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黄昏と黎明のアストリア  作者: 空想好き
第1章:Bランクの日常と歪な契約
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第3話 欺瞞(ぎまん)の回廊調査 ③

本日は2話連続投稿です。

幻の石碑が消え去った広間には、まだ重苦しい余韻が漂っていた。


粉の線は現実を刻み直し、時計のリズムも戻ったはずなのに、胸の奥のざわつきは消えない。仲間たちの呼吸は乱れ、互いの視線も揺れていた。


その奥、石段が続く下り道が現れていた。石壁には淡い光の苔が並び、空気はさらに濃密に沈んでいる。


クラウスが瞳を輝かせた。


「……これは、二十五階層への直通路だな。まさか、ここで――」


レンは一瞥を送り、即座に言い切った。


「調査完了だ」


冷徹な声が落とされる。


クラウスは驚愕に目を見開き、声を荒げた。


「待て!こんな発見、報告だけで終わらせるのか?欺瞞の回廊そのものをもっと調べれば、古代文明の仕組みがわかるはずだ!」


「却下する」


レンの一言が遮った。


「任務は異常の確認だ。道を発見し、存在を記録すれば十分。これ以上の滞在はリスクだけが増す」


クラウスは拳を握りしめ、喉まで出かかった言葉を呑み込んだ。


唯一のルール、全員の安全と引き換えに、レンの指揮へ絶対服従。


悔しさと未練を胸に押し込め、彼は顔を背けた。


リーナは深い溜め息をつき、大盾を担ぎ直す。


「ま、助かるのが第一だ。命があってこその知識だろ」


ミーシャは顔を伏せ、胸を押さえていた。幻影に侵された恐怖はまだ残っている。それでも小さく呟いた。


「……私は、もうあんな声を聞きたくない。帰ろう……」


レンは無言で頷き、進路を指示した。


彼らは回廊を引き返す。粉線はまだ消えておらず、足取りを導いてくれる。


戻りの途中、薄暗い側道に差しかかったときだった。


レンが足を止め、壁際に目を凝らす。


「……反響が違う。中が空洞だ」


ミーシャが短剣を抜き取り、レンの指示した部分の苔を慎重に削り取った。


すると、石の継ぎ目が露わになる。壁はただの岩盤ではなく、隠し部屋の扉だった。


力を込めて押すと、重苦しい音を立てて石壁が動き、小さな空間が開いた。


中には古びた金属の箱があった。装飾もなく、苔に覆われている。

だが、確かに宝箱の一種。


「おお、これまた古い宝箱じゃないか。中身は入っているのか?」


リーナが眉を上げる。


レンはミーシャに罠がないことを確認した後、慎重に蓋を開いた。中には革袋が一つ。封印はされていないが、触れた瞬間、独特の感覚が指先を走った。


収納の気配。


「アイテムボックスだ」


レンは短く告げる。


三人が息を呑む。


リーナが思わず声を上げた。


「……おいおい、マジかよ。こんなところで拾えるなんて!」


クラウスは眼鏡を押し上げ、驚愕を隠さなかった。


「本当に稀少な代物だ。個人で持てる冒険者は百に一人……いや、パーティーで2つもあるなんてほとんどない!しかも未使用品はいつぶりか」


ミーシャは目を輝かせ、革袋を覗き込む。


「すごい……!これで荷物をもっと運べる……!」


期待と興奮が広がる中、レンは革袋を手に取り、淡々と宣言した。


「これはこちらで管理する」


その一言で、空気が変わった。


リーナが眉を寄せ、低い声を出す。

「……おい、なんでお前が一人で管理するんだ?」


「俺が最も効率的に扱える」


レンは平然と答える。


「容量は不明だが、用途を最適化する必要がある。分散管理はリスクだ」


クラウスが冷笑を漏らした。


「結局はそういうことか。私たちには預けられないと?」


ミーシャも俯き、か細い声で続ける。


「……私たち、信用されてないの?」


三人の視線がレンに突き刺さる。


その中には失望も、怒りも、哀しみもあった。


レンは感情を排し、冷静に分析した。


(虚を隠すためのカモフラージュに最適だ。管理は自分が行うべきだ。だが――)


リーナの拳が震えていた。


「仲間なのに……荷物すら任せられねえってのか」


クラウスは眼鏡を押し上げ、吐き捨てるように言った。


「我々を歯車として扱うのは構わん。だが、この扱いは不愉快だな」


ミーシャは唇を噛み、涙をこらえる。


「……私、荷物くらい守れるよ……」


返す言葉はなかった。


レンはただ袋を掴み、装備の中へと収めた。


「続行する。出口まで気を抜くな」


短く告げる声に、三人は沈黙したまま従うしかなかった。


帰路は重苦しかった。


粉線は途切れず、罠も発動しなかった。だが、沈黙は仲間をさいなむ。


リーナは大盾を支えながら、何度もレンを横目に見た。


クラウスは無言で歩き、苛立ちを抑えきれない表情を浮かべる。

ミーシャはレンの背にぴたりと付いていたが、その瞳には不安が滲んでいた。


やがて、迷宮の出口の光が見えてくる。


石造りの門をくぐった瞬間、外気が肌に触れる。湿った冷気から解放されたはずなのに、心の重さは消えなかった。


レンは歩調を乱さず、背を向けたまま告げる。


「報告は俺がまとめる。……異常は確認、調査は完了。依頼は達成だ」


三人は答えなかった。

それぞれの胸に渦巻く思いが、言葉にできないまま沈殿していく。


欺瞞の回廊の調査は終わった。

だが仲間たちの心に刻まれた亀裂は、欺瞞の回廊よりも重く刻まれた。


深淵の迷宮から地上へ戻り、湿った冷気から解放されたはずなのに、四人の胸は重いままだった。


無傷の帰還、それは冒険者にとって誉れであり、羨望の対象でもあるはずだった。だが、彼らの沈黙はその成果を誇る空気を拒んでいた。


王都の喧騒が広がる。商人の声、焼きたてのパンの匂い、街路を駆ける子どもの笑い声。どれも現実の証拠でありながら、回廊で見た幻影が尾を引き、視界の端を揺らがせる。


「……行こう」


レンが短く告げ、ギルド本部へと歩き出した。仲間三人は無言で後に続いた。


ギルド本部に入ると、広間の空気が一変する。


「静寂の歯車だ……」

「また無傷で帰ってきた……」

「やっぱり怪しい……」


囁きが渦を巻くが、四人は気に留めない。ただ無言のまま受付カウンターへ進む。そこにいたのは、受付嬢のエララだった。


彼女は慌てて背筋を伸ばし、微笑を浮かべる。

「お帰りなさい。静寂の歯車の皆様。……ご無事で何よりです。ご報告をお願いいたします」


レンが一歩前に出る。


「二十二階層、欺瞞の回廊。異常を確認。幻惑系の術式を複数確認したが一部解除済み。負傷者ゼロ。依頼は達成。それと追加の戦利品がある。部屋を分けたい」


冷ややかで簡潔な報告に、クラウスがわずかに眉をひそめる。しかし言葉を差し挟むことはなかった。エララは淡々と記録を取り、顔を上げる。


「……承りました。それと追加の戦利品については別室の報告室で承ります」


「わかった」


レンはうなずく。


レンたちはギルドが情報を統制するための報告室へと案内された。そしてレンは革袋を取り出し、机に置いた。


職員は革袋を慎重に開け、内部の魔素反応を測る器具を取り出し、数度試した後、驚きを隠せない表情を浮かべた。


「……これは、中型のアイテムボックスです。容量は馬車一台分に相当。極めて稀少なものです」


報告室の隅で控えていた職員たちがざわめく。


エララは深呼吸をしてから説明した。


「このままギルドで一旦お預かりし、固有番号を登録します。後日、正式に返却することになりますので……ご了承ください」


レンは頷いた。だが、仲間三人の胸にざらついた感情が広がっていた。


リーナは大盾を握る手を強く締め、(やっぱり……あたしたちは信用されてないのか)と唇を噛んだ。


クラウスは冷笑を飲み込みながら(歯車として扱うのは構わん。だがアーティファクトの所有権まで独占するとはな)と内心で毒づく。


ミーシャは視線を落とし、(……私、荷物くらい守れるのに……どうして信じてくれないの……)と胸を痛めていた。


エララは彼らの沈黙を不安げに見つめたが、それ以上は口を出せなかった。


「本当に……無事でよかったです。詳細は上で確認いたしますので、本日はお休みになさってください」


レンは短く頷き、踵を返した。三人も続いたが、その背中には重苦しい沈黙がまとわりついていた。




その夜。

報告室の扉が静かに開けられる。そこに現れたのは副ギルドマスター、レナ・シルヴァナスだった。冷徹な紫の瞳が机上の資料を射抜く。


「ヨルム。報告をお願いします」


調査官ヨルムが立ち上がり、深く一礼した。


「はい。……以前私が率いた調査隊は、欺瞞の回廊に入った後に方向感覚を失い、結果として撤退を余儀なくされました」


室内に沈黙が落ちる。ヨルムは続けた。


「ところが、本日、静寂の歯車が戻った後、再調査したところ……異常なほど正確に回廊の奥まで導かれていました。回廊の幻惑を突破して二十五階層の直通路に到達しているのを確認しています。また、恥ずかしながら私の気配も気づいている様子でした」


レナは目を細めた。


「つまり、調査能力はBランクでは収まらないと」


「はい。ただし……」


ヨルムはわずかに言葉を濁す。


「彼らは王子派との接触が多く、政治的に不安定な駒とも言えます。ギルドの中立を守るためには、この点を軽視すべきではありません」


レナは机上の資料に目を落とし、冷ややかに結論を告げた。


「……功績は認めます。しかし、現時点では不確定要素が多い、昇格は保留が妥当ですね。監視対象として記録を更新してください」


「はっ」


ヨルムは深々と頭を下げた。


静寂の歯車がこのやり取りを知ることはない。彼らに伝えられるのは「依頼達成」「アイテムボックスは後日返却」という事実だけだった。




夜になり、静寂の歯車の四人は宿の部屋に戻り、それぞれが自分の装備を点検していた。

だが心の中では別の思考が渦を巻いていた。


リーナは。


(命は救われた。それは事実。でも、仲間を信じられない指揮官ってのは……いつか必ず崩れる)


クラウスは。


(合理性。効率。確かに彼のやり方は正しい。だが、知識の芽を摘み続ければ、私はただの部品として朽ちるだけだ。これでは故郷にいた時となにひとつ変わらない)


ミーシャは。

(私……信じてほしいだけなのに。みんなと同じって思いたいのに……レンの背中は遠すぎる)


レンは。

(虚を隠すためには最適の道具。今回のアイテムボックスは利用価値が非常に高い。仲間の不満は誤差の範囲だ。だが……誤差が積もれば、システムに致命的な亀裂を生む。どう制御する)


四人の胸に芽生えた小さな違和感は、まだ口にされてはいない。だがそれは確かに、深淵の影よりも濃い「ひび割れ」として残っていた。

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