39【レドモンド・ウォーカー】
『えー?』
『えー?ではありません』
『うえー?』
『ふざけてますね?』
『んふ♡教えてよぉー』
『嫌ですね』
『クーパーの意固地ー♡』
私はレドモンド・ウォーカー。亡くなった先王の子どもであり、現国王の弟である。
そんな私が淀みの元凶になったとされるこの国が犯した罪を知ったのは、今は伴侶となってくれた可憐で、しかし芯がある、今では国一番の美貌を持つと騒がれている麗しい女性、そして私達からしたら不思議な価値観を持ち得ているヒナノが教えてくれた。
召喚される際、神様から啓示を頂くと書物に記載されていた通り、ヒナノはこの国の現状、そして神様が精霊様に向けたお言葉を知っていたのは目の前で聞いて知っている。
「………ただいま」
「おかえりなさい!」
「失礼致します」
「……ああ」
だがヒナノの事はなにも知らない。
聞いたら教えてはくれるだろう。
秘密だと言われた事も、私には伝えてくれると言ってくれたのだから。
結婚後は益々忙しくなってしまったせいで聞けていないだけで、なにも隠されているという訳ではない。
「無理はしなくていい」
「ない」
「…」
片付けられた書類の束を見てのびのびと暮らして欲しいと心からの言葉を送るが…返ってきた言葉はとても短く、先程クーパーと話している会話を盗み聞きした時のような言い方でもない返答に……いや、嫉妬はしていないんだ。
ヒナノはクーパーを子どものように思っている。
年頃は変わらないように見えるが、そう思える出会いがあって良かったと心から思い、安心してはいるんだ。
だがあのような口調で話すヒナノを初めて知り、それが私には出せないと思っている事に………
寂しさを感じている。
私はレドモンド・ウォーカー。
王弟にあたる私の地位を考えてくれているからこそ、話す内容には気を付けているのかもしれない。
もしかしたらまだこの国の秘密を知り、口を閉ざしてくれているのかも。
「レン」
「ん?」
「大好き」
「……私も好きだよ」
このように頬を染めて見つめる相手は私しかいないと胸を張って言える。
可愛すぎる伴侶を迎え入れる現実があるだなんて、過去の私は信じないだろう。
そんな可愛すぎる伴侶は毎日、私への愛を惜しみなく捧げてくれる。
不安はないが………
不満は出来た。
「ヒナノ」
「うん」
「…」
「…」
「………あと少しで忙しい日々も終わる」
「!」
ヒナノは故郷に帰る手段を持っている。
それがどんなモノなのかは分からないが、その時に全てを聞こうと決意した。
浄化というのがそもそもなんなのか、離れ離れになってしまったヒナノの両親の事も…後悔の念や、今も故郷を思い寂しさを募らせているのかと…恐ろしくて聞けていない心うちも、どれほど手加減して生きているのかも……
全て知りたい。
「おいで」
「!」
嬉しそうに膝の上へと飛び乗る愛しい妻の全てを知って分かち合いたいんだ。
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今日はやっと仕事を整え、私の役目がどのような事柄なのか貴族達に言い聞かせた後、ヒナノの故郷に行きたいと伝えた瞬間、瞳を瞬かせて幸せそうに笑う妻を見て、もっと早く願えば良かったと思う。
私と行けるという意味だけでなく、もしかしたら最後になる帰省を心待ちにしていたのかもしれない。
きっとクーパーの事も子どもとして誰かに紹介したいのだと思うと、やはり常識を教えて欲しいともう1度願い出るべきだろう。
ヒナノは私に求婚……んんっ、……求婚してくれる時にはいつもしゃがみ、片膝を立てて私の左手を掴む。
初めて見る作法に驚いた事もそうだが、他にも色々と教わる事があるだろうと口を開こうとした私の耳に、ガシャンッッ!と音がした。
「どうした!?」
「んー…大丈夫だよ」
頭を抱えて蹲りそうなクーパーに駆け寄り声をかけるが聞こえていないのか、痛みが酷くなり返事も出来ないのか、堪えているような表情しか見せない。
「大丈夫か?」
「っっ、ビシャカ様!もう少しお静かに!」
「なに?」
記憶障害か?
ビシャカというのは誰だ?なんて思案していると、私の後ろにくっつくヒナノから答えをもらうが、
「友達が話しかけてるだけ」
その答えが私には分からない。
「はなし?」
「ビシャカ様!!!」
怒鳴るような叫び声を上げたクーパーは見た事もない美しい鎖を首から取り出し、ネックレスの飾り部分を手に持ち取り払うように手の中に仕舞うとすぐに姿勢を正した。
「はぁっー……申し訳ございませんでした」
「いい、大丈夫か?」
「はい、問題ございません」
あのように苦しむ状況は、問題にしか見えなく、未だ心配している私の耳に軽やかな声が届く。
「ビシャカが喚いたんでしょ」
「はい、返してと仰っておりました」
ビシャカが誰かも分からない。
それはどうでもいいが……
「説明して頂けますね?」
「はい!」
ヒナノを知らない私でありたくないと催促する。
『!』
「?」
のんびりと生きているというお姿ばかり見ていたが、焦りながら精霊様がお出かけするご様子に、そのような事もあるのかと考えている私の耳に、また訳の分からない答えを告げられる。
「私があげた贈り物を友達が奪ったから返してもらったの」
友達?ヒナノの友達という事か?
クーパー以外に親しくしている方を見かけた事はないんだが。
「……よく分かりませんが続けて」
「気付いたビシャカがわー!わー!ってクーパーに喚いて、うるさいよーってなったからネックレス外した」
「………何一つ分かりませんでした」
「うん」
説明してくれているのは分かるが、どうも根本を飛ばされている気になる私の目の前に突如、女性が現れた。
「ひどーい!!!」
「!?」
「「…」」
一体どのようにして侵入してきたのか不思議に思う心よりも女性の姿形が気になった。
私のように焼けた肌ではなく、皮膚が茶色のような色味をしている女性は紫色の長い髪が地面につく事も厭わないのか、クーパーの足にしがみついて泣いている。
「友達のビシャカ」
「「…」」
「かえしてよおおおおお!!!」
指を差して教えてくれた方はヒナノの友達であり、ビシャカという名を持つ目の前の女性は薄い紫色の大きな瞳からぽろぽろと涙を流しながらナニかを返してくれと必死に叫んでいる相手はクーパーだ。
何故ヒナノではなくクーパーなのかと混乱していると、ふと気付く。
ヒナノが現れる前までは心の中で美醜について日々何かを思っていたと。
そして目の前の女性はこの国の美の基準としては、可愛らしい顔立ちをしているとは思うが、肌の色も、私と同じくらいの背だと観察し終えた私は“美から外れている”と勝手に評価してしまったのと同時に、疎まれている者特有のジメジメとした、後ろ暗いような表情もしていないと気付いた。
「どおしたらかえしてくれるのおおおお!!!」
「「…」」
むしろ元気だ。とても。
「ビシャカ」
「ぴっ!」
「「っっ」」
ヒナノの低い声を聞いた瞬間、背筋が凍る感覚と重い空気と息苦しさを感じたが、その感覚は一瞬にして消え去った。
「愛し子にあげた贈り物が何故」
「ひうっ!?」
「「っっ……………」」
恐ろしい声音は続いているが、そのような空気がなくなったのはきっとヒナノがなにか施したのだろうと思った。
「お前の手元にあったのか説明しなさい」
「うううう、奪いました!」
本当にヒナノは手加減して生きているのだな。と体感している私は正直……恐ろしくてたまらない。
「私の子から?奪ったというの?お前が?」
「ごごごごご、ごめんなさーい!!!」
苛烈。
その言葉が似合うヒナノの姿に恐れてしまう。
「ぷぎっ!」
「「………」」
見えぬ速度で女性の頭を踏むヒナノの顔を見るのが恐ろしい。
私が怒られているような気になり、萎縮さえしてしまっている私の前には、妻に踏まれ続けられている女性と、“冷徹”という言葉がよく似合う妻の姿がある。
「で?」
「「…」」
「なな、な、なんですかあ?」
何故、“で?”の言葉で察しないのかと、無理難題を聞いてしまいたくなる。
「どうやってここまで来たの?」
「………」
「へぇ?」
「ぴぃぃぃぃ!!!」
「「………………」」
私は絶対に、これからも、決して、妻を怒らせないようにしようと心に誓った“へぇ?”であった。
「か、隠してくる!」
「完璧に?」
「………えへ、手伝って?」
「「…」」
「お前の失態を?この私が?」
「「…」」
「ごめんなさーーーーい!!!ぷべっ!」
頭を上げられるようになった女性はまた地面に額をついている。
ああ、恐ろしい………
「ビシャカ」
「ぴぎゅっ!」
「「…」」
「クーパーが私の愛し子である事は分かっているわね」
「うん!もちろ、ぴぃぃぃ!」
「「…」」
「これから先、クーパーと伴侶のレドモンドから、なにか1つ、奪ってみなさい」
「「「…」」」
「必ず絶望を味わわせ、底がない暗闇にまで落としてあげるわ」
「ごめんなさああああああい!!!」
「「…」」




