☆第一話・声劇同好会
カクヨムからセルフ転載しました。キャラクター解説はカクヨムの近況ノートを読んでくれ。
・プロローグ
暖かい日差しが透き通る休み時間。授業時間から解き放たれた生徒たちがパッと散らばり、それぞれ思い思いに過ごしていた。その談笑や会話は教室を抜け、廊下や階段にも広がっている。
そんな廊下を、二人の生徒が同じ歩幅で歩いていく。
「集まらねぇなぁ。マジで」
ため息混じりに口を開くのは、濃い茶髪を頭に乗せた男子生徒。着崩した制服のポケットに両手を埋めている。
「そうだな。中々難しいな」
彼の言葉に返したのは、同じクラスの背の高い女子生徒。キリッとした顔立ちに抹茶色のロングヘア。紺色のスラックスを履いている。背筋の良い様はまるでモデルの歩き方。
「みんなラジオドラマとかよく聴くのに、実際自分たちでやりたいとは思わないもんなのかねぇ〜」
「自分たちでやりたいとはならないのだろうな……」
「どうする?次はどこ行く?」
「もうこれ以上は無理だろう。お前には当てはないのか?」
「んなこと言ってもなぁ〜……あ、でも」
歩きながら考えを回した時、ひとつ頭の中に人材が浮かんだ。
「でも?何だ?」
「んでもなぁ〜。これは俺の中では奥の手っていうか、最後の切り札というか……」
「何だそれは……」
曖昧な答えに顔が渋くなる女子生徒。しかし、それを拭うように男子生徒が付け加えて言った。
「いや、大丈夫。本当は最後に聞こうと思ってたけどさ、これが最後っぽいし、賭けに出てみるか!」
そう言うと、駆け足で自分のクラス、二組へと向かって行った。
「一体誰なんだ……?」
・梨音からの提案
教室ではわちゃわちゃと生徒たちが談笑に花を咲かせていた。もちろん全員がそうということもない。机で仮眠を取る人も、絵を描いたりする人もある。
その中の一人、常盤玲司もそうだった。小麦色の髪にパッチリとした二重瞼。机に向かって本を広げていた。
彼は特に誰かといることもなく、この毎日違う騒めきをBGMに読書をしていた。このざわざわとした環境の音を聴きながら、その日の本を楽しむことが、彼の密やかな楽しみだった。
そんな教室に、ガラガララ…と扉の開く音がひとつ鳴る。開けたのは、宮本梨音。
「おいおいす〜」
梨音は読書をする玲司の元に近寄り、こんな気さくな挨拶をする。
「お、梨音か」
玲司はいつものことかという表情で彼に返した。
「ま〜た読書してるんだな〜お前」
「そう。最近買ったやつ読んでる」
「お前って読書好きだよなぁ〜」
「まぁな〜」
「今は何読んでんの〜?」
「東野圭吾さんの本」
「んん!?」
本のことには疎い梨音は、聞いたことのない名前を聞き目がまんまると開く。玲司はその顔に、動じずきょとんとしている。
「え、誰?」
「本好きなら知らない人はいないくらいの人だぜ?うちの図書室にも何冊かあるよ」
「果たして俺ごときに理解できるだろうか……」
読書とは縁のない人生の梨音は、うーんと唸るだけだった。玲司はそれを気にすることなく、続きのページに目を通した。
「ってそうじゃねぇんだよ!なぁ玲司」
「なぁに?」
本題を思い出した梨音は、玲司に訊ねた。
「お前ってさ、部活何してんの?」
「俺?俺は何も入ってないよ」
「ほほぅ。つまり帰宅部か」
「まぁそう。特別やりたい部活もなかったし」
「な〜るへそ」
梨音は何か合点がいったような顔で手を合わせた。玲司はその顔を、「はて?」と見ている。
「てか、お前は何してんの?」
表情を変えないまま、玲司は尋ねた。
「俺?んまぁ色んな人に話しかけて回ってんのさ」
「何でさ?」
さらにハテナを浮かべる玲司。すると梨音は口角を上げながら口を開いた。
「実は今、とある部活の勧誘をしててさ」
「え?宗教の勧誘?」
「「あなた、今幸せですか?」って違うわぁ!部活の勧誘だよ部活の!」
梨音による一度ボケを挟んでからのキレのあるツッコミが披露される。
二人は入学した時に知り合った。いつも読書ばかりしている玲司を入学初期頃から気にしていた梨音が、玲司の読んでいた星新一を見てSF好きだと思い込んで積極的に話しかけるようになった。ちなみに玲司はSFにも読んだことはあるが、梨音ほど積極的ではない。
「へぇ〜。部活の勧誘。何部の勧誘なの?」
「声劇部ってんだ」
「……せいげきぶ?なんだそれ?」
玲司が聞きなれない部活名に首を傾げる。その反応を見た梨音は、得意げな顔で口を開いた。
「読んで字の如く。声の劇だよ」
「声の劇……。つまり、朗読劇みたいな?」
「んまぁ、そうかもな」
腕を組んだ梨音は、軽々とそう答えた。
その次の瞬間だった。細く肌白の拳が梨音の左肩に目掛けて飛んで来た。
「全然違うぞ、このたわけが」
「ぐへぇ!」
強烈な肩パンチを食らった梨音は、勢いに体勢を崩した。
「み、御多花……」
「梨音、お前は声劇を何だと思っているのだ」
緑色の厳格な眼光が梨音に向けられる。御多花と呼ばれた女子生徒は、両腕を組み、ジッと梨音を見つめていた。
「痛ぇ……。くそぉ!こんなのパワハラだぞ!」
「それはすまなかった。次からは通達の後にやってやる」
「いや通達あってもやるな!お前の肩パン結構痛えんだぞ……!」
「梨音が貧弱なんじゃないのか?」
「武道も習ってるお前には勝てねぇって……!」
「お前らって、いつの間に仲良くなったの….?」
梨音と御多花のやり取りを見た玲司は、言い合いながらもどこか仲良さそうな二人に困惑の表情を浮かべた。
「こいつが声劇部に入ってからかな。いてて……」
説明をした梨音が、殴られた左肩を右手で庇った。
「生徒会長の縁川御多花が、なんで声劇部に入ってんだ……?」
「それについては蓋をしておこう。ここで簡単に済ませるなら、興味、だろう」
「えぇ…。そんなものなの…?」
「理由なんて何だっていいだろう」
御多花は淡白に返答した。
「まぁ……、ハイ……」
「んまぁということで、声劇部、やってます!」
「いや最後雑だなぁ」
「仕方ねぇだろぉ?実際まだ完全に創設されたわけじゃねぇんだからさ」
「え?そうなのか?」
「あぁ。悲しいかなぁ……」
「かろうじて私がいることで大した話になっていないが、声劇部はまだ承認された組織ではない。いわゆる、同好会、というやつだな」
御多花が溜め息混じりに説明した。玲司たちの通う私立香永天乃川高校では、部活動を新規に作る際には「適切な内容」「担任の了承」「五人以上の部員」という三つの最低限の条件をクリアする必要があり、一つでも欠けている場合は部活動ではなく、同好会という扱いとなっている。つまり現時点では「声劇部」ではなく「声劇同好会」という状態だという。
「これらをクリアすれば、晴れて部活動として活動出来るってわけさ」
「それで色んな人に聞き回ってたわけだな」
「そういうことぉ」
「しかし、声劇に興味を持ってくれる同志は未だ集まらない。色んな教室で聞き回っているんだがなぁ……」
「声劇が好きって人は多いけど、自分たちでやりたいってほどではないってのがほとんどだったよなぁ」
「まぁそれはあるよな……」
梨音は腕を組んで言った。なかなか仲間が集まらないこの状況は、心細く、自分たちの行動への自信を落としていくものだった。
「……声劇は、私の心を変えてくれたというのに」
「……ん?」
御多花が見せた何かを含ませた表情を、玲司は見逃さなかった。
「いや、こちらの話だ」
「そっか」
「それでよぉ玲司、お前に一つ頼みがあるんだけどさ、まぁこの流れから察するとは思うんだけどさぁ……」
梨音は玲司の机に手をつき、目を輝かせて玲司にある提案を持ちかけた。
「俺たち声劇同好会に参加してくれないか!」
梨音の口から出た言葉は、やはり勧誘の言葉だった。玲司は開いていた本に栞を挟んで机の中にしまい、その上で「あぁ……」と唸りながら答えに迷っている様子だった。
「頼むよぉ!いるだけでいいんだ!いるだけで!」
梨音の懇願は、まさに部員を渇望している気持ちが充分に乗せられていた。瞳が輝き、眼差しには友人への期待も込められている。
玲司はその反応に、やや引いているよう。
「それなら客でもよくね?」
「こっちにも時間があってな。それに色々回った結果、お前しか宛てがない。だろ?梨音」
「あぁな。お前が頼みの綱ってやつなんだ!」
「んなこと言われてもぉ……」
玲司は二人からの懇願に、どう反応するべきか分からず、頭の中がぐるぐるとしていた。
「頼むよ!常盤玲司!」
「うわぁ!?」
梨音が玲司の両手を握ると、懇願しながら力強く握手をした。玲司はその反応に驚く。
「取り敢えず見るだけ!今日見にくるだけでいいからさ!」
「え、えええ、えぇ〜!?」
「取り敢えず見学するだけで構わない。来てくれたら嬉しい」
御多花も手を合わせ、玲司にお願いした。
「ど、どうするかなぁ……」
「無理強いする気はない。だが、もし来てくれたら、我々にとって大きな希望となるんだ」
「玲司!俺たちに、協力してくれ」
梨音がそう頼んだ時、校舎にチャイムが鳴り響き、休み時間に終わりと授業の始まりを告げた。三人はそれに気がつき、各々準備をした。
「私は移動教室だからな。ここで失礼する」
「そっか。御多花は理系コースだもんな。いってらっしゃ〜い」
玲司たちのクラスは文系と理系で授業が分かれており、同じ数学でも玲司たちは「数学A」を、御多花は「数学B」をと分かれている。
「玲司、私たちの活動場所、三階空き教室Cだ。放課後空いていたら来てくれ」
「お、おう……」
「大丈夫だよ御多花。俺が連れてくからさ!」
「はぁ!?」
「無理強いはするなよ」
「大丈夫!今んとこ否定はしてないし!」
「でも肯定もしてないからな!?」
「では、また後で」
そう言って御多花は教科書などを持って、教室を後にした。玲司たちは御多花の背中を見送りつつ、自分たちも準備を始めた。
「俺らも授業だな」
「あ、そうだな」
「じゃあ俺も席戻るな!また後でっ!」
彼らしい白い歯を覗かせた明るい笑顔を残して、梨音は自分の席へと戻っていった。
再び一人になった玲司は、それまでの出来事を思い出しながら、息をついていた。
「声劇同好会……。一体、どうなっちまうんだ……?」
・三階空き教室C
斜陽が煌々と燃える放課後。
授業を終えた玲司は、個人で残していた仕事を片付けたのち、梨音と御多花に言われていた場所まで歩いていた。外からは野球部が響かせる乾いたヒットの音や歓声、校舎内からは吹奏楽部員の奏でる楽器の音が木霊していた。
そんな様々な音に耳を傾けながら、玲司は校舎の中を歩いて声劇同好会の場所を探していた。
「空き教室C……、空き教室C……」
歩き続けて数十分経った時、どこからともなく教室から、明るくよく通る声が玲司の鼓膜に届いた。
あめんぼあかいなあいうえお!☆
「あ、あめんぼのやつだ」
声のする方向へと、玲司は歩を進める。声が近づくにつれて、その声はどんどん大きく、張りのあって生き生きとした声と分かった。
うきもにこえびもおよいでる!☆
どんどん近づく声。それを追いかけているうちに、いつの間にか玲司は目的地の空き教室Cへと辿り着いていた。
「この辺から聞こえるから……、ここ?」
それはまるで、その声に導かれるように。
辿り着いた教室の扉には、小さな張り紙が貼られていた。
声劇同好会。
玲司はひとつ息を吐くと、勇気を出して教室の扉に手をかけ、ゆっくりと開けた。
「失礼しま〜……す?」
「あめんぼあかいなあいうえお!!!!☆」
「うわあぁ!!??」
扉を開けた瞬間、大きな声が鼓膜を揺らし、玲司の緊張ごと勢いよく吹き飛ばした。
扉の奥には、ミント色のツインテールの女子生徒が、黒板の前で大きく口を開け、腹式呼吸による張りのある発声練習をしていた。
「うきもにこえびもおよいでる!!!☆」
「声でっか!!あのぉ……!!」
「かきのきくりのきかきくけこ!!!!きつつきこつこつかれけやき!!!!☆」
「あ、あのぉ…!声デカくないっすか!?」
玲司が声を上げるも、女子生徒の前には全く意味をなさない。小さな少女から出るような声量とは思えず、玲司はある意味畏怖の念さえも感じ始めていた。
それでも、女子生徒の発声は続いていた。
「ささげにすをかけさしすせそ!!!!☆」
「あのぉ!!!!!」
「そのうおあさせで……、えぇ?」
玲司も負けじと大声を上げた末に、ようやく女子生徒も玲司の存在に気が付き、声量を落とした。声量の迫力もあったためか、静寂が強く感じていた。
「凄い……、大きな声……、ですね……」
「あっ!ごめん!気付かなかったよぉ〜☆」
女子生徒は玲司の元に駆け寄り、反応できなかったことを謝った。長めのツインテールが、歩くたびにふわふわと靡いている。
「えっと…。あ、俺……、」
「あなたはどこのだ~れだっ☆」
「え?」
「あなたはどこのだ~れですかっ!☆」
玲司との距離を徐々に近くしながら、女子生徒は玲司が何者なのかを訊ねていた。訊ねていた…?それにしてはやや距離が近いような。
「えっと……、俺は常盤玲司。ここの部員って言ってた宮本梨音に紹介を受けて来たのですが…」
玲司は彼女の勢いに押されかけながらも、自分の目的を告げた。
「おぉ!てことは、梨音君のお友達だね!アイツもたまには仕事するんだねぇ~!」
「し、仕事……?」
「あ!申し遅れたね☆私は一年三組の永瀬汐恩!よろしくね!」
汐恩と名乗った女子生徒は、玲司にそう挨拶をした。
「よろしく、です……」
「こちらこそぉ~!ここで出会ったのも何かの縁!よろよろしくしく~☆」
言動の節々に賑やかというか、天真爛漫な様子を見受けられる。汐恩は眩しい笑顔を見せると、玲司と握手を交わした。
「男声声優増えた~☆嬉しい嬉しいだよぉ~☆」
汐恩は玲司がここに来たのを入部しに来たと思っているのか、すでに彼のことを喜んで歓迎していた。
「いや……、俺はまだ入ったわけじゃ……」
「メンバー紹介しなきゃね!今日は一人欠席なんだけど」
「はぁ、あぁ……」
有無を言わせんその笑顔に、玲司は終始振り回されるばかり。悪気が微塵もないことは感じ取れたが、汐恩のような人間とあまり関わったことがないからか、玲司はおどおどするばかり。
「すーーーっ。おーーい!あの子来たよ〜!☆」
汐恩は再び腹式呼吸を用いて、部室中に声を響かせた。本当にその華奢な見た目からはイメージがつかない声量。玲司はふらつく身体をなんとか支えていた。
だがしかし、部員からの反応はなく、返ってきたのは静寂だけだった。
「人、来なくないですか……?」
「あれぇ……?さっきまでいたのに…。寝てる間にどっか行ったのかな?☆」
「ね、寝てた!?」
「うん!モチベーション高めるために、発声前に昼寝してたんだっ!☆」
「部活中、ですよね?」
「大丈夫大丈夫☆バレなきゃ犯罪じゃないよっ」
「それ言っちゃダメなやつ!」
どこまでいっても掴みどころのない汐恩に、玲司はとうとうツッコミに回ってしまう。出会ってまだ数分なために何とも言えないが、玲司にとっては充分すぎるほどクセが強い人物だった。
そうしていた時、突如部室の奥の扉が開き、誰かが二人の前にやって来た。
「新入りが来たって〜!?」
現れたのは肉桂色の短いポニーテールに赤い瞳を持った女子生徒。手には小さな紙の束を携えて、玲司たちを見るなり目を輝かせ、まるで子犬のように真っ直ぐ駆け寄って来た。
「そうだよ〜舞衣子ちゃん!☆しかも…、男性声優だよ!☆」
「おぉ〜!それは貴重なタンパク源だ!」
「言い方……」
汐恩と舞衣子の仲睦まじい態度。このことから、二人はかなり親密な仲であることが想像できた。
「初めまして!一年三組、部長の雛形舞衣子ですっ!よろしくね!」
にっこりと微笑みかけた舞衣子。その表情は、汐恩とはまた違った明るさと無邪気さ、また、丁寧さを持ち合わせており、セリフはどうあれ初対面の玲司も少し好感度が高かった。
「えっと、常盤玲司です」
「玲司君ね!これまで男性役は梨音君と御多花ちゃんの二人だけだったから、ここでの追加はとってもありがたいよぉ〜!」
「えっと……、だから……」
「あっでもさぁ、脚本担当はどーする?☆」
「あ〜、それもそうだよね〜」
「これまではフリー台本を使ってたけど、そろそろメンバーで作ってみる?」
「これまでは御多花ちゃんが書いてたけど……」
「ねぇ、玲司君、台本書ける?」
既に入部してる前提で進む会話。その上に飛んできた脚本の依頼。玲司はもう、ツッコむのにも疲れ始めていた。この二人の活力というかエネルギッシュなそのオーラには、まだ玲司は追いつけていないようだった。
玲司もあやふやしていた時、部室の扉が開き、誰かが入って来た。
「落ち着け落ち着け」
「久しぶりのお客ではあるけどなぁ〜」
「御多花ちゃん!梨音君!おかえり〜☆」
「あ、おかえりなさ〜い!」
入って来たのは、梨音と御多花。手には飲み物を持っていることから、この二人は校舎外にある自販機にいたのだろう。
「今の状況はどうなっているんだ?」
御多花が汐恩と舞衣子に状況を訊ねた。
「今は汐恩ちゃんが発声終わって、私はこの前ミスった箇所の録音を終わらせたよ〜」
「あめんぼあかいなうそつくな!☆」
「まーた増えたよそれ……」
「声劇同好会って、いつもこんな感じなの…?」
「こいつらに関しては放っておいて問題ない。気にするな」
「面白い子だよね〜。玲司君!」
「汐恩と梨音の方が面白いと思うぞ?」
「そうかな〜?☆そうかも!☆」
玲司は息を吐きつつ、梨音たち声劇同好会を見つめていた。不思議な仲間たちだと感じつつも、その空間はいい意味で緊張感はなく、どこか穏やかな空気を持っていた。そうしているうちに、玲司に張り詰めていた緊張の糸も少しずつ緩みはじめていた。
「それで、なんだっけ?何の話だっけ?☆」
「お客を連れて来たという話をしたかったんだ」
「ほら、右手にご覧になられますは、常盤玲司君でございます〜」
梨音がまるでバスガイドのような仕草で玲司を紹介した。玲司は、小さく会釈をした。
「あれ?お客?」
「え?お客」
「あれ……?部員になってくれるん、だよね……?」
「おっと?☆」
梨音の発言に違和感を持った舞衣子と汐恩の頭に「?」が浮かぶ。部員になるとばかり思っていたために、目が点になっていた。
その様子に御多花は、静かに小さな溜め息をついた。
「玲司、言わなかったのか?」
「え?」
「汐恩、舞衣子、彼は見学であって、正式な入部はまだしないんだ」
御多花が代わりに二人に説明した。それを聞いた舞衣子と汐恩は、お互いに目を見合わせ、ポカンとしていた。どこか部室内に、気まずい空気が漂った。
「あぁっ!☆」
「あぁっ!」
「言ってなかったのか……」
「いやぁ。この二人の勢いに圧倒されてさ……」
「まぁ、気持ちは分かるが」
「な〜んだぁ。せっかく増えると思ったのになぁ〜。YouはShockだよぉ……☆」
「北斗だなぁ」
「でもまぁ、見学だけでも嬉しいじゃん。ここ数ヶ月は人っ子一人来なかったんだから」
「悲しいなぁ…」
声劇同好会はまだ正式設立されていない非公式であるために、まだ普通の部活動に比べて広報力も知名度も低かった。それゆえに、見学に来る人なんてほとんどなく、終いには誰も来なくなってしまっていた。そんな中でやって来た玲司。そりゃあ舞衣子たちも嬉しいわけだ。
「まぁ取り敢えず、見学ってことだから、俺らがどんなことやってんのか教えてやろうぜ!」
梨音が舞衣子たちにそう呼びかけた。
「そうだね!☆」
「珍しく名案じゃないか」
「一言多いなぁ御多花は……」
「よし!玲司君!これから私たちが、声劇同好会がどんな組織なのかについて、教えてあげるね!まぁそこに座って、お茶でも飲みながらまったり聞いてね!」
舞衣子は近くの空いてる席に玲司を案内した。
「いやセリフが近所のおじさんなんだよ……」
・数ヶ月ぶりの説明会
玲司が席に座ると、さっそく舞衣子たちによる数ヶ月ぶりの説明会が始まった。汐恩が黒板に大きく「声劇同好会」と書いている。
「じゃあまずは私からね!」
まず最初は舞衣子の説明から始まった。
「私は大体女性役と、サブキャラクターの声を当てることが多いね!つまり、メインの声優!」
「部長でも声当てに参加するんだなぁ」
「もちろんだよ!ただでさえ人が少ないし、何より演じるの好きだもん!よく噛みがちだけどね……」
「今週だけでも四回は噛んでるもんな〜」
「んもぉ……。ごめんね……」
「気にするな。もう慣れっこだ」
「はいは〜い!次は私!☆」
汐恩が声高らかに挙手をした。
「はい!じゃあ汐恩ちゃんどうぞ!」
「私は子供の声と、SEを担当してるよ〜☆」
「SEってのは何だ?」
「サウンドエフェクトの頭文字だな。台本上での表記がSEだから、みんなそう呼んでいるんだ。演劇でも同じように呼ぶな」
「なるほどなぁ」
「あ、ちなみに私は脚本と青年の声をよくやるな。脚本は最近ご無沙汰だがな…」
「そして俺は、男性役だな。当たり前だけど。でもあんま声のレパートリーねぇからなぁ。それもあって新しい男性声優は、かなりありがたい存在なんだよな!」
「なるほど。そういうことかぁ」
舞衣子たちの丁寧な解説は、とても聞きやすかった。それもあって、玲司にあった緊張や得体の知れない不安は、いつの間にか他所へと消えていた。
「今のところは、この五人での活動となっている。だからお前が入れば、声劇部として堂々と活動できる、というわけだな」
「……ん?あれ?」
「ん?どうかしたの?」
玲司の浮かべた「?」を、舞衣子は見逃さなかった。
「さっき御多花は、五人って言ってたよな?」
「あぁ」
「それってさ、俺を含めての五人?」
玲司の浮かべた疑問、それは、人数だった。
「あぁ〜、玲司君を含めると六人だね。あと一人いるんだ。藤原さんって人がいるの」
「藤原さん……?」
まだ紹介されていなかったもう一人の部員。また新たな謎がひとつ生まれた。
「ウチの唯一の先輩である二年生、藤原鼎。主にSNSの更新や、文化祭の手配などを企画してくれるらしい。玲司に声をかける少し前に突然入部してきたんだよなぁ」
梨音は藤原鼎という人物についてそう解説した。梨音たちにとってもまだ情報が少ないらしく、語ることは多くなかった。
「面白い人だよ!☆」
「まぁ、結構クセが強い人だよね〜」
「にしても、急に先輩が入って来た時にゃ、びっくりしたよな〜」
「そうそう!学年聞くまで分かんなかったよね〜」
「最初の頃なんか、私がっつりタメ口だったよね〜☆」
「今でもあんま変わんねぇって……」
「あはは……。まぁまぁ」
藤原鼎。一体どんな人なのだろう。玲司は頭の中で、様々な人物のシルエットを浮かべては消していた。
「取り敢えず語れることはこれくらいだな。何か質問はあるか?」
簡単な説明会が終わり、御多花は玲司に質問があるか問いかけた。
玲司は何かしら質問しようとしたが、格別何かあるというわけじゃなかった。
「ま、今は分かんないことが何か分かんないって感じだよね~☆大丈夫大丈夫!」
「いいのかそれで……?」
「それで、玲司君はどうだっけ?入部するんだっけ?」
舞衣子は改めて、玲司の入部について訊ねた。玲司は「うーん」と腕を組みながら、答えに悩んでいるようすだった。
「入ってくれる~?今なら年会費無料なんだよぉ~?☆」
「元々ねぇだろ……」
梨音と汐恩の漫才のような賑やかな会話。そこにまとめ役の御多花と舞衣子が入っていることで、バランスがよく、居心地は良かった。恐らくこのアットホームな空気観が、この同好会の魅力であり、いい所なのだろう。
だが、玲司の答えは……。
「すごい魅力的で楽しそうだったけど、今回は、保留にさせてもらうよ」
玲司には、まだこの環境に身を投じる覚悟が出来ていなかった。
「あら~」
「まぁ、それも想定内だな」
「後悔するよぉ~?☆」
「脅しかけんなよ……」
玲司の答えに舞衣子たちは残念がった。
「……分かった。また興味を持ったら言ってくれ」
「ありがとな。御多花」
「来てくれたら、その時は歓迎するよ!」
「おぅ。……あ、そろそろ時間だわ。じゃあ。俺、この辺で」
玲司は部室の時計を見ると、この後に控えている用事を思い出して、腰を上げて荷物を持ち、部室をあとにしようとした。
「あ!ちょっと待って!」
帰ろうとした玲司を、梨音が思い出したような口調で引き留めた。
「ん?どうした?」
玲司が振り返ると、梨音の手にはA4サイズのカラーの紙があり、梨音はそれを玲司に手渡した。
「これ、ウチの部のチラシ!」
「おぉ。チラシも作ってたんだなぁ」
「きたる正式創設に備えて、作っておいてたんだ!☆」
「もしよかったら、これを使って宣伝してくれたら嬉しいな、なんて」
「あぁ……、分かった。ありがとう」
玲司はチラシを眺めていた。綺麗なイラストで描かれたポップなデザインは、かなり凝っていて期待が高まるものだった。
チラシを見ていた時、放課後のチャイムが鳴った。部活時間の終わりを知らせる、一日で鳴る最後のチャイムだ。
「俺らもそろそろ終わりの時間だな」
「そうだね!☆」
「じゃあ、俺はこの辺で」
「うん!今日はありがとう!玲司君!」
「また明日な」
「うん。それじゃあ!」
みんなに挨拶をして、玲司は声劇同好会の部室を後にした。
玲司は帰って行ったあと、残った梨音たちは玲司のいた余韻に浸っていた。そして、各々彼が部員になったらをイメージして、わくわくしていた。
「入ってくれねぇかな~玲司」
「ね!絶対楽しくなるよね!☆」
「うんうん!」
「賑やかになるのは確かだな」
「そーだよなぁ!楽しくなるぜ~!」
「……さ、私たちも片付けに入ろっか!」
「おう!」
「はーい☆」
舞衣子たちも挨拶をし、片付けを始めた。
・帰り道
舞衣子たちと別れた御多花は、一人で通学路を歩いていた。その横では車が通っていて、走行音が夕暮れと重なってノスタルジックな光景を演出していた。
御多花が歩いていた時、後ろから駆け寄って来る足音が聞こえた。その足音は御多花の一歩後ろで止まると、続いて軽やかに「やぁ」と声爽やかな青年の声が聞こえた。
振り返ると、そこにはツンツンと跳ねた金髪を乗せ、制服をやや着崩した青年がいた。顔は彫りが深く肌も程よく焼けていて、並んだ瞳は青空のように透き通っていた。つまり、とても美しい青年。美青年だった。
「鼎……」
「待たせては無いから、安心してね」
鼎はにこにこと微笑んで、御多花にそう言った。
「大丈夫だ。気にしないでくれ」
そう答えた御多花の声は、どこか嬉しそうだった。その声色を聞いた鼎も、嬉しそうな顔をする。
「……その声、何か面白いことでもあったのかな?
「……なぜわかった?」
「ハッハッハ!君の機嫌くらい、もう声で分かるよ」
「そんなことはいいから、私との約束を覚えていて欲しい……」
「あわわわ……、ご、ごめんよ…」
「まぁ、それはもう慣れた話だがな」
御多花は溜め息を吐くも、どこか楽しそうだった。
少し間を空けた後、鼎が御多花に話しかけた。
「それで、どうだい?ここ最近は」
「普通、とでも言おう。少なくともこれまでよりはずっといい」
「そうだな~。禿同」
「それ古くないか?」
「死語も使ってりゃぁ、死語じゃないよった」
「……ほんと、お前は変わらないな」
「そういう君は変わった。目に光がある」
「それはそうだろう。あのゴミ溜めから抜け出せたのだから」
「あの時は、楽しかったなぁ。スッとしたよなっ」
「私としては、酷い日々だったがな」
御多花と鼎が思い出す過去。それは、照明が眩しい舞台の上……。浴びせられる大声、走り書きのうるさい台本、鳴り響く拍手と歓声。その全ては、御多花と鼎にはもう過去だった。
「……でもこうして、逃げ出せたじゃないか」
「……まぁ、そうだな」
「ふふっ。僕はあの日、君を連れ出して良かったと思ってるよ。御多花はどう?」
「……そんなこと、答えるまでも、ないだろう?」
歩を進める二人。燃える夕焼けも、徐々にその色を落とし、赤から灰へ、灰から、黒へと。
「明日は僕も、行けたら行くわ」
「それ関西だと来ないやつじゃないのか?」
「なぁ~に?ちゃんと行くよ。そういうことで、よろしくっ」
「あぁ。伝えておく」
「んじゃ!またあすた~!」
元気にそう告げると、鼎は飛んでいくように真っ直ぐに走って行った。
御多花は、そんな自由な鼎の背中を眺めていた。ぽつんと立ち尽くしたまま、鼎との日々を思い出している。
─────大丈夫。君は、僕が絶対に護るから。だから御多花、君はもっと、自由になれ。
「全く……」
御多花が呟いた時、車が通り過ぎる。
「……気楽なやつだ」
御多花はそう微笑み、再び歩き出した。
次回・第二話「生徒会VS声劇同好会」
橋本環奈、鉄は熱いうちに打て、得意料理はパスタ。