第5話 現状維持は想定以上
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一緒に村を旅立って約20日、突然親友が姿を消した。
朝、小鳥のさえずりで目を覚ました時には荷物も残してアポリだけがいなくなっていた。
一日中探し回ったけど、アポリは戻ってこなかった。
翌日夜が明けると、目印となる調理なべを置いて、町に助けを求めてがむしゃらに走った。
門番の人に必死に状況を説明していたのが功を奏したのか、その話を聞いていた冒険者を中心とした小さな捜索隊が結成された。
5日ほどカパネ山周辺で捜索が行われたが、結局アポリの動向について手掛かりはつかめなかった。
「とりあえず、近くにはいないみたいだぜ。」
「ありがとうございます!」
うちの乳製品を仕入れてくれる業者に頼んで、村にアポリがいないかも調べてはみたが、それらしき人物は見つからなかったとのことだ。
「くそっ!できることは全部やったのに!どこいるんだよ、アイツっ!」
しばらく焦りだけつのり何も行動しようがない日々が続き、町の宿に泊まる金も尽きかけていた。
泊まれてあと三泊か……もう旅を辞めて家に帰る金すらねぇや。
部屋にずっといることももう辛かったので、町に繰り出してみることにした。
周りを見れば、木よりも高い建物が並んでいる。
こういう景色も楽しみで村を飛び出したんだっけな。
そう考えながらとぼとぼ歩いていると、一つ目につく看板を発見した。
〈強い人募集中。決闘に勝ってお金を稼ぎませんか? ールービ西区闘技場ー〉
「なんだ……これ」
このまま干からびてやせ細って死んでいく未来しかない俺にとってこれはまたとない機会だった。
まだ一度も魔物と戦った経験はないが、人との戦い方は村で何千回もアポリと剣をぶつけ合ったこともあって自信がある。
「このまま死んでいくくらいなら、入ってみるか」
看板の横に取り付けられていた木製の扉をギィと鳴らしながら開けると、そこには筋骨隆々の大男たちが十数人いた。
彼らは俺のことを一切意に介さず、談笑したり、真剣な面持ちで鎧を磨いたりとよほど戦闘に自信があるように見えた。
「エントリーの方ですかー?エントリーはこちらで受け付けております!」
と女性の声が左耳に入ってきた。
視界の端にほっそりと映っていた女性の方に目線を向ける。
エントリー受付と書かれた札が取り付けられたカウンターの向こう側に金髪に青いバンダナを頭に巻いた、20歳ほどの女性が手を大きく上げてこちらを見ていた。
「あっ、すいません。」
小走りで彼女の方に近づいていく。
「キミ若いけど、なかなか強そうね。キミも今日初めてってことは、Aランク冒険者の『白鎧の重戦車オマード』のうわさを聞きつけて来たのね?」
「白鎧の重戦車オマード?」
全く聞き馴染みのない言葉に一瞬顔をしかめてしまった。
「あれ?知らなかった?ごめんなさいね。ここに集まっている人たちはみんなオマードさんへの挑戦者なのよ。Aランク冒険者を倒したってなったら名を上げられるから。」
俺は乳製品業者の人が村に来るときに冒険者についてよく尋ねていた。その時に「冒険者ってのは、ランクシステムで評価されるんでぃ」と語っていた記憶がある。
確かS→A→B→C→D→Eの順で偉いという感じのシステムだったはずだ。
おそらくオマードさんは一般の冒険者とは別格のとてつもない実績を残した冒険者なのだろう。
「挑戦するわよね?それじゃあそこでこの紙に名前を書いて、200リラと一緒にまた持ってきてちょうだい」
笑顔でそう言って紙とペンを渡された。
村で文字の勉強しておいてよ、よかったーーー!
村の子供たちの中でも文字が読めるのは俺やアポリを含めたほんの数人だけだった。
ほとんどの子供は、村長の家で大人に読み聞かせをしてもらっていた。
俺はうちが商人の人たちと仲が良く、本を貰ったりしていたので村の中でも一番賢かった。
そのため、村の子供たちのために空想の物語を書いて読み聞かせをしたりと文字に触れる機会が多かったのが運がよかった。
村では文字が読めなくても畑作業をして生きていくことができたため、まさか町でこんなに一般的に読み書きが求められるとは予想していなかった。
もし読み書きができなければ、剣のウデを披露する機会すら失ってしまっていたかもしれない。
「ワルツ……と」
そういえば200リラを持っていかなければならないということだったが、これは俺のほぼ全財産だった。宿代が一泊100リラなので、大きな賭けということになる。
こんなんだったら今日のような特別な日じゃなくて、普通の決闘の日に来ればよかったと後悔している。
相手は有名冒険者、俺なんかが勝てるのかという一抹の不安が頭をよぎる。
だが、明日挑戦するとなれば金は足りないし、「やれるだけやるしかないんだ」と覚悟を決める。
「名前、書いてきました。これでお願いします。」
「えーワルツさんね。100……200リラね、確認しました!ここがそのまま控室にもなってるから、名前を呼ばれるまでここで待っててね。」
4人席のテーブルが5セットほど用意されているこの部屋だったが、なんとなく場違いな、アウェーな雰囲気を感じたので、椅子を一つ引きずって部屋の角に座った。
俺は村から出たばっかで、剣は持っているにしても鎧などの高価なものは揃えられなかった。
この長剣一本でなんとかしなくてはならない。
周りを見ると、しっかりと金属製の装備を身に着けているということ、それと受付の女性からルール説明を全くされなかったことから考えると、実戦同様命の危険がある戦いだということである。
リンリンリンリン
「!?」
明らかに辺りの雰囲気が違う。いきなりピンッと張りつめた空気に包まれる。
決闘が始まるんだ。
想定より10倍速かった。
「オオオォォ!!!」
大きな両扉の向こうから大きな歓声が聞こえてくる。
会場にオマードが現れたようだ。
「オラァ!挑戦者たちよ!オレぁ全員でかかってきてもらっても構わねぇぜ!」
ドーン!と会場が沸く地響きが伝わってくる。
俺が拳をぎゅっと握りしめている間に、続々と目に血を走らせた筋骨隆々の輩が扉を開けて会場に踏み込んでいく。
俺も行かなきゃ。
列の最後尾に附いていく。
複数人で戦えるなら、一瞬の隙を突けるかもしれない……!
アポリ、見ててくれよ。俺の剣技。
「赤コーナー『白鎧の重戦車オマード』!それに対するは、17名の挑戦者たち!多勢に無勢の状況ですが一体どちらが勝つのでしょうか!戦闘不能になるか、場外に出るか、負けを認めて降参するまで続く地獄のゲーム!開始ィ!」
熱い実況とともに試合がスタートし、歓声が沸く。
試合がスタートするや否や、三人の大男がオマードの正面に立ちふさがった。
「よぉ。オマード。お前にやられたあの日から、俺はこの時を待っていた!このダンバが今日こそボコボコにしてやるぜ。へへっ」
「誰だ?アンタ。アンタみたいなザコは覚えちゃいねぇよぉ!」
オマードがメイスを振り上げると、両サイドの大男がその一撃を防ぐように大盾を構えて動線上に立ちふさがる。
ダンバと名乗る男はその裏で大槌を一度後ろに引き、大きく振りかぶる構えを見せた。
「デンバ!ドンバ!俺を守れ!一撃で決めてやる。ハンマァーーー!インパクトォ!」
ダンバの持つ大槌に空気が圧縮され、10m以上離れていても自分の肌でその風圧を感じる。
両手を前に振り下ろすのと連動して後頭部から遅れて大槌が現れる。
そしてその大槌は先端から速度を上げ、オマードのいる場所にぶち当たった。
轟音と砂煙が同心円状に広がっていく。
実況の開始の合図があってから10秒ほどしか経ってない、一瞬の出来事だった。
「こ、これはダンバのハンマーインパクトが炸裂したー!魔力の力を込め空気を圧縮した一撃は、対象に当たって一気にそのとてつもない威力が解き放たれる大技!直撃したオマード選手は砂煙によってその姿は見えません!一撃で勝負は決まり、亡くなってしまっている可能性も否定できません!」
砂煙が晴れるまでの数秒に、実況はプロ意識をもって言葉を詰め込んでいった。
その場全員がその言葉に耳を傾けるほどの静けさが広がっていた。
「パワースパーク」
かすかに聞こえるか聞こえないかの声量で、この空間の中心に意識が集まった。
その刹那、地面に青白い稲妻が走り、砂煙が透明な空気と溶け合った。
「な……」
会場全体が息をのむ。
「お、おい!デンバ!ドンバ!どうした!立て!」
無傷で少し息の上がっているオマードの足元には大盾を粉々に砕かれたデンバとドンバが横たわっていた。
実況も一言も出ない様子で、挑戦者たちが呆然としている様子だけが観客の脳に入ってきたことだろう。
「おい、今は試合中だぞ、よそ見すんなよ。」
横から脇腹めがけて一直線に向かってくるメイスが突き刺さり、そのまま吹き飛ばされるようにして観客席のフェンスにメイスごとダンバは叩きつけられた。
そのままするりと地面まで滑り落ちてくると意識を失ったようでうつ伏せになるように倒れた。
これがAランク冒険者の力……!
まじまじと感じる力量差に唖然とする。
俺とアポリが目指した夢はここで終わりなのか。
旅を続けていればアポリに会うこともできたかもしれないが、俺は先にここで散ってしまうかもしれない。
そう考えているうちに、自分以外の挑戦者たちがオマードを囲んでいるのを目にした。
「考えている時間もないっ……!」
慌てて剣を握り直し、オマードの背後を陣取る。
ナビーさんに習った剣先をあいての喉元の高さに合わせる構えをとり、できる限りの隙を無くす。
この状況下では一撃でも食らってしまえば致命傷だ。
それに、もしこの戦闘に勝つつもりなら粘って長期戦をするんじゃない。
隙を見つけて強力な一撃を叩き込む短期決戦だ。
あのダンバ、デンバ、ドンバの三人組も相当な手練れだったはずだ。
ナビーさんによれば、魔力を魔法として出力せずに別の方法で魔力の恩恵を受ける技は熟練者じゃなければできないらしい。
ハンマーインパクトもそういう技術の一種で『スキル』と呼ばれるものだと思う。
スキルはその武器に精通していないといけないはずだから、ダンバは大槌をたくさん握って戦闘をこなしてきたんだろう。
俺は魔法も使えないし、魔力の感じ方も分からない。
そもそも自分に魔力があるのかないのかもあまりよくわかってない。
大半の人は魔力が多少は流れているらしいが、まれに魔力が全く流れていない人も存在するらしい。
うちの村ではもともと戦闘することがなかったので、魔力の多寡にはそれほど頓着がなかった。
そのため、村に魔力を感知するシステムは必要がなく、持ち込まれなかったのだ。
そんな俺が大火力の一撃をオマードに与えられるかと言われるとそれほど自信はない。
とりあえず、今必要なのは命だ。
だから、この戦闘では死なずに明日も生きられるお金を手にすることができればそれでいい。
つまり、この戦闘で俺が最後の一撃を決める必要はないってことだ。
これはチーム戦。チームで勝てば俺にも多少の報酬がもらえるはず……!
俺が筋骨隆々の彼らが一発ぶち込めるような隙を作ればいい!
「おうおう、アンタら俺を取り囲んだからって簡単に勝てるわけじゃねぇぜ?」
オマードが360度見回すそぶりを見せる。
その瞬間、オマードが目を離したタイミングで、正面を囲んでいた数人が一気に走り出した。
オマードは一切振り返らない。
彼らはその間にすばやく距離を詰め、あと一歩で刃が届く距離まで接近した。
いけるのか?
オマードの逃げ場を狭めるように、その他の挑戦者も前進を始めた。
俺の両脇の挑戦者の額から地面に汗が滴るのがスローモーションに見えるくらいに、機敏な動きで足を踏み込む。
遅れるわけにはいかないと半歩遅れで全身の体重を移動させる。
とりあえず、前に!前に!
コチラの攻撃が通る位置に行かなければ防戦一方になる。
この行動の主導権を握れるチャンスを逃すな!
円の中心に向かっていくかのように全方向からの刺客がオマードを取り囲む。
と、そのとき大きな振動とともに視界からオマードが姿を消した。
速いっ!
大きな鎧をつけているとは思えない機動力だ。
「どk……上だっ!」
右側から緊迫した声が聞こえる。
はっと視線を上に向ける。
何を視線に捉えるでもなく、目的なく声に従って上に向けた視線にかぶさる暗い影。
稲妻をまとったメイスとともに落下してくる大きくて頑丈な白い鎧。
あまりの近さに、世界のコマが送られるたびに、視界が陰で覆われていく。
「!…近ッ!」
このままこの技が直撃すれば必ず死ぬ!
今前のめりになって全体重を前に踏み出した左足に乗せている状態であるので、ここから剣を障壁のように前に挟んで技を受け止める体制に持っていくことはできない。
やばい、考えろ。この技を躱す方法を!
刻一刻と迫ってくるメイスの先の刺々しい金属。
汗が地面に触れるより先、その滞空時間の間にも決着がつく可能性がある。
もうこうなったら直感しかない!
人間に備わっている危機回避能力を信じるしかない。
そう思いながらも、反射的に閉じようとする瞼をなんとかして強引に開かせ続ける。
長剣の中腹それをメイスに届かせるように、右肩を起点として両腕を右回りに振り上げる。
剣の先端は空を斬ったが、腹部は明らかに物体に当たった感触がある。
直後、メイスの重量が剣に響き渡って、腕を痺れさせる。
が、それを身体が認識する前に脳からの命令を神経に。
振り上げた両腕を突き出し、剣の側面をメイスに滑らせるようにして、オマードの脇を狙う。
左手を離し、剣のつばとメイスの先が当たった瞬間右腕を後方に振り払う。
そのまま身体を通し、頭から飛び込むように軌道を逸らして生まれたわずかなスペースに飛び込む。
ゴォォォォォォン!!!
地面に深く突き刺さったであろう轟音に、生を確かめるためなんとか振り返ろうと試みるが、訳も分からぬまま左足から背中に激痛が走る。
衝撃と風圧による圧迫感によって呼吸が止まる。
「ゔっ!」
そのまま俺は為すすべもなく背面から弾き飛ばされる。
バン、ドン、ゴロゴロゴロ……
一瞬の静寂が走る。
……ノヨウデス!」
実況かもわからないくらいの声が聞こえ、気を失いかけていたところからなんとか目を覚ます。
目先、25m先で地面が大きく隆起しているのが見える。
奥にあるフェンスの大部分が破損していた。
なんとか呼吸を整えて、膝に力を入れ、立ち上がる。
十数歩先にオマードの後ろ姿が見えた。
立ち上がる間、何度周りを見渡しても、この場に立っているのはオマードと俺の二人だけだった。
「ぐふっ!」
致命傷は避けたが、身体へのダメージがひどい。
剣を握っていた右手は痺れてしまってもう全く力が入らない。
吹き飛ばされたときに他の挑戦者に当たり、クッションになったのか奇跡的に他の箇所は痛みが走るものの軽傷で済んでいた。
鎧を着ていた他の挑戦者たちは身軽に動くことができず、あの衝撃波がちょくげきしてしまったのだろう。
とにもかくにもこれ以上戦闘を続けられそうな気がしなかった。
いや、勝てる気がしなかった。
俺は左手を上げ、
「こ、降参です。」
と口にした。
しかし、観客からも実況からも反応がなく、皆オマードの方を見て呆然としていた。
疲れ果てた俺は命が助かったことに感謝しながら、倒れるように仰向けで寝ころんだ。
「はぁ、何とか助かった。もう、きつい。うごけない。」
その日の空はなんとなくこってりしていた。
ちょっと長くなっちゃいました。
戦闘シーンが分かりづらいかもみたいなところがあるので、もしよければ戦闘シーンの感想など教えていただけるとありがたいです。