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エレノアは馬を飛ばした。業務ではあるが『ヴィンセントに会いたい』ただそれだけだった。
到着すると一台の馬車が止まっていた。家の中から男女の声が聞こえてくる。だんだん玄関に近付いているようで、思わずエレノアは木の後ろに隠れた。
玄関扉が開くとヴィンセントに続いて、とても綺麗な女性が出てきた。ヴィンセントと同い年くらいだろうか…二人はとても仲が良さそうで距離も近い。久々に見るヴィンセントの笑顔にエレノアは胸がギュッと締め付けられた。
しかもその女性は帰りがけ、ヴィンセントに抱きついて帰って行ったのだ。
エレノアは頭の中が真っ白になり何故だか涙が出てきた。業務中にもかかわらず、足元がふらつき立っていられなくなりその場に座り込みしばらく動けなくなった。
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しばらくして『これは大事な仕事!』と両頬をペチペチ叩き、無理矢理気分を落ち着かせた。玄関扉の前に立ち深呼吸をする。心の声が聞こえないよう心に蓋をした。…薬を受け取ったら早く帰ろう。
玄関扉をノックし「騎士団所属のエレノアと申します!本日は薬を取りに参りました!」ハキハキと通る声で挨拶をした。
すぐに玄関扉は開き、ヴィンセントが現れた。
「お久しぶりです!エレノア殿!」ヴィンセントは久々に会えた喜びも束の間、エレノアを見て驚いた。彼女の目尻に涙の跡が残っていたからだ。しかも彼女から心の声が全く聞こえない。
「エレノア殿?」
「本日は王子妃殿下ご依頼の薬を取りに参りました。」
「…今ご用意しますので応接室でお待ち下さい。」
「いえ、結構です。すぐに戻りますのでこちらで待機いたします。」
「…わかりました。」ヴィンセントは事務的でよそよそしいエレノアに違和感を覚えた。彼女に何かあったのだろうか。
薬を受け取り、エレノアは一礼し、馬に乗ろうとヴィンセントに背を向けた。背中越しに「エレノア殿?何かありましたか?お怪我でもしていませんか?」とヴィンセントが聞いた。
優しく聞いてくるヴィンセントに涙が出そうになり「…何でもありません。では失礼します。」振り向きもせず言い馬に手を掛けた。まさにその時、後ろからぎゅうっと抱き締められた。