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旅行という名の浄化は順調に進んでいる。
むしろ一夜、または何回かに分けて泊まれば完璧に浄化されてしまう今、想定よりも早い旅程が組まれているが、私たちにはあまり関係がない。
夜に転移で行くだけだし、着いたとしても顔見せなどはなく、宿の外に集まっている人達にちょこっと手を振るだけで終わる。
用意してくれた夕食を食べてしまえばレンと仲良く眠るだけ。寝てないけど。
そんな私たちより、騎士団の方が大変というか、多忙な日を過ごしている。
転移する場所には先に着き、周辺の警護と出される食事のチェック。集まりすぎている人達の規制やらを行い、私たちが泊まった後は次の場所に行くか、現地に到着した時に浄化に必要な滞在日数を私が伝える事で留まらなくてはならないのかを決めていく。
その騎士らに転移陣はまだ扱えない。
というよりは、魔法陣の使用許可が出ていないのと、魔法陣の組み立てに関しては未熟な国では私の教えた転移陣をまだ理解していない為、馬での移動方法をとっている。
そして、浄化される前に範囲内の魔物を討伐しなければならないのだから、騎士団の方がよっぽど大変だ。
淀みの核がある場所には初回以降行っていない。
その為、浄化をする場所も核がない所から行っているが、力をつけた騎士団と神官達が行けると判断するのもそんなにかからないだろう。
交代に旅へと出ている者達は神殿や王城に戻ると私の訓練を受けているから分かる。
問題なく討伐出来ると。
「ヒナノ、今日は私が転移陣に魔力を流しても?」
「「…」」
嫌だとは言えない…!でも言いたい!でも言えない!
レンは魔力の流し方にムラがあり、綺麗に流せない日の方が多い。
攻撃魔法は問題ないけれど、転移陣や他者の肉体を強化したり、治癒を施すと目眩や吐き気に襲われる。
それはこの国の常識では合ってるけど、私と今のクーパーは違うと分かっているし、自身でやる方が酔いなんかない。
隠してはいるけれど、クーパーは国一番の強者となっているから当然、上手く転移してくれるんだけど……レンは忙しい。
クーパーが忙しくないとは言ってないけれど、鍛える事もそこまで出来ない仕事量と、私に構う時間で精一杯なのだ。
そんなレンは一生懸命努力し、空いた時間に訓練してる事も、もちろん重々承知だ。
今日こそは上手くやってみせる!
なんてきらきらしい瞳で見つめられてしまえば、
「うん」
「…」
「ありがとう」
首を縦に振る以外の動作は出来ない。
クーパーから寝不足な目で非難のような視線を向けられるけど、我慢してもらおう。
我慢するしか道は残されていない!
すー………っと魔法陣に魔力を流していくレンは、私とクーパーを目的地まで運ぼうと頑張っている。
細やかな流れと、必要量の魔力ぴったりに合わせようとしているレンは真剣な表情だけど、私たちだって真剣だ。
「「………」」
思わずクーパーと見合わせた。
そして酔いが襲うであろう次に備えて2人とも胃の辺りを掴んだ。
「「ぐっ……」」
大丈夫、転移先には人がたくさん居るから大丈夫な聖女でいなきゃ。気をしっかり持って!
伴侶様がしてくれた立派な転移を誇らしく思いながら、集まってくれた人達に手を振ろうではないか…!
「「ぅ゙………」」
ちょっと!そこの2人!
そんな気持ち悪そうな声出さないで!
益々酔いそうだから!
「聖女様、聖主様、お待ちしておりました」
「「「………ぅ゙ぅ゙」」」
言葉を返すのはちょっと待ってくれる?
私たち色々と出ちゃいそうだから。
浄化が出来る範囲は限られている。その為、宿に泊まる時もあれば、領地を治めている者の屋敷に泊まる時もある。
今日は宿に泊まる日。
だからこそ厳重な警護と、緊張感が騎士らから漂っているのを感じつつ案内された室内に入ると、クーパーだけが室内に留まり、レンと食事を取る為に座る。
旅をせず、浄化をする為だけに夜に来られる聖女様と聖主様の為にと考えられた夕食はその地で僅かに採れた香辛料などを使用し、せめてこれだけでも味わい、安らいで欲しいとの願いを込められた食事を出されるけれど、まぁ、実態は“聖女様が食した材料”として売りに出され領地を潤す為に国が考えた事。
そして私も仕事を全う………出来ればいいんだけど。
「食べられない?」
「うん、レンは?」
「美味しいよ」
それならいいんですけどね。
淀んでいる土地の材料に魔力が殆ど籠もっていない食材は、正直マズイ。
例えこれがレンの手作りだとしても……食べられそうにない程、腐った食材に見えてしまう。
私は手持ちの食事を出して一緒にご飯を食べるけど、本当はレンにもこっちを食べてもらいたい。
でもレンは作り手に感謝をし、思いを込められた整っている食卓を無下にしたくはないと思っている事を知っているから口に出さないようにしてる。
「………」
「……食べる?」
「………もう少しだけ」
「うん」
食べる手が進まないのは酔いが残ってるとかじゃない。
部屋に案内されたらすぐに酔い止め効果のあるさっぱりとした飲み物を2人に渡して飲んで貰ったから転移酔いに関しては問題ないんだ。
ただ、魔力量が上がり、私の持ってる食材を普段から食べているレンは日に日に魔力の籠もっていない食材が食べられなくなっているのは見てて知ってる。
「「…」」
うん、マズイよね。
ちなみに後ろに立って控えているクーパーはビシャカが住まう世界にある料理を大量に買い込んだらしいから、こういう時に食べてるんだと思うよ。
「………」
「なくなれーする?」
「……お願いします」
申し訳なさそうに言うレンのお皿も私のお皿も一瞬にして綺麗にし、私の手料理を置いて食べ終えたら外の護衛に片付けをお願いすれば証拠隠滅は完璧だ。
「ご飯いらない」
「困ったな…」
こんな無駄はいらない。
でも、現地の人達がせめて食だけでも楽しんで頂けたら…!なんて思っている事も知ってるレンは眉をハの字にしてる。
「踊りを見るのはいかがでしょう」
そんな事を言いながら紅茶を置いてくれたクーパーは、今日も寝不足になりそうだ。
「いい案だ、提案してみよう」
「踊り?」
なに踊り?
「花が咲き乱れていた頃から続いているとされる踊りがこの国にはあるんだよ」
ああ、小説にあったな。
「歴史は」
「うん、ちょっと待ってね」
「?」
説明してくれるレンの言葉を遮ってクーパーに目をやる。
「いいよ」
「ありがとうございます。失礼致します」
「?ああ」
淫魔のビシャカではなく、悪魔のマリウスから連絡がきてたからいってらっしゃいをした。
クーパーが着けているネックレスは連絡する飾りもあり、その飾りにマリウスの魔力が流れていたのが見えたのもそうだけど、わざわざ迎えに来たのかこの宿の屋根上に来てる。
この出会いが、クーパーだけではなく紹介した2人にとっても良き縁になってくれてたらいい。
わざわざ迎えに来るなんて、気に入りの人間にでもなったかな?
「秘密を聞きたい」
「なんでも」
「故郷に行った時に聞いても?」
「うん」
私を抱き上げて、後ろからぎゅぅぎゅぅと抱き締めながら私を知りたいと、嬉しい事を言ってくれる素敵な伴侶は、私の知らない歴史を教えてくれた。
「咲き乱れる花、澄み渡る空気、翔けた先にあるのは広い空と、瑞々しい海」
淀みがない時代にあったとされる踊りが今も語り継がれているのは、希望を失わない為だとレンは言う。
隣国とあまりにも異なる自国に嫌気が差した者達が出て行ったとしても、希望があるこの国に戻って来てくれると信じて踊りを舞う残された者達の希望も詰まっている。
そんな踊り。
「踊れば大地が揺れ、空気が揺れる。希望を皆で込めれば必ず見れる景色があるはずだと…昔にあったはずの美しい景色たちが戻ってきてくれると信じて踊るんだ」
踊り続ける人達の希望が届かないのは全ての者達が同じ気持ちで踊らないせいなんだと言い伝えられている。
淀みが心に侵食し、荒んでしまった目で見る現実に押しつぶされてしまい希望など抱けなくなっていたから。
同じ心を胸に灯し、舞いを踊れば砂埃のようなこの地が澄み渡っていくと信じていた。
「希望を託した想いは消えず、いつまでも誰かの胸の中にある」
それはレンの感想であり、幻想だろう。
「希望を託す事しか出来ない我が国で果たして未来は見れるのだろうか」
その言葉は私を召喚し、浄化を願っている今を嘆いている。
「淀みは発生しても食い止められる」
「教えてくれた事は覚えているよ」
多少、淀んだところで問題はない。
美味しい食材がその場所で採れなくなっても、それ以上蔓延らなければ“多少”で止まる。
「けれど淀みが消える事はない」
「………そういう意味もあったのか」
消失する事は有り得ない。
ただ1つを除いて。
「浄化出来る者は多数存在する」
「え?」
「私が召喚されなくともこの国で生まれ育った者が浄化した可能性だってある」
「…」
貴族らの馬鹿な頭と無駄な虚栄心が強い愚か者達を恥じる心を持つのは構わないけれど、私に申し訳ないなどとは思わなくてもいい。
召喚が先か、浄化出来る者がこの世界で生まれ出るのか先か。
私からしたら大差ない事だ。
だから、私に頼りきりだなんて考えないで欲しい。
「ありがとう」
お礼もいらないのに。
「レンの伴侶なのに…」
「ヒナノ……?」
なんだろう?美醜格差が酷い日常で育ってきたから1人で背負い込む事が普通になってるのかな?それはとっても悲しいよ?
「レンの伴侶だもん、私は“巻き込まれた可哀想な聖女”じゃなくて、レンの伴侶になってこの国の人間として今は生きてるんだもん」
「っっ〜〜」
なんでいつまでも私を部外者扱いするんだろう…
レンの仕事して、レンの洋服作って、レンの部屋で生活して、レンと一緒に眠ってるのに…
「ぶぅっ」
「……くすくす、拗ねないで?と言いたいところだけど」
私を横抱きにして頬を撫でてくれる心地良さに思わず目を瞑る。
「ありがとう。私と共に生きると選択してくれて」
ひと目見た時から私はいつだってレンしか望んでいないよ。
「背負ってくれていた事に気付かなかった愚かな私を許して」
もう少し機嫌を取ってくれたら許してあげる。
「そして、私にも背負わせて欲しい。この国の秘密もそうだったけれど、遠慮して言えない事も伝」
そうなの?いいの?
「ちゅーしていいの?」
「いけません」
「…」
「…」
どうやらまだ外でちゅーしちゃ駄目らしい。
「三白眼な瞳にオレンジがとても良く似合ってて、柔らかな空気になると少し垂れる」
「や、やめよう」
「…」
「…」
レンの事をかっこいいって、たくさん言いたいのに止められた。
「全然言えない」
「………」
レンの常識は私にとって我慢がたくさんだ。
我慢にもならない我慢だけどね。
「あ」
「…」
私の閃きに対してそんな、なんとも言えないお顔しないで欲しいな?とってもいい案だよ?
「来たら私の常識になる?」
「故郷に案内してくれる話?」
「うん」
「もちろん、覚えておかなければならない事はある?」
「ううん、ちゅーしてもいい」
「…」
そうだよね!この国の常識で駄目なら他の世界に行っちゃえばいいんだよ!
「…」
「…」
「………」
「…」
「…………………分かった」
「!」
いつでもちゅーしていいって!この国以外ならどこでも…!レンにそういうつもりがなくともそういう意味で捉えておくね!
「ですが多少覚えなければならない事も」
「ない」
「……」
「クーパーも連れて行くから大丈夫」
「くすくす、いい出会いがあって本当に良かった」
「レン以上はない」
「私もだよ」
機嫌なんて損ねてないけど、そんな私だった事も忘れてレンの首に抱き着いてキスを強請った。




