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黄昏と黎明のアストリア  作者: 空想好き
第1章:Bランクの日常と歪な契約
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幕間 報告と裁定の間で

2話連続投稿です。

王都アステリア、宰相府。


石造りの広間は、冷たい静寂で満たされていた。机上に積まれた報告書の束、その最上段には、深紅の封蝋が押された一枚が置かれている。


封印の印章は、ヴァロワ伯爵家の鷲。


伯爵は背筋を正し、手袋を外すと、その報告書を恭しく宰相バルトロメウスの机へと差し出した。


「――救護所区画での搬送について、報告を」


宰相は細い指で文をめくり、無言のまま読み進めた。

その瞳の奥には怒りも焦りもなく、ただ秩序を乱されたことへの冷たい不快が漂う。


「……無許可の搬出、教会への直送。ギルド筋の指示なし。報告経路を無視している」


「はい。現場の隊長、イレーヌ・レンブラントによる独断とのこと」


伯爵の声は静かだったが、その静けさはまるで刃のようだった。


「だが宰相閣下。搬送された重傷者は教会にて一命を取り留めております。彼女の判断が結果として功を奏したことも――」


「功など問うてはおらん」


宰相の言葉が静かに断ち切った。


「秩序は偶然の善意の上に立つものではない。規律を破れば、それがどれほど善き結果であっても、王国の柱は腐る」


ヴァロワ伯爵は微かに唇を吊り上げた。


「……全く、閣下のお言葉の通りにございます。救護所隊長、イレーヌ・レンブラントに処罰を。責任の所在を明確にすべきでしょう」


宰相は短く頷いた。


「降格の上、現場指揮権を剥奪。副隊長ケイン・ロウを代行として暫定配置。正式な決裁は明日付けとする」


「承知いたしました」


伯爵は深く一礼し、踵を返す。

その背に、宰相の低い声が落ちた。


「……ヴァロワ。聖女の件、進展はあるか」


伯爵の足が一瞬だけ止まる。


「はい。教会側の対応が早すぎます。救護所搬送と同時に現場へ到着していたことを確認済みです。聖堂の指令が事前に流れていた可能性があります」


宰相の眉が僅かに動いた。


「つまり、ギルドよりも教会の方が先に動いていたと?」


「その通りにございます。聖女アリアは“偶然”を好む神の器ではありません。必ずどこかで手が回っている」


沈黙。

やがて宰相は重く息を吐いた。


「……王国は今、祈りと法の二つの舵で進んでいる。だが同じ船に二人の船長は要らぬ。聖女の手が王政に及ぶ前に、繋ぎ止めておけ」


「はっ」


伯爵は深く頭を垂れ、静かにその場を後にした。

扉が閉じた瞬間、宰相の机上で封蝋がぱきりと割れた音だけが残った。




夕刻、王都防衛隊・第九層救護所詰所。

白布の帳の中、イレーヌ隊長は立っていた。軍靴の音が響く。

入ってきたのは副隊長ケイン。報告書を胸に抱えたまま、顔を上げる。


「……隊長、降格の決定が出ました。責任者はあなたと――」


イレーヌは制帽を外し、静かに机へ置いた。


「言わなくても分かっている。ヴァロワ伯の署名だろう?」


白布の帳の中、イレーヌは報告書に署名した。


「指示は私だ。経路変更も、教会直送も。副隊長は実行しただけ」


ケインが一歩踏み出す。


「違う、判断は俺が――」


「黙りなさい、副隊長」


彼女は穏やかに遮った。


「あなたは次の隊長よ。助けられる命を優先したなら、次はそのための命令を出して守りなさい。責は、ここで終わらせる」


ケインは唇を噛む。


「現場の最終責任は指揮官にある。お前が助けを選んだことを、私は誇りに思う。だが、誇りだけでは秩序は守れない」


彼女は一歩、彼に近づいた。


「ケイン。これからお前が隊を率いる。命令を守るために動くのではなく、“守るために命令を出せる人間”になりなさい」


「……隊をどう導けばいいんです?」


イレーヌは一瞬だけ目を閉じ、微笑んだ。


「自問しなさい。助けられる命を見捨てず、失った命に向き合う。それができるなら――どんな上司でも務まるわ」


彼女は背を向け、階級章を外すと、机の上に静かに置いた。


「私はここまでだ。後は任せた、ケイン・ロウ」


言葉は短く、しかし揺るぎなかった。


符灯が白布を透かし、彼女の背を包む。

ケインは敬礼を返し、その姿が扉の向こうに消えるまで動かなかった。

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