幕間 翼なき者の渇望
本日は2話連続投稿です。
王立図書館の禁書庫。
羊皮紙の匂いと乾いた紙音に包まれ、クラウスは古代エーテリオン文明の文献に目を走らせていた。
目的は一つ。十二階層で遭遇した黒曜石の石碑、レンがただの不安定な魔素溜まりと断じ、ギルドが隠蔽したあれの真実を暴くこと。
彼の瞳には、今も赤く脈打つ古代文字が焼き付いている。
(……違う。あれは単なる魔素の塊などではない。世界の理そのものを記していた)
その確信は、彼を古き記憶へと引き戻した。
シマーウッドの森。
数百年を生きるエルフの長老会。その列の中央には、彼の父と母がいた。若きクラウスは、数十年を費やして構築した理論を発表していた。
「つまり、ダンジョンの瘴気や不安定な魔素を排斥するのではなく、魔晶石から晶石を作り出すように属性の共鳴として解釈すれば、制御下に置けるはずです。対消滅を利用して暴走を打ち消し、逆に増幅の仕組みを設計すれば、新しい魔法体系が構築できるはずです」
言葉は熱を帯びていた。だが返ってきたのは冷笑。
「愚か者」
父の声は凍りつくように冷たい。
「お前は下等種族の真似事をしようというのか。人間やドワーフの混沌に魅入られ、調和を忘れたのか」
母も続ける。
「森の叡智は変わらぬことに価値があるわ。変化を持ち込むなど、我らの誇りを穢す行為よ。過去、人間がしでかした罪を知らないの?」
他の長老たちも口々に断罪した。
「若さゆえの傲慢だ」
「危険思想だ」
「伝統を軽んじている」
「自然は制御すべきものではない」
かつての同年代エルフから浴びせられた罵声も蘇る。
「森を捨てた裏切り者」
その瞬間、クラウスは悟った。
(停滞した森には、真理はない)
彼は頭を垂れ、恭順を装った。
「……私の未熟ゆえの妄言でした。お忘れください」
だが胸の内で誓った。
(さらばだ、閉ざされた森よ。真理は混沌の只中にある。未知と危険の中にこそ)
クラウスは我に返る。禁書庫の窓から差す月光が、頬を青白く照らしていた。
(……あの日の決意はまだ消えていない。だが、今の私は無力だ。石碑の真実に届く術を持たない。そして、レンは確実に知っている。だが、隠している)
拳が白くなるほどに固く握られた。
(レン。君の秘密主義は、私が最も憎む「真理の隠蔽」そのものだ。ならば、必ず暴く。君の仮面の下にあるものを)
彼にとって知識の探求は、単なる好奇心ではない。
停滞した故郷を越えるため。
己の存在意義を証明するため。
そして今は、指揮官レン・ヴェリタスという最大の謎を解き明かすため、今も真理を追い求めていた。




