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黄昏と黎明のアストリア  作者: 空想好き
第1章:Bランクの日常と歪な契約
18/42

第5話 王都の朝、噂と影 ①

王都アステリアの朝は、鐘の音ひとつで動き出す。


宿にいると朝一番で扉がノックされ、ギルドの使いが駆けてきた、との連絡があった。食堂に行くとギルドの使いが紋章入りの封筒を掲げ、息を弾ませながら礼を取る。


「静寂の歯車殿、特別招集。翌夕、大会議室。出席の返答は不要とのこと」


レンは封筒を受け取り、確認するとだけ伝えた。


灰色の旅人亭の二階、窓の外には赤茶の屋根が連なり、遠くに尖塔が突き出ている。机の上で封蝋を割ると、羊皮紙の文面は簡潔だった。


〈特別調査の事前協議〉

〈出席:ギルド幹部、Bランク以上の数パーティの代表者〉

〈議題:王都近郊の地下導管異常/二十五階層への直通路に関する周辺整理〉

〈注意:会議内容は口外禁止。守秘違反には相応の処分〉


ギルド本部からの招集状を受け取ったレンは、宿の一室で仲間に告げた。


集まった時にはすでに陽は傾きはじめていたが、まだ窓からの光は白く部屋を照らしていた。静かな緊張だけが漂っている。


レンは紙片を机に置き、短く言う。


「……明日、ギルドで協議がある。俺が行く」


リーナが眉を上げる。


「協議? わざわざ代表を集めるなんて、ただ事じゃないな」


クラウスは視線を細め、折り畳まれた紙を覗き込む。


「導管の件か……あるいは迷宮絡みだな。表に出せない議題なのは確かだ」


ミーシャが心配そうに身を寄せる。


「……私たちは、入れないの?」


「規則だ。出られるのは代表者だけ」


レンはそれ以上言わず、紙を折り畳んだ。


短い沈黙。


リーナが肩をすくめる。


「要するに留守番ってわけか。まあいいさ。どうせ実際に動くのは、私らの番になってからだろう」


クラウスは口元を歪める。


「どうせ内容は伏せられる。だが、当然判断に必要なことくらいは伝えてもらうぞ」


ミーシャが机の上に蜂蜜菓子を四つ並べ、そっと言葉を添える。


「……食べよ。会議は頭を使うから」


甘い香りが広がる。リーナは豪快に齧り、クラウスは静かにひとかじりした。ミーシャ自身も小鳥のように歯を立ててから、レンの前に皿を押しやる。


「ね、少しだけでも。お腹が空いてたら、考えることまで削られちゃう」


レンは菓子に触れず、ただ紙の上に指先を置いたまま、ほんの一瞬だけ彼女に視線を向けた。その短い間に、机を囲む空気がわずかに和らいだ。


窓の外で鐘がひとつ鳴る。夕刻が近い。




翌夕、ギルド本部の廊下は昼の喧騒が嘘のように静かだった。燭台の炎がゆらぎ、磨かれた床は靴音を正確に返す。大会議室の前には、ゴラッハが立っていた。壁にもたれ、腕を組み、眼光だけが鋭い。


「来やがったな。特別召集なんざ、胃に悪い」


リーナの声が脳裏に甦る。


(消化は筋肉がするんだろ)


レンは何も言わず、歩みを止めない。


ゴラッハは鼻で笑い、表情を引き締める。


「お前はどうだ、レン」


「結果を出す。それだけだ」


レンは視線を逸らさず、低く答えた。


「へっ……相変わらず口先も冷てえな」


ゴラッハは肩を揺らし、壁から身を起こす。


「だが覚えとけ。今回の議題の一つはお前がメインになる」


そのやり取りを断ち切るように、白の外套が影を落とした。シリウスが姿を現し、軽く顎を引く。


「会議は短く済ませる。いつも話が長すぎる。発言は短く簡潔に」


「お前が言うと嫌味にしか聞こえん」


ゴラッハが吐き捨てる。


「事実はいつだって耳障りだ」


シリウスは受け流し、視線でレンを指し示す。


「未熟を自覚しているなら座れ。そうでないなら、帰れ」


そう言い残し、大会議室の扉を押し開けた。

レンは背筋を伸ばし、その背に続いた。




大会議室。


重厚な扉を開けると、既に多くの席が埋まっていた。蝋燭の明かりが整然と揺れ、長卓の中央には厚い資料が積まれている。


司会役を務める幹部が声を上げた。


「これより臨時協議を始める。議題は二つ。ひとつ、二十五階層へ至る直通路の扱い。もうひとつ、王都近郊で確認された地下導管の魔素異常について」


ギルドマスター・アイゼンも、副ギルドマスター・レナも不在。


その冷ややかな事実が、出席者たちの胸に棘のように刺さっていた。また、今回の招集期間が短いこともあり、集まったパーティーも普段より少なかった。


まず口を開いたのは、アストリア王国を代表する貴族でありながらAランク冒険者のシリウスだった。


「グリフォンの誇り、リーダー、シリウス・アルヴァインだ」


騎士の礼を取るその姿は、背筋そのものが剣のように真っ直ぐだった。


「直通路の利用は軽々しくすべきではない。訓練を経ずに深層領域近くへ踏み込むのは危険だ。今はその時ではない。私は反対だ」


続いて、東方の剣士が立ち上がる。


「暁の太刀、リーダー、シズク・カミヤ。……迷宮は敵ではなく、均衡を保つ存在。直通路の発見は調査の時短と範囲が広がる話に通じる。放置すれば歪みが広がり、封印するだけでは再び歪みが生まれる。調停の術を模索すべきです」


その声音は柔らかだが、発言は鋭かった。黒髪を束ね、腰の刀は光を反射する。東方の風を纏うような異質さに、室内がわずかに静まった。Aランク特有の風格が漂う。


ゴラッハが腕を組んで前に出る。


「鋼鉄の壁、リーダー、ゴラッハ・ドランベルクだ。俺は単純に考える。あの広間にあった幻影装置は破壊されたと報告されている。ならば、危険は一時的に去ったと見ていいんじゃねえか。装置が無ければ安全は確保されるはずだ」


Bランク代表たちも次々に発言する。


紅蓮の刃リーダー、ドラン・ヴァルガス。


「確認したいのは一つ。ギルドの調査はいつまで続けるつもりだ?危険をわかってて引き伸ばすのは、現場に立つ俺たちには負担でしかない」


黒犬の牙リーダー、ザグロス・フェルディーン。


「安全の確認は、どのパーティが行う?俺たちか?それとも静寂の歯車か?曖昧にされちゃ困る」


蒼穹の矢リーダー、エルン・ハルバード。


「同士討ちの危険性はどうなりましたか?欺瞞の回廊は仲間同士を欺く幻影を生んでいたと聞きます。解除された保証がなければ、誰が隣に立っていても信じられません」


次々に意見が述べられる。そして、ついにレンに直接意見が求められた。


白銀の環代表、セリーナ・リィン。


「レン・ヴェリタス殿、あなたに直接伺います。報告では粉の線と短い指示で進路を保ったと記されていますが、それは再現可能ですか?もし可能なら、他のパーティにも共有されるべきです」


視線が一斉に、会議卓の端に座る青年に向けられた。

レン・ヴェリタス。


彼はわずかに顔を上げ、低い声で答えた。


「調査は終わりがない。だが、装置が破壊されたと見えても、放置すれば再び回復する可能性がある。幻影は空間そのものを侵す術式だった。形を変えて戻る危険は排除できない」


ゴラッハが眉を寄せる。


「つまり、装置を壊した程度じゃ安心できねえってことか」


「そうだ。封鎖するか、監視の下で利用するか。その二択しかない」


レンは視線を巡らせることなく、卓上の資料を指先で押さえた。


セリーナが静かに問い直す。


「……その監視を担えるのは、誰だと考えていますか?」


「依頼を受け、結果を持ち帰れる者」


即答だった。声は冷え、感情の影を一切含まない。


シリウス・アルヴァインが再び口を開いた。


「無謀を避ける意見には賛同する。だが、ヴェリタス……君の考えは、王国にとっては合理的でも、仲間にとっては酷薄に響くはずだ」


彼の胸中には葛藤があった。


(確かに合理的で正しいが、仲間を信じて共に戦うという最も根源的な絆を切り捨てれば、隊は瓦解する。騎士としての私が重んじるものと、彼の価値観は交わらない――だが、それでも成果を出している実績がある。なぜ、仲間がついてきているかが重要か)


シズク・カミヤも頷き、黒曜のような瞳を細めた。


「任務とは誰かを削ることではない。だが、冷たさの裏に真実があるのもまた事実。……あなたのやり方は、試されるだろう」


彼女の心は静かに揺れていた。


(迷宮は敵ではない。歪んだ均衡をどう調停するか、それが役割だ。だがこの男は、すべてを効率で斬り捨てる。危うい……けれど、見方を変えれば、同士討ちをも効率で切り捨てるその冷徹さは迷宮の嘘を見抜く鋭さにもなり得る。果たして、この歯車は調停者か、それとも破壊者か)


会議室に沈黙が落ちた。

幹部が手を叩いて場を締める。


司会役の幹部が、再び声を上げた。


「次に、王都近郊で発生している地下導管の魔素異常について。各位の意見を伺いたい」


再び最初に立ち上がったのは、シリウスだった。


「王都を守る盾を預かる身として、地下導管の異常は看過できない。だが、その源は迷宮と無関係とは言えないはずだ」


彼は周囲を見回し、問いを投げかけた。


「他の国でも同様の異常が起きていないかを、まず確認すべきだ。王都だけの問題なのか、それとも大陸全体に及ぶのか。情報が欠けていては、対処が遅れる」


司会役の幹部は短く答えた。


「現時点で、他国から同様の報告は入っていない。確認は継続しているが、王国内での異常は王都周辺に限られている」


シリウスの拳が膝の上で固く握られる。


次に口を開いたのは、シズク・カミヤだった。

彼女は静かに席を立ち、長い黒髪を背に流す。


「東方諸国連合において、同様の導管異常は確認されていない。帝国は不明だがおそらく問題は王都と深淵の迷宮との関係に限定されるだろう」


淡々と告げる声に、卓の空気が安定する。


Bランク代表たちも続く。


黒犬の牙リーダー、ザグロス。


「安全確認を誰がやるかはっきりさせろ。曖昧じゃ現場は動けねえ。……まあ、仕事になるなら引き受けるがな」


蒼穹の矢リーダー、エルン。


「導管調査には索敵の技が欠かせない。地下の網を読むには、俺たちのような狩人が向いています。ギルドが望むなら動きましょう」


幹部の視線が、欺瞞の回廊での調査力を評価しレンへと注がれる。


「ヴェリタス、君の意見は?」


レンは即答した。


「放置すれば経年劣化で導管は悪化する。自然に回復することはない。短期で調査を集中すべきだ」


周囲が静まり返る。

レンは続けた。


「索敵や斥候に優れたCランク以上のパーティーを編成し、集中調査を行えば結果は短期間で得られる」


合理的な打診だった。


エルンが頷く。


「確かに、長く引き延ばすより一気に探った方がいい。俺たちに出番があるなら、力を貸しましょう」


セリーナも言葉を添える。


「市民のためなら異論はないわ。治癒師として、この問題は急務よ」


司会役の幹部が立ち上がった。


「各位の意見、承った。結論はこうだ――導管調査は短期集中で行う。索敵能力に優れ、経験豊富な蒼穹の矢を中心に、数組のB・Cランクパーティを組み合わせる。二十五階層直通路については現状維持、封鎖と監視の双方を検討とする」


幹部は一旦話を切り、より重い口調で話を進めた。


「また、今回の二議題のうち直通路の件はパーティー内のみの極秘案件とし、導管調査については限定公開とする。現時点ではともに極秘案件として認識するように。Cランクパーティーはこちらで選定する」


合意が形成された。会議は粛々と閉じられる。


廊下に出たレンは、背後の扉が重く閉じる音を聞いた。


結論だけ見れば、望んだ通りだ。導管調査は短期集中、直通路は封鎖と監視。紙の上の答えとしては、これ以上なく合理的。


それでも、扉の重い音が背後で閉じても、胸の奥に残るのは安堵ではなく、薄い寒気だった。


(合理だけでは、誰も温まらない。信頼は、出した結果の上に、ゆっくり積み上がるものだ……まずは、あのアイテムボックスの件を片付ける。金貨で分配するのが妥当だろう。リーナは納得しないにしても)



宿へ戻ると、食堂の一角に仲間の姿があった。


リーナは腕を組んで立ち上がり、クラウスは眼鏡の奥から鋭い視線を投げ、ミーシャは心配そうに身を寄せていた。三人とも、会議の行方を気にしていたのは明らかだった。


リーナが真っ直ぐに問う。


「……で、どうだった?」


レンは席に着き他に人の気配がないことを確認し、簡潔に答えた。


「二十五階層直通路は現状維持、封鎖と監視を並行して検討。導管調査は短期集中で、複数パーティーの合同調査に決定。俺たちも参加予定だ。共に極秘案件として対応」


リーナが眉をひそめる。クラウスは顎に手を当て、ミーシャは言葉を探すように口を開きかけて閉じた。


レンはさらに続ける。


「…それと、アイテムボックスの件だが。後日、金貨で分配する。公平に処理するのが最善だ」


一瞬、沈黙。


リーナが小さく吐き捨てるように言った。


「……いや、そういうことじゃない」


彼女の胸中では、金貨などどうでもよかった。欲しいのは数字ではなく、仲間としての信頼と誠意。分配の話に矮小化された時点で、何か大事なものが切り捨てられた気がしてならなかった。


クラウスは口元に皮肉げな笑みを浮かべながらも、別の疑念を抱いていた。


(今のボックスから入れ替えで問題ないはずだ。なのに、なぜ分配で済ませようとする? 今のボックスを誰かに譲れば一件落着するだろうに、それをしない。渡せない理由でもあるのか?)


ミーシャは俯いたまま、指先を膝の上で握りしめていた。レンから見える秘密を抱えるような冷たい光に、不安だけが募っていく。


食堂のざわめきの中、四人の卓だけが重苦しく沈んだ。


条件だけを並べれば、公平で筋の通った落としどころだ。


だが、四人の卓の上に残った沈黙は、誰の喉も通らないまま、冷めた夕食の湯気みたいに消えずに漂っていた。

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