⑫
訪問日がやってきた。ヴィンセントが話すことでエレノアはヴィンセントの負担にならないか心配で気が気でなかった。
ーーー取り越し苦労であった事はこの時のエレノアはまだ知らない。
昼前に到着したエレノアは、玄関ドアをノックすると白衣を着用したヴィンセントが出てきて中に入るよう促された。
いつもの応接室のソファを勧められ対面にやや真剣な面持ちのヴィンセントが腰掛けた。
(研究で忙しいのかもしれない…。)
「あの…お忙しいようでしたら帰りますが…。」
「用事は昨日のうちに全て済ませておきましたので、今日は何もありません。」
「そうなんですね。」
「今、研究で忙しいのかもと思っていますね?」
「!」エレノアは咄嗟に両手で顔を覆った。
「ふふっ。顔には書いてありませんよ。」
「ですよね…。」
ーーしばし沈黙の後。
「エレノア殿。貴方に話したかった事をお伝えします。」ヴィンセントは居住まいを正した。
「………実は私は人の心の声がわかるのです。」
(…)
(……)
(そういえば思い当たる節がある…気がする…)
エレノアは特に驚きもせず、少し考えた後「呪い…ですか?」と聞いた。
「原因は不明です。十年前に突然わかるようになりました。」
この王国ではその昔、魔法があり魔女がいたと言われている。今は魔力持ちがいるかも知れないという噂しか聞いた事がない。現実的ではないが魔法や呪いがかけられる以外に“人の心の声がわかる”というのは考えにくいのではないかと咄嗟にエレノアは思った。
「そうなりますと、生活に支障が出る事も多いでしょう。そのような大事な事を私に話しても良いのですか?」
「…エレノア殿はこの話を信じてくれますか?嫌悪感を抱いたりしませんか…?」
「現実的ではありませんが…ヴィンセント様がそう仰るのであればそうなのでしょう。嫌悪感は特にありません。」
「本当ですか?!」ヴィンセントは驚きと喜びが入り混じった声を上げた。
「はい。…それよりもむしろヴィンセント様が私に嫌悪感を抱くのでは…」
「何故?」
「お恥ずかしいですが…。体目当てのように聞こえませんか?」エレノアは下を向いて呟いた。
「体目当てって…。」
「ふふっ。エレノア殿は面白いですね。」
「ふっ。はははっ!」
ヴィンセントは笑いすぎてしばらく話す事が出来ずにいた。
エレノアは一瞬何が起きたのか理解出来ずきょとんとしている。
やっと落ち着いたヴィンセントは「体目当てでも構いませんよ。」と言いながら白衣を脱ぎ、前回同様ピッタリしたシャツを着ていた。
(やっぱりいい筋肉!!)と思った同時にハッとし「言っているそばから申し訳ございません。」エレノアは頭を下げた。
「体目当てでも良いと言ったではありませんか。」ヴィンセントは笑顔で言った。
顔を上げたエレノアは満面の笑みのヴィンセントを見て「…ヴィンセント様…何だか楽しそうですね…。」と言い無意識にまた目を胸板に向けていた。
「エレノア殿のおかげです。」
「私の?」
「はい。長年の悩みが解消した様な感覚です。」ヴィンセントは何かが吹っ切れた様な清々しい表情だった。