幕間 リーナの記憶
2話連続投稿です。
夜更けの宿。
仲間たちはすでに眠り、蝋燭の炎だけが小さな部屋を照らしている。リーナは眠れず、大盾の縁を布で磨いていた。
幾度となく刃を受け、衝撃を吸い込んできた鉄の壁。その傷跡を撫でる指先に、過去の記憶が重なっていく。
(……こんな夜は、どうしても思い出す)
まだ若かった頃。
深淵の迷宮に挑む前、彼女には別の仲間がいた。リーダーはキール――太陽のように明るく、真っ直ぐな青年だった。彼の笑顔は場を照らし、背中を追うだけで勇気が湧いた。
「リーナ、お前の盾があるから、俺は剣を振れるんだ」
その声は今も耳に残っている。
彼は決して強さを誇らず、ただ仲間を信じることを誇りとしていた。リーナにとって、それは支えであり、誇りだった。
だが、その誇りは無惨に崩れた。
中層で遭遇したイレギュラーのミノタウロス。想定を超えた脅威に、パーティは次々と追い詰められた。リーナは必死に盾を構え、仲間を守ろうとした。
奇跡的に突破口を見つけ、どうにかその場を逃げ延びた。
けれど、安堵は訪れなかった。
迷宮の出口に辿り着く前に――キールは力尽きた。
誰の責でもないと仲間は言い合った。だが、あの場にいた者たちの胸には、消えない棘が刺さった。あの一瞬の判断の誤りが、取り返しのつかない結果を呼んだのだと。
リーナはその夜の記憶を振り払おうとした。けれど、どうしても脳裏に浮かぶ。
最後まで生きようとしたキールの崩れ落ちる姿。
守ることができなかった自分。
そして――口にできないある光景。仲間の誰もが、決して言葉にしない「原因」。
「……私が守れなかった」
その悔恨は、彼女を長い間縛りつけた。盾を持つ手が重くなり、迷宮に戻る勇気を失い、ただ己の無力を呪った日々。
だが――そんな彼女を拾ったのは、レンだった。
彼の戦い方は、リーナの知るどの戦士とも違っていた。感情を切り捨て、徹底した準備と計算で仲間を導く。盾が砕けようと、刃が通じなくとも、冷徹な指示は決して揺らがない。
最初は反発もあった。「仲間を歯車扱いするな」と怒鳴ったことさえある。だが何度か共に戦ううちに気づいた。
彼の冷徹さの奥にあるのは――絶対に仲間を死なせない、怪我すらさせないという執念だ。自分の睡眠をも削る異常性も後で気づいてしまった。
――かつてキールが「信頼」で守ろうとしたものを、レンは「計算」で守ろうとしている。
方法は違えど、どちらも仲間を生かすための道。
「……私はまだ盾を捨てちゃいない」
彼女は磨き終えた大盾を壁に立てかけ、深く息を吐いた。
罪悪感も後悔も消えはしない。それでも、新しい仲間と共に歩く中で、もう一度「戦士としての誇り」を拾い上げつつある。
キールの言葉が胸に蘇る。
「お前の盾は頼りになる」
今なら答えられる。
「私はまだ、仲間を守れる。だから、もう二度と……失わない」
蝋燭の炎が揺れ、影が壁に映る。
リーナは目を閉じ、そのまま椅子にもたれた。ようやく訪れた眠気に身を委ねながら。
夢の中、かつての仲間の笑顔と、新しい仲間の不器用な笑顔が、ひとつに重なっていた。




