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第6話 幸運の二者択一

医療スタッフによって倒れた挑戦者が次々と運ばれていく中、まだ歩ける状態だと判断された俺は自分で控室に戻るように言われた。

会場は医療スタッフだけでなく、ステージの壊れている個所を取り囲む人々や土を均す整備員で溢れ、混雑していた。


「イテテテテ……」


そろそろ立ち上がろうと右手で地面を押すが、筋肉が痙攣しているのか自分の体重以上の力はかからないでいた。


「よう、アンタ」


いきなり聞こえてくる声にはっとして、足元の砂から目を離す。


「よくあの一撃を躱したな。正義の戦士であるこの俺が、死人を出しちまうんじゃねぇかとヒヤヒヤしたぜ」


そう言いながらオマードは俺の前に右手を差し出してきた。


オマードに勝手に印象付けていた豪壮なイメージとは違って少し驚き、反応に困ってしまう。

先ほどまで命を奪うほどの勢いの殺気を向けあっていた相手にどう接するのかというのは村でも一度も経験したことはなかった。


「アンタ、名前は?ランクは?どこのパーティに所属してる?」


なかなか言葉を発さない俺に続けざまに質問を投げかけてくる。


町の人間は、こんなにも話すペースが速いのか……と、感心とも諦観とも違うある種の放心とも言えるかのようなあきらめの感情に達した。


「俺はワルツです。すみません、俺、そういうのは村から出てきたばっかりでまだよく分からないんです」


「!?アンタいくつだ?」


オマードはとても驚いた様子で尋ねた。


「今年16歳になるところです」


オマードは少し驚いた様子で目を見開いたように見えた。


彼は目を閉じて考え込む様子を見せ、少しの時の隙間ができた。

砂を押さえつけていた右手をズボンで軽く拭い、手のひらには細かい砂の粒の跡が残った。


ずっと中腰で右手を差し伸べたまま静止していたオマードも、さすがに大技を放った後の疲れからなのか、しばらく辛い体制だったからかゆっくりと上半身を地面と垂直になるように持っていこうとしていた。


オマードの優しさを無駄にすべきでないと、その勢いに乗るように右手を掴んだ。


勢いに乗って腰を上げて立ち上がると、オマードが口を開いた。


「アンタ冒険者を目指して町に来たんだろう?アンタ、なかなかの腕前だ。だが、冒険者として上を目指すつもりなら、まだ足りんな。このまま戦場に出ればいずれ死ぬぜ。帝都に行って学園の試験を受けてみるといい。」


オマードは厳しくアドバイスをするように俺に現実を突きつけた。

それと同時に帝都ターレットの学園に向かえと提言した。


学園……


聞いたことがある。子供なら誰しも憧れた。

それは帝国が運営する教育機関で、大きな町に設置された学び舎のことだった。


全方面の高い教育が受けられることで有名で、騎士、冒険者、魔法使い、研究者、料理人、官僚、外交官、商人など将来どの分野に進む貴族の子供たちも入学すれば将来が約束されると言われている。


ただ、学園は貴族などの上流階級のお金持ちが行くところで、俺やアポリのような村出身の姓のない子供が行く場所ではないと親に聞かされた。


今オマードに敗北したことで明日を生きるお金もない俺には縁もゆかりもない話だ。


「学園の試験?正直よくわからないですけど、俺はもう全くお金がないんです。その日暮らしの生活です。今日にでも仕事を探さないと」


そう、教養もなく、村に帰るお金もない俺はこの町でなんとかして仕事を見つけなければもうすぐにでも飢えて死んでしまう。


力仕事には自信がある方だったが、町の美麗な建築を見るとただ力があるだけでは務まらないような仕事であるような気がして、明日を心配する気持ちで悶々としてきた。


そんな風にどのような仕事を探すかが頭の中でぐるぐると回っていると、


「わかった。俺の推薦でいいぜ。いったん俺が金を出してやる。ワルツ、一度学園の試験を受けてみな。」


「えっ……」


全く想像もしていなかったオマードの言葉に、思わず声が出た。


オマードが学園入学への資金を貸してくれる。

そんな願ってもないようなありえない提案。


アポリを失って、お金も底をついて、光のない暗い未来を描いていた俺には、彼の言葉は輝いてみえた。


多少の困惑の気持ち、申し訳ない気持ちはあれど、この一世一代のチャンスを逃すわけにはいかない。


もちろんこの提案は受けるつもりだ。

本来だったらアポリも一緒に学園へ向かえてたかもしれないと思うと、涙がにじみそうになる。


毎日一緒に剣を振りあった仲、アポリは俺より強かった。

もし、アポリもオマードの眼鏡にかなっていたらどうなっていたのだろう。


本当に二人で力を合わせて大地の化身を倒して、英雄扱いされていたかもしれない。


と、こんなこと考えているにはまだ早い。

俺はこの提案に一つ疑問点があった。


「……学園の試験っていうのは何ですか?」


「学園に入学するためには試験がある。その年ごとにどういった試験になるかは異なるらしいが、高い成績を残すと帝国から資金の援助が受けられる。まぁ、行ってみたらわかるさ。どうする行くか?やめるか?」


毎年試験の内容が違うのか……


貴族とは明らかに教養の差から何から大きい。

俺じゃあ太刀打ちできないような試験、例えば魔導書の読解だとか、科学知識の筆記試験だとかがほとんどだろう。


けれども、もしかしたら俺がなんとかできることが試験に出題される可能性も0じゃない。

学園の試験なんて心躍るものを知ったら、好成績者を目指してアポリも参加するはずだ。


「立ち止まる」なんて言えない、言わない。


「まぁ、無理にとは言わねぇさ。試験に落ちれば、俺だってお金を貸すつもりはねぇ。路頭に迷うことに」


オマードが俺から目を逸らそうとするのを遮る。


「行きます。行かせてくれ!どうせこのままくたばっていた身です。チャンスをいただいただけでもありがたいです。」


「いい返事だ。明日にでも荷馬車に乗らせてもらってここを発て。じゃないと間に合わん。また生きて金を返してくれることを願ってるぜ」


と、腰につけていた巾着袋を俺の胸に強く押し付けた。


その拳からオマードからの期待を感じ取り、一度目を閉じた。

それに合わせて、自然と涙が一滴、頬を滑り落ちて飛び降りた。


未来がなんとかつながった安心感を噛みしめてから瞼を上げる。


するとオマードはすでに観客の方に向かって歩き、パフォーマンスを行っていた。


ここで再度近づくのは無粋だと、いずれ成長した姿を見せることを心に誓う。


未だ消えぬ会場の混雑を抜け、雑踏の中闘技場を出た。

巾着袋には貨幣が入っているのか、歩くたびに金属が跳ねる音がした。


_____________________________


翌朝、早くに俺が唯一知っているルービの町の門、西門に向かう。


寝ぼけ眼の衛兵と話す一人の小太りの男性を見つける。


「書類は出したわ。ルービの酒を積んどる。いいかいね?」


門番の人と話す特徴的な口調の男性の後ろから話しかけた。


「あの、今日の帝都行きの荷車ってありますか?」


その言葉を聞いた衛兵は少し遅れて意味を理解したようで、ふっと横を見る。


「そりゃあ、うちのことか?オマ坊から聞いとったのは君か」


50代くらいのちょび髭を蓄えた男性は、俺の身なりを一通り確認するとハンドサインで俺を呼び寄せて、襟元を掴んで荷台に放り込んだ。


「イテっ」


「そのまま静かにのっときぃ」


彼はそういうと荷台の上部から垂れ下がる布を引っ張り、荷台と外界とを遮断した。


「ほんなら行くでぇ」


と衛兵への挨拶を済ませると、運転席に腰かけていきなり手綱を引っ張った。


ガタンと揺れて、荷台の中のワインが崩れる。

俺の前には5冊ほどの本が滑り落ちてきた。


本の一冊が膝に当たって思い出したかのように、俺は尋ねた。

「乗せてもらって、ありがとうございます。俺はワルツと言いま……」


「君ね、載せてもらっとる身なんやから、静かに乗っとれ!こっから長いで!」


彼は怒鳴るように俺に言うと、それから一言も喋らなくなった。


これから何十日かかかる旅程だが初日で名前も聞くことができなかった。

これは学園試験の前から険しい道になりそうだと、言われた通り静かに頭を抱えることとなった。


ふと目線を荷台の中にやると、足元に現れた本たちには、『礼節とマナーの教え』『ジャンボ帝国記VI』『ペペーロ物語』と表紙に書かれていた。


あまり話したがらない商人だったが、これは彼なりのメッセージなのだろうか、俺は道中筆記試験の対策にこの本をすべて読み込むことにした。


程よい以上に揺れる馬車の中は明らかに酔いやすく、俺はこれからの道のりが心配になるのだった。

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