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戸惑っているヴィンセントを見たエレノアは、大きな瞳に涙を溢れんばかりに溜め、流れ出るのを堪えている。
(やっぱり耐えられない…)
立ち上がろうとするとヴィンセントに手首を掴まれふらついたエレノアはヴィンセントの膝の上で横抱きにされた。肩と腰を支えられ息がかかる程に近い。恥ずかしさに耐えられずエレノアは両手で顔を隠した。
ヴィンセントはエレノアの耳元で「エレノア殿。はっきりと伝えてませんでしたが、その事は誰からお聞きになったのですか?」と言った。
(…誰って…先程お見かけしました…)
「見かけた?」
(今日はこの部屋しか案内していないはず。)
(エレノア殿がアレを見たとは思えない。)
(私は聞いたのかと質問したのにエレノア殿は見かけたと言う。)
(何かが噛み合っていない…)
「エレノア殿。何を見たのですか?」
「何を…って。先程仰っていたヴィンセント様の想い人です!」エレノアはとうとう声に出して言ってしまった。想う人がいるのに、こんなに他人と密着して不誠実なのではないかと考えたら怒りがふつふつと湧いてきた。
「エレノア殿。何を言ってるのですか?私の想う人はエレノア殿!貴方ですよ!」初めてヴィンセントは声を荒げた。
「冗談はおやめ下さい!先程、仲良さげに綺麗な女性と抱き合っていたではありませんか!」エレノアは横抱きにされたままだがキッと睨んで言った。
「さっき…女性…?」
「そうです!黒髪の!」
(もしかして…。)
「…エレノア殿。誤解です。彼女は想い人ではありませんし抱き合ってもいません。」
「…言い方を間違えました。女性が抱きついていました。」
「そうですね。私が抱き合うのはエレノア殿だけです。」と言ってヴィンセントはエレノアを横抱きをしたまま立ち上がり足で扉を開け応接室を出た。
居間へ移動したヴィンセントは、エレノアをふわりとソファに座らせた。ソファの前のテーブルにはアプリコット色を基調としたとても可愛らしい花束と、ラピスラズリが加工されたチョーカーが置かれていた。
「改めてきちんとお伝えします。エレノア殿、貴方が好きです。私とお付き合いをして下さい。」
「…え。」
「こんな時に他の人の話はしたくありませんが、先程の女性は義理の姉です。エレノア殿へのプレゼントを手配してもらいました。義姉は昔から兄に夢中で私に一ミリも興味はありませんし、私も一ミリも興味がありません。そして悪い癖なのですが…義姉は誰にでも抱き付きます。あの場にエレノア殿がいたらおそらく抱きついていたでしょう。」
「えっ…と」
(…確かに誰にでも抱きつく人は…いる。エレノアは先輩のリネットを思い浮かべていた。)
「エレノア殿は私が嫌いですか?」
「…いいえ。」
「では?」
「……」
「…好き…だと思います…。でもお付き合いとかそういうのは…正直良くわかりません…。」
「では、お互いを知るために沢山会って沢山話をして、もっと仲良くなってくれませんか?」
「…仲良く…。はい!喧嘩はしたくありません!」
「よかった!」
ヴィンセントはエレノアをぎゅっと抱きしめた。