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この作品には 〔ガールズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

剥ギ喰ミ。

作者: 花浅葱

*本作は戯曲形式となっております。


登場人物

剥喰蜜柑(はぎはみ みかん) 女

紅葉美麗(こうよう みれい) 女

白飛沙輔(しろとび さすけ) 男

軛らら(くびき らら) 女

大麻秀人(おおあさ しゅうと) 男

博士など 男

助手など 性別不問

 1場

 舞台の中心に並んで立つ博士と助手の2人。薄気味悪くて胡散臭い笑みを浮かべている。


 博士・助手「「死人に口なしだなんて言葉は、もう古い!」」


 博士「大変長らくお待たせいたしました!!ついに我が社が完成させたのは、死者を蘇らせる薬、『グリーンダイ』でござます!」


 博士「この『グリーンダイ』。名前の由来は寿限無のグーリンダイより来ておりまして、より皆さんが人生をエンジョイできるように作った、死者に射てば生き返らせることができる特効薬となっております!それでは、実演してみましょう!」


 博士、助手を何度か殴る/撃つをして撲殺(もしくは銃殺)。助手は抵抗しない。照明は「死」の演出。


 博士「はい、たった今死にました。ですが、この『グリーンダイ』を使用すると、この通り!」


 博士、助手に『グリーンダイ』の入った注射器を突き刺す。すると、助手は痙攣した後に、ゆっくりと目を開き、体を持ち上げる。


 博士「このように、死者を生き返らせることができます!我々は、『グリーンダイ』を使用して蘇った人を、生者と死者を超えた先にいる、亡者と呼んでいるのですが、このように亡者として生き返ることができるのです!ただし、一つだけご注意を!この薬は不老不死の薬ではありませんし、体に『グリーンダイ』の耐性ができてしまうため、最大でも一度きりしか生き返ることはできません!」


 いつの間にか、最初の立ち位置に戻っていた博士と助手。

 その奇妙な風景に、後ろから割って入るのは1人の女性──剥喰蜜柑。


 蜜柑「このニュースが世に出回ったのは、僕が最愛の人を殺害した2日後の話だった」


 助手→警察1 博士→警察2 2人が着ている白衣を脱ぐと、警察官の恰好になる。

 割って入った蜜柑を照らすように照明が当てられ、2人の警察は左右に移動し、上から照明。


 警察1「剥喰蜜柑!」


 蜜柑「はい!」


 警察2「剥喰蜜柑!」


 蜜柑「はい!」


 警察1「8年間、お勤めご苦労だった!もう戻ってくるなよ!」


 警察2人は、それぞれ上下にはけていく。

 舞台上には蜜柑が1人。



 2場


 蜜柑「言いたいことも言えなくなってから随分時間が経ちますが、人生の1/3を獄中で過ごした最終学歴が朝比奈刑務所であるこの僕に常識とか非常識とかを問うのは見当違いなので、少しばかりお話させていただこう。僕の名前は剥喰蜜柑!現在25歳の女!高校2年の夏から今日まで8年間、殺人犯として刑務所の中。僕は殺した。殺したのだ、最愛の彼女を!その名は紅葉美麗!紅葉と書いて『こうよう』。美麗と書いて『みれい』。当時僕より1歳年上だった先輩の姿は、目を閉じればすぐに脳裡に浮かび上がって来てくれる。そう、こんな姿だった。世界で何よりも美しい、美しいを意味する単語はこの世にたくさんあるが、その全ては先輩のために作られた!」


 美麗「そんなの、言い過ぎだよ」


 蜜柑「いやいや、全然言い過ぎじゃ──本物!?」


 照明、舞台全体を照らす。上手には1つの机とそれを挟むように2つ置かれた椅子があるけれど、まだ使わない。

 いつの間にか美麗が蜜柑の近くまで来ていた。


 美麗「8年間、お疲れ様」


 蜜柑「偽物──じゃない、本物だ。紛れもない本物。一目見ただけで忘れられなくなるその美しいオーラは、彼女にしか出せない!僕が殺したはずだ、一体何故!」


 美麗「生き返っちゃった」


 蜜柑「ああ、イエスキリストの再来!パウロではないですが、目から鱗!最初から先輩に御執心ですが回心!やはりアナタは神だった!」


 美麗「ううん。そうじゃないの。まぁ、詳しいことはカフェにでも行って話しましょう?」


 蜜柑「先輩のためなら火の中水の中刑務所の中~!」


 用意してあった椅子と机の方へ。


 蜜柑「それでその、『グリーンダイ』っての薬を使って復活したんですか?」


 美麗「うん、便利な時代になったもんだよね~」


 蜜柑「え~え~え~、それじゃあ先輩は今、ゾンビってことですか?」


 美麗「うーん、ゾンビとはまたちょっと違うの」


 蜜柑「そうなんですか?」


 美麗「だってほら、こうやって蜜柑ちゃんの前でお話してるでしょ?バイオハザードに出てくるゾンビみたいに意識はなくなったりしないし、人間を襲ったりはしないよ。まぁ、一度死んでるところは同じだけどね」


 蜜柑「まぁ、僕が殺しましたからね。顔も元通りになってますし」


 美麗「そうだね、綺麗に元通り。蜜柑ちゃんがくれたものを、全て無かったことにしちゃって申し訳ないなぁ。懲役8年は無駄になっちゃった」


 蜜柑「いやいや、無駄じゃないですよ。ずっと先輩のことを考えてましたから」


 美麗「えへへ、嬉しい」


 蜜柑「って、そうだ。あの男とは別れましたか?」


 美麗「しー君──じゃない。白飛君のこと?」


 蜜柑「はい。あのクソ野郎のことです」


 美麗「うん。蜜柑ちゃんが私のことを殺してから一度も会ってないしさ。っていうか、生き返ってからずっとおばあちゃんの家にいたからさ」


 蜜柑「あぁ、山梨の」


 美麗「そう。蜜柑ちゃんが刑務所から出てくるって言うから、帰って来たんだー」


 蜜柑「それはこうして、僕を驚かせるために?」


 美麗「うーん。それも一つあるけど、話したいこと、提案したいこともあったしさ」


 蜜柑「提案したいこと?」


 美麗「うん。蜜柑ちゃんって、この後は行く当てってあるの?」


 蜜柑「──思いつきません」


 美麗「じゃあ、私と一緒に住もうよ」


 蜜柑「──え、一緒に住む!?」


 美麗「うん。行く当てがないなら、どう?」


 蜜柑「その提案は嬉しいんですけど、大丈夫なんですか?ほら両親とか」


 美麗「うん。男じゃないし」


 蜜柑「アナタを殺した殺人犯ですよ?」


 美麗「うん。知ってる」


 蜜柑「高校中退の前科一犯だから就職とか厳しいですよ?」


 美麗「私の実家、太いし大丈夫。ね?一緒に住もう?」


 蜜柑「──わかりました。先輩が何を企んでいるのかはわからないけど、是非とも一緒に住まわせていただきます」


 3場

 暗転とか挟まず、舞台の中心に移動。


 蜜柑「はー、ここが先輩の家。正式に中に入るのは初めてだ」


 美麗「うん。蜜柑ちゃんに殺されるまで住んでた家。案内しようか?」


 蜜柑「あ、大丈夫です。コンセントの場所までしっかり把握してますから」


 美麗「流石蜜柑ちゃん」


 蜜柑「それで、どうして先輩は僕と一緒に住む判断をしたんですか?」


 美麗「そんなに知りたいの?」


 蜜柑「はい。先輩のことはなんでも知りたいんで」


 美麗「──して欲しいんだ。家事」


 蜜柑「なるほど。先輩は壊滅的ですもんね。料理とか」


 美麗「えへへ」


 蜜柑「いいですよ。先輩の為なら僕は何だってします。それこそ、殺人だって」


 美麗「あ、殺人犯の殺人ジョーク」


 蜜柑と美麗、笑う。


 美麗「なんだか、新生活って感じがして新鮮だね」


 蜜柑「そうですね、先輩」


 美麗「これから死ぬまで一緒だね」

 蜜柑「これから死んでも一緒ですね」(できれば、上のセリフと被せる)


 4場

 舞台が次第に暗くなり、蜜柑のみが上から照らされる。


 蜜柑「こうして始まった僕と先輩の新生活。きっと、先輩と出会ってすぐの頃の僕は、先輩と同居をするなんて──いや、まずそもそも先輩を殺すだなんて思ってもいなかっただろう。出会ったのは今から9年と半年程前。僕が入学したのは、偏差値50の自称進。その頭が良くも悪くもない高校の新歓ライブで、僕は震撼した。つまらん演奏、つまらん歌唱。上手いが上手いと褒めるほど上手くも無く、下手だが下手と野次するほど下手でもない軽音ライブが続く中、僕は一筋の光と出会った」


 美麗「こんにちは~、『Platonic(プラトニック)』でーす」


 蜜柑「そこに現れたのは、1人の女性。いや、実際には他3人もステージの上に立っていたのだけれど、その神性を前にして僕は彼女──当時高校2年生の紅葉美麗先輩にしか目がいかなかった!その美しい立ち振る舞いはまるでプリマヴェーラ!ゼウスをもってしても攫うことのできなかった美しさを前にして、如何なる芸術家をもってしても表現できなかった美しさを前にして、僕は文字通り呼吸を忘れた。それは、人を殺しかねない美しさの暴力!もし源氏物語に登場していれば、源氏物語は100帖を超える物語となっていただろう!光源氏の死因にもなり得るその美しさを前にして、蓬莱の玉の枝等々その他諸々五点盛。ライブ終わりの先輩の元へ駆けつけた僕は、付き合ってください!」


 美麗「え、えぇと……今日のライブ来てくれた人かな?」


 蜜柑「今日のライブでべた惚れしました。付き合ってください!」


 美麗「あ、あはは……その気持ちは嬉しいけど、まだ私は名前も何も知らないし……」


 蜜柑「僕の全てを教えれば付き合ってくれますか?」


 美麗「うーん、そうだなぁ……」


 蜜柑「それじゃ、付き合うのはまだ先でいいです。僕も軽音楽部に入ります。それならいいですよね?」


 美麗「まぁ、うん。そっちがやりにくくなければ」


 蜜柑「──これが、僕と先輩との馴れ初めだった。ルソーは、青年期を第二の誕生と称したけれど、僕にとっては違う。先輩と出会ったその時こそが、僕にとっての第一の誕生で、こうやって先輩と同居することになった日がこそが第二の誕生なのだ」


 5場


 美麗「蜜柑ちゃん、どうしたの?ボーっとして」


 蜜柑「あ、あぁ。ごめんなさい。先輩のこと考えてて」


 美麗「そう言ってくれるのは嬉しいけど、お料理してる時は危ないからこっちに集中してね」


 蜜柑「はーい」


 先輩と2人、キッチン(上手)に立ち手を動かす美麗と蜜柑。


 蜜柑「それにしても、初めてですね。先輩とこうやって一緒の台所に立つのは」


 美麗「そうだね。蜜柑ちゃんが弁当を作ってくれたこともあったし、私の調理実習の時にちゃっかり入り込んでたりはしたけど、一緒に料理をするのは初めてだね」


 その時、チャイムが鳴る。


 蜜柑「何か頼んだんですか?」


 美麗「ううん。誰か来たのかな」


 キッチンを出て、玄関(下手)の方に行く美麗。扉を開けると──


 らら「お邪魔しまーす!」


 美麗「え、え、え、誰!?」


 蜜柑「ららちゃん!?どうしてここに!?」


 らら「脱獄しちゃいましたー!」


 美麗「蜜柑ちゃんの知り合い?」


 蜜柑「そうです」


 らら「軛らら!現在19歳!」


 蜜柑「刑務所の中で友達になりました」


 らら「そーそー!蜜柑とららは、ずっ友だもん!一緒にプリクラも撮ったもんねー」


 美麗「刑務所にもプリクラはあるの?」


 らら「あるよ?こうやって囚人番号の紙を持ってパシャリ。パシャリ。パシャリ」


 犯罪者が撮られるように、真顔で前・右・左の順に1枚ずつ。


 美麗「プリクラのプリはプリズンのプリだったかー」


 らら「って、あ!肉あんじゃん。ラッキー」


 そう口にして、生の豚肉(に模した生ハム)を鷲掴みにして食べるらら。


 美麗「って、えぇ。生の豚肉だよ?お腹壊しちゃうよ?」


 蜜柑「大丈夫ですよ、先輩。ららはお腹が強いんで」


 美麗「そういう問題なのかなぁ……」


 蜜柑「って、らら。どうしてここに?」


 らら「秀君を探してる途中で、蜜柑のことを見つけたからつい」


 蜜柑「いや、そうじゃなくて。まだ刑期中でしょ?」


 らら「うん。そうだよ?」


 蜜柑「うん。そうだよ?じゃなくて。ここにいちゃ駄目じゃない?」


 美麗「脱獄したってこと?」


 らら「だーから、そう言ってるじゃん。秀君の刑期が終わったからららも脱獄しましたーって」


 美麗「秀君って?」


 蜜柑「ららの彼氏です。まぁ、ららとの出会いを先輩にも話しますね」


 6場

 美麗、ららの2人は下手にはける。


 蜜柑「紀元前から信じられていた天動説を覆すためにコペルニクスが提唱し、全世界を震撼させて宗教転覆を成功させた地動説が今の日本、全世界では主流になっているが、軛ららと呼ぶべき世界一のメンヘラ女にはそんな科学の副産物は通用しない。彼女が提唱するのは、地球中心の天動説でも太陽中心の地動説でも自分中心の自動説でもない。彼女は、恋人である大麻秀人が中心に回っているという秀動説を唱えている!そんな彼女との出会いは、今から3年前のある日のことだった!僕が8年前から収監されていた刑務所の女性刑務所にいるのは、くだらない犯罪を犯した者ばかり。詐欺。薬物。不法侵入。窃盗。違法賭博。いくら探しても、殺人を犯したような女はどこにも見当たらないから、人殺しの僕は孤高の一匹狼に。よいよい!僕は他の自堕落な犯罪者とは違う!僕は愛に捕まったのだから!先輩への愛に逮捕されているのだから!逮捕されてから約5年。そんなことを考えて生きてきたのだ。が──」


 らら「秀君に会いに来ました!軛らら、16歳です!」


 蜜柑「そこに現れたのは、僕よりも幼くして殺人犯となったメンヘラ女。軛ららであった!彼女は自分の罪についてこう語る」


 らら「ららがママを殺したのは、秀君に会うため!」


 蜜柑「そう口にする彼女、その武勇伝は狂いに狂っていた!」


 らら「ららね、ららね。秀君が大好きなの!でもね、でもね。秀君が薬物で捕まっちゃったの!だからね、だからね。秀君を追いかけることにしたの!」


 蜜柑「追いかける?」


 らら「うん!秀君が逮捕されちゃったから、ららも刑務所に入るためにママを殺したの。こうやってナイフを持って、ママの首をスパンッ!」


 らら、懐からナイフを取り出して大きく振るう。蜜柑は、首を抑える。


 蜜柑「マズい、死んだ。殺された。恍惚とした表情で、自らの母親を殺した時のことを語る彼女の、秀君とやらへの妄信的な愛に殺された。そう錯覚するほど、彼女の秀君への愛は異常だった。周囲に死を錯覚させるほどの幻覚を見せるほどに、彼女の愛は強烈だった!」


 らら「それで、それで。秀君はどこにいるか知ってる?」


 蜜柑「ここにはいないよ」


 らら「──え?」


 蜜柑「ここにはいない」


 らら「──どう……して?」


 蜜柑「僕は、彼女の今にも泣きそうな、今にも噛みついてきそうなその表情を見て少し嗜虐心が燻ぶられた!もしここで、僕が殺した──とか言ったら、彼女はどうするのだろう。僕は、さっき感じた幻覚のように本当に殺されてしまうのだろうか。興味もあったが恐怖もあった」


 らら「どうして!教えてよッ!」


 らら、蜜柑の襟首、もしくは襟足を掴む。


 蜜柑「教える、教える!隠すつもりはないから落ち着いて!」


 らら、蜜柑から少し離れるけどその目から鋭さは消えない。


 蜜柑「話を聞くに、秀君ってのは男でしょ?ここは女子刑務所。だから、男性の秀君って人はいないの!」


 らら「──嘘」


 らら、その場にへたり込む。そして、両手で顔を覆い、泣きだす──と思えば?


 らら「よかったぁ」


 手を退かし、そこに現れたのは歪な笑み。一瞬にして泣き腫らしたかのような、どこか爽快感のある顔が浮かぶ。


 らら「秀君ってカッコいいからさ。刑務所でらら以外の女の吐いた息吸ってたらどうしよう~って思ってたんだけど、女がいなかったら安心ね。秀君と会えないのは悲しいけど、秀君が出所すればまた会えるんだから。懲役8年、頑張ります!」


 蜜柑「どうやら、この変人も僕も同じように懲役8年を背負っているようだった。彼女も殺人犯として気味悪がられるだろうが、孤高なのは僕と一緒。僕が出所するまでは仲良くしてあげる」


 らら「ありがとうございます!って、そうだ。アナタ、名前は?」


 蜜柑「剥喰蜜柑。アナタと同じ、殺人犯」


 2人で、握手。回想終わり


 7場

 美麗が舞台に帰ってくる。


 蜜柑「と、こんな感じです」


 美麗「随分と壮大な物語だったね。それで、脱獄してきたの?」


 らら「はい!秀君の懲役が終わったっぽくて、ららも出てきちゃいました!」


 美麗「すごい執念ね~」


 らら「──と、そういえば。蜜柑と一緒にいるアナタは何様?」


 美麗「私?」


 蜜柑「僕の敬愛する、紅葉美麗先輩。何度も説明したでしょ?」


 らら「いやいや、何言ってるのさ。美麗先輩は殺したんでしょ?生きてるわけないじゃん」


 美麗「生き返りましたー」


 らら「え、生き返ったんですか!?もしかして最近話題の『グリーンダイ』みたいなので!?」


 蜜柑「随分察しがいい」


 美麗「本格的に流行ってたのは私が復活した当初だから8年前とかだけどね~」


 蜜柑「ってか、なんで『グリーンダイ』のこと知ってるの?」


 らら「なんでって、『グリーンダイ』が出た時まだららは捕まってませんし」


 蜜柑「あ、そうか」


 らら「でも、実際に『グリーンダイ』を使って生き返った人は初めて見ました。一回死んだのに、食事とかするんですね~」


 そう口にしながら、生肉(に模した生ハム)を食べるらら。


 美麗「あ、また生」


 蜜柑「本当だ。疑問に思わなかったけど、食事とかするんですね」


 美麗「うん。というか、食事しないと人間以上に死んじゃうの。栄養分とかじゃなくて、食べ物に含まれてるカロリーで直接体を動かしてるからさ。飲まず食わずだと、体が内側から崩れていっちゃうんだって」


 らら「『グリーンダイ』って、色々人間の頃と違って大変そうですよね〜。子供ができなかったり、涙が出なかったり。まぁ、生理が無いのはちょっと羨ましいですけど。死後復活するのが嫌で、生きている間に『グリーンダイ』を注射して置いて、死んだ時に打っても効果が出ないようにしてるらしいですし」


 蜜柑「そうなの?」


 美麗「うん。1度注射しちゃうと『グリーンダイ』の免疫ができるらしくて、2度目は効果が無いんだって。だから、もう私は残機0」


 らら「今の世の中、殺人事件も難儀難儀。『グリーンダイ』を打ってから対象を殺さないと、生き返っちゃう可能性があるし。んま、ららは刑務所に入るのが目的だったからママが生き返ろうと死んだままだろうと関係ないけど」


 蜜柑「そうだ。殺したお母さんにはあったの?」


 らら「いや?どこにいるかも知らないし、ここに立ち寄ったのも秀君のところに行くついでだから。あ、ちょっと長居しちゃったしそろそろ行くね。秀君がららを待ってる」


 蜜柑「そうだ、今度秀君紹介してよ。盗るつもりないから」


 らら「勿論!」


 らら、下手へはけていく。


 美麗「なんだか、嵐みたいな子だったね」


 蜜柑「まぁ、らららしいですよ。一人の男の子に恋する、普通の女の子」


 美麗「普通……かなぁ?」


 蜜柑「普通ですよ。 ──ね、先輩」


 美麗「──そうだね。私達と比べたら、よっぽど普通」


 蜜柑「先輩、付き合いませんか?僕達」


 美麗「うん、いいよ。反対する両親ももういないし」


 蜜柑「やったぁ。9年半越しに、やっと実りました。僕の愛情は」


 美麗「その時間の9割は両片想いだったけどね」


 蜜柑「そうなんですか?」


 美麗「うん。私も生き返ってからは蜜柑ちゃんのことばっかり考えてた。ずっと、刑務所から出てくるのを待ってたんだよ」


 蜜柑「待たせてごめんなさい。僕も先輩が生きていること知っていたら脱獄していたのに」


 美麗「そんなことしたら、蜜柑ちゃんは指名手配になってたかもよ?私は、こうして蜜柑ちゃんと一緒に、平和に暮らせるのが何より幸せなの」


 蜜柑「──僕も、先輩と一緒に暮らせるのがこの世で一番の幸せです」


 2人で楽しそうに笑う。


 美麗「──さ、料理を再開しましょ。美味しい昼ご飯を作らなくちゃ」


 蜜柑「そうですね、続きをしましょう」


 キッチンに移動する美麗。蜜柑は、美麗の背中を見ながら棒立ち。

 そして、明かりが暗くなったところで観客の方を見る。


 蜜柑「先輩に恋人ができるのは、これで2人目。今から僕は、忌々しい1人目の恋人の話をしよう。それで忠告なんだけど、先輩の美しさに目を焼かれたくない人は両手で目を覆っておくことをオススメするよ」


 8場


 蜜柑「これは僕が先輩を殺すことになる一カ月ほど前の話しだ。僕の学校では夏休みが終わった後すぐに文化祭があるので、お休みムードが他の学校よりも長く続く。そんな中で僕は、先輩のことを思いながら軽音部としての活動に勤しんでいた。と、僕のバンドとしての話はどうだっていい。必要なのは、先輩がこの日残した伝説と、その延長戦にある先輩の元彼──白飛沙輔との話をすることだ」


 場は文化祭の後夜祭。舞台は盛り上がっているが、裏は忙しなく動いていた。

 下手からスタッフ(助手と兼役も可)が、上手から美麗が登場する。この時に、上手に蜜柑のギターを置いていく。


 スタッフ「すみません、接触不良で舞台の準備ができてません!」


 蜜柑「文化祭の後夜祭。盛り上がるステージの裏側では些細な事件が起きていた!後夜祭のトリで演奏するはずだった先輩のバンド──『Platonic(プラトニック)』の演奏前、機材トラブルで準備に時間がかかる、と!既に後夜祭の司会が5分以上下手なトークで場を保っている現在、このまま行けば盛り上がりきることができず不完全燃焼に終わってしまうだろう!これは高校3年生である先輩の軽音部としての最後のライブ!失敗だけは避けたい!そんな中で、楊貴妃を寵愛する玄宗を目移りさせることができる唯一の天女である先輩はこんなことを口にした!」


 美麗「わかった。じゃあ、私が時間を稼ぐから。その間に準備をしておいて」


 蜜柑「先輩には何か策があるのか。先輩が舞台裏にいると言うから舞台裏に来ていた僕は生唾と固唾をのんでそれを見守った。舞台上にて、先輩がとった行動は──」


 美麗、左手を胸に当てて右手を前に伸ばす。

 その美しさ、儚さはまるで何かの彫刻のよう。


 蜜柑「直立不動。後方でスタッフが機材の調整をしている中、一言も喋ることもせず、楽器に一度だって触れることも無く、ただこの態勢で観客の前に現れた。全校生徒を前にした演奏を前にトチ狂ったか!?そう思ったが、観客は熱狂。先輩の美しさの片鱗に触れた観客は熱狂!熱狂!熱狂!叫び声が聴こえてくる!膝から崩れ落ちる人が出てくる!遂には誰かが失神した!マイケル・ジャクソンの究極の二分間をも超える沈黙と狂乱が、後夜祭のステージを錯綜する!きっと、これまで先輩の絶対的な美しさに気付いてこなかった平々凡々な有象無象なのだろう。だが、今日この時だけは違う。文化祭と言うムードと、先輩の圧倒的なカリスマ性を前に、陶酔している!その美しさの虜になった観客は、呼吸も忘れて叫び続ける!次なる一挙手一投足を見逃さんと言わんばかりに目と鼻を見開き手を高くあげながら咆哮をあげ続ける!」


 数秒の沈黙。そして、大きく息を吸い──


 美麗「皆さん、楽しんでますかー!『Platonic(プラトニック)』でーす!」


 蜜柑「機材トラブルが解決するまで、実に5分20秒!その間、同じポーズを保ち観客を沸かせ続けた先輩は、まるで何事も無かったかのように挨拶を開始した!そしてその後の演奏も盛り下がることなく終えたのだが、どうしてこんな先輩の神がかった話をしているのかわからない人もいるだろう。だが、ここに存在したのだ。その時の『Platonic(プラトニック)』のメンバーの中にその男──先輩の初めての恋人となる男は確かに存在したのだ!」


 舞台に出てきたギターを持つ沙輔の前髪を掴み、観客の方に投げ飛ばす。



 蜜柑「この男こそが、先輩の元彼。白飛沙輔本人だった。この忌々しい面を忘れることはない。コイツがいさえしなければ、僕が先輩を殺すことはなかっただろう」


 沙輔「美麗、俺と付き合わないか?不幸にさせないし、美麗のために何度だって泣いてやるよ」


 蜜柑「文化祭の後夜祭が終了した翌日、先輩は沙輔に呼び出されて体育館裏に向かった。そこで先輩は告白されて、当惑しながらも断れない性格が祟って承認してしまった。この時、先輩がどんな気持ちで承諾したかなんてわからない。だけど、彼氏ができた先輩はどこか幸せそうだった。僕はそれが許せなかった。僕はこれだけ愛していると言うのに、性別が同じだからと言う理由で両親から僕と付き合うことを禁止されている先輩に、異性の恋人ができてしまうのが許せなかった!」


 上のセリフの途中で、美麗と沙輔は手をつないではけていく。そして、最後には美麗が一人で戻ってくる。


 蜜柑「先輩……どうして、僕とは付き合ってくれないのに白飛──先輩とは付き合ったんですか」


 美麗「──」


 蜜柑「何か答えてくださいよ、何か答えてくださいよ先輩!」


 美麗「──ごめん。蜜柑ちゃんの気持ちを知ってたのに、愛してあげられなくてごめんね。大好きだよ」


 蜜柑、その場にへたり込む。美麗は来た方とは反対にはけていく。


 蜜柑「大好きだよ……?そんな、そんなこと言われたら何も言い返せないじゃないですか。僕は先輩が優しいことを知ってます。先輩が僕とバンドメンバーを天秤にかけて、バンドの方を取ったことも知ってます。精神的な愛で、プラトニック・ラブで接してくれていることなんてわかってるんです。先輩、僕は愛しています。この世で誰よりも、先輩のことを愛しています」


 ゆっくりと立ち上がる蜜柑。そして、後夜祭の時の先輩と同じポーズをとり沈黙。

 数秒して、ゆっくりと両手を下ろして視線を落とす。


 9場


 蜜柑「──これが、先輩にできた初めての恋人の話だ。ここから、少し話が脱線するけれども一人の先生との話をしたいと思う。いや、安心してほしい。これもまた先輩と僕を語るにおいて必要な話だ。最愛の先輩を殺した理由が理解できない人たちがいるかもしれないから、その説明・言い訳・理由付けとでも言っておこう。これは、さっきの続き。先輩と口論した後の僕。先輩に愛してあげられなくてごめんねと告げられた後の僕。先輩と言う絶対的な美しさを前にして何もできなかった僕。裏切られても尚、先輩に対する僕の愛情は朽ち果てることはなかった。それどころか、それどころか強く!僕の心を締め上げ絞め付け燃え上がらせる!愛!愛!愛!僕は先輩を、愛している!」


 何を思い立ったか、蜜柑は自分のギターを持ち出して外に飛び出す。

 実際に演奏をしながらの語りでもいいが、その場合圧倒的な技量が欲しいので微妙なら弾くふりでいい。

 弾くとしても、youtubeで100万再生を超えているような、大衆に媚びたポップソングは厳禁。ロックをやれ。


 蜜柑「放課後。僕はギターを手に取り昇降口に飛び出した!何の部活にも所属していない青春を馬鹿にしているような帰宅部達と、文化祭も終わり次なる大会に備えるためにグラウンドへと向かう運動部の波をかき分け、僕は許可も無くそのギターを取り出した!衝動をそのままにかき鳴らすギター!周囲に大粒の汗が飛び散り、その激しさを体現している!アンプを繋がずに弾き裂かれるエレキギターを前に、誰も足を止めない!だが、それでいい!僕は誰かに聴いてもらいたいから弾いているのではない!僕が、僕自身がこの苦悩から解放されるためにこの曲を弾いてい──」


 沙輔は、上の蜜柑のセリフ中に出て来て、遠目でその演奏を見ている。

 だが、そこで目が合う。演奏が止まり、沈黙が生まれる。


 蜜柑「──奴は見ていた。その黒いニヤけた瞳で、どこか薄気味悪い表情で、誰の耳にも届かない演奏をしている僕のことをじっっっっっと見ていた。何も言葉を発さず、静かに僕の方を値踏みするように見ていた。たまるか!お前のお眼鏡にかなってたまるか!僕から先輩を奪い取ったお前だけには、認められてたまるか!」


 蜜柑、ギターを地面に強く叩きつける。

 沙輔はその場からそそくさと去っていく。


 蜜柑「クソ!クソクソクソ!やめちまえ!音楽なんかやめちまえ!バンド内で恋愛するような馬鹿男は、ロックなんか名乗るんじゃねぇ!性欲に塗れたその手で先輩に触ろうとするんじゃねぇ、気持ち悪いんだよッ!」


 と、拍手が聴こえてくる。博士→刷新に。


 刷新「素晴らしい!いやー、素晴らしい!演奏を途中でやめるのはどうかと思うけれど、感情に任せて唯一の武器を破壊するその行為!私はそのアートを称賛するよ!」


 蜜柑「──誰、ですか?」


 刷新「知らない──か。でもまぁ、芸術の授業で美術を選択していなければ知らないのも仕方ない。君は見た感じ音楽を選択していそうだからね。私はこの学校の美術教師をしている微糖刷新(びとうさっしん)だ」


 蜜柑「──ギターを弾いてちゃ駄目でしたか?」


 刷新「いや、駄目じゃない。私はこの世全ての芸術活動を肯定している。だから、君のアートを──君達の言葉で言うのであれば、ロックを否定するつもりはないからね。ただ、私は君の音楽へと向き合う姿勢に惚れ込んだんだ。君の心にどのような感情があったのか知らないけれど、怒りを昇華させていたはずの音楽そのものに破壊衝動を向けるその姿勢は新たな芸術活動を生み出すだけの爆発力を持っている。どうだい?話を聴かせてくれないかい?」


 蜜柑「正直に言おう。最初は、微糖先生のことを怪しい男だと思っていた。だって、このナリだ。コーヒー味の息を吐き、エプロンを鮮やかに染め上げたその先生に清廉潔白だなんて四字熟語は似合わない。最初は話をしようか迷った。けれど、先輩がいなくなった後の軽音部に行くつもりは無かったし、行ったとしてもギターは壊してしまったしすることがない。だから僕は、微糖先生に話をすることを決めた。──わかりました。特別なことはないですが、お話ししましょう」


 刷新「よし、わかった。今にレッツラ美術室」


 2人共、その場でジャンプ。


 蜜柑「──美術室、初めて入りました」


 刷新「どうだい?色々なアートがあるだろう?この絵は君と同じ学年の桐山さんが描いた作品だ。戦争に対する根本的な無知を描いた作品らしい。こっちは一つ下の呉君の作品さ。死体が腐っていく過程を描いた作品だが、生命を感じないかい?」


 蜜柑「先生はそう口にして、ぼくの話を聴くよりも先に美術室に飾られている絵の話をし始めた。すぐ終わるだろうと思っていた僕だったが、思いのほか長引くそれに飽き飽きしていたところ、一つの作品が目に入る。それは、木彫りの女性の像だった。大して大きくないそれは決して目立つものではなかったけれど、僕はそれの持つ美しさに惚れ込んだ。──微糖先生、この木彫りも生徒が?」


 刷新「──おぉ、君。やっぱり見る目があるね。それは他ならない私の作品さ」


 蜜柑「本当ですか!?」


 刷新「あぁ、気に入ってくれたかい?」


 蜜柑「はい。美しい、美しいです。こんな美しいものを人が作れるのですか?」


 刷新「あぁ、作れるとも。と言っても、美しさを付与するのではない。美しさを掬い出すのだ。木がその内側に持っている美しさの形を、私が彫刻刀で象る。これ以上彫ったら美しさを失ってしまう、その限界まで彫り進めて不純物が無くなったこの作品は究極の美と呼んでも過言ではないと思っているよ」


 蜜柑「美しさを発掘する──ってことですか?」


 刷新「簡単に言えばそうなるね」


 蜜柑「一つ、質問があります」


 刷新「なんだい?」


 蜜柑「──彫って美しさを取り出すのはわかりました。では、美しいものを彫ったらその中には何がありますか?そこにあるのは、美しいものですか?それとも、醜いものですか?」


 照明が蜜柑にのみ当たる。刷新ははけていく。


 蜜柑「美しいものを彫ったら、美しさを欠いて醜くなってしまうのか。それとも、美しさそのものは内部まで美しいものなのか。先生はそれに明確な答えを出してくれることは無かったけれど、先生の言葉を引用するならどうやら『人による』らしい。壊れていく美しさに耐えかねる者。残された美しさに執着する者。彫られた美しさをどう捉えるかは、その人によるらしかった。その時、僕は思わず考えてしまった。先輩を彫ったら、僕は先輩のことを美しいと感じることができるのだろうか。愛する先輩のことを、愛し続けることができるのだろうか──」


 10場

 照明、元に戻り場には美麗が。


 美麗「蜜柑ちゃん。準備できた?」


 蜜柑「あ、先輩。準備バッチリです──って、可愛い!」


 美麗「本当?嬉しいな。初デートだから、お洋服も頑張っちゃった」


 蜜柑「いつもの先輩も美しいですけど、今日の先輩も美しいですよ」


 美麗「えへへ、ありがとう。そうだ。私の鍵、知らない?」


 蜜柑「鍵ですか?」


 美麗「うん。なんか見つからなくてさぁ」


 蜜柑「ごめんなさい、わからないですね。どっかに落としたりしました?」


 美麗「うーん、そんなことはないと思うんだけどなぁ。まぁ、今度探そう?それで、今日はギターを見に行くんだっけ?」


 蜜柑「はい。バンドまでは行かなくていいから、先輩と一緒に音楽やりたいなぁって。折角だし、心機一転新しい相棒でも探そうかなーと。いいでしょう?」


 美麗「いいねぇ。私も腕が鈍ってるかもしれないけどね」


 蜜柑「先輩は歌うだけでもいいんですよ」


 美麗「それもそっか。でもまぁ、チャレンジはするってことで」


 いつの間にか、街へ繰り出していた2人。街を並んで歩きながら会話を続ける。


 美麗「そうだ、蜜柑ちゃんにも聴きたいんだけど」


 蜜柑「なんですか?どんなことでも答えますよ?」


 美麗「『グリーンダイ』を使って亡者になったに私はさ、天国とか地獄に行けるのかな?」


 蜜柑「行けないんですか?」


 美麗「だってさ。一回死んで三途の川を渡ったのにこっちに戻って来ちゃったんだよ?普通の死人と同じとこには行けなさそうじゃない?」


 蜜柑「それもそうですねぇ……うーん、魔界とか?」


 美麗「魔界かぁ。怖い所は嫌だなぁ」


 蜜柑「じゃあ、ユートピアです」


 美麗「それならいいね」


 蜜柑「でも、魔界でも大丈夫ですよ。先輩を一人にはさせないので」


 美麗「本当に?」


 蜜柑「はい。先輩が死んだら、僕も死にます。その後すぐに生き返って、もう一度死にます。止めても無駄だってのは」


 美麗「わかってるよ。だから私は蜜柑ちゃんを止めない。ね?」


 と、そんな話をしていると反対から、らら・秀人カップルが歩いて来る。


 らら「あ、蜜柑!見つけた!」


 美麗「あ、ららちゃん。そっちにいるのは……」


 らら「紹介します!ららの彼氏の、秀君です!」


 秀人「大麻秀人で~す」


 蜜柑「えっと、初めまして。務所友(むしょとも)の剥喰蜜柑です」


 秀人「あぁ、君が蜜柑ちゃんか。話には聴いてるよ。ららが随分迷惑かけたみたいだね。ありがとう」


 美麗「なんだか、普通の人そうね」


 蜜柑「そうですね。薬物で捕まった人とは思えない」


 秀人「──ッ!今お前、薬物っつったか!?持ってるのか!?持ってるのかぁ!?」


 蜜柑の方に縋る秀人。


 蜜柑「うわ、なんです!?持ってないですよ!」


 らら「秀君、薬物はこっちだよ~」


 秀人「くれ!俺にくれ!」


 ららの方に抱きついていく秀人。


 らら「2人共、秀君の前で薬物に関連することを言うのはやめてください。まだ全然中毒なんです」


 美麗「更生できてなかったか~」


 らら「どうです?可愛いでしょう?ららの秀君」


 美麗、頷こうとするが──


 蜜柑「先輩、待ってください。ららは同担拒否です。ここで頷いたら殺されます」


 美麗「じゃあ、否定すればいいの?」


 蜜柑「それはそれで、殺されます」


 美麗「それじゃあ一体どうすれば」


 蜜柑「沈黙!!それが正しい答えなんだ」


 美麗「えぇ!?」


 らら「と、そうだ。2人にお願いしたいんですけど」


 蜜柑「ほら。ららは返事をしなくても話題を変えるんです」


 美麗「お願い?」


 らら「はい。らら達のこと、匿ってくれません?今、指名手配になっちゃって」


 美麗「匿う?」


 蜜柑「指名手配!?」


 らら「どうやら、脱獄したのがかな〜りマズかったらしくて。指名手配になっちゃいました」


 美麗「なっちゃったって……」


 らら「別に、捕まること自体は問題ないですけど。秀君と離れ離れになるのは嫌だから、匿ってほしいなって」


 美麗「え、えぇ……」


 蜜柑「別に、ららの家に行けばいいんじゃないの?」


 らら「それが、ららがママを殺したらどうやらパパも気を病んでそのまま病気で死んじゃったみたいでぇ~」


 蜜柑「じゃあ、秀君とやらの家は?」


 秀人「逮捕されて勘当された。行く当てがない」


 蜜柑「このバカップル~!!」


 秀人「頼む!頼むよォ!俺達を匿ってくれ!」


 蜜柑「ちょ、一回タイム」


 蜜柑と美麗の2人は、らら・秀人と距離を取る。


 蜜柑「どうします、先輩?」


 美麗「う~ん、ちょっと困るよね」


 蜜柑「ですよね。僕も先輩との愛の巣に邪魔されたくないですし。断ります?」


 美麗「そうだね。そうしよう」


 らら「決まった?答え、決まった!?」


 美麗「引き入れたいのは山々なんだけど、2人も受け入れるのはちょっと財政面的にも厳しくてさ。ごめんね」


 秀人「お、お願いだ!このままじゃ今日寝るところも無い!指名手配になっちゃったからネカフェだって頼れないんだ!」


 美麗「ごめんなさい。ごめんなさい」


 秀人「頼む、頼むよぉ!」


 らら「──秀君、ありがとう。でもいいよ。大丈夫」


 秀人「え……」


 らら「蜜柑、美麗先輩。無理言ってごめんなさい。行けそうなところ探します」


 美麗「こっちこそごめんね、捕まらないように応援してる」


 らら「はい、ありがとうございます。秀君、行こ」


 秀人「あ、あぁ」


 らら・秀人ははける。


 蜜柑「なんか、向こうは大変みたいですね。先輩が生き返ったことを知ってたら脱獄してたので、警察から追われるのは僕だったかもしれません」


 美麗「全部終わってから出てきてよかったでしょ?」


 蜜柑「そうですね。焦りたくないですし、何より先輩に迷惑をかけたくないですから」


 美麗「もう、散々迷惑かけたのにそんなこと言うの?」


 蜜柑「だから、ですよ。僕の近くにいてくれるようになったから、もう僕は先輩に迷惑をかけたくないんです」


 11場

 舞台が次第に暗くなってくる。最後の過去回想が始まる。


 蜜柑「先輩に迷惑をかけたくない。それは心の底から、僕が口にする本当の思いだった。だって僕は、8年前に多大な迷惑をかけてしまったのだから。これから話すのは、8年前に先輩にかけた迷惑の話だ。僕が通う学校の美術教師──微糖刷新と出会った数日後のことだった」


 過去回想の照明に。場には蜜柑。そして、先輩。


 美麗「どうしたの?急に部室に呼び出して。ギターの話?」


 蜜柑「先輩……。僕、悩んでいるんです。部活、やめようかなぁって」


 美麗「嘘。蜜柑ちゃんのギター、すごく好きだったのに」


 蜜柑「先輩がいなくなった途端、バンドのやる気が無くなっちゃって」


 美麗「──そっか。私が理由でやめてほしくないなって言ったら怒るかな?」


 蜜柑「いえ、怒りはしません。そして、その要求は飲み込めません」


 美麗「私がやめたから、後追い自殺のようにやめるんだ」


 蜜柑「はい、そうです。そうですが、ある条件を先輩が満たしてくれれば僕は部活を止めないかもしれません」


 美麗「ある条件って?」


 蜜柑「白飛先輩と別れてください」


 美麗「しー君と、別れる……」


 蜜柑「はい。別れてください」


 美麗「──」


 蜜柑「──」


 美麗「──ごめん、無理かな」


 蜜柑「僕よりも、彼氏の方が大事なんですか?」


 美麗は小さく首を縦に振る。


 蜜柑「僕は、白飛先輩なんかよりもよっぽど先輩のことを愛しているのに!僕の方が先輩のことが好きだったのに!」


 美麗「──ごめんね」


 美麗、部屋から出ようとするけれども蜜柑が手を掴む。


 蜜柑「逃がしません、逃がしませんよ。先輩」


 美麗「蜜柑ちゃん、ちょっと落ち着いて。深呼吸しよ?ね?」


 蜜柑「先輩。僕はちゃんと落ち着いてますよ。ちゃんと落ち着いていて、ちゃんと先輩のことを愛しています」


 美麗「蜜柑ちゃん!?」


 蜜柑、懐から彫刻刀を取り出して先輩の顔を剥ぐ。


 美麗「──痛い!痛い!」


 蜜柑「先輩。アナタは美しすぎるんです。美しすぎるから、変な羽虫が寄ってくる。安心してください、先輩。先輩の顔の皮が無くなろうと僕は先輩のことを愛し続けます。先輩に心酔している僕は、先輩の内面を愛しているので顔の美醜は関係ありません!とっとと白飛先輩と別れてください!」


 美麗「痛い!痛い痛い!嫌ァァァーーー!」


 美麗の絶叫が響き、倒れ込むようにして動かなくなる。


 蜜柑「僕は、先輩の顔の皮を剥いだ。先輩は、心だけでなく顔も美しい。顔が美しいせいで、白飛沙輔のようなクソ野郎が先輩に寄ってくる。男ってのは面食いなのだ。外面だけを愛しているのだ。男は、性欲を満たすことしか考えていないのだ!僕は違う!僕は、プラトニックな愛で先輩のことを捉えている!先輩を、本当の意味で心の底から愛している!先輩の恋人というポジションにいる権利があるのは僕だけのはず!僕が、僕だけが──!」


 美麗「愛してあげられなくて、ごめんね……」


 蜜柑「血と涎と鼻水だらけになった顔を、皮膚を剥がされ表情筋が露出した顔を歪めた先輩を、それでも美しいと思ってしまった僕は狂っているのだろうか」


 美麗「蜜柑ちゃん。愛してあげられなくてごめんね」


 蜜柑「──先輩。いいんですよ、これからたくさん僕のことを愛してくれれば」


 美麗「ごめん、ごめんね……」


 蜜柑「先輩、大好きです」


 蜜柑、先輩の剥いだ顔の皮膚(その演出が難しければギターピック)を食べる。

 徐々に暗くなり、最終的には蜜柑だけが照らされる。


 蜜柑「僕が先輩の顔を剝いだ後、先輩はすぐに救急車で病院に運ばれていった。だけど、先輩の顔が治ることはない。だって、先輩の皮膚を僕が食べちゃったから。犯人である僕は退学を余儀なくされた。警察沙汰にならなかったのは、先輩と先生の協議の結果そうなったらしい。先輩の両親はぶー垂れていたらしいが、僕には関係のない話だ。母校が先輩と同じになることは叶わなかったが、退学なんて最初から想定内だった。問題はないし覚悟はできている。そんなことより、僕はとても嬉しかった!だって、僕が退学する程度で先輩は彼氏と別れることになったのだから!次に学校に行ったときは、顔面を包帯でグルグル巻きにした先輩が僕のことを1人で待っていてくれるはず!そう思っていた。そう思っていたのに──現実は非情だった」


 上手から出てくる2人。美麗の顔には、包帯が巻かれていた。

 美麗は、沙輔に支えられながら舞台を横切る。


 沙輔「大丈夫か?美麗。まだ目を開けるのだって難しいよな。ずっと隣にいるから、安心してくれよ」


 美麗「うん。ありがとう、しー君」


 蜜柑「──どうして。どうして!どうして!」


 床を両の手で叩く蜜柑。嗚咽を漏らしながら2人が通り過ぎるのを待つ。


 蜜柑「事件の2週間後。コッソリ忍び込んだ校内で、僕は自分自身がどうしようもない程に愚かであった証明を目撃してしまう。僕はてっきり、先輩の方から別れ話を切り出し、クソ野郎もそれを了承すると思っていたしかし!実際は違った。愚かな僕は、先輩を我が物にすることに執着するあまり忘れていたのだ。先輩が人からの優しさを断れないところがあることを。クソ野郎のお世辞のような優しさに甘え、先輩はまだ交際関係を続けている。僕の手の中に来るはずだった先輩を、クソ野郎は、クソ野郎は!クソ!クソ!」


美麗「──どうしたの、蜜柑ちゃん」


蜜柑「謝罪がしたい。僕はそう口実を付けて、先輩を体育館裏に呼び出した。内緒で忍び込んでいるから、先輩以外の人に来られると困るって旨を書いたから、不用心でお人好しな先輩なら僕の危害を加えないという話を信じて、ノコノコ僕の前に現れるはずだ。ここは、クソ野郎が先輩に告白したのと同じ場所。あの日、実ってはいけない愛が実った禁断の場所!そこで僕は、先輩の人生を終わらせるほどの迷惑をかけることにした。きっと、僕は殺人犯として逮捕されるだろう。だけど、それでいい。僕は、先輩の最初で最後をもらえるのだから!」


 美麗「──蜜柑ちゃん。先に、私に謝らせて」


 蜜柑「え?」


 美麗「ごめんね。私、別れられなかった。別れようとしたんだけど、無理だった。『こんな醜い私と一緒にいても、馬鹿にされちゃうだけだよ?』って言っても、『そんなことない。君は、綺麗だ』だなんて言って、私の拒絶を受け入れてくれなかった」


 蜜柑「──そう、なんですか」


 美麗「でも、許してとは言わない。私は蜜柑ちゃんがどれだけ私のことを愛しているのか知ってるし、私もそこまで私のことを想ってくれる蜜柑ちゃんを愛し始めてるから。しー君も私を愛してくれるけど、きっと彼は悲劇のヒーローに酔ってるだけだと思うの。だから」


 蜜柑「……だから?」


 美麗「蜜柑ちゃん。私を好きに殺していいよ」


 蜜柑「──ッ!なんで!」


 美麗「蜜柑ちゃんの考えることなんかすぐにわかるよ。だって、蜜柑ちゃんのこと大好きだもん。私は、アナタに殺されるためにきたの。じゃないとこんな見え見えの罠、だれも引っかからないよ」


 蜜柑「──先輩」


 美麗「蜜柑ちゃん。愛してあげられなくてごめんね。そして、愛してくれてありがとう」


 蜜柑「先輩。愛されてくれてありがとうございます」


 隠し持っていたナイフで蜜柑は美麗を殺す。照明は「死」の演出。

 そのまま、ゆっくりと暗転していき漆黒から蜜柑だけが照らされる。


 蜜柑「──僕はこうして、先輩に多大な迷惑をかけた。と、ここで勘違いしてほしくないのは、僕は決してクソ野郎と付き合い続けた先輩に憎悪を持って殺したわけではないということだ。僕は、先輩の最初で最後を奪ったのだ。少し、例え話をしよう。先輩は、あのクソ野郎が初めての彼氏となったのだが、ソイツと別れた後も今後の人生で何人もの人と付き合うことになるだろう。最初であるが、最後ではない。唯一無二の恋人にはなれない。それは、他のことでもそうだ。性行為だって、処女を貰えるかもしれないけど、その後の人生で他の人と行為に至るかもしれない。唯一無二にはなれない。しかし、だ。僕はたった一つだけ先輩の唯一無二になれる方法を、最初で最後の存在になれる方法を知っている。それは、先輩を殺すことだ。死は誰に対しても平等で一度しかやってこず、一回経験したらその後は存在しない。だから最初の恋人にも最後の恋人にもなれなかった僕は、先輩を殺すことで先輩の人生に最も影響を与えた、最初で最後の存在となったわけだ。と、この後のことは皆もよく知っての通りだ。先輩を殺した殺人犯として逮捕されて、懲役8年を課された。収監されてから娑婆に出るまでの8年間。2922日。僕は、先輩のことを想い続けた。そして、出所して、先輩と出会って。こうして今付き合って、楽器屋デートを終えて一緒に帰っていた」


 12場


 美麗「楽しかったね、蜜柑ちゃん」


 蜜柑「はい。次も一緒にギターを見ましょう。相棒に相応しいギターを見つけましょうね」


 美麗「うん。一緒にバンドするの楽しみだな、私」


 蜜柑「僕もです。先輩の歌、大好きなので」


 美麗「えへへ、ありがとう。と、帰ったらお夕飯作んなきゃ行けないのかぁ」


 蜜柑「今日くらい、ピザとか頼んでもいいんじゃないですか?」


 美麗「もう面倒くさいしそうしちゃってもいいかもね」


 家に到着する2人。美麗が鞄から鍵を取り出すけれども──。


 美麗「あれ、鍵。開いてる」


 蜜柑「先輩、家を出るとき閉めたんじゃないですか?」


 美麗「うん。閉めたはずなんだけど」


 顔を見合わせる2人。2人が覚悟して家に入ると、中にいた(上手から出てきた)のはららと秀人の2人。


 らら「あ、2人とも。お帰りなさい!」


 秀人「ご無沙汰してま~す」


 美麗「待って!どうして2人がいるの!?」


 蜜柑「もしかして……」


 らら「あ、ごめんごめん~。行くとこ無くてさ。勝手にお邪魔してたわ」


 ららは、懐から鍵を出す。


 美麗「それ、私の!無くしてたと思った鍵!」


 らら「前、家に来た時ちょっと拝借してました。隠れ家が欲しかったので」


 蜜柑「午前中、家には引き入れられないって言ったよね?」


 らら「本当に居場所が無くてさ。2人で一室でいいの!ご飯もいらないし、風呂もトイレも使わない!だからお願い!匿って!」


 美麗「えぇ、そんなこと言われても……」


 秀人「お願いだ!このままじゃ、ららは捕まっちまう!そしたら、今よりもっと刑期が伸びるだろう!それに、俺も捕まっちまうかもしれない!可哀想だとは思わないのか?」


 美麗「それは可哀想だと思うけどぉ」


 らら「一生のお願い!今は指名手配だって世の中が騒いでるから動けないけど、ほとぼりが冷めたらすぐにお返しをするから!美麗先輩、お願い!」


 美麗「え、えぇと……」


 蜜柑「わかった。じゃあ部屋を貸してあげる」


 美麗「え!?」


 らら・秀人「「本当!?」」


 蜜柑「うん。ご飯も今日くらいなら用意してあげるよ。その代わり、2人分の作れる程の材料が家にはないから、僕と先輩は買い物に行ってくるね。大人しく待てる?」


 秀人「ご飯まで作ってくれるのか!?ありがとう!今日、何も食べてなくてお腹ペコペコなんだ!」


 美麗「蜜柑ちゃん……?」


 蜜柑「先輩。買い物に行きましょう、困ってる時はお互い様です。2人は、家の中で大人しくしてて」


 らら・秀人「「はーい!」」


 ららと秀人は、上手にはける。


 美麗「蜜柑ちゃん。どういうこと?なんで許可しちゃったの?」


 蜜柑「美麗先輩。今から警察に電話します」


 美麗「へ?」


 蜜柑「あの迷惑カップルをとっとと逮捕してもらいましょう。僕と先輩の愛の巣に邪魔者は不要ですから」


 美麗「それって、ららちゃんとその彼氏さんを裏切るってこと?」


 蜜柑「はい。何か問題でも?」


 美麗「問題──はないけど、友達なんじゃないの?」


 蜜柑「別に。先輩との関係の方が大事ですし」


 蜜柑はスマホを取り出し、警察に電話をする。


 蜜柑「もしもし?警察ですか。今、自宅に指名手配されている軛ららさん?が不法侵入してて。はい。はい。住所は──」


 2人、下手にはけていく。


 13場

 サイレンの音が鳴り響く中で、ららと秀人の2人が舞台に焦ったようにして入ってくる。


 秀人「おい、らら!外にパトカーが大量に止まってる!どういうことだ!?」


 らら「わからない!けど、警察に場所がバレちゃったってこと!?」


 秀人「蜜柑とその先輩に連絡はできないのかよ!」


 らら「らら、スマホ持ってないし電話番号も知らないよぅ!」


 秀人「クッソ、どうすんだよ!このままじゃ俺もららも捕まっちまうんだぞ!」


 らら「そんなのわかってる!わかってるけどどうすればいいの!?この状況で、どうやって家から抜け出すの!?」


 秀人「もう刑務所なんかウンザリだ!」


 らら「ららだって秀君と離れ離れになるのは嫌だよ!」


 扉を激しく叩く音がする。助手→警察1、博士→警察2に。


 秀人「もう玄関の前まで来てる!」


 警察1「出て来い!いるのはわかってるんだぞ!」


 扉を叩く音がタックルするようなものに変わっていく。


 秀人「なんだよ、おい!扉にタックルして強行突破する気かよッ!」


 らら「この家から早く逃げよう!早く!ぶつかられ続けたら扉も壊れちゃう!」


 秀人「──ぁ」


 らら「逃げないと、逃げ──秀君?」


 秀人「今、お前。薬物っつったか?」


 らら「え……?言ってない!薬物なんて言ってない!」


 秀人「言ったよ、絶対言った!持ってんのかよ、おい!持ってんのかよ!使わせてくれ、使わせてくれよ!どうせこのままじゃ俺もお前も捕まっちまうんだよ!」


 らら「落ち着いて!今、薬物の話は後!ここから逃げることを考えなくちゃ!」


 秀人「んだよ、クソ!ららが指名手配にさえならなければ!ららさえいなければ!──あ」


 らら「──秀君?」


 秀人「そうだ。ららがいなければいいんだ。ららさえいなければ……俺は」


 らら「秀君?嘘だよね?」


 秀人「死んでくれよ、俺のために。俺は捕まりたくないんだ……死んでくれ!」


 薬物に対する発作の影響で狂乱状態に陥った秀人は、キッチンからナイフを持ち出す。


 らら「俺のために死んでくれ!俺が捕まらないために死んでくれ!」


 ナイフで秀人はららを殺す。照明は「死」の演出。

 妄信的な愛の成れの果ては、想い人の利己的なもので終わる。

 それは利他的な想いで死んでいった美麗の死に際と、間反対な筈なのに重なる。


 警察1「警察だ!軛らら、お前を逮捕す──ッ!」


 秀人「あ、殺しました。殺しました。襲われそうになったので、俺が殺しました」


 警察2人に連れられる秀人と、残されたららの死体。

 秀人とすれ違うようにして下手から入って来たのは、蜜柑と美麗の2人。


 美麗「なんだか、申し訳ないことしちゃったな」


 蜜柑「そうですね。僕も、ららが殺されるとは思ってませんでした。秀君は、ららのことをどんな気持ちで殺したんでしょうかね?」


 美麗「想像したくないな。捕まりたくないって気持ちでも、ららちゃんと別れたくないって気持でも、どっちでも悲劇だもん。ららちゃんだって、可哀想」


 蜜柑「そうですか?好きな人に殺されて幸せそうな顔してるじゃないですか」


 美麗「そうかなぁ……」


 蜜柑「──と、ららが死んだことで脱走事件は解決ということになった。彼女の死から、一か月。事の顛末を話そう。指名手配犯となっていたららは『グリーンダイ』を使用して生き返らせてもらうことはできなかった。そして、ららを殺した秀人はららとの関係の一切を否定。ららに人質として捕まった──という話になっていたらしいので、私達もそれに合わせて、大麻秀人の殺人は正当防衛ということになり無罪となった。だけど、僕はららが死んだあの日から秀人とは再会していない。僕の住むこの町から消えて、どこか遠い所に引っ越したのだろう。刑務所に逆戻りにならなかっただけ良しとするべきかはわからない」


 14場


 蜜柑「──と、だ。軛ららが殺されて、大麻秀人が僕たちの前から消えたことにより、僕と先輩に関わってくる人間はいなくなった。僕達2人の新生活を邪魔する人は、もういない。先輩。今日はどこに行きましょうか?」


 美麗「そうだねぇ。また、楽器屋さんにデートでも行く?」


 蜜柑「いいですね、それ。今日は電車に乗って大きな楽器屋の方行ってみますか?」


 美麗「それもいいね」


 蜜柑「じゃ、決定ですね。早く準備をしちゃいましょう」


 すぐに準備完了。2人は家の外に出る。


 美麗「蜜柑ちゃんはさ、私とバンドするなら何を弾きたいの?」


 蜜柑「うーん、先輩が好きな曲なら僕は何だって嬉しいですよ。もしくは、オリジナルソングを二人で作ってみるのもいいかもしれませんね」


 美麗「それもいいね」


 蜜柑「それじゃ、僕が作詞作曲をします。先輩の好きなところをたくさん歌詞に詰め込みます」


 美麗「えー、それを私が歌うの?なんか恥ずかしいなぁ」


 そんな会話をしていると、下手から出てくるのは沙輔。


 沙輔「──美麗?美麗なのか!?」


 美麗「──白飛君?」


 沙輔「そう、俺だよ。美麗が死ぬ前まで付き合ってた白飛沙輔だよ!『グリーンダイ』を使って生き返ってたんだ。言ってくれればよかったのに!」


 美麗「そ、そうだったよね。ごめん」


 蜜柑「──僕達に話しかけてこないでくださいよ。先輩と別れた人はもう先輩と関わらないでください!」


 沙輔「あ?そっちこそ俺の美麗に──って、お前!美麗を殺した!」


 蜜柑「はい。僕が殺しました。僕が殺した上で、先輩は僕を選んでくれました!お前は負け犬だ、消え失せろ!」


 沙輔「お前のせいで!お前のせいで、お前のせいで!」


 美麗に接近する沙輔。


 美麗「え、何!?」


 蜜柑「先輩に近付くな!」


 沙輔「うるせぇ!」


 沙輔、蜜柑を突き飛ばして美麗を抱きしめる。


 美麗「い、嫌!」


 沙輔「俺だって……俺だって美麗と一緒にいたかった!」


 蜜柑「先輩に抱き着くな、このクソ野郎ッ!」


 すぐに立ち上がる蜜柑。だが──、


 沙輔「俺だって、美麗を殺す唯一の人間になりたかった!」


 美麗が、沙輔が、宙を舞う。

 沙輔は、美麗を巻き込み車道の方へ飛び出した。

 沙輔はタイミングを測っていたのか、車道にはトラックが走っており──。


 照明は「死」の演出。


 蜜柑「──あ」


 トラックに吹き飛ばされ、上半身と下半身が泣き別れになった美麗。

 沙輔も倒れているが、蜜柑の眼中にはない。=どうでもいい


 蜜柑「あ……あ……先、輩?どう、して……どうして……」


「死」の照明の中、声を発する蜜柑。

 すると、先輩がゾンビのように崩れそうな体のまま動き出した。


 蜜柑「──先輩?先輩。先輩!先輩!!」


 美麗「蜜柑……ちゃん。わだ、わだし……」


 蜜柑「よかった、生きてるんですね!亡者になったからですかね、トラックに轢かれても生きてるんですね!」


 美麗「苦しい……苦、しい……」


 蜜柑「先輩、よかったですね!クソ野郎は死にました!本当に馬鹿ですよね!先輩と無理心中しようとしたのに、自分だけ死んでいきました!アハハハハハハハハハハ!!!」


 蜜柑、先輩の崩れそうな手を掴んでスキップをしながら動き出す。


 蜜柑「先輩、デートの続きです!電車に乗っていくんですよね、一緒にバンドするの、楽しみですよね!」


 美麗「蜜柑ちゃん……」


 蜜柑「今日は何を食べましょうか!今日こそピザを頼むのだっていいかもしれない。それとも外食して帰りますか!?」


 美麗「もう私、限界……」


 蜜柑「いつ実家に挨拶に行きましょう?いつ、結婚式をあげましょう?」


 美麗「蜜柑ちゃん、愛してあげられなくて……ごめんね」


 照明は「死」の演出を濃くする。

 蜜柑は、先輩の亡骸を抱えたまま途切れ途切れにこう口にする。


 蜜柑「愛、して、あげ、られ、なく、て、ごめ、んね。ごめ、んね。ごめ、んね。愛、して、あげ、られ、なく、て、ごめ、んね。先、輩。先、輩。ごめ、んね。ごめ、んね」


 蜜柑がゆっくりと前を向く。聴こえる、電車のアナウンス。どうやら特急のようだ。


 蜜柑「先輩。僕もついていきます」


 緞帳が降り始める。

 電車の音が近くなる。近くなる。近く、近く、近く、近く!!!

 電車の人身事故のアナウンスの音が響く。

 終わらない。されど舞台は終わらない。


 15場

 緞帳が下がりきっても鳴り響く音。

 数秒の間の後、緞帳が上がる。


 蜜柑「──死にました。僕も、先輩も、クソ野郎も。先輩は、クソ野郎に命を奪われました。僕はどうしようもなく馬鹿で、先輩を殺した唯一の人間にはなれなかったんです。先輩は、もう2度と生き返ることはできません。クソ野郎は、『グリーンダイ』を先に注射していたため、生き返ることはなかった。線路に飛び込んで自殺をした僕だけが生き返った。一度死んで落ち着いた僕は、こうして遺書を書いた。これを見ている皆に、僕の苦悩はわからないだろう。だけど、それでいい。僕は、後追い自殺を繰り返す。待っていてください、先輩。天国だろうと地獄だろうと、魔界だろうと僕は付いて行きます。だから、僕を愛してください。愛してあげられなくてごめんねだなんて言わないでください。愛しています、先輩」


 上からゆっくりと首吊り縄が降りてくる。

 吊り縄を見せてから、緞帳が下がる。

 下がりきるまで彼女は動かない。最後の、照明は「死」の演出。

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