☆第二話・生徒会vs声劇同好会
・天乃川高校生徒会
天乃川高校二階に位置する、生徒会室。ここでは各学年の出席率やイベント、テストの成績ランキングを作ったりなど、言わば天乃川高校の政治を司る機関といえる。
メンバーは各学年から二名ずつ所属しており、そこで自分の学年の風紀などを管理している。生徒会の力は絶大であり、教員も最低限のことしか接触しない決まりとしており、実質この学校を取り仕切っている組織とも言える。
その日の昼休み、会長と副会長を除いた生徒会のメンバーが臨時で集まっていた。資料や文房具が置かれた会議机には、三人の女子生徒が顔を合わせている。
「うたの、報告を頼む」
青いショートへアの女子生徒が、レモン色のロングヘアの女子生徒に言った。声をかけられた女子生徒はひと呼吸おくと、頭の中でまとめていたセリフを口にした。
「この前の放課後、三階空き教室Cにて、声劇同好会の活動を確認しました」
報告したのは、天乃川高校生徒会幹部の二年生、長谷川うたの。黄色い瞳にレモン色の二の腕まで伸びたロングヘアの女子生徒で、生徒会では幹部の他、資料を整頓したり添削を行う仕事も持っている。
「声劇同好会…?前回も二階で活動していたところを注意したというのに…。まだ活動していたのか…」
眉を顰めて厳しい口調で言ったのは、うたのと同じ二年生幹部の綾辻忍。青いショートへア、そして黄色のカチューシャをした女子生徒で、深い青色の瞳は広大な大海原を彷彿とさせる。幹部の他、学校全体の校則違反者を取り締まる警察のような役割も受け持っている。
「声劇同好会による教室の無断使用報告は今月で五件。未確認も含めればそれ以上になるかと思われるわ」
「風紀を乱す不届き者はどんな人間でも許さない。一つを見逃すと、そこを引き金に全ての風紀が乱れる。今度という今度こそ、解体してやる!」
忍は目をカッと見開き、瞳の奥に眠る鋭い意志を表に向けた。正義感の強い忍は、曲がったことや間違っていることには決して容赦はしない性格。もしかしたら、青い瞳は大海原ではなく、冷徹に温度を秘めて燃え続ける青い炎なのかもしれない。
「そうですね。さすがにもう、看過できません」
「あぁ。ダンス部の二の舞など絶対に御免だ」
忍の言葉に、うたのも頷きながら答えた。忍もうたのも、この出来事をやや重めに捉えているようである。
「あ、あの………」
しばらくの間が空いた時、隅の席に座っていた赤い三つ編みおさげに丸眼鏡をかけた女子生徒が口を開きつつ、小さく挙手をしていた。その表情は暗く、赤い瞳の奥にも光はない。
「ん?どうかしましたか?安芸先輩?」
「あぅ…、今日廊下で、声劇の緑川と永瀬の二人を見つけまして…」
「ほう?」
「次の活動場所は、三階空き教室Bだと…、聞いたわ…」
二人に情報を共有したのは、安芸楓。この場では唯一の三年生であり、ポジションは書記を担当している。陰気で自信のない性格ゆえに、組織内では存在が薄めとなっている。
「あら。それは初耳」
「ただ…、向こうも聞いてたら…、もしかしたら変えるかもしれないですが…」
この中では先輩の立場であるはずの楓は、なぜか時々後輩に対しても敬語になる。
「なるほどですね。ありがとうございます。情報共有は大切ですから」
「では今日の放課後、見つけ次第やつらの部室に向かい、最終勧告を行う。もしその際に適切に応じなかった場合には強制解体とし、集まることは校則違反とする!!!」
・藤原鼎センパイ
「よーし!今日も張り切っていきましょ〜☆」
放課後。声劇同好会の活動が始まった。今回の活動場所は、三階空き教室B。前回はCだったが、今回はその場所が別の部活動に使われていたために、移動しているということだ。
「今日もフリーの台本で声出しってことでいい?」
「おぅよ!」
「そうだな」
「よっしゃ!頑張りますか!」
舞衣子と汐恩の挨拶により、各々発声練習などを始める。梨音は事前にプリントしたフリー台本をカバンから出し、マーカーをした箇所などを確認し、汐恩は舞衣子とともに目標などを黒板に書き出している。
「あ、そういえば昨日言っていたことだが、今日鼎が来るそうだぞ」
御多花がスマホを見ながら仲間たちに伝えた。
「おっ!鼎先輩久しぶりじゃない?」
「そうだね〜。三ヶ月ぶり?☆」
「三ヶ月弱来てなかったなぁ。マジで久々じゃねぇか」
「連絡によれば「寄り道してからひょっこり顔出す」だそうだ」
「ひょっこり…、ね」
「まぁ、来るってことだよね!把握把握!☆」
鼎が来るという報告を済ませると、御多花もプリントした台本を手にし、発声練習を始めた。
場面は変わって、天乃川高校の廊下。玲司は変えるために下駄箱へ向かって歩いているところだった。
玲司はこの時、頭の片隅で昨日の声劇同好会について考えていた。説明を聞いていた当時は、魅力的に感じつつも、自分が入るにはまだイメージが足りないと感じていた。しかし、時間が経つにつれ、梨音や御多花、汐恩や舞衣子の浮かべていたあの楽しそうな表情や笑い声が、どうしても頭から消えることがなかった。
(声劇なんて、俺は何にも分からない)
(正直にいえば、大して興味はない)
(でも、なんでだろうな…)
(ずっと梨音たちの姿が忘れられない)
(なんでだ…?何が俺をそうさせるんだ?)
(俺も…、あの場に居たいのか?俺もあんな風に過ごしたいのか?どうなんだ……?)
分からない……。
答えが、出ない。
しばらく歩いて、玲司は渡り廊下へとやって来た。ここには珍しいことに、まだ動いている自動販売機がひとつ、設置されている。お昼などに購買で買ったついでに、ここで飲み物を買うこともできるという仕組みだ。
そんな自販機に差し掛かった時に、玲司は不審なものを見て、その足を止めた。
「んんんっ!んーーーーーっ!!!!」
「えぇ……?何、アレ……?」
いや。物じゃない。
「ふぬぬぬぬぬぬぬぅ!!!」
人だ。不審な人。いわゆる、不審者だ。
不審な人は恐らくこの学校の生徒であり、ツンツンと跳ねた金髪を乗せ、制服をやや着崩し、顔は彫りが深く肌も程よく焼けている美青年だった。いや美青年らしからぬ行動だなオイ。
自動販売機の真下に土下座をするように覗き込んでは、手を伸ばしたり小枝を使って探ったりと、本当に傍から見たら不審極まりないヤバいやつなのは火を見るよりも明らかだ。
「と〜れ〜な〜いいいいいいい!!!!」
「何やってんだこの人……」
玲司は余計なことに巻き込まれぬよう、足音なしに立ち去ろうと背を向けた。
「はっ!そこの君ぃ!」
しかし、そうは問屋が卸さなかった。
「え……?俺ですか?」
「そうだ!緊急事態だ!SOSってやつじゃ!」
真剣なのかふざけているのか、この時点では判断に困った玲司は、不審に思いながら彼の声に反応した。
「な、なんですか……?」
「聞いて驚くな……。自販機の下に百円落っことした!!」
「えぇ……」
玲司は素直に応じた自分をアホらしく思った。
「一刻を争う!もちろんタダでとは言わない!百円くんの救出を依頼したい!僕が遅刻する前に!!」
何に遅刻するのかは不明だが、なんか、助けてあげないと面倒臭いことが起こりそう。玲司は誰に教わることなく、そんな予感を察する能力を使っていた。
「まぁ、そんな……。普通に取ってあげますよ」
「ありがとぅーーす!」
喜ぶ金髪の男を横目に、玲司は近くにあった木の棒などを器用に使い、自販機の下のグレーチングに落ちた百円玉をつまみ取った。
「はい。これですよね?」
「うわぁマジか!マジ感謝永遠!サンクス!」
男はその姿に似合わない子供のようなリアクションで喜んでお礼を言った。
「よかったっす。ではこれで」
役割を果たした玲司はぺこりと軽く会釈をすると、そのまま背を向けて立ち去ろうとした。
「ああああ!待って待って!」
ところが立ち去ろうとした金髪の男が、玲司を引き留めた。
「なんすか?」
「お、れ、い。何が飲みたい?」
玲司が振り返ると、男は口角を上げてそう言った。
「お茶でいいなんて。安上がりだねぇ」
「まぁそうっすね」
玲司はお礼に奢ってもらった緑茶に口をつけながら男と校舎内を歩いていた。部活をする生徒たちの音が響いている廊下を歩きながら、玲司はまたもや不思議な気持ちになっていた。
「君、名前は?」
金髪の男は名前を訊ねた。
「え?常盤玲司です」
「おっ?てことは、君が御多花の言ってた新入部員の子か!」
「いやまだ入ったわけじゃ……。ってか、なんで御多花の名前を?」
玲司は男が御多花の名前を知っていることに首を傾げた。御多花はあまり人とは連まないタイプ。それもこんな身なりの派手な異性となれば尚更だ。それもあって、ますますこの男が何者なのかに疑問が募るばかりだった。
「僕は藤原鼎。御多花とは……、まぁ、友達さ」
男は初めて、その名前を答えた。
「へぇ、友達なんですね」
「そうなのさっ!」
「藤原……?あ、紹介にあった二年生の方ですか?」
「そうだよぉ〜。声劇部・未完声の部員さっ」
「みかんせい?それって名前ですか?」
「そうそう。僕が名付けたんだ。「未完」に「声」って書いて「みかんせい」って読むんだ」
「へぇ〜。そんな名前があったんですね」
鼎は歩きながら玲司に「未完声」の由来について語りだした。
鼎によると、決して終わりのない、完成することのない未来、そして何度も変化していくという思いと、声によって繋がる絆であってほしいという思いがあるということだった。
「んでも最初は酷評だったんだよねぇ。もう少しマシにしませんか〜?とか言われちゃったりしてねぇ〜」
「酷評……。俺は結構好きですけどね」
「えぇホント!?」
「はい。俺は気に入りましたよ」
玲司の好意的な反応に、鼎はにっこりと嬉しそうな表情をした。
しばらく校内を歩きながら、二人はお互いのことを語り合っていた。
「なるほどぉ。君は帰宅部だったわけねぇ。それを梨音君と御多花に誘われて、見学しにきたってわけか」
「そういうことっすね」
「あの子たちも頑張ってるんだなぁ。えらいことだ〜!」
鼎は陰で頑張っている後輩の頑張りを感じ、うんうんと頷いていた。
「そういえば、先輩って部内では何の仕事をしてるんですか?」
玲司は鼎に部内でのポジションを訊ねた。
「僕かい?僕は主にSNSの運営、更新だね」
「あ、公式アカウントありましたね!」
「そうそう!あれ僕が動かしてるんだ〜!」
「あれフォロワー六人しかいませんけど……、もひかして、部員だけ…?」
「……部活ってね、大変なんだよ?」
「あぁ……、はい……」
・ぶつかる怒号
鼎と玲司は階段を登っていた。鼎のスマホのスケジュール表には「部室 空き教室B」と記載されていた。
「部室って決まってないんすね」
「まぁ非公式だからねぇ。見つかっては引っ越しを繰り返してるのさっ」
「それ……、大丈夫なんですかね?」
「まぁそれはそれで面白いよ!僕が来た時なんか理科室でやってたんだよ!声劇部なのに。面白いでしょ〜」
鼎によると、声劇同好会ではまだ公式の部室が与えられていないために、様々な教室を転々としているのだという。そのために、理科室や体育館などおかしなところで活動することもしばしばあったらしい。
「そういえば、先輩はどうしてそこに入ったんですか?それまでは部活入ってたんですか?」
「僕が入った理由〜?」
「はい。梨音が突然入部してきた、って言ってたので、何かあったのかなって」
玲司の質問を聞いた時、鼎はそれまでのにこやかな表情を一変させて視線を下げ、それから腕を組みながら天井を見上げた。
「あれは僕と御多花が演劇部にいたころで……、」
「しつこいなぁ!!いい加減に出ていけよ!!」
鼎が言いかけた時、上の階から空気を切り裂くような怒号が轟いた。二人はその声の主をすぐに、声劇同好会会員の宮本梨音だと理解した。
「この声……、梨音!?」
「ぬっ!?」
「あいつが怒鳴るって、何があったんだ……!?」
「行こう!玲司君!」
「ええぇ!?あ、はい!」
二人はすぐさま声のする方へ駆け出した。
空き教室Bでは、梨音たち声劇同好会と生徒会の面々が対峙していた。梨音と御多花が忍とうたのと睨み合い、舞衣子、楓が後ろから様子を伺っている構図だった。
「俺たちは何も悪いことしてないだろ!」
「そうだそうだ!☆」
梨音と汐恩が声を上げて抵抗する。
「黙れ!承認もないまま勝手に部屋を使って部活をするお前たちを見過ごしはしない!」
しかし忍の怒声は凄まじく、その声に二人は怖気付いてしまう。
「勝手に部屋を使ったことは謝ります……!でも……、だからって!強制廃部は嫌ですよ……!」
舞衣子が震えつつ、生徒会の三人を説得する。
「何を今更……。これまで散々注意してきたのに、その注意を無視して聞き流してきたのはどっちだと言うつもりだ?」
忍は鋭く光る眼光を突き刺した。その鋭さに、舞衣子は怖気付いてしまう。
「言い訳を聞くのも苦しい。いい加減に退去するんだ。声劇同好会」
「くっそぉ……!この悪魔がぁ!」
梨音が悔しさを込めて言葉を飛ばす。
「何とでも言うがいい。それが生徒会というものだ。嫌われようとどうだろうと、正義の名の下に動く。そういう組織だ」
忍が放つその言葉には、生徒会が掲げる「正義」に対して忠実でいるという確固たる意思が灯っていた。
「はぁ……。全く情けないぞ」
そんな姿勢の生徒会陣に対して、溜め息と共に苦言を呈したのは、御多花だった。
「あ?」
その言葉を聞いて、忍の怒りの矛先は御多花へと変わる。猛禽類のような鋭い視線で、御多花をギロリと睨みつけている。
「そんな脅迫めいた言い方では、この先の生徒会も思いやられる」
御多花は呆れたというような口調で言った。その口調に、忍はさらに顔を歪めて怒りを露わにしていた。
「し、忍……!」
うたのは忍を落ち着かせようとしたが、その声は届かない。
「その発言……、生徒会長が言ってはいいことではないだろ。それから先輩にも」
「後輩を脅すような人間を先輩に持った覚えはない」
「口の利き方に気をつけろ!!」
「そっちこそ。生徒会長を敵に回していることを理解した方がいい」
御多花と忍の間で火花が強く散る。両者には一歩も引き下がらないという強い意思があった。
「……はぁ。旧華族というのも、聞いて呆れる」
「……何?」
忍が口にした言葉に、御多花の表情は一変した。忍は構いなしに続けた。
「お前、旧華族・縁川家の人間なんだろ?礼儀作法なら何やらを教わらなかったのか?え?」
忍は御多花を蔑むように言った。御多花は忍の言葉に歯を食いしばり、湧き出す苛立ちを必死に抑えていた。
「それ以上喋るな……」
御多花は拳を強く握り締めて言った。
「先輩に敬語も使えん後輩には、これくらい意地悪い方がちょうどいい」
「や、やめてください……!酷いですよ!」
舞衣子が我慢できずに口を開いた。
「旧華族、縁川家の緑川御多花。「華族」の名も地に落ちたな」
忍は意地悪く口角を上げて御多花に言い投げた。
「黙れ!!!」
御多花はとうとう我慢できず、腹の底から怒り叫んだ。その声は誰の声よりも響き、辺りを静まり返させるのに充分な力を持っていた。
「……家の、話を、するな」
息を切らした御多花の両目には、薄らと涙が出かけていた。
「ちょいちょいちょいちょぉーーーい!!」
張り詰めた空気の中に勢いよく飛び込んできたのは、梨音の声を聞いて駆けつけた玲司と鼎だった。その光景に、鼎は目を見開いた。
「うわ〜!パワハラ上司だぁ〜。ドン引きぃ……」
「チッ……。鼎か……」
鼎の姿を見た忍は、隠すことなく舌打ちを響かせた。
「鼎先輩!?」
「先輩!☆」
「やぁみんな〜!何やら騒々しい状況だねっ」
状況に似合わず、鼎は元気な挨拶をする。
「何をしにきた。鼎」
「もちろん!部活をしにきたのさっ!今日も楽しく部活やろっかな〜って思ってたらこれでよ」
「藤原さん……」
「何をわけの分からないことを!今の状況が理解できないのか!?」
「理解はできない。でも、何となく分かるよ。僕たち声劇同好会の非公式活動を、風気が乱れるからとかそんな理由で妨害しに来たんだろ?」
「妨害だなんて人聞きの悪い……」
鼎の発言にうたのが眉を顰めた。
「いや妨害だろ!俺らは何も悪いことはしてねぇってのに!」
「そうだよ!決めつけなんて酷いよぉ!」
梨音も汐恩も続けて言い返す。
「あぁ……怖いよぉ……」
奥の方では楓が震えていた。
「決めつけだと?そっちこそ被害者面は勘弁してもらいたい。何度も警告したはずだぞ。申請の通っていない部活動が活動することは、風紀を乱す行為として立派な校則違反だと!」
忍は声を上げる梨音たちに声をぶつけた。
「そうなんや知らなかった」
鼎はきょとんとした顔でそう言った。
「あとから「知らなかった」なんて通用しません。それはここ、天乃川高校でも同じことですよ」
両者の主張は噛み合わず、平行線を辿るばかり。お互いなかなか譲れない状況が続き、時間だけが過ぎていった。
「あの……、少し、いいですか?」
玲司が意見を言おうと口を開いた。
「あ?誰だお前は?」
「ヒィッ!?い、一年二組のと、常盤玲司と申します、ですぅ!」
玲司は威圧的な眼光に萎縮してしまい、思わず敬語がおかしくなる。
「じ、自分は声劇同好会の方に見学に行こうと鼎先輩と一緒に向かっていたところ、今の状況に遭遇したという状況です!ただの見学なんです!」
玲司は流れるように自分の状況を説明した。
「なるほどな。理解した。私は天乃川高校生徒会幹部、二年の綾辻忍だ」
「同じく二年の、長谷川うたのです」
「ええっと……、と、得意料理はパスタ……あっ違った……!さ、三年の……、安芸楓……」
生徒会幹部はそれぞれ名乗った。
「なぁ、忍〜」
「何だ?」
「君たちはさっきから「風紀を乱す」って言うけどよぉ、僕たちがそんなことするように思う?何か前科があるなら分かるけどさぁ〜」
「何……?」
「僕たちがスケボー部とダンス部の二の舞みたいなことになると、本気で思ってるわけ〜?」
鼎はケラケラと笑いながら言った。その態度は忍からしたら完全に小馬鹿にしている態度そのものだったが、忍はその怒りを飲み込んだ。
「何かあったんですか?」
舞衣子が訊ねた。するとうたのが、静かに口を開いて語り出した。
「あなたたちが入学する前に存在した部活動ですが、スケートボード部は当時の部長の未成年飲酒が発覚して廃部。ダンス部も内部分裂によって消滅してしまいました」
「最初は真っ当に進んでいても、いずれは何らかの形で廃れていく。これは歴史がそう教えているんだ。だから同じようなことなど、断じて起こしてはならないんだ!」
忍の決意は変わらない。それは何度も彼女が訴える「風紀を守る」という信念からずっと燃え続けていた。もう彼女を、止められない。
「……とにかく声劇同好会。このままではあなたちちを承認することはできません」
うたのはキッパリと伝えた。
「どうしても、ダメなんですか?」
「どの部活動もクリアした項目だ。お前たちのみOKなどしては示しがつかない」
やはり部員問題を攻略出来ない以上、解決の兆しはなさそうだった。みんなが頭を悩ませる中で、鼎だけは少し違った。
「じゃあさ、もう一つしかなくない?」
「どうするんです……?先輩?☆」
みんなが鼎の方を向く中、鼎は玲司の方を向き、見つめていた。それに玲司も気がつき、鼎と目が合った。
「な、なんですか?」
頭にはてなが浮かぶ中、鼎は微笑んで玲司にある提案を持ちかけた。
「ねぇ玲司君、どうせ見学に来たんだし、もういっそのこと、入部宣言しちゃえば〜?」
それは梨音たちと同じもので、玲司を同好会に入部させる、というものだった。
「……え!?」
「君が入れば人数問題も解決!もうお咎めもないんじゃないの?」
「まぁ、そうなりますね」
「じゃああとは君次第だ!常盤玲司君っ!」
鼎はビシッと玲司に指を差す。その熱く向けられた視線に、玲司はどの反応が正解なのか分からず混乱していた。
「頼む!玲司!」
「お願いおねが〜い!☆」
「ど、どう?」
「こんなやり方では無理強いのようで気が引けるが……、私からも、お願いしたい」
舞衣子や汐恩、御多花も頭を下げて、玲司の入部を希望した。
「頼むよ玲司君!この通り!」
玲司は部員からの頼みに、まだ答えが出せずにいた。もっと言えば、この一日ずっと答えが出ずにいた。自分にはこの部活動にいる資格があるのか、自分が声劇同好会で何ができるのか、どんな立場でいればいいのか。
しかし悩んでいるうちに、彼は梨音が自分と友達になって来れた日のことを思い出した。そして帰宅部で退屈な日々を過ごしていた自分に、居場所をくれようとしていたこと。
それを思った時、玲司の中で決着がついた。
「正直、俺なんかが入ったところで何ができるのかなんて分からねぇ。でも、大事な仲間の居場所がなくなるのを黙って見てるなんて、もっと分からねぇ」
「玲司君……!☆」
「それに梨音、お前は最初に俺と仲良くなって来れた恩がある」
「玲司!お前ぇ!」
「……それで、どうするつもりだ?」
「やるよ。入るよ!声劇同好会!」
玲司ははっきりと、入部を宣言した。
「おおおお!☆」
「ありがとう!玲司君!」
「本当にいいのか?気を遣う必要はないぞ……?」
「ありがとう御多花。でも、大丈夫」
こうして玲司は、完全に声劇同好会の部員になることとなった。みんなは玲司の入部を心から喜び、彼を歓迎した。
「さぁて、生徒会の君たち?これでもう問題はないはずだぜ?」
鼎は生徒会幹部にそう言った。幹部たちは、何も言うことはなかった。
「あぁこれで結構だ。行くぞ」
「おい待て。鼎、そこの風紀風紀女に、一言言わせてもらえるか?」
「風紀風紀……、あっ」
「おっと?御多花?」
立ち去ろうとする幹部から忍を引き留めたのは、御多花だった。
「な、何だ.…?」
「さっきは随分と悪く言ってくれたな」
「そ、それは……」
「私に対してはいい。だが、彼らにはしっかりと謝ってもらおうか」
その言葉と共に、一気に視線が忍の元に集まった。忍は苦虫を噛み潰したような顔で、目を泳がせていた。
「わかったわかった。悪かったな……」
「い、いえいえ!解決したんですから!☆」
「しょうがねぇなぁ」
「まぁ、僕も許してやろっかな〜?」
「この度はご迷惑をおかけいたしました。では行きましょう。忍、楓先輩」
「お、おう……」
こうして幹部たちは、未完声の部室を後にし、長いような短いような闘いは幕を下ろした。
「よしっ!一件落着、だな!」
「そうだね!ようやく声劇同好会として、正式に活動できるね!」
みんなが喜びに声を上げる。思い思いの嬉しさを口にする中、舞衣子が声高らかに宣言した。
「みんな!今日から私たちは、正式な声劇同好会だよ!改めて、よろしくね!」
みんなの表情は、同じだった。
「それから玲司君」
「え、あ、うん」
玲司がみんなの方を向く。そして舞衣子は手を差し出し、にっこりと笑った。
「声劇部・未完声にようこそ!」
「あぁ!よろしくな!」
・副会長といちごパフェ
生徒会室へと戻った幹部たちは、それぞれ席についていた。忍は頬杖をついて溜め息を吐き、うたのは忍の横の席に座り、楓は二人の顔色を伺いながら忍にお茶を差し出していた。
「……楓先輩?」
「なっ!?な、なんですか…?」
「いや、私後輩ですよ?どうしてそんな…」
「い、いえ……。私一緒にいたのに何も出来なかった愚かな人なので…」
楓は暗い顔をして自虐的にそう言った。
「大丈夫ですよ。気にしないでください」
うたのが優しく楓に言った。
そうしていた時、生徒会室の扉が勢いよく開き、一人の生徒がやって来た。
現れたのは腰まで伸びた紫のモップのようなふわふわとした髪に片目が隠れたヘアスタイルの少女。そのオーラは、幹部の三人にはない強者のオーラとも言えるものがあった。
「はっ……!」
「あああああ………!」
「ふ、副会長!」
「全く。私の指示も待たずに動き出して、何を考えている?」
そう。彼女が天乃川高校生徒会副会長、綾小路里夢。
「い、いえ!これはですね……」
「綾辻忍」
慌てて説明しようとした忍だったが、その間もなく止められてしまった。
「過去の過ちを予防するのは大切だ。だが、それを正義の名のもとに振りかざして、新たな発展の芽を摘んでしまうのはどうだろうか?」
「うっ……、それは……」
「それから長谷川うたの。なぜ忍を止めなかった?お前はもっと状況を見て意見を言える人間だと思ていたが」
「す、すみません……」
「わ、私は何もしてないというか、出来なかったいうか……」
里夢は三人にそう告げると、静かに近くにあった椅子に腰を下ろした。
「しかし、会長は元気にしているだろうか……」
「御多花ですか?会議にもろくに参加しないし、先輩にはタメ口。家柄だけで会長になったくせに」
「それ本人の前で言うなよ?」
里夢が忍を静かに諫めた。
「……緑川御多花。あの花形役者がうちに来たのにも驚いたが、声劇とはな」
「それなりに人気の役者でしたね……。なんで辞めたんでしょうかね」
「本人なりに理由があるんだ。そっとしておけ」
里夢はそういって、斜陽が差し込む窓際を見つめていた。紅く夕陽がどこまでも、煌々と燃え続けていた。
次回・第三話「RP参上ッ!!!」
社会13点、国語28点、英語29点、理科20点。