き着いた場所が神様の住まう場所なのだから。
そしてヒナノは人ではないという事も混乱する要因だ。
もちろん人でないとしても、私の妻に違いない。神様だからといって手放すつもりもない。むしろ、手放さないように努力しなければならないのだ。
こんな風にあっさりと別の世界への扉を開けてしまうのだから。
「じゃぁ、行こー!」
そんな楽しげな声をヒナノが出した瞬間。
「「っっ!!!」」
「「「「「「「「「世界様!」」」」」」」」」
神様の前に……神様方の前に居た。
咄嗟に跪き、頭を垂れてしまうのは分かってしまうからだ。
目の前におられる方々が神様だと。
精霊様も神秘的な雰囲気があるけれど、比べ物にならない。
圧倒的な存在感と、視線すらも向けてはならないという重怠い感情が私の中で湧き上がってくる。勝手にだ。
「伴侶のレドモンドと子どものクーパーよ。キラキラがしまえる子以外はどっか行ってねー」
神聖さを微塵も感じさせないヒナノがそう命令すると、今まであった感覚全てがなくなり、息を吐くと気付いた。息すらも出来なかった状況に。
「レン、クーパー、もう大丈夫」
その声は酷く寂しさを感じた。
独りにさせてしまっていると思い顔を上げると、ほっとした表情をする妻を無意識に抱き上げ、膝に置いた。
「ありがとう」
礼などいらないというのに……なんて心で感じていると、ヒナノの気持ちが初めて分かった。「レンの伴侶なのに」と言ってくれたあの時、きっと私と同じような感情が芽生えたのだろうと。
「寂しかったね」
「うん」
「もう大丈夫だ」
「えへへー」
にへらと、表情を崩すヒナノに嬉しさを胸に落とす。
「お父様ぁ」
その声がやけに近くで感じたので前を向くと、神様方が私たちを見ていた。
体が跳ね、緊張してしまったが、腕の中にいる妻に寂しい思いをさせないようにと、笑みを張り付ける。
「お父様ぁ」
ん?父?ヒナノが母なのは聞いて理解したが………まさか夫が別にいるのか?
「お父様ぁ」
いや、そんな事はない。
私だけだと言ってくれたのだ。
増えてしまう時は相談するとも言ってくれたのだからそんな事はあり得ない。
「ちなみにね?」
「うん?」
「お父様って呼ばれてるよ、レンが」
「………………私が!?」
「だって私が母だもん、嫌だった?」
「嫌ではないよ、そう思ってくれるのはとても嬉しい」
「えへへ」
「でもまだ戸惑っているんだ」
「うん、分かった」
そう言うと神様方に向かって指示を出した。
「クーパーをよろしくね」
その言葉が聞こえ、また目の前の景色が変わった。先ほど居た場所に戻って来たみたいだ。
「これが私」
「妻に驚かされない日常はまだ訪れなさそうだ」
「ふふっ」
嬉しそうに笑う妻を見て、なんだっていいと、私の腕の中にいてくれるならヒナノがなんであろうと構わないと、心の底から思い、想う。




