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だ・る・ま・さ・ん・が・こ・ろ・ん・だ(SS・現代ファンタジー)

作者: 源公子

 小さい頃に家族みんなで、よそのお家の集まりに呼ばれたことがある。

 同い年くらいの子がいなくて、つまんないから家の中を勝手に探検してたら、廊下の一番奥の離れの部屋に、ガラス張りの日当たりのいい部屋があった。


「あ、ウサギだ!」


 その部屋の壁には、たくさんの草花とウサギ達が遊ぶ庭の絵が壁一面に描かれていた。クローバー、野いちご、タンポポ、ヨモギ。お正月に食べた、セリ、ナズナ、ハコベラ、ホトケノザ。おばあちゃん家の庭にあるバジルにミントにカモミール。

 よく見ると、ガラス張りの窓の外の庭とそっくりおんなじだ。違うのはウサギがいない事だけ。


「すご~い、生きてるみたい」


 触ったら、ふわふわであったかいに違いないと思った。

 触りたかった、なでてみたかった。でも本当に触って固くて冷たかったら、魔法が消えてこの素晴らしいうさぎ達がただの“壁に描かれた絵”になってしまうのが怖い。だから少し離れて見るだけにした。


「一つ、二つ、三つ……」

 半分草に隠れたうさぎ達を、声に出して数えて部屋中を歩く。

 こっちを横目でチラリと見ている子、背中を向けてる子、目だけ草むらから出して隠れてる子、夢中でたんぽぽを食べてる子……最後の目の周りが黒いブチの子はそっぽを向いてる。全部で10匹いた。

「すごいなあ。キレイだな、かわいいなあ。いいもん見ちゃった」

 思わず笑顔が出た。満足して外に出ようとドアを振り返ったら……


 ん?一つ目のうさぎのポーズが違う!さっきはチラ見だった顔の角度が完全にこっちを見てる。

 二つ目の背中向けてた子も、振り返ってこっち見てる。

 三つ目の草むらから目だけ出してた子は、完全に顔出してこっち見てる!

 慌てて振り返って10匹目を見たら、やっぱりこっちを見てる。さっきまでそっぽ向いてたのに!


 コレは……つまり、アレだ。


 僕は壁の絵に背を向け、顔を隠してこう言った。

「だ・る・ま・さ・ん・が・こ・ろ・だ」

 振り返ると、十匹のウサギがこっちに近づいて来る。

「だるまさんがころんだ!」

 振り向くとうさぎが十匹、僕をLOCK-ON。早い!


 それからは、僕の「だるまさんがころんだ」の掛け声と、追いかけるうさぎ、逃げる僕の、鬼ごっこになった。

 すごい、すごい、本物の魔法だ。この絵は生きてるんだ!


「坊や、誰だい?」


 ドアの所に仙人みたいな白いお髭のおじいさんが立っていた。

 突然声をかけられて、僕はびっくり直立不動! うさぎ達も元の位置に戻った。

 まずい、叱られる。


「あの僕、一色彼方いっしきかなたって言います。小学三年生です。あの、あの、騒いでごめんなさい」

 頭を学校の朝礼の倍くらい深く下げたあとで、「土下座の方が良かった」と思ったが後の祭りだった。


 でもおじいさんは怒らなかった。「村上兎角」と名乗ったおじいさんはこの絵を描いた人だった。

 明治の時代にウサギブームというのがあって、お巡りさんだったおじいさんのお父さんは、不法取引の果てに処分されようとしたうさぎ達を引き取り、育てていたのだそうだ。

 可愛がっていたのに関東大震災で東京は焼け野原になり、うさぎ達もみんな死んでしまった。そのうさぎたちを思い出して描いたのがこの絵なのだと言う。


 ヒイは日本ウサギ。白い毛で赤い目の学校で良く飼ってるやつ。

 フウミィはミニウサギの夫婦。要は雑種じゃが、可愛いじゃろ。

 ヨゥは杏色の毛の、垂れ下がった耳のホーランドロップ。

 イツはライオンラビット。首に鬣のような毛がついとる黒毛の子。

 ムウはフレミッシュ・ジャイアント。世界一でかいウサギ。焦茶の毛色。

 ナナはレッキス。手触りがビロードみたいな可愛い子だ。茶色の斑模様。

 ヤーは真っ白のカシミア。ふわふわの毛でセーターが作れるぞ。

 キュウはネザーランド・ドワーフイギリスのウサギ、小くて一番人気じゃ。

 トウは目の周りの黒い縁取りでパンダうさぎと呼ばれたな。


 名前の付け方が適当なのが気になったけど、10羽のうさぎは愛されてたんだ。

「ちなみに、うさぎは一匹、二匹じゃない。一羽二羽と数える。昔の人は、うさぎの耳が翼に見えたらしくてね。飛ぶように早く走るからかな」

 コレが僕と日本画家「村上兎角」の最初で最後の出会いになった。



「先生!ここにいらしてたんですか探しましたよ」

 ドヤドヤとたくさんの大人達がやってきて、僕は勝手に部屋に入ったのがバレて、散々叱られた。

 父さんの運転する帰りの車の中で、僕は考え続けた。名残惜しげにじっと僕を見ていた10羽のうさぎ達。そして尊敬する絵師「村上兎角」。


「あんな絵が描ける絵描きになりたい」

 僕の一生賭けた夢の生まれた瞬間だった。



 ◇


 それからは無我夢中で絵を描いた。

 目標とした師匠の「村上兎角」は、僕と会った次の年に110歳で亡くなり、あの家の主人も間もなく死んで家は取り壊されてしまった。


 もう師匠に教えを乞うことはできない。展覧会は欠かさず観て、画集を買い、模写を重ねひたすらその画風を習得した。美大で正式に日本画を習い出してからは、少なくとも「村上兎角」の動植物画のタッチは完全にマスターしたと思ってる。

 ただ不思議なのは、どの画集でも展覧会でも、あの絵について一言も触れていないのだ。写真一枚、紹介文の一つ、いつ描かれたのかもわかっていない。


 アレほどの傑作がなぜ?


 考えた末、僕の記憶の中にあるあの壁画を小さくしたものを、そっくりに模写し、僕の作品として学園祭で発表した。

 それを観た誰かがきっと「コレは村上兎角の贋作だ」とクレームをつけてくるだろうと期待したのだ。

 その時、一部だけ僕は書き足しをした。柳の木と、そこに座る村上兎角の姿を。

 偽の絵だけど、仲の良かったウサギ達と師匠を一緒に居させてやりたかったのだ。


 反応はすぐにあった。兎角の遠縁にあたる資産家が、僕を雇いたいと、大学に連絡をくれたのだ。

 訪れた邸宅は、僕の記憶の家とは全く別の家だった。あの絵を惜しんだ資産家が、離れごとここに移築して保護していたのだ。

 そしてあの絵はそこにあった!ボロボロになって。僕は絵の修復をするために呼ばれたのだ。十二年ぶりの再会だった。


 もちろん大学では古い絵画の修復の技法も習っている。僕は嬉々として毎日そこに通って修復を続けた。

 クローバーが、よもぎか、たんぽぽが。それを食べる白ウサギの“ヒイ”の白い毛並みや赤い目、“ヨゥ”の長い杏色の毛と垂れ下がった耳、“トウ”のパンダみたいな目の縁取りと「僕何も観てないよ」というそっぽを向いた顔が、鮮やかに甦ってくきた。

 ある日、描いておいたクローバーの花が葉っぱごと齧られているのに気づいた。

 こいつら、俺の描いた草を食べれるらしい。

 俺の修復が済んで、すっかり元気になって食欲旺盛な10羽のウサギ。俺の書くのが追いつかないくらい食べる食べる。泊まり込みで描き続ける羽目になった。

 食べれるなら絵の植物も生きてるんじゃないかと思いつき、日光に当てるようにしたらちゃんと光合成をして、すくすく育ってくれて助かった。ときどき、霧吹きで水分も補充している。


 まだ学生の身。毎日学校に通い、お屋敷の絵の部屋で寝泊まりしながら課題もこなす日々が続く。

 ある日頂き物の極上のイチゴをもらい、課題の題材に使わせてもらって描いていた。我ながらいい出来だ。うまそうなイチゴの匂いに、ウサギ供は涎を垂らしていたが、もちろん食えない。絵の完成のあとで見せびらかして食うとしよう。


「よっしゃ、完成。どうだ美味そうだろー。ホレホレ」


 そう言って、絵を見せようと、壁に近づけると、いきなり絵が壁に引っ張られて張り付き、驚いて僕が瞬きした隙に、10羽のウサギ達は僕の絵に群がった。

 慌てて絵を壁から剥がしたが、ウサギ達の口は真っ赤なイチゴのヨダレにまみれ、トウに至っては、僕の持っている絵の中に入って貪り食っている。


 あっという間に僕の最高傑作、高級大粒イチゴ「あまりん」は食べ尽くされ、トウは、イチゴの汁の飛び散った僕の持つ絵の中で、満足げにぽんぽんのお腹をさすっている。もう一度壁につけたら、ちゃんと戻れて良かった。


 でも独り占めして食べたので、残りの9羽に恨まれてリンチにあったみたい。後で見たらハゲができていた。食い物の恨みは恐ろしい。

 課題は締め切りに間に合わず、(イチゴの汁の飛び散った絵は最高にリアルだったが)教授に大目玉を喰らった。


 そしてコレに味を占めたウサギ供が、「もっとうまいものを描け」と僕に要求し出したのだ。モデルにするだけでいいので、お屋敷の奥様に頼んでデザートの「シャインマスカット」や「御坂の桃」をスケッチしたり、写真を撮ったりさせてもらう。

 奥様が山梨県のふるさと納税をやっててくれて本当に良かった。


 ただ贅沢を覚えて、あいつらブクブク太り出してしまい、「辞めさせろ」と旦那様にも大目玉を喰らってただいまダイエット中。

 旦那様も血圧と血糖値気にしてるんだ、ご主人には逆らえないよ。みんな長生きしような。


 そんなこんなで、僕のアルバイトライフは順調だった。

 このまま永久に下宿させてもらって、大学出たら画壇デビュー出来たらいいなと甘いことを考えていたある日の冬。カラカラ空気の中、隣が火事を出した。

 オリからの強風に煽られ、お屋敷にも、火の粉は飛んでくる。

 消化は間に合わず、お屋敷のみんなは、家財道具を持ち出し避難を始めた。


 あの子達を助けないと!僕は水を頭からかぶって、あの部屋に走った。燃え上がる壁の火を避けてウサギ達はみんな端っこに固まって団子になっていた。

 この子達は壁なのだ、持ち出せない。でも僕には対策がある。


「みんな、死にたくないならこの絵に入れ! コレは命令だ」

 それは、あの学園祭で発表した、僕が最初に描いた模写の絵だった。


 だが、ウサギ達は動かない。いや動けないのだ。

 しまった!僕が描いたこの絵は学校の授業で使っていた安物の岩絵具で描いたもの。ウサギ達を描いた岩絵具はお屋敷の支給品で、「上村兎角」が使っていた超高級画材。成分が違いすぎて入れないんだ。


 ウサギ達は僕の瞬きの中で、必死に逃げようともがく。ヒイのい白い毛が焦げ出した!もうダメだ!助けられない。


 その時信じられないことが起こった。僕の描いた上村兎角の絵が立ち上がり、ウサギ達に「こっちにおいで」と手を差し伸べたのだ。


 それを見たヒイが、壁から飛び出し僕の絵に飛び込むと、僕の描いたヒイと重なった。フウが、ミイが続く。トウが飛び込むと、壁が崩れ出した。僕は絵を丸めて、ビニールと濡れた服で包むとと、ガラス窓を割って、庭に逃げた。

 助かったのだ。


 ◇


「あーあ、明日からどうしよう」

 あの壁がなくなった以上、もう割りのいいアルバイトはお終い。

 もらったバイト代は貯金してある。しばらくはなんとかなるか。


 ビニールにから出した絵を広げ、「だるまさんがころんだ」と言ってみた。

 でも僕の安物の絵の具じゃ、ウサギ達はもう動けないようだ。


「住むとこ探さないと……その前にあの絵の具買って、急いでお前達描き直してやるからな。それまで餓死するなよ。それで金貯めて、家を建てて、あの壁作って、お前達をまた住まわせてやるからな。きっとだからな」


 絵の中の上村兎角が、笑って手を振っている。



                了





カクヨムコンの「お題10・羽・命令」の応募のため、朝から今まで一気に書きました。

公募ガイドで「お題」の練習しててよかったわ。

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