38【レドモンド・ウォーカー】
「神殿を護りし、民を守る。その根源は国を守る意味があるという事をお忘れなきよう願います」
「「「「「「「「「ひっっ!」」」」」」」」」
ヒナノと婚約した日から…いや、ヒナノが私に想いを伝えてくれている時から周りの声には気付いていた。
だが、それも仕方のない事だと思っていた。つい最近までは。
兄であるランドンが王となる事実は小さな頃から変わらなかった。
皆の心も、私の認識も。
歳近い私達が競い合う事のない人生を歩めたのは、私が醜いからだ。
平民に下るとまで言われた事のある私が、本神殿聖主としての座を掴めたのは兄の翻弄と、ほんの少しの努力。
今でも玉座に変わりたいなどとは思わない。
この立ち位置の方が動きやすく、兄を守れると、昔よりは狡猾な心で務めている。
だが、聖主というこの座を渡したくはないと強く思っているのは、傲慢にも民を幸福に近付ける努力が咲きやすいからであり、国を崩壊させないよう一つの柱として動く為に必要な場でもあるからだ。
ヒナノが来て変わった事など数えられない程、たくさんある。
騎士団に力と、己らがなにを守り、なにを排除しているのか…正しく認識させ、堂々と歩ける自信を与えた。
神殿内で堕落していた者達は聖女の側仕えによって削ぎ落とされ、無駄を嫌うような働き方に変わった。
奇跡を体感した民らの中に淀んでいたからこそ与えられていた職を失った者達に、新たな職があると提案し、道を示してくれた。
技術も、力の在り方も、愛すらも教えてくれたのは私の伴侶であり、その偉大な“聖女の伴侶”という肩書きになった私に襲いかかる出来事に、仕方がないと、そう思っていた。
会議に引っ張り出され、他国から来た使者との会談や、雑用と感じる仕事まで。
それらが私に降りかかる事は当然だと考え、全て捌いていく事こそがヒナノを守る術だと思い、行動していた私に声をかけたのは1人の貴族だった。
「聖主様、お時間よろしいでしょうか」
「構いませんよ」
「ありがとうございます」
ドリューウェット子爵の領地は既に浄化され恵みを体感し、作物を今度どのように育てれば良いのか考える時期。
目まぐるしい日々を送っている時に私へと声をかけたのは、
「聖女様のお陰で我が領地も無事、奇跡を甘受しております。多大なる感謝をお伝え下さいませ」
「必ず」
このように伝えて欲しいと願っているからだろうと、そして話は終えたのだから愛する伴侶がいてくれる執務室へと戻ろうと、一歩足を動かした瞬間、続きの言葉が聞こえた。
「饗宴が始まりますね」
「今回は一段と力を入れておりますね」
神様への感謝を日々行っている神殿では、饗宴と呼ばれる日が訪れる。
私達の想いを聞き、お側にいて下さっている神様への感謝を神殿だけでなく民らも、王である兄も神殿が用意した神様への宴を捧げる為にある日だが、今回は国も主導で動く事が決まっている為、神殿内はいつもより騒がしい。
「聖主様自身が行う饗宴を毎年楽しみにしているんです」
「何故です?」
その言葉はとても不思議だった。
前任者と変わらないもてなしをしているというのに。
「私は神官ではないので…お恥ずかしながら神様の存在を忘れてしまう日もあるのです」
私もです。と、言いたくなった。
ヒナノが現れるまでは私も嘆いた日があった、そういう日は神様を忘れると同時に感謝をも忘れてしまう。
「ですが、貴方様が聖主となり饗宴を開いて下さったあの年。とても感動したんです」
年甲斐もなく恥ずかしいと語るドリューウェット子爵は、その恥ずかしい気持ちを押し殺してまで私に感謝を伝えてくれた。
「何も変わらないはずの饗宴は全てが変わっていた…どこが変わったのかと問われてしまえば口を閉ざすしかないのですが……そうですね。感謝がそこに在りました。私達全ての想いを乗せた感謝が出来上がっていた饗宴は、本当の意味で神様との向き合い方を教えてくれた気がしたんですよ。それはよく忘れてしまう大切な日々の生活を豊かにしてくれる光景でした」
その言葉に私は恥ずかしくなり、顔を伏してしまった。
私はドリューウェット子爵が“よく忘れてしまう”日々を、今まさに送ってしまっているのだから。
そう気付いた私は更に恥じた。
毎日の感謝も業務的になり、全てを恙無くこなしていたと思っていた王城での仕事も…とても粗がある内容なのだと気付き、より一層恥じた心を持った私に慰めの言葉を…いや、慰めだとは思っていないだろうが、私にとっては慰めの言葉を吐いてくれる。
「聖女様のお声を直接頂く事は叶わないでしょうが…あのように私達を叱ってくれた言葉は冷徹に見えてしまう場合もあるでしょう」
それは私が淀みを発生させているという、笑い者にする噂話を一蹴してくれた時の事なのはすぐに理解した。
そしてヒナノが冷徹に見えるという、新たな側面にも気付かされた。
ヒナノはとても優しく、大切にすると決めた者への愛情は惜しまない。与えられている私がそう思うのだから、他者からも少なからずそのように見られているのだろう。
だからこそ、溢れる程の愛情を与えてくれる彼女の事を、愛情を注いでいない者達から見たら冷徹に、冷淡に見えてしまうと気付いた。
話せば、関われば、心を砕いてくれていると分かるが、立場上関わる者は僅かで理解してくれるのは今後も難しいだろう。
「心温かな聖主様が側におられるというのは、失礼な物言いになってはしまいますが……とても似合いの2人だと感じます。お2人だからこそ打ち消し、そして前に進めるのでしょうね」
その言葉に未だ伏していた顔を上げた。
私の饗宴を心温かと表現して頂き、ヒナノの叱りを冷徹と表現したドリューウェット子爵は、私達だからこそ上手くいっているんだと、これから先も2人なら大丈夫だというような安心している表情を見て、このような視線をこれから多くの者に頂けるよう精進しようと思ったのと同時に、今の私に降りかかる無駄を排除しなければとも心に決めた。
「ありがとう…ございます」
「いいえ、失礼な事を言いました」
「とても有意義な時間を頂けましたよ」
「それはこちらの台詞です」
その日から認識も、人を見る目も変わっていった私はヒナノの疑問にも気付けた。
毎日王城へ行き、その合間に神殿の仕事をする私を見て不思議そうな表情をするのは知っていたが、意味まで読み解けなかった。でも…そうだな。私もそう思う。
ドリューウェット子爵が饗宴を誉めてくれたように、本来、私の仕事は本神殿の聖主という立場であり、王城に通い務めている者達とは違う方向から国を良くしていかなればならないな。
そして王弟としての立場もある私がするべき事、出来る事は今している無駄な仕事ではない。
「神殿を護りし、民を守る。その根源は国を守る意味があるという事をお忘れなきよう願います」
私の立場を再認識してもらい、私の“日常”に戻そう。
「おかえりなさい!」
「ただいま」
これが私の日常だ。
ん?そういえば最近は私を醜いという目で見る視線よりは…恐れているような視線を感じる気がするが…
「ちゅー」
「くすくす」
気のせいか。




