わたくしの宝物
「宝探しゲームをしませんか?」
「宝探しゲーム?」
「ご存じない?」
「いえ、聞き及んではおりますが」
わたくしはとある国の王女です。
現在、お見合いの真っ最中。
と言っても、婚約することは決まっているので、単なる顔合わせと言うべきでしょう。
お相手は、公爵家のご嫡男です。
事前に聞いていた通りの美丈夫で、頭脳のほうもそれは優秀なのだとか。
美しい男性だとは思いますけれども、わたくしには比較対象がありません。
正直申しまして、十五の歳まで母の住む王妃宮から出ることはかなわず、その後も今日まで目にした男性と言えば、父である現王と兄の王太子、他には老齢の執事ぐらいでした。
王宮の中は昔からのしきたりが多く、王女は嫁入りまで王城の外に出ることができないのです。
今日も見合い場所は、王城内に公爵家が持つ一角です。
ここに来るまでも、大勢の女性騎士にわずかな隙も無く取り囲まれて、周りの様子をうかがうこともできずにやってきたのでした。
こういう場では、男性側のリードに任せればよいのです、と侍女から聞いていたので、わたくしは彼の話に相槌を打つばかり。
ですが、これでは話が盛り上がることもありません。
彼はそれを見越していたのか、宝探しゲームを持ち掛けてきたのです。
「どこかに宝を隠してありますの?」
「隠してはおりません。
私の宝は、この部屋の中にあります」
「一つだけ、でしょうか?」
「一つだけ、です」
ここは応接室で、王城内で相談や商談をするための部屋です。
公爵家の格式を示すため、素晴らしい調度や美術品の数々が並んでいます。
けれど……
お話を聞いてみた感じですと、彼はこういった置物を宝だと考えるかしら?
それにわたくしは、そこまで目利きではありませんから、一番素晴らしいものを当てられそうもないのです。
外れたら婚約解消というわけでもありません。
ただのお遊びなのですしいっそ、と悪戯心がわきました。
わたくしは、ゆっくりと右手をあげると、自分を指さしました。
「あなたの宝は、わたくし、かしら?」
そうして少し首をかしげます。
ほんの冗談のつもりでした。
けれど、彼は驚きに目を見張ります。
「……どうして、おわかりに?」
「え? 本当に?」
「あなたは私の唯一の宝です。一生お守りしていく覚悟です」
「まあ、今日初めてお会いしたのに、そこまでおっしゃってくださるのは何故ですの?」
彼は少しだけ迷ったように見えましたが、すぐにしっかりとわたくしの目を見ました。
「……実は、以前に一度だけ、殿下のお姿を拝見したのです。
何年も前のことです。
父がある日、勢力図的に見て、我が公爵家に殿下をお迎えするのが順当だろうと申しました。
それで、子供だった私はどんな姫君なのか一目見たくて。
いろいろな伝手を使って潜り込みました」
いくら子供のしたこととはいえ、王城の奥にある宮に潜り込むなど大罪です。
しかし、その立場と、事件が起こってからの年数を考えれば、彼を咎めるものはいないでしょう。
「あら、大変な冒険をなさったのね」
「今思えば、無茶にも程がありますね。
とにかく、庭園の植え込みの陰で、殿下のお姿をとらえました」
「わたくしは、何を?」
その時のことを思い出しながら、彼はとても優しく微笑みました。
「殿下は、木陰で侍女に本を読んでもらっていらっしゃいました。
その傍にいた、遊び相手らしい女の子が転寝をして……」
その遊び相手は、今では立派な侍女になってわたくしのすぐそばに控えています。
彼女が当時を思い出して目を見張った気配がしました。
「その子の頭の上に小鳥がとまったのです。
それに気が付かれた殿下が、侍女に向けて黙るようにという仕草をされて」
その時、わたくしは自分の口に人差し指をあて、読むことを中断してもらいました。
ほんのわずかな時間でしたけれど、小鳥は可愛らしく首を傾げたりきょときょとしたりして、やがて飛び立っていきました。
『ありがとう、続きを読んでくれるかしら?』
わたくしがそう言うと、侍女は微笑んで、何事もなかったように本を読み始めます。
やがて、遊び相手の子が目覚めると『申し訳ございません』と言ったのですが、わたくしは『気持ちのいい日ですもの、かまわないわ』と応えたのでした。
「それを見ていて、この方を生涯お守りしたいと強く思いました。
貴女に、そして周囲の者に力不足と言われないよう、懸命に努力してまいりました。
ようやく認められ、晴れてお目にかかれることになったのです。
こんなに嬉しいことはございません」
「一目惚れというものかしら?」
「そうですね。
一目惚れも勿論ですけれど、あの風景の中にいつか自分も入りたいと思ったのです」
「風景の中に?」
「私も生涯、貴女と同じ風景の中にありたいと思ったのです。
生涯ともにあり、生涯お守りすると誓います」
「……そんなに熱烈では、いつか覚めませんか?」
「いいえ。私の宝は生涯、貴女一人です」
「……でしたら、わたくしも宝と呼ばれるに相応しい妻を目指しますわ」
初めての顔合わせは無事に終わり、わたくしは部屋へ戻りました。
「殿下、あの方は……」
「ええ、わたくしの天使様だわ」
わたくしもよく覚えています。
あの日、小鳥の向こうに、じっとこちらを見つめている天使様のように美しい男の子を見つけたのです。
小鳥を追い払ってしまったら、天使様もいなくなってしまいそうで、時間を止めたくて、あんなことをしたのです。
「小鳥を驚かせたくなかった優しい女の子が、実は天使様を帰したくなかった我儘な子だと知れたら幻滅されるかしら?」
「いいえ、あのご様子ではむしろ感激なさってしまうのではないかと思います」
「そうかしら?
でもこのことは、幸せのおまじないとして秘密にしておきましょう」
「かしこまりました」
本を読んでくれた侍女は既に職を辞しており、あの日のことを知るのは、この若い侍女だけです。
「ひょっとしたら、あの小鳥は神様の遣わされた縁結びの御使いだったのかもしれないわ」
「ええ、本当にそうかもしれません」
「あの小鳥を紋章にしようかしら」
婚姻まで間がないので、わたくしの住まいはまだ王妃宮です。
そのこともあって、自身の紋章をまだ持っていません。
次のお茶会では、紋章に使う小鳥のデザインを彼に相談しました。
すると、さらに次のお茶会では彼が小鳥の図鑑や紋章の事典を携えて現れたのです。
まるで、あの小鳥がずっとわたくしたちを導いてくれているようで。
もしかすると、いつか、あの秘密も彼に話す日が来るのかもしれないと、わたくしは予感しました。




