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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

胡蝶の悪夢は心と片隅に

作者: モノ平八

私の作品に興味を示して頂きありがとうございます。

自分が意識して書き上げたのは、心、です。

前提として、人が人である所以は、自らの気持ちや感情を言葉として伝えられることにあると思います。

皆さんが誰かと会話をする時、何を伝えるべきかをまず考えるはずです。

ですが、それは自分自身の価値観に基づくもので、他人にはどう受け取られるかは分かりません。

上手く噛み合わなかった場合、皆さんはそのままにしますか?

訂正しますか?

小さな言葉の歪みも、やがては大きな亀裂になる可能性を秘めています。

単なる言葉でも、人を殺める程の力もあります。

このように、言葉は人の心を大きく動かすのです。

人の心を動かすことの出来る言葉は、人類史に置ける最大の武器なのです。

たかが言葉1つで揺らいでゆく脆い心と、私たちはどのように接するべきなのか。

そのようなことを考えて、この作品を制作しました。

ぜひ登場人物たちの心情に、目を凝らして見ていただければ幸いです。

一縷の望みは砕かれた。

うずくまった体の節々からは黒い未練の塊が鈍い音をたてながら湧き出て、彼の体を包み込む。

と同時に、周りの景色が歪み始める。

事務室に酷似したこの部屋の机や引き出し、椅子、壁、何から何まであさっての方向に曲がりくねり、混ざっていく。

このような景色の変化は何度観ても慣れそうにない。

何もかもが歪んでできたその隙間からは、記憶の欠片がギョロギョロと覗き込んでくる。

それが旧友の人生を狂わせた、あの日の記憶であることは嫌にでも理解出来た。

もはやおぞましい単眼の悪魔へと成り果てた旧友に取れる手段はひとつしか無い。

思念体の核となっている彼の魂を破壊すること。

私自ら、手をかけるしかないのだ。

そんな私の辛苦など知る由もないだろう、悪魔は旧友の未練を触媒に今も力を増して大きくなる。

「『マモレナ…ィ…』」

生前の記憶か悪魔の叫びなのか、同じ言葉を繰り返している声が歪みの向こうから聞こえる。

その声は頭に轟々と響き、耳鳴りと共に頭痛を私に招く。

金槌で頭を叩かれているような、耐え難い頭痛だ。

鉛のように重いその頭を、手で支えるように押し上げる。

響き続ける彼の声は頭の中で何度も反響し、私の心も震わせ始める。

むせかえる程に苦しい記憶が、心の奥底から吐き気と共に這い上がって来るのを感じる。

落ち着け、深呼吸しろ、感情的になるな。

自責の念に押し潰されそうになるのを堪え、1歩1歩を克明に踏みしめて進む。

進む度々に足取りは重くなる。

それでも、なんとか気味の悪い悪魔から10数歩の所まで近付いた。

私は頭から手を離して顔を上げる。

上げた顔の先には、悲鳴を上げ藻掻く悪魔の目を見た。

目は、得体の知れぬ何かに怯え涙に溺れている。

死んでも現世に残り続けた強い旧友の未練、それは恐らく『自分が生きた意味』を見つけられなかったこと。

だと仮定すると、彼の生きた人生に彼自身が意味を見いだせれば、未練は昇華され、晴れて魂の浄化作業に入れる。

旧友の生きた人生に意味を与える…

そんな偉そうな事、友を1度捨てた私が言えた義理ではないが。

長いため息を吐いた後、その大きな瞳の奥にいるであろう旧友に聞こえるような声ではっきりと力強く、優しく話しかけた。

「玲於、まだ居るか。少し、話がしたいんだ。聞いてくれるかい」

悪魔はまだ動き続ける。

声が届いてるかも分からない。

それでも、声をかけ続けるんだ。

「あの時はごめん!君に酷いことを言ってしまった。君を突き放してしまった。でも、自分勝手かもしれないが、それでも私は君といたい。私が楽しかった時間も、辛かった時間も、どんな時でも君は私の傍にいてくれた。君がいてくれたことが、私にとって何よりも嬉しかったんだ」

自分が楽になりたいがための言葉を連ねただけだとは分かっている。

「私には君が必要なんだ!」

こんな聞こえの良い言葉を並べたところで、あの時の君は振り向いてもくれないのも分かっている。

それでも私は、今の君が私にとって必要ということを、私以上に彼に知ってもらわなければならない。

知ってもらう為ならば、何度でも声をかけよう。

再び口を開こうとしたその時、悪魔の動きが大人しくなっていることに気が付いた。

動きの穏やかになった悪魔は、涙で崩れた大きな1つ目でじっと私を見つめている。

耳障りな悲鳴も、いつの間にか止んでいる。

私の声が、彼に届いたのだろうか。

そうだ。

あの日、世界中で多発した史上最大級の溶水大災害。

あの日に、旧友は自身の家族、可愛がっていた後輩のほとんどが溶水に流された。

生き築いたもの全てが虚無に溶け、


彼だけが、取り残された。


親友よ。

自分がいた事もした事も全て消えて無くなってしまう事に想像を絶する恐怖を感じていたに違いない。

精神的な孤独は辛かっただろう。

君は、私が思っていた以上に追い詰められていたんだな…

畳み掛けるなら、思念体の感情が動いている今しかない。

動きが大人しくなった悪魔に、手を差し伸べて続ける。

「なぁ、玲於。何か必要なことは私も手伝おう。色々が落ち着いたら、いつに無く他愛のない話でもしよう。安いおつまみでも買って、また酒を酌み交わそう。しょうも無い映画でも見て、また一緒に笑おう。だから…」

上手く言葉にできない。

「『…ア……ァ…』」

大きな目がこちらを見てくる。

まだ言い足りないんだ。

大きく息を吸い、呼吸を整える。

そして、手を伸ばしもう一度声をひねり出す。

「だから…私を1人にしないでくれ…」

あぁ…この言葉を君が生きている時に言えたなら…

赦して欲しいとは思っていない。

友を結果的に死なせたこの十字架は、私が死ぬまで永遠に背負うつもりだ。

このまま永遠に呪ってくれていい。

今だけは、少しでも君の心の救いになりたい。

一瞬の静寂の後、微かな声が何処と無く聞こえてきた。

「『…ォ…ォレト…マだ…マブダチで…居てくれるのか………』」

前触れもなく、マブダチという言葉が聞こえてきて驚いた。

生前、彼は私のことをいつもマブダチと呼んでくれていた。

君にあんな最低な事を言ってしまった私を、まだマブダチと言ってくれるのか。

「……玲於…君は…」

思わず、声が出てしまった。

少しでも気を抜いてしまえば今にも泣き崩れるほどに、私の心は大きく揺さぶられた。

だめだ、感情に押し潰されては!

分かっていても、感情の収拾が追いつかなくなる。

立つこともままならなくなり、膝に手をついてその場から動けなくなってしまった。

もう君の体はどこにもないし、生きていたという状況証拠しか現実には残っていない。

だが、ここなら永遠とも思える時間を君と過ごせるのだろうか。

それは今の私にとってどんなに幸せか。

ああ、玲於の面影が焔のように心から溢れ、泡沫のように消えていく。

かけがえのない彼との時間が、とめどない涙となり私を濡らす。

分かっているのに。

思い出す度苦しむのは自分なのに、救おうとしなかったのは自分のせいなのに、脆弱な私の心は君を求め続けてしまう。

もし、もっと早く君の苦悩に気付けていれば、もっと早く君に手を差し伸べられていれば、君はまだ私の隣に居てくれたのだろうか。

喧嘩別れで終わってしまった君との友情が、まだここにはあったのだろうか。

呼吸は次第に荒くなる。

数え切れない未練が体をめぐり、脈が乱れる。

いっそこのまま、楽にさせてほしい。

苦し紛れに願ったその時、何かが私の頬に触れた。

我に返って前を向いた。

「『…大丈夫カ……マブダ…チ…』」

悪魔が、心配そうに私の頬をそっと撫でた。

その刹那、彼の面影が目の前の悪魔と鮮明に重なる。

そうだった。

君は恐ろしく馬鹿で阿呆で、お人好しだったな。

見て見ぬふりしたのは紛れもない私だろうに、それでも私のことを気にしているのか。

「馬鹿野郎…」

私はその頬を撫でてくれた手を静かに、強く握る。

「玲於、君と言うやつは。友人として最低な私が、まだ君のマブダチでいてもいいと言うのかい」

君のお人好し加減には、心配を通り越して呆れさえもしてしまう。

だがそのお人好しは、今に至るまで数多の魂を救ったのだろう。

君のような人格者に、私もなりたいものだ。

「君は優しいな。今度は、私が君を救う番だな」

そう言って握った手を少し引くと粘着性のある鈍い音を出し、人の形をした何かが悪魔から上半身のみ出てきた。

醜悪な悪魔の残滓を纏ったその魂を、私は強く抱き寄せる。

顔も分からず体温も感じない冷たい感触だったが、その腕の中には、確かに玲於がいた。

浄化するなら、今しか無い。

腰に携帯している浄化用のナイフを取り出す。

腕の中にいる彼は、まるで私に身を委ねてくれたかのように、静かにじっとしている。

さようなら、最愛の親友よ。

君の最後を私の手で飾ることを、どうか許して欲しい。

ナイフを強く握りしめて、親友の胸にある露呈した核に刃先を立てる。

そのまま抱き締めるように...静かに...そして力強く...


………


「俺はな、英雄になるんだ!」

「英雄?」

「そうだ!英雄だ!聖歌隊になって、人を助けて護って、みんなの英雄になるんだ!」

「よくわかんないけど、すごいね!」

「だろ?へへっ」

「僕も、英雄になれたりするかな」

「そうだ、お前も俺と一緒になろうぜ!英雄!」

「でも、母さんには医者になれって言われてるからなぁ。英雄、僕も誰かの英雄になってみたいよ」

「いいじゃねぇか!医者!救って救って救いまくって、みんなの英雄になればいい!」

「確かに、それはいい考えだね!」

「あぁ!俺は先に英雄になるけどよ!ずっと向こうで待ってるぜ、マブダチ!」

「うん!僕も誰かの英雄になって、君の所に行くよ!」

「へへっ、約束だぞ!」


………


強い揺れを感じて、私は車の中で目を覚ました。

また、同じ夢を見てしまった。

「起きましたか。随分とお疲れのようで?班長」

運転している多賀谷が声を掛けてくれた。

「あぁ」

曖昧に返事を返した。

下を向いて寝ていたせいなのか、首はやけに痛く頭痛も酷い。

頭痛が起きたのは中途半端に寝落ちしたせいだろう。

重い頭を持ち上げ、外をぼんやりと眺める。

辺りは森で埋め尽くされていて、走っていてもあまり代わり映えしない。

溶水の恐れがあると伝えられた私たちは、水質調査を行っているチームのもとへ向かっていた。

今回の現場は、人里離れた山奥の湖になる。

普段から現地の人が趣味で釣りをしに来るような閑静で広い湖らしいが、そこでつい先週1人の釣り人が行方不明になった。

湖畔には車と私物が置いてあり、水面には行方不明者が着ていたであろう私服のみが浮いていたのを別の釣り人が発見した。

発見者の通報後、捜査が行われた。

さほど時間も掛からず、湖の水が溶水に変質し、釣り人を溶かした可能性があると判断され、私たち聖歌隊が派遣される運びとなった。

聖歌隊は警察と提携しているから、こういう詳細な情報は早く届く。

その現場へ行く唯一の道は険しい砂利道だった。

雑に石ころを敷いたような道路で、車が激しく揺れ動いている。

「凄いガタガタした道ですね、奥永班長」

初めての現場入りで緊張しているのか、特に生産性の無い話題で晴太が話しかける。

木暮晴太、2週間前にここに配属された大型新人。

金髪で髪もセンター分けと、いかにも自信ありげな容姿の彼だが、意外にも性格は大人しめだ。

ちょうど揺れを鬱陶しく思っていた私はため息をつくように、

「そうだな」

と適当な返事をした。

「もう、折角新人隊員くんが話しかけてくれてるのに、雰囲気悪いですよ班長」

ヘラヘラと根田が助手席から体を乗り出し私を見る。

勘弁してくれ。

揺れで落ち着けないし尻は痛いし、私はうんざりしているんだ。

「ちょっと寝起きでな、すまなかった」

一応晴太に謝っておく。

「げぇ、そういうんだから嫌われていくんですよ。晴太くんごめんね!いつもこんな人なんだよ。でも、悪い人じゃないから、うちの班長を許してあげてね!」

根田愛莉、彼女はいつも私をおちょくってくる。

本当に面倒くさいやつだ。

返す言葉も無く、晴太に苦笑いをする。

晴太は私と根田を交互に見てあたふたしている。

根田はだる絡みしたいのか年上を小バカにしたいのか分からないが、どちらにせよ彼女の性格は苦手だ。

ポニーテールの茶色がかった髪をしていて、目鼻立ちもよく一見可憐で可愛らしいのに、お節介な性格がホントに全てを台無しにしている。

黙れば美人というのは彼女のような人物を言うのだろう。

運転している多賀谷慎太郎に関しては、この中では私と1番長い付き合いだと言うのに根田を止めてもくれなければ無口を決め込むときた。

そのスキンヘッドとサングラスで彼女を威圧してくれれば私はいじられずに済むのに、彼はほとんど会話をしない。

だが、根田のような騒がしい人間も、多賀谷のような関わりを持たない無口な人間も、晴太のような静かだが陽気な人間も、陰湿で腹黒な性格である私よりはマシだろう。

結局、他人を主観的に評価して見限っていく私は、人として情けないのだ。

そんな事を考えながらため息を吐く。

やがて車はけもの道のような山道を抜け、開けた場所に出た。

張られたテープには立ち入り禁止の文字が見える。ここが事件現場付近か。

「着きましたよ」

運転している多賀谷が口を開く。

【水質環境研究所『特別水質監視局』】と書かれた仮設テントが茂みの奥にはあった。

晴太が私の真横で声をあげる。

「奥永班長、特別監視局って書いてありますよ」

「あぁ」

軽く頷く。

「なるほど。あのテントがあるということは、今回は結構大規模な溶水なのかもしれないですね」

多賀谷はそう呟くと、車を脇に停めてテントの方へ向かう。

少しすると、多賀谷ともう1人、研究所の関係者らしき人物がこちらに向かってくる。

「この様子だと溶水に潜る羽目になりそうですね」

根田はガッカリした様子だ。

命に関わる仕事だし、無理もない。

晴太は根田の言葉を聞いて質問をしてきた。

「溶水が危険なのは知ってますが、そんなに嫌なんですか。技術の進化で昔より格段に危険性は下がっていると聞きましたが」

「嫌なもんは嫌なんだよ」

当然でしょ、と言うように根田が答える。

まあ、昔と比べて危険性が下がったのは間違いない。

が、技術的な進歩はあっても魂に関わる危険性が下がった訳では無い。

どう説明しようか少しばかり考え込んでいると、多賀谷が車に戻り、私たちに降りるよう合図した。

車のエンジンを掛け直した多賀谷は、研究所の人間の指示のもと駐車を始める。

その間で、私は溶水の危険性を実体験に基づいて、晴太に手短に説明をすることにした。

「晴太君。魂というのは親和性が高くてね、溶水が近くにあるだけでも人の魂は干渉されてしまうんだよ」

「つまり、潜水服を着るだけでは防げないんですか」

「あぁ、技術的革新があったとしても、危険なことに変わりはない。最悪死ぬことだってある」

晴太はこちらを見る。

「私の分隊では6人、溶水で殉職した。5年前にね。彼らは運が悪かった。君のような優秀で可愛げのある若者たちが、溶水を形成する残留思念に心を惑わされて、目の前で溶けていったんだ」

そう、私の目の前で。

続けざまにあの時の、彼らの凄惨な死に様が鮮やかに蘇る。

「目に焼き付いたままなんだ。叫び声は今も耳に残って、ふとした時に響く…」

思い出したくもないのに、助けられなかったという強い未練が思い出させてくる。

「5年前の…ですよね」

晴太は呟いて少し俯いた。

募っていく後悔に耐えきれず、ため息をつく。

私はポケットに忍ばせていた煙草を取り出し火をつけた。

「まあなんだ、そりゃ命懸けだから嫌に決まってるさ」

雑にまとめて、私は一服する。

晴太も話を合わせてくる。

「そうですよね、そんな事聞いたら、聖歌隊に入ろうと思う人は少なくなりますよね。自分の行ったセミナーでは、『任務中の死亡例はあるが、技術の発展により大幅な安全性の向上に成功している』とだけ言ってました」

彼は分かっていると言わんばかりに言うが、顔は俯いている。

もう1度煙草を口に近付ける。

「まあ気にしない方がいい、君にはベテランが3人も付いている。なんの問題もない」

自分なりの穏やかな笑みを浮かべて、一服する。

「…そうですよね」

晴太は自分に言い聞かせるように小声で呟く。

顔は依然として俯いたままだ。

困ったな。

このままだと理由も知らない多賀谷に

「また新人いびりか」

と白い目で見られてしまう。

そう思い、なにか励ましの言葉を探していると、

「ごめんねぇ晴太くん!うちの班長が変な話しちゃって。空気読めないの、年寄りだから!」

待ってたと言わんばかりに根田が口を挟み、晴太の肩を持ちながら私の背中をバシバシ叩いてくる。

「年寄りって…まだ35歳だ」

私はまだ今年で35だ。年寄りと言われるのは心外だし、彼女と歳は10歳違うだけだ。

腹立たしいことこの上ない。

晴太も急に肩を掴まれて困惑してるじゃないか。

「しかもこの話いつも新人が来た時に話してんの!私も聞かされたし!年寄りは同じ話しかしないんだって!」

いらん事まで耳元で大声で話して、げらげらと笑っている。

私を陥れたいのか。

まあ事実なので反論も出来ないが、やはり腹立たしい。

すると晴太が反応する。

「ふふ、いつも話してるんですか、班長」

晴太が少し笑い、笑顔がこぼれた。

その笑顔を見た途端、少しだが気が楽になった。

根田が助けてくれたのだろう、この空気を変えるために。

そこまで考えてたのかは分からない。

だとしても、この存在がうるさい彼女には感謝した方がいいと心の底から思った。

しかし、そんな気持ちは次の瞬間には消え失せた。

「ほら、見てみて、晴太くん。この顔、クマもあるし髭もこんなに生えてる!これで35歳は無理ありますよ奥永おじちゃん!」

調子に乗った様子で言って、根田は私の顔を指し私の肩を叩き私を笑い飛ばす。

コイツは、絶対適当だ。

助けようとか、そんな律儀なことなんて微塵考えてない。

晴太も同調するように笑っている。

2人して、私をコケにしやがって。

根田のことを少しでも感謝した先程の私が馬鹿に見えてきた。

この行き場のない憤りは、煙草を咥えることで誤魔化すことにした。


駐車を終えた多賀谷がやっと戻ってきた。

早速、奥の仮設テントに向かって欲しいとの話だ。

向かっていると湖が見えてきた。

ここから見える湖は昼間という事もあり、空が鏡写しのように綺麗に反射している。

一見はただの美しい湖なのに、溶水という裏の顔を持っているのが恐ろしい。

水辺までやってくると、行方不明者のだろう車と私物がそのまま置かれていた。

主人が帰ってくることはない。

来ない主人を待ち続けている哀れな彼らを見送り土の上に置かれたテントに入ると、 10数名の『特別水質監視局』と書かれた服の人間が物々しい雰囲気で作業をしている。

私は吸いかけの煙草を砂利に踏み消してとりあえず挨拶をした。

「失礼します。聖歌隊奥永班班長、奥永恭也とほか3名。計4人、ここに到着しました。」

言い終える頃には雑音は止み、みなこちらを見ていた。

少しばかりの静寂が続く。

「な、なんか視線が熱くないですか」

耐えきれず晴太が喋りかけてくる。

「それな」

と根田が相槌をする。

すると、奥から砂利の擦れる足音をたてながら、幕を勢いよく払い除けて男性が出てきた。

ビール腹で青髭の生えたうすらハゲの中年男性、舞川柴三郎。

彼はここのテントの中では、恐らく1番偉い立場にある人である。

ちなみに、本来医療従事者になるはずだった私を、上に話を通して聖歌隊に入れてくれた恩人でもある。

彼は私の足元にある煙草の消しカスに目を落とし、ため息をつく。

「奥永、君はいつになったらテントに入る前に煙草を消してくれるんだい。ヤニ臭くて敵わん」

私がテントの中で煙草を吸っているといつもこういうことを言ってくる。

「すみません」謝っておく。

「何回も言ってるんだから頼むよ。最近は受動喫煙にだって世の中はうるさいんだから。腐っても医学をかじった人間だろ?」

もう諦めているのか、彼はいつも注意喚起だけで済ましてくれる。

「以後気をつけます」

いつも通りの会話を行う。

「まあいい。各々、作業を再開してくれ」

その一言で、みな作業を再開し始めた。

「早速だが本題に入らせてもらおう」

そう言うと舞川は中央にある机に進み、引き出しに入っている資料を取り出す。

「調査をした結果、この湖は溶水に変質していた。次に、少女と思しき声を溶水から観測した。溶水を形成する残留思念の思念体は、子供であることは間違いないだろう。過去に付近の森で行方意不明になった小学生がおり、おそらくはこの行方意不明者だと思われる。」

紙をペラペラめくりながら話す。

「水位が上昇しているのを観測している。早めの処置を君たち聖歌隊に頼みたい」

ざっと話をすると、舞川は資料を閉じて私たちの目の前に置いた。

行方意不明者の思念体。

強い未練を残すほどだ、ただの行方意不明では無いのは確かだ。

置かれた資料を手に取って開き、疑り深く眺める。

「警察はどう見てます」

資料を眺めながら質問をする。

「今行方意不明になった子供の家に事情聴取へ向かっているようだ。警察は家族間の何かがこの溶水を引き起こした原因だと考えているらしい」

まあそうなるだろう。

子供というのはまだ魂も安定してなく、よっぽどの事があっても強い思念体には成れないというのが通説になっている。

行方意不明で、かつ思念体が子供、か。

なにか子供が思念体になるまでの強い要因があるのだろうか…

「事はそう単純ではなさそうですね」

舞川にそう言いながら、視線は動かさずに資料を多賀谷に渡す。

資料を多賀谷が開くと、根田と晴太が覗き込んだ。

「単純では無い、それは間違いない。浄化の仕事をする際は様々な可能性を考慮しながら行ってくれ」

そう言いながら舞川は視線を晴太にずらす。

「君が木暮君か、奥永から話は聞いているよ」

急に名前を呼ばれた晴太が軽くぺこぺことお辞儀をする。

そのまま舞川は、足音をゆっくりたてながら晴太に近付いていく。

突然近付いてくる舞川に晴太がたじろいでいると、舞川は肩に手をそっとのせた。

そして一言。

「初任務だな!君の武運を祈っているよ」

物腰の柔らかい笑顔を向ける。

「は、はい」

晴太は驚きながら弱めの返事をした。

満足そうに頷くと、舞川は班員全員を見回した。

「いやぁ、君の隊も本当に人が少なくなったな。この業界の人手不足が深刻なのは本当のようだな」

先程とはうって違う別人のような声のトーンで話しかけてきた。

「人が少なくなったので、分隊ではなく班になりましたよ」

性格上私は些細な違いも言いたくなるタチで、つい言ってしまった。

が、それほど彼は気にせず続ける。

「いちばん多かった時は、何人いたかな。10、いや11人くらいいたか」

適当な数を言ってくる。

「12人です」

私が訂正するとキョトンとした顔をして、

「あれ、12人だったか。すまんすまん」

ガハハと豪快に笑いながら晴太の肩を揺らし続ける。

相変わらず誰にでも距離感のバグっているハゲだ。

女性にも同じ事をして訴えられたら面白いのに。

ひとしきり笑うと今度は私の目の前に来た。

今度は私の肩をガッシリと掴む。

「ちゃんと守ってやれよ、奥永」

先程と打って変わって落ち着いた、威厳のある声で私を鼓舞してきた。

彼は私より背が低くうすらハゲだが、その立ち居振る舞いには大物の圧があった。

分かっている。

もう5年前の様にはしない。

「…了解です」

自分なりの覚悟を彼に示した。

「よし、頼むぞ」

舞川の顔は、少しばかりほぐれた表情になった。

「失礼します」

威勢の良い声でテントに1人の男性が入ってきた。

彼は一礼をすると舞川の前に歩いてきた。

「水質調査を行っていたところ、再び水位が上昇しているのを確認しました。先日から合計10.2cmの上昇です」

と言い、おそらく詳細が書かれているであろう紙を舞川に渡した。

「ご苦労様、戻ってよし」

「失礼しました」

というと足早にテントから出ていった。

1日で10cmも上昇したのか、かなり増水のスピードが早い。

相当強い残留思念が働いているらしい。

少しの間紙に目を通していた舞川が私たちを見てきた。

「私はこのことを上に報告してくる。残された時間は少ない、君たちには今すぐに浄化に向かってくれ。みな、無事を祈っている」

そう言い残すと、彼はテントの奥の幕に入っていった。

さて、浄化作業につく前に話を整理しておきたいな。

「みんな、外に出て集まってくれ」


3人を外に連れ出した。

外に出るやいなや、根田が口を開いた。

「ちょっと話が難しすぎませんか?ついていけませんよ」

彼女が言いたいことも分かる、晴太もうんうんと頷いている。

話についていけてなさそうな根田と晴太の為に少し噛み砕いて話す。

「今回のは異例も異例だ。身元不明の行方意不明者が思念体となって、その思念体も、思念体になることの難しい子供がなっているときた。加えて、増水のスピードも早い」

続けて、珍しく多賀谷が自分から喋る。

「増水が早いと言うことは、それだけ残留思念の未練は強く強固なものになっています。溶水を浄化するには全ての謎を紐解いて、思念体の未練を断ち切らなければなりません。ですが、増水の速さを鑑みるとあまり時間を使えません。思念体の身元も不明で、事前情報もなくボスを攻略するようなものです。今回の一件は、舞川さんの言う通り一筋縄ではいかないでしょう」

多賀谷は理解出来ているようだ。

私も続ける。

「時間に追われているから直ぐに浄化をしなければならない。でも、思念体を浄化するには思念体をある程度理解してないとダメだから、結果的に時間がかかる。今回は増水のスピードが早く時間がほとんど無い。思念体の情報もあくまで仮定であり、確実な情報ではない。従って準備して掛かることはできない。今回の浄化は私たちベテランだとしても、あまりにも難易度が高い」

晴太が眉をひそめる。

多賀谷は晴太に、身につけたサングラスで目線を向けながら会話を進める。

「前述の通り、私たちにも対処が難しく、危険性が極めて高いです。晴太さん。残念ですが、今回は降りた方がいいかもしれません」

根田も二度三度頷く。

私もそう思っていた。

初任務で今回のような複雑な任務は、正直リスクが高すぎる。

彼には降りてもらうべきだろう。

舞川に釘も刺されているし、新人を危険に晒す訳には行かない。

何より、旧友との約束を違える訳にはいかない。

「すまないな、私からも今回の仕事は降りることを推奨するよ」

私は言う。

「でも、少しでも力になれるのなら自分も行きたいです」

晴太は食い気味に言ってくる。

熱い情熱を持っているのはいい事だし、こんな危なっかしい仕事にも熱意を持ってくれているのは嬉しい。

だが、それはそれこれはこれだ。

「もう一度言うが、今回は本当に危険性が高い。君を護ってあげられる保証が一切ない。君をむやみに死なせてしまえば、君のご家族にも私の上司にも示しがつかない」

「自分は危険からみんなを助けるために、役立つために今まで勉強してきたんです。せっかくここまで来たのに、役立たずなんて言わせません」

頑なに引き下がらない。

若気の至りというか、気概は素晴らしいのだが。

根田はどう言っていいのか分からないらしく、晴太を心配そうに見ている。

根田もここで3年はやってきたが、私と多賀谷に比べたら経験は浅いし口も挟めないのだろう。

私は多賀谷にどうにかしてくれと目配せをしてみる。

が、目を合わせた多賀谷は肩をすくめた。

なんて奴だ。

責任は班長にあるとでも思っているのか。

私は呆れ果ててため息をつく。

私では何かあっても彼を護ることは出来ないだろう。

やはり今回は行かせる訳には行かない。

ただ断るだけでは、晴太は引かないだろう。

それらしい理由を付けよう。

「君を役立たずだとは思っていないし、是非ともついてきて経験を積んで欲しいとは思…」

「じゃあ連れてってください!」

「最後まで話を聞け!」

言葉を遮ってくる晴太に少し苛立った声で言ってしまった。

初めて私が彼に強い声で言ったからか、晴太は驚いて少し仰け反った。

良くないぞ私、感情的になっては。

根田も私の怒鳴り声に少し驚いた様子だ。

多賀谷に限っては物珍しそうにサングラスを少しずらして私を見ているが。

自分を落ち着かせるためにため息をついて、胸ポケットから煙草を取り出して火をつけた。

一服する。

煙と一緒に苛立ちを吐き出し、静かになってしまった晴太に、話を再開する。

「経験を積んで欲しいとは思う。少人数で潜るよりは大人数の方が生存率も上がる。それでも、今回は諦めてくれ。君の命に関わることなんだ」

諭すように、かつ不満を持つ子供をなだめるように言い聞かせる。

「でも、決して指をくわえて待っていて欲しいと言う訳では無い。これから私は人手不足を補うために他の聖歌隊を呼ぶ。君には、その人達に状況説明と誘導を頼みたい」

不満そうだが、晴太は

「わかりました」

と返事をしてくれた。

それを聞いた多賀谷がズラしていたサングラスを元の位置に戻して、携帯を取りだした。

「呼ぶと言っても、どこの隊を呼びます?藤原班?安曇班?宮田班?」

「とりあえず宮田さんは呼んでくれ、今は近い所で雑務をしているはずだからな」

「了解」

軽やかに指でタップ音を鳴らし多賀谷が電話をかける。

「え、宮田班が来てくれるの?」

根田が喜ぶ。

「何か嬉しいんですか?」

「宮田班には私の同級生がいるの!晴太くんにもそういう仲の人何処かの班にいるでしょ?」

根田と晴太は話をしている。

「あ、お久しぶりです。奥永班の多賀谷です。いつもお世話になっております。お時間少し頂いてもよろしいでしょうか?」

多賀谷が電話している間、少し考える。

宮田班は是非とも呼びたい。

班長の宮田幸蔵とはたまに飲みに行くくらいの仲だ。

年齢は少し離れているが、飲みやすい人間なのは間違いない。

藤原仁も安曇凛夏も知り合いだし救援を呼べなくもないが、藤原班はここからでは遠いし、安曇班は今別の浄化作業をしているはずだ。

その他の班とは交流も少なく、今の状況も分からないから連絡は取りづらい。

だが、急を要する場合、恐らくひとつの班の力だけでは足りない。

聖歌の力を最大限に引き出すには、大人数による合唱が必要だからだ。

吸いかけの煙草を口に運び、一服する。

そうだな。

いけ好かないが、近場にいるであろうあの熱血な暑苦しい坂部牧生を一か八か呼んでみる事にしよう。

私は携帯を取り出し、電話帳から彼の電話番号を探す。

…あった。

電話帳には熱血馬鹿と書いてあった。

つくづく、自分自身の性格の悪さが伺える。

牧生に初めて会ったその日に貰った連絡先を、私はこんな名前で登録してしまうなんて。

自分の事を鼻で笑いながら、電話をかけてみる。

呼出音がなる中、ある一種の不安が過る。

応援に駆けつけてくれるのか、どれくらい彼との話が長引くのか。

そんな事を考えていると突然呼出音がブツっと切れる。

電話を切られたかと思い右耳を近づける。

「もしもし!」

音割れしたデカい声が携帯のマイクから大音量で聞こえてきた。

第一声で右耳が持っていかれた。

耳鳴りが響く右耳に、そのまま坂部が続けて喋る。

「奥永じゃん!お前から電話してくるなんて珍しいな!どうした?俺が恋しくなったか!任せろ!お悩み相談ならいつでも受け付けるぜ!ッハァーッハァッ!」

うるさい。

なんだその保安官のウッ○ィみたいな笑い方は。

まだ何も言ってないのに電話を切りたくなってきた。

とりあえず要件を話そう。

「忙しいところすまないね、君に頼みたいことがあるん…」

「何!?お前が俺に頼み事なんてどういう風の吹き回しだ?でもお前に頼られるなんて、俺は嬉しいぜ!なんだ!何をして欲しい!」

もう切りたい。

やはり彼に電話をするのは愚策だった。

声を聞くだけで頭が痛くなる。

だが、人手を補うためには耐え忍んで彼に頼むしかない。

「もし今暇しているのであれば、これから私が指定する場所に来て溶水の浄化を手伝って欲しい」

坂部が少しボリュームを落として質問してきた。

「おいおい、確かに今は暇しているが、人が必要なほどやべぇ溶水なのか?」

経緯を軽く話す。

「実は今私たちが浄化しようとしてる溶水がだいぶ厄介なものでね。正攻法では難しそうだから、聖歌で半ば強制的に思念体を沈めたいと思っている。それにあたって人数が必要だから君の助けが欲しいんだ」

理由を説明し終えた。

「分かった!今すぐに向かうとしよう!座標はメールで送ってくれ!30分で出る用意をするからな!それまでに連絡頼むぞ!んで話は変わるけどよ!次の飲み会はい…」

しまった。

耐えきれず電話を切ってしまった。

彼は精神が磐石なので浄化作業にはうってつけだが、私にはとにかく苦手な属性だ。

特に、気に入った人物とは関わりを持ちたがるタイプで、彼に気に入られてしまって鬱陶しいと思っていた。

だから最近は連絡を取らなかったが…やはり奴と連絡は取るべきではなかった。

今更ではあるが、私は少し、いや、だいぶ後悔した。

自分の選択ミスに大きなため息をつくと、電話を終えた多賀谷が心配そうに話しかけてきた。

「自分が電話しても良かったのですが」

「いや、もう問題ない。救援には駆けつけてくれるらしい。これからここの座標も送る」

何も問題は無い。

煙草を吸いながら場所をメールで送る。

坂部は直ぐに返信してくれて、2時間くらいで来るとのことだ。

皆に伝えよう。

「今救援を頼んだ坂部班は2時間ぐらいで着くそうだ」

多賀谷も報告してくれた。

「宮田班は30分くらいで着くそうです」

「やったー!」

根田は嬉しそうだ。

どちにせよ来てくれるとは、ありがたい。

両班が来てくれることは分かったので、いよいよ今回の浄化作業に入ろう。

「では、浄化作業の準備をはじめよう」

「了解」

二つ返事で根田と多賀谷は車へ行き、こちらに動かしてくる。

そこから、荷物を取り出し始める。

「え、皆を待たないんですか?」

晴太は驚いた様子だが、話を聞いていなかったのか。

「そのための晴太君だろう。後から来る班に状況説明と誘導を頼みたいって言ったじゃないか」

これを聞いて、晴太は何か思い出したかのような顔で、でも頭の上にでてきたはてなマークを拭いきれない感じでいる。

私の伝え方が悪かったかもしれない。

一旦煙草で一服し、これからを話すついでに晴太に再確認しよう。

「少しでも早く溶水を浄化するために、私たちは早めに潜る。そして、残留思念の内側で思念体浄化への手がかりを探す。救援隊の応援が駆けつけたくらいで浄化に最低限必要なものを揃えておきたいからね。最後に、地上にて大人数で鎮魂歌を合唱し、残留思念を弱体化させる。こうすれば、あとは弱まった思念体の未練を水中の私たちが断ち切って浄化完了という寸法だ」

自分なりに噛み砕いたが、晴太は少し首を傾げながら再確認してきた。

「後から来た聖歌隊の人達に、現状を報告すればいいんですか?」

「その通りだ」

理解出来ていたようで、少し安心した。

その話をしている間に、他2人は潜水服などをせかせか持ってきてくれた。

「ありがとう」

軽く感謝を伝えると、私は煙草を踏み消して、潜水服を着始めた。

皆に手伝ってもらい、潜水服を着終える。

相変わらず見た目はでかいくせに窮屈な潜水服だ。

ここ数年あまり潜水服は代わり映えしてなくダサいので、たまには新しく作り直してもらいたいものだ。

少しばかりの不満を抱きながら有事の際に必要なボンベを背負い、上からベルトを締める。

発電機を回し、コンプレッサー・エアータンクの動作確認を済ませた後、重い足取りでのっそりと水辺まで向かう。

少し足を入れると、ひんやりとした感覚が体を伝う。

一見ただの水だが、これを生足で触れるだけで体が溶けると考えると、見えない死を身近に感じる。

なのに、今は潜水服の重さを軽減したくて、早く水に入りたい気持ちでいっぱいだ。

正直のところ、私は非常に気になっている。

魂が溶かされるとはどういう感覚なのか。

溶水に魂が溶けた後はどういう感覚なのか。

私の魂は、どこにあるのか、どこにいくのか。

そこに…みんなはいるのか…

………

「痛っ!」

多賀谷に腰を叩かれ、我に帰った。

危なかった。

溶水に魂が持っていかれるところだった。

「班長、大丈夫ですかぁ?」

根田がニヤニヤしながら覗き込んできた。

幸い、視野の狭い潜水服のおかげで情けない顔は見られなかったようだ。

自分をベテランだとか晴太に言っていたのが恥ずかしくなってきた。

ましてや、これが隊長をやっているなど笑ってしまう。

「大丈夫だ…問題ない」

そう言いながら、叩かれた反動でズレたボンベを背負い直す。

みんなの準備が完了すると、晴太が声をかけてきた。

「自分が必要になったら呼んでください。行きますから。僕も、あなた方のチームメイトですから」

頼ってくれと言っている晴太は、どこか私よりも逞しく見えた。

もしかしたら、この中では1番優秀な人材なのかもしれない。

「あぁ、宛にしているよ」

彼に見えるよう頷いてやった。

そして湖を睨みつける。

「行くぞ、みんな」


潜って10分ほどのところを歩いていると、四方八方から人の声が聞こえ始めた。

後ろに付いてきている多賀谷は軽い足取りだが、根田は少し怖がっている様子だ。

水に溶けた魂はそのまま水の奥底へ沈む。

沈みきった魂は基本的に無害であり、声を発するなどの現象を引き起こすことはほとんど無いと言える。

こんな浅瀬で魂の声を認識できるということは、魂の残留思念が震え上がっているのに他ならない。

溶水における特性のひとつであり、その付近には思念体もあるはずだ。

水辺などに現れる心霊現象は、この溶水から吹き出た残留思念が形成してる事がほとんどである。

「やっぱり、怖いですねぇ」

根田が電話線越しに震えた声で言う。

「心霊現象を体験しているような感覚だな」

そう根田に答える。

だが、残留思念の声が聞こえているんだ、思念体はこの辺りにあるはず。

ライトで前を照らしながら、慎重に足を運ぶ。

気付くと、周囲の声は消えて妙な静けさがある。

仄かに太陽の光が届く深さではあるが、皆と離れ離れにならないように声を掛けよう。

「2人とも、もうそろそろ思念体と鉢合わせるだろう。気を引き締めて行くぞ」

………

「どうした、何かあったのか。根田、多賀谷」

………

ただ寄らぬ悪寒を感じ、直ぐに後ろを振り向いた。

そこには、誰もいなかった。

ライトの照らす場所には、水が織り成す暗闇だけがただ無限に広がっていた。

なぜ2人は居ない、ここはこんなに暗かったか?

「『…しい…寂しいよ』」

直後、今度は背後から子供の声が響いてきた。

得体の知れない恐怖が体に纏わりつく。

緊張から、脂汗が肌に滲む。

鼓動と呼吸が大きくなり、私の心拍数が上がっているのを感じる。

無理やり深呼吸をしながら、覚悟を決めてゆっくりと振り返る。

そこには、少女だ。

少女がいる。

ボロボロのワンピースを着た、やせ細った少女が。

手にはなにかのぬいぐるみだろうか、薄汚れたものを大事そうに抱えている。

気がつくと、周りは暗い水の中から、どこか部屋の風景に変わっていた。

身につけていた潜水服もいつの間にか無くなっていて、私服の状態だ。

いや、厳密には無くなっているのではなく、見えなくなっている。

潜水服を着ている感覚もあるし、顔を触ろうとしてもなにかに遮られるので実態もある。

幻覚と幻聴を見せられているということは、既に思念体の記憶に入り込んだらしい。

今回の思念体は、今までと比べて凄まじく早い接触だ。

とりあえず、潜水服が見えなくても空気を定期的に抜くことを忘れないようにしよう。

空気が潜水服に入りすぎて浮かび上がってしまうと、私の魂は剥離してお陀仏だ。

思念体の記憶を追体験している間は、その主である思念体に魂を縛られる。

無理にでも記憶から飛び出してしまえば、記憶に魂が引っ張られ体と分離してしまう。

魂は溶水に取り残され、体は本能のまま呼吸をするだけの植物人間となる。

溶水に溶けるのは別として、自分自身を植物人間にしてしまうのは面白くない。

「『あなたは誰…なの』」

弱々しい声で話しかけてきた。

少女は少し驚いて、身を細かに震えさせている。

「さあ、私にも分からないな」

少し落ち着いてきたので、少女に軽く反応した。

舞川の情報では子供の思念体と言っていたが、それが今目の前にいる彼女の事か。

断定するのはまだ早いかもしれないが、情報もほとんどない状態で考えすぎても、偏見で周りが見えなくなるだけだ。

彼女が思念体という仮定だけで今は良い。

私が多賀谷達と分断されたのも初めての体験だったが、理由も後に分かるだろう。

だから、この状況ではこの少女の行動原理を探り、私の生存を優先した方がいいはずだ。

慎重に立ち回っていこう。

まずはこの状況、思念体の記憶を整理する。

周りの景色はどこかの部屋の一室。

コンクリートに覆われていて窓は無い。

机とベッド、本などの雑貨が置いてあるくらいだ。

部屋は4畳ほどの広さで、身長が180cmを超えている私と少女1人が一緒にいるにはだいぶ窮屈なものだ。

彼女の持っているぬいぐるみは、白いトカゲのような爬虫類の物だ。

「ここは君の部屋?」

少女に問いかけてみる。

「『そう…だよ』」

彼女は震えた声で縦に首を大きく振る。

なんだと。

窓のないこんな無機質な部屋が与えられたとしたら、私はたまったものではないが。

とりあえず出てみようとドアノブを握る。

ビクともしない。

外側から鍵が掛けられているようだが、反省部屋か?

「『こ…ここに入っててって言われて……出られないの』」

どもりながらも、説明をしてくれた。

「そうか、じゃあお母さんに許可を貰わないとな。君のお母さんはどこにいる?」

聞いてみると、彼女は俯いてしまった。

質問を間違えたかと思っていると、小さな声で呟く。

「『お…お母さんはいない…よ』」

「…いない?」

私はその言葉を聞いて、耳を疑った。

お母さんはいないだと?

舞川から聞いたのは、行方意不明となったこの少女の両親に警察が事情聴取に向かっているという話だったじゃないか。

どういうことだ。

今私の目の前にいるのは行方不明の少女では無い別の人物なのか?

仮に別人でないとしたら、今生きているという母親は彼女の本当の母では、ない?

考えれば考えるほど、悪い予感が浮かぶ。

今回の溶水は単純とか複雑とか、そういうものではないのだ。

もっと強大で、おぞましいもの。

子供が思念体になるということは、それ相応の強大な未練や呪いが宿っている事を必然的に示す。

それに、現状広がっているこの景色が、少女に起こりえた数々の良くない事象を連想させる。

この無機質な窓のない狭い部屋、ヒンヤリとしたかび臭いベッド、外付けの鍵、ボロボロのワンピース、そう考えざるを得ない。

大人よりも考えの至らない子供に脚色された、人間性の闇が具現する魂の記憶。

私のような生きた魂には危険すぎる。

私が今まで入ってきた溶水の中で恐らく、間違いなく、一番危険だ。

最初の反応から察するに、私のこともこの少女からしたら、恐ろしい大人という括りのはず。

彼女の地雷をいつ踏み抜いてもおかしくない。

もっと彼女を探らなければならないのに、深く入り込むと『死ぬ』と直感が言う。

ここから1度出たい、出て皆と合流して体制を建て直したい。

1人ではおそらく無理、彼女の餌食となって残留思念を漂うのがオチだろう。

今は穏便に彼女に信頼してもらえるように機嫌を取って行かねば。

だがどうすれば…

(ドンッ)

突如扉の向こうから物音が聞こえた。

その音はどんどん扉へ近付いてくる。

まるで何かが階段を登っているような音だ。

「『く…くる…お父さんがくる』」

そう言うと彼女は持っていたぬいぐるみを落とし、手で耳を塞ぐようにして、その場にうずくまってしまった。

途端、周りの景色がぐにゃりと歪み始めた。

歪んだ隙間からは彼女の記憶であろう断片がぎょろぎょろと覗き込んでくる。

この見慣れた酔う現象、まさか魂の選択か?

早すぎる、あまりにも早すぎる。

何も情報を掴めていない状況で、しかも彼女とは出会ってまだ3分も経っていない。

いつ恐慌してもおかしくない、そこまでの精神状態だったのか。

くそ。

選択を誤れば、思念体の記憶にあるトラウマが残留思念の膨張を招く。

膨張した残留思念は周りの魂諸共、私も飲み込んでしまうだろう。

こんな強い思念体なら、増水が早いのも頷ける。

そんな流暢なことを考えてる間でも、扉越しの足音は確実に近付いている。

彼女の記憶を抉らない最適の選択を短時間で探せ私、彼女をこのままにすれば必ず私は死ぬぞ。

歪みから生じた記憶の断片の数々をじっと見つめる。

何か彼女のトラウマを回避出来るかもしれない記憶は無いのか…

探し見ていると、ひとつの彼女の記憶が目に入った。

「…これだ!」

それは、布団で寝込んだ少女に、父らしき人物が優しく?かは分からんが何か声をかけてただ出ていくという記憶。

ベッドに入ってもらえば何とかなるかもしれない。

私は縮こまる彼女の肩を掴み、目を合わせて言った。

「君、直ぐにベッドに入ってくれ。そしたら、風邪をひいた振りをするんだ。いいね」

「『え…あ……』」

彼女がたじろいでいる間に、足音が扉の前で止まり、鍵の開く音がした。

「いいから、早く!」

彼女を無理やりベッドに押し込む。

瞬間、ドアが勢いよく開く。

「『おい、今話し声が聞こえたぞ。大丈夫か?また、何か見たのか?』」

「『わ…え…』」

「『何を言っているんだ。だが、三咲が無事でよかった』」

「『……うん』」

「『なんだ、調子でも悪いのか?』」

「『うん…ちょっとだけ…』」

「『どこだい?』」

「『あ…頭が少し…』」

「『ここに無いやつだな。わかった、パパが頭痛薬を買ってくるよ。これ以上頭痛が悪化しないように、安静にしてなさい。わかったかい?』」

「『ご…ごめんなさい』」

「『なぜ謝るんだい。子供の心身を守るのは親の仕事だ。当然だし、三咲が気にする必要は無い。じゃ、行ってくるよ』」

(ガチャン)

扉は閉まり、鍵のかかる音が聞こえた。

歪んだ空間も、まるで何事もなかったかのように静かに消えた。

魂の選択は乗り越えられたらしい。

正直ここで死んでしまうかと思った。

ため息をついて、窮屈なベッドの下から這い出た。

少し背伸びをして、ベットにいる少女に目線を向ける。

先程とは違って少し顔の緊張がほぐれた顔で私を見ている。

その顔を見て、私は少し安心し、その拍子で彼女に話しかけた。

「急なことを言ってすまかった」

「『う…うん…あ…ありがとう…おじさん』」

少しは心を許してくれたらしい。

このままもう少し親睦を深めよう。

「自己紹介をしていなかった。私は奥永。君の名前を聞いてもいいかな」

「『み…三咲』」

「三咲さん。よろしくお願いするよ」

三咲は静かに頷く。

いい子じゃないか、こんな子が多大な未練や呪いを抱えた思念体なのか?

彼女がお父さんと言っていたあの人物は、言動も行動もなんら変哲のない心優しいお父さん像のそれであった。

下から声を聞いていたが、手を出すような様子もなかった。

では、なぜ彼女はお父さんに対してあそこまで恐怖を示すのか。

何か、異質だ。

お母さんがいないと言った発言は、もしかしたら離婚して再婚したからとか、そういう話なのかもしれない。

考えすぎだ、良くないぞ私。

偏見が先行している。

だが、状況の整理はできない。

現実には、この子のお母さんも居たはず。

扉を開けたのはお父さんであろう人物。

舞川の話では、警察は両親に事情聴取をしに行ったと言っていたのだから。

外出してるからここにはいない、という事か?

細かい事を聞きたいが、無駄に詮索すればまた意図せず魂の選択を引き起こしてしまうかもしれない。

この魂の選択が起きた理由も正直分からない。

ただ父親が部屋に入ってくる、それだけで彼女の精神が大きく揺さぶられる事象になり得るのだろうか。

少なくとも、私にはそういう経験などがあった訳では無いので分からない。

三咲は幼い。

幼いが故に、ハッキリ覚えたものを因果関係とか関係なく、記憶としてバラバラに結びつけているせいで辻褄がハッキリしないのかもしれない。

あくまでも可能性の話だが。

考えれば考えるほど分からなくなる。

気付くと、無機質な部屋の壁に先程までなかった扉が見える。

お父さんと思われる人物が出ていった扉とはまた違うものだ。

ドアノブに手をかけてみると、鍵がかかっていない事がわかった。

ここから、彼女の別の記憶へ行くことが出来るのだろう。

この部屋には他の情報となるものはもう無さそうだし、次の記憶へ行く方が効率は良さそうだ。

「おじさんと一緒に来るかい」

三咲に手を伸ばす。

「『う…うん』」

そういうと、私の手を取ってくれた。

温もりは感じない。

意を決して扉を開く。

外は深海のように真っ暗だ。

「『ど…どこへ繋がってるの』」

三咲は怖いようで質問をしてきた。

「さあな、私にも分からない」

結局は、思念体の記憶を元に形成された幻覚だ。

この湖は局所的に深い場所は無いと資料には書いてあった。

どこへ行こうと、落ちて死ぬ訳では無いし進んでも大丈夫だろう。

「私の手をしっかり握ってて、三咲さん」

「『う…うん』」

彼女の返事をちゃんと聞いてから、私は暗闇へ踏み込んだ。

暗闇の中ただ進むと、魂の声がどこからともなく聞こえてくる。

先程同様何を言ってるかは分かるが、各々別の単語を話していて聞き取りづらい。

私たちが離れ離れになった時も、このような感じだった。

「…ますか……応答をお……いします…誰か聞こ…」

急に電話線の声が聞こえ始めた。

この声は、晴太だ。

瞬きをする間に、先程まで見えなくなっていた潜水服やボンベなど、身につけているものが全て見える。

手を繋いでいた少女の姿も無い。

一時的だと思うが、思念体の記憶領域から抜け出せたらしい。

すかさずこちらも声をかける。

「晴太、晴太か!私だ、奥永だ」

「……班長…無事……ですね…良かっ……」

何故こんなにもノイズが。

残留思念が通信を阻害しているのか?

「……ならすぐに戻ってき……さい………の溶水は非常……険です!」

「どうした、何が起こっているんだ」

「とにかく……戻ってきてくだ………んなの通信も途絶え……………」

「戻ればいいのか?晴太!」

「……」

通信が途絶えた。

いつの間にか、周りの魂は物静かになっている。

潜水服も見えなくなった。

焦った様子で戻れと晴太は言っていた。

一体何があった。

最初の方の晴太は誰かと話している訳ではなく、ひたすら声をかけ続けていた。

もしや、根田と多賀谷も通信が出来ずにいるのか。

彼らは大丈夫なのか?

「『…らい…辛いよ…』」

後ろからまた幼い声が聞こえてきた。

振り返ると、先程手を繋いでいた三咲がいた。

……何かがおかしい。

三咲なのか?

先程の様子では、彼女はオドオドした表情をしていた。

しかし、今の彼女は、笑っている?

少なくとも、髪はさっきまでは前に下りていなかった。

口角も上がっていなかった。

明らかに様子が変わっている。

前に下りた髪で目は見えないが、口角が上がり不敵な笑みを浮かべている。

持っているぬいぐるみは、先程よりも汚れが目立ち、全体的に黒ずんでいる。

彼女はその不愉快な笑みを浮かべたまま口を動かす。

「『…うよ…行こうよ』」

彼女は突っ立ったまま、私の手をただグイグイと引っ張る。

もう少し思念体の情報を掴みたいのは山々だが、地上の方では何か問題が発生している。

1度戻った方が良いだろう。

先程心を少し開いてくれた今の彼女なら、ここから出させてもらえるかもしれない。

危ない思念体と言えど、精神状態や性格は生前の人物を良く模倣している。

つまるところ、話の通じない相手では無いという事。

この状態であれば、きっとここから自然に出れる。

私は彼女に振り向いて、目線を合わせるために屈んだ。

そして、彼女が握っている手を両手で持ち直し、話しかけた。

「三咲さん。私は1度皆の所へ戻ろうと思う。急ですまない、また戻ってくるよ。ここまで案内してくれてありがとう。助かったよ」

私は当たり障りのないように言葉を選んで喋った。

彼女は微動だにしない。

口角も引きつったままだ。

少しの間彼女の返答を待ってみたが、何も応答がない。

でも、手はしっかりと握られている。

「皆が待っているんだ、行っていいかな?」

反応は無い。

もどかしくなった私は立ち上がり、手を振り解こうと力を入れた。

離れない。

離すことができない。

不可解にも、彼女の手は何をしても離れない。

私が困惑していると、彼女の声が聞こえてきた。

「『…行こ…行こ…』」

同じフレーズを幾度となく繰り返し始めた。

何が起こっているんだ。

壊れた人形のように同じ言葉を発し続ける彼女は、さっきまで一緒にいた美咲なのか?

待てよ、彼女が姿を顕にする時は必ず何か単語を言っていた。

最初は「寂しい」、2回目は「辛い」、と。

だが、記憶の中の彼女はそのような発言を一切していない。

記憶領域の彼女と記憶の中の彼女では、違いが生じている?

体温の感じない無機質な手に腕を捕まれながら、ここで1つ、自分の中で仮説が生まれた。

この溶水における思念体であるかもしれない彼女には、2人の魂が入っているのでは無いのだろうか。

いわゆる、多重人格というやつかもしれない。

溶水の中でそのような魂に会うのは初めてだが、そのどちらかの魂が私を逃がさんとしているのだろう。

強力な残留思念で私のあらゆる感覚を遮断し、連絡方法すらも断ち切る強い力で。

となれば、ここは彼女が入念に創り出した、確実に私の命を吸い取る空間と考えられる。

落ち着け恭也、冷静さを欠くな。

何か、何かこの状況を凌げる手は無いか。

アメジストを刃に込めた浄化用のナイフなら腰にある。

まあ、思念体の核に攻撃を与えなければ決定打にならず、却って相手を凶暴にするだけなのだが。

あくまで最終手段だ。

掴まれていない片方の手で潜水服をしきりにまさぐると、肘がとても重く硬いものに当たった。

ボンベか!

こういう時のために持っておいたボンベだ。

ボンベに入っている空気を水中で多量に放出すれば、空気が溶水を乱し、一時的に残留思念を弱体化できる。

上手く行けば、その間に逃げれた。

だが、その希望は一瞬にして霞に巻かれた。

届かない。

片腕ではボンベを下ろすことは愚か、バルブすら捻れない。

大きなため息を吐く。

ここまで絶望的であれば諦めも着くと言うものだ。

そもそも、こんな強い力を持った思念体だ、逃げようとしても逃げられないだろう。

だが、私が今思念体の気を引いているから、少なくともまだ根田と多賀谷は無事なはず。

私ができることは、彼らが帰れる時間を稼ぐことだ。

不気味な彼女について行くことにしよう。

「分かった分かった、君について行くよ。だから案内してくれ」

そういうと、彼女はピタリと止まった。

不快な程に引きつった笑を浮かべながら、静かになった。

気付くと、周りの暗闇は亀裂が生じ、少しずつ崩れていく。

崩れた隙間からは光が入り込み、段々とこの記憶領域の暗闇を照らし始める。

入り込む眩しい光に目が慣れた頃、周りの景色はガラリと変わっていた。

どうやら、どこかの遊園地の記憶のようだ。

「パパ!早く行こ!次あれ乗りたい!」

私と手を繋いでる少女は、呪いが解けたかのように無邪気な表情を見せる。

指の刺す方向にはメリーゴーランドがある。

「あれに乗りたいのか、わかった。行こう」

そう言うと、美咲は嬉しそうな笑みを浮かべ私の手を自分の体重を使ってぐいぐいと引っ張った。

「大丈夫、大丈夫だよ。遊具は逃げたりしないって」

私がそういう。

私だって、逃げたりしない。

ただ、この情景と情緒が激しく移り変わる緩急の差に、私は気持ち悪くなった。


「お、おお、いけいけ、釣れる釣れる!もっと!踏ん張って!そう!そう!」

「やった!見て!パパ見て!デッカイの釣れた!」

三咲は嬉しそうに飛び跳ねている。

そう、三咲の記憶は楽しさで埋まっていて、思念体になる必要があったのかどうかすら怪しいレベルで幸福に満ちている。

遊園地でも美咲は楽しそうだったし、父親も子供思いで優しい。

遊園地から水族館、公園、食事、お風呂、寝床、様々な彼女の記憶を巡ったが、恨みを持っている様子も無いし、彼女は笑顔が絶えない。

こんな微笑ましい程に満たされている美咲がいったいどうして思念体になったのだ。

「パパ、ねぇパパ!見て!見てってば!」

三咲が自慢げに釣った小さめのマスを見せてくる。

こういう些細な事でも、子育ては難しいものだと改めて思う。

子供のためにも、本心は違ってても褒めてあげなければならない。

私には不向きもいい所だ。

幸いにも私は記憶を追体験しているだけなので、どう対応すればいいかは直感でわかる。

「お、いいのが釣れたな!後は親戚に渡す魚として3匹釣ってくれ!ハッハッハ!」

私はそう言ってジュースを片手に笑った。

小さいマスだな、なんて言う訳にはいかない。

「パパは釣らないの?」

三咲はビチビチと動く魚を尻目に、特に意味も無さそうに聞いてくる。

「んぁ?俺は釣らないんじゃなくて、釣れないんだ。なんたって、釣りがめちゃくちゃ下手だからな!三咲ちゃんの方が上手いから、美咲ちゃんに任せてるのさ」

適当に響きのいい事を並べ、三咲にトドメを刺す。

「美咲ちゃんなら、余裕だろ?」

「うん!」

威勢のいい彼女の返事が聞こえると、釣針からマスを手馴れた様子で綺麗に外し釣りを再開した。

集中して釣りをしている三咲を見ながら手元のジュースを一気に飲み干した後、折りたたみ椅子に腰を下ろして私は彼女について思考を巡らせる。

一般常識として、思念体になった魂というのはなにか特別な憎悪や未練、思考を持ち合わせている。

例として、5年前の溶水大災害を引き起こした思念体は、不幸に見舞われた自分と同じ状況に皆を連れ込みたい、その反応をみたいという猟奇的な思念体だった。

私が2週間前に浄化した思念体は、不仲になってしまった彼女に伝えたいことを伝えられぬまま命を終えた持病持ちの男性であった。

今の思念体と思われる三咲には、そういった強い特別な思いは微塵も感じられない。

一番最初の魂の選択が起きた後からは魂の選択は発生してないし、精神が不安定になる様子もその時以降は見られない。

やはり彼女とは別の思念体が、この溶水を引き起こしていると考えていいだろう。

最初に、この溶水の調査結果を聞いた時に感じた違和感は正しかった。

私がここから生きて帰るには、美咲の核を浄化する事よりも先に、違和感の原因であろう第2の思念体を浄化する必要がある。

問題は、その第2の思念体がどこに潜みどのように美咲に干渉しているか。

異なった魂が別の魂に干渉しているのであれば美咲の記憶の何処かに違和感があったはず。

違和感がなかったか、彼女に出会ったところから詳細に思い出す。

潜水服や何から何まで途端に見えなくなり、美咲と接触した。

思えば、全部見えなくなったのはおかしい。

いつも潜っている溶水では潜水服は常に見えているし、普段の記憶追体験だって彼らの記憶を俯瞰的に眺めるものだった。

今の私は、三咲の記憶の中の人物として記憶を追体験している。

待てよ、私はいつから父親視点に移り代わった?

魂の選択を終え三咲の記憶領域と溶水の狭間を歩いていた時、あの時までは確実に第三者視点だった。

その後風景が変わると共に、私は父親視点に切り替わっていた。

気付かなかった。

疑うことがなければ、普通だと思い込んでいた。

そうだ、思念体の作り出す溶水からは人智を超えた精神攻撃が繰り出される。

頭が精神攻撃と認識できない攻撃をされていたなら、何かが起きていた事も頷ける。

だが、それ以上に重要なことは私自身に何かあったとしても、三咲の記憶領域においては違和感が感じられなかった、ということだ。

魂が2つあるとしたら、彼女の記憶の中に小さな矛盾がいくつも生じるはず。

でも、そういった矛盾は見つけられなかった。

つまり、思念体は彼女だけで構成されている可能性がある。

魂が2つあるという仮説の有力性が欠けた今、もうひとつ、私の中に説を立てる。

彼女は元から残虐な性格をしていて、その事実を隠しているのだとしたら。

となれば、後悔や憎悪が未練として満ちるはずの思念体の記憶が、楽しさそのもので埋め尽くされているのも納得がいく。

残虐な性格を包み隠すために彼女が作り出した実在しない記憶に加えて、事実を悟られないようにするために常に笑顔を振りまいているのだとしたら。

三咲の方へ目をやる。

彼女は依然として楽しそうに釣りを続けている。

あの花のような笑顔が、宝石のような瞳が、絵のような一挙手一投足が、全てが私を欺く常套手段のように見えてくる。

彼女はなるべくして思念体になったのだ。

その普通とは言い難い性格をもってして。

「三咲...」

いてもたってもいられずに彼女に話しかけた矢先、鋭い衝撃波が体を伝うと共に周りの景色に亀裂が生じた。

亀裂が徐々に広がり、景色がガラスのように割れてこぼれ落ちていく。

その割れた向こうにはまた違う空間が広がっている。

別の記憶に飛ばされる時間が来たらしい。

仕方ない。

次の記憶の中で彼女に質問すればいい。

周りの景色が変わりきった頃に、自身の手元に何か握っている感触があることに気付く。

手元を見ると.....包丁を握っていた。

その包丁と握る右手には、赤黒く、ベッタリとした液体が多量に付着している。

これは…まさか。

嫌な予感がよぎって少し後ずさりすると、水溜まりを踏むような音と感覚を足伝いに捉えた。

この薄暗い冷ややかな空間で、私の荒い呼吸音が響き渡る。

恐る恐る視線を足元に運ぶと、そこには血だらけの人間が仰向けに転がっていた。

私が、殺したのか?

違う。

殺したのは三咲のお父さんだ。

同じ視点で記憶を追体験しているせいで一瞬混乱してしまった。

何故父親はこの目の前に転がっている女性を殺したのか。

とりあえず、傷の状態を確認してみる。

かなり鮮明に見えるので正直気持ち悪いが、大事な情報源になるだろうし四の五の言わずに観察するしかない。

体の胸辺りには鋭い刺傷がいくつもある。

相当な殺意または確実に息の根を止めるために何度も刺したのだろう。

見れば見るほど気持ち悪い。

吐き気はするが、我慢はできる。

記憶の中ではあんな温厚な父親が、凄まじい豹変具合だ。

仰向けに転がる人間の乾いた目は、どこか遠くを見つめて動かない。

「『...お前の思い通りになって...たまるか......三咲は...三咲はお前の道具なんかじゃない...』」

不意に、頭に響く声が周りから聞こえ始めた。

慌てて辺りを見回すと喋っているような人影はなく、だが景色はあらぬ方向に様々に曲がり歪みが生じている。

魂の選択が始まったかと思ったが雰囲気が少し異なっている。

魂の選択とは別物のようだ。

空間は歪んでいるが、隙間から思念体の記憶の断片が見えていない。

記憶の断片は、強い感情の起伏によって残留思念が増減し、溢れた残留思念が結果私たち人間の視認できる記憶の断片として現れている。

記憶の断片が見えるほどの強い未練によって引き起こる魂の選択とは、明らかに違う。

だが裏を返せば思念体が経験した、心が変わるほどの人生におけるターニングポイントとなる記憶をこれから追体験する事になり、思念体についての重要な足がかりを見つけるチャンスとなる。

気張っていけ恭也。

「『...こうなって当然なんだ.....お前が招いたんだ...お前のせいなんだ...』」

また声が響く。

これは、私が追体験している人物、三咲の父親の声か。

三咲は道具じゃない...とは。

この転がっている女性に何か問題があり、父親がこのような強硬手段に出たということなのか。

「『パ…パ…?ママに…なにしてる…の?』」

開いた扉の向こうでは、まるで猛獣を見ているかのように目を丸くして三咲が立ちすくんでいる。

この光景を、彼女は見てしまったようだ。

ふと、瞬きをする間に景色が変わった。

今度は何かが包まったブルーシートを、野外で私がシャベルを使い土に埋めている。

つまり、妻を殺害した上に死体遺棄しているのか。

妻を殺害した上で...

妻を殺害...

思い出せば、おかしい事はいくつもあった。

三咲は、私の発言に対してお母さんはいないと答えていた。

加えて、あの1番最初の魂の選択の時、お父さんが部屋に向かってきている時は相当な恐怖を抱いていた。

あれは、母親が父親に殺された事を知っていて、自分もそうなると思ったからだったと推測できる。

この一連の流れで最も重要な事は、父親を怖がっていたということだ。

私が追体験した記憶の中での三咲は父親とずっとにこやかに過ごしていたが、その間母親は記憶の中に一度も出てこなかった。

追体験した記憶の時点で、母親は殺されていた。

それを踏まえると、母親を殺した父親にここまで懐くはずがない。

母親を殺した父親を目撃し、トラウマを抱えた状態で、だ。

記憶の食い違い、なのだろう。

食い違いが起きていると言うことは、最初に私が出した仮説、魂が2つあるという説が再び有力にになった。

では、この記憶の食い違いを産んだ正体は誰か、その思念体さえ浄化出来れば、あとは流れで諸々を終わらせられる。

.......

私はシャベルの手を止めた。

そうか。

この記憶の思念体は、私か。

厳密には、私が今記憶を追体験している父親が思念体だと、確信した。

薄々気付いていた、が気付かないふりをしていた。

ああ、既に私の体は無い。

感覚が無いのだ。

体の至る所を触っても、潜水服を着ている感覚が無い。

私の体は魂諸共この溶水辺に取り込まれている。

いわば服も着てない、魂だけの状態。

三咲の手を取ったあの記憶領域の暗闇の中、恐らくはあの時にもう私は手遅れになっていたのだろう。

そして、溶かされた私の魂は、思念体である三咲の父親の魂に食われのだろう。

私が他人の記憶を一人称視点で追体験出来ていたのは、その記憶領域を生み出している思念体と同一になっていたから。

これが、事の顛末。

私の末路。

であれば三咲の負の感情と相反する食い違った記憶を見ていたのも辻褄が合う。

三咲の父親が映していた美しい記憶は、そうあるべきだった、叶えられなかった美しすぎた桃源郷。

この悪夢を作り出した、父親の名は八尾広人。

今なら全てが分かる。

思念体である八尾広人の全てが。

彼の記憶が、真実が私の魂の中でフラッシュバックする。


どうしてだ!

どうして三咲を部屋に閉じ込める!

どうして三咲の自由を奪う!

三咲には三咲の人生を謳歌してもらいたい

ただそれだけなのに!

どうして分からない!

三咲の幸せが私たちの幸せだと

どうして分からない!

心も体も衰弱する三咲を見ろ

どうして分からない!

1人寂しくずっと部屋の中で過ごしている三咲を見ろ

どうして分からない!

三咲はお前の操り人形じゃない!

こうなって当然だ

お前が招いたんだ

お前のせいなんだ

これで全て終わらせる

お前の全てを奪ってやる

お前の全てをここに捨ててやる

お前の全てをここに埋めてやる

お前の全てをここで消してやる

どうしてだ三咲

どうして怖がる

どうして怯える

どうして

どうして

どうして

どうして

そうか

三咲の中にも

アイツがいるのか

アイツがいるから

俺を否定するのか

お前の中から

アイツを消さなきゃな

そうじゃなきゃお前は

アイツの思い通りだ


優しさが、憎悪が、怒りが、寂しさが、私を溢れんばかりに満たす。

1人に人生を狂わされ、1人を助けるために人としての道を踏み外した1人の父親。

幸福で満たされるはずだった父親の旅路は、知らずのうちに黒いドブにハマりこんでいた。

人間性が渦巻く黒く深いドブだ。

そんな父親が、叶えられなかったどうしようもなく美しく幸せな人生を、この湖に未練として落としたのだ。

ただ、三咲に幸せに笑って生きていて貰いたい。

そんなささやかな願いを叶えてあげる事が、父親の未練を成就し、思念体をを浄化する為の鍵だ。

だがどうすればいい。

三咲を幸せにすることが浄化の条件だろうに、彼女は既に父親へのトラウマを持っている。

記憶の中ではあんなに幸せそうに笑っていたが、現状父親の未練は昇華されていない。

おそらく、父親に上塗りされた記憶の中で三咲を幸せにしても、それは真に幸せではなく、ただの妄想で終わってしまうからだろう。

そして、父親自身も、この後三咲を手にかけてしまうだろう。

どうすれば三咲を幸せにしてやれる。

私は階段を上がる。

1歩1歩を踏みしめていく。

階段の軋む音がよく聞こえる。

周りの歪んだ空間からは記憶の断片が私を覗き込んでいる。

その断片が鏡のように反射して、私を既に異形の姿として映している。

真っ黒に染まり、形は靄のようにおぼろげで、人と言うには程遠い形をしている。

もう、私は私では無いらしい。

階段を登りきると、南京錠のかかった扉がある。

この先に、三咲がいる。

私は三咲を愛している。

それは間違いなく言えることであり真実だ。

ただ、愛してたが故に私は苦しんだ。

愛菜の暴挙を止められず、苦しむ娘を見ていることしか出来なかった。

その逃れられない苦しさは、俺の心身を蝕んだ。

俺の壊れた心は自然と苦しみから逃れる為に、最愛の娘も、私の全てを、自ら壊して解放されようとした。

その選択を俺はどれだけ後悔しているか。

みんな壊してみんな消したはずなのに、私の娘への愛だけは何者にも負けなかった。

「なぜ私は」

なぜ俺は

「三咲を殺した」

娘を殺した

「こんなにも愛していたのに」

こんなにも愛していたのに

「どうすれば良かったんだ」

どうすれば救われたんだ

いや、本当はわかっていたはずだ。

人情深い君なら。

外付けの鍵を外し形のない手でドアノブを捻ると、蝶番は悲鳴をあげながら扉を開けた。

部屋の薄汚れたベットの上で、毛布の中で三咲は震えていた。

そのままベットに歩み寄り、両手で血だらけの包丁を強く握る。

そのまま、振りかざす。


俺は三咲の為にここまでやった

お前の為にここまでやったのに

どうして俺を化け物を見るような目で見るんだ

こんなにも愛してこんなにもお前に尽くしたのに

そんな目で見ないでくれ


そうだ。

妻を殺すことは、彼女の望むものでは無かった。

ただそれだけだった。

妻を包丁で刺したのは三咲の意思ではなく、俺の意思による行為だ。

俺はただ苦しみから逃れたいという弱い心を満たしたいがために、己の行為を三咲のせいにし、三咲に縋った。

その弱い心故に、俺の取り返しのつかない行動を否定される事に怯え、愛してる三咲すらも妻と同じように、血で濡らし、湖に捨てた。

分かっていただろうに。

この行いを後悔していることも。

これは三咲の為ではなく、私の為にやったことだ。

自らの責任を三咲に投げつけるのは、違う。

いくら妻が話の通じないネジの外れた人間でも、殺人という悪手を取った時点で明るい未来などなかった。

全て分かっていたから、君は三咲と同じ湖に身を投げた。

もう一度三咲に逢いに行くために。


ではどうする


やるべき事は、ひとつしかないだろう。


私は振りかざした手をおろし、包丁を床に捨てた。

そして怯えてこちらを見ている三咲の頭を、血に濡れていない綺麗な手で優しく撫でる。

「ごめんな、三咲。お前を幸せにしてやれなくて。お前の未来を奪っちまって。俺は、お前のパパにはなれなかったらしい。本当に、ごめんな」

気付けば、私は涙ぐんでいた。

確かに、彼は憎悪に満たされていた。

妻も恨んでいたし、このような惨状を作り出した己も憎んでいた。

厚い負の感情によって、1番の未練がその中に隠れてしまっていた。

だが今、その本当の気持ちを知ることができた。

彼は三咲に謝りたかった。

それは、最も近くにあって、1番遠いものだった。

寂しさを与えてしまったことも、恐怖を与えてしまったことも、幸せにできなかったことも、全て謝りたかったんだ。

困惑して動かない三咲を、私は抱きしめた。

「ごめんな、パパは行くよ。三咲といたら、俺はお前を幸せにしてやる事が出来ないんだ」

そして、ベットの反対に位置する壁を見た。

そこには本来この部屋にあるはずのない扉があった。

私が最初に三咲の手を引っ張って入った、三咲と八尾広人の記憶領域の狭間。

別の未来を示す扉。

私が体を失った場所。

この向こうにはきっと、私が身につけていた浄化用のナイフがあるはずだ。

魂だけの状態では恐らく持ち上げることはおろか触ることも出来ないだろう。

でも、今は違う。

別々の魂と各々の感情が複雑に混ざり、歪な強い残留思念に形作られている今の私であれば、物に干渉することは容易だろう。

扉を開くと、辺り一面は暗い水底に包まれた。

歪みの隙間からはみ出た記憶の断片が、私を物珍しそうに狂いない眼で凝視している。

私は私の亡骸を探して歩き回った。

だがなかなか見つからない。

いくら歩いても、薄暗い景色が延々と続くだけだった。

それでも、歩き続けた。

歩いて、歩いて、歩いて、歩いて。

どれだけ歩いているかも分からないほどに歩いた。

しかし、いくら歩いても私の私物は見つからない。

私物は見つからないのに、三咲の部屋に通じる扉だけは、私の帰りを待つように後ろをずっとついてくる。

あの部屋に戻ってしまえば、またこの悪夢を繰り返してしまう。

でも現状を変える手立てはまだ見つからない。

それでも、歩き続けるんだ。

この悲劇に幕を下ろすために、進み続けるんだ。

ひたすらに歩いていると、前の方から人影が近付いてきている事に気が付いた。

周りが暗くてよく見えないが、その黒い影は私に話しかけてきた。

「『探し物はこれですか』」

黒い影が片手を出てきた。

その片手には、アメジストが込められた私の浄化用ナイフが握ってあった。

私の探し求めていたものを彼が持ってきてくれた。

「ありがとう」

そう伝えた。

「『気にしないで下さい』」

その黒い影が発する声は、どこか聞き馴染みのある声だった。

人影が、私の手にナイフを置いて少し後ろへ下がった。

そのナイフを私は握りしめた。

これでこの思念体、八尾広人の悪夢を浄化することが出来る。

ここは終わらぬ悪夢の中。

終わらせなければ、終わらない。

美しい夢を見るだけでは、何も変わらない。

何度も繰り返している美しい悪夢に終止符を打つ。

全く。

夢の中くらい、現実を忘れさせてくれてもいいじゃないか。

すまない、玲於。

君との約束は果たせそうにない。

後輩を置いて先に旅立ってしまう私を見れば、君はなんというのだろうか。

きっと、軽蔑するのだろう。

だが、また君に怒鳴られるのも悪くは無い。

そう思える。

強く握りしめたナイフを、胸に突き刺した。

不思議と痛みは感じない。

むしろ、この怨嗟を終わらせられた達成感が私を満たしていく。

体に纏わりついていた黒い靄が次第に消えていき、記憶の断片が目を瞑り初め、周りの歪みがゆっくりと直り始める。

同時に、私の視界がボヤけ、力が抜けていく。

立っていられず、前かがみにゆっくりと倒れ込む。

寂しいな。

こんな暗く冷たい水の中で、私は1人静かに消える。

最後に、少しでもみんなと話したかった。

みんなにありがとうと言いたかった。

こんな捻くれ者についてきてくれた3人に。

みんなにごめんと言いたかった。

みんなを置いていく無責任な私を許してくれ、と。

倒れていく中でやり残した事を考えていると、私の体を誰かが抱き締めるように支えてくれた。

先程のナイフを渡してくれた黒い影か。

この冷たい水の中、彼から伝わる温もりが私を包み込む。

なんでこうも心地が良いのだろう。

久しく忘れていた、温かさ。

「『ありがとう…』」

私はゆっくりと目を閉じ、この悪夢から覚める事にした。


………


強い揺れを感じて、私は車の中で目を覚ました。

また、同じ夢を見てしまった。

「起きましたか。随分とお疲れみたいですね、奥永班長」

隣にいる晴太が声を掛けてくれた。

「あぁ」

曖昧に返事を返した。

下を向いて寝ていたので、首はやけに痛く、頭痛も酷い。

頭痛が起きたのは中途半端に寝落ちしたせいだろう。

重い頭を持ち上げ、外をぼんやりと眺める。

辺りは森で埋め尽くされている。

「大丈夫でしたか、奥永班長。酷くうなされていたようですが」

心配したように、晴太が話しかけてきた。

「.....大丈夫だ。どんな夢なのかは忘れたが、何か長い夢を見ていたような気分だ」

そう、何か長い夢を見ていた気がする。

私にも何を言っているか分からない事を言って答えると、晴太はクスッと笑って言った。

「夢は覚えてないのに長い夢だったことは覚えてるんですね。矛盾してません?」

晴太が私を小馬鹿にしたように笑ったので、少し頭にきた。

「そんな言い方無いだろ。晴太、君だって昨日見た夢を今言えるのか?」

こう言ってやった。

「覚えてませんねぇ」

少し頬を引きつらせて晴太は楽しそうに言った。

こんな変な会話でも楽しそうに話す晴太を見て、少し喧嘩腰になった私が恥ずかしくなった。

眉間に皺を寄せて私は窓の外を眺めた。

思えば、こんな捻くれ者の私とも楽しそうに話してくれるのはありがたいことでは無いだろうか。

「ありがとう、晴太君。こんな私に付いてきてくれて」

晴太に向かってそう言ってみた。

晴太がキョトンとこちらを見ている。

ぽっと出で言ってしまったが、普通に考えたら恥ずかしくないか?

顔を見ているのも照れくさくなってすぐに窓の方を向いてしまった。

すると、大きな笑い声が隣から聞こえた。

「いや、すみません。まさか奥永班長からありがとうなんていう単語が聞けるとは思ってませんでした」

せっかく褒めてやったのに、なんて失礼なやつだ。

やっぱりこういう事は言わない方がいいのかもしれない。

そんな事を考えていると、ひとしきり笑った晴太が落ち着いた声で喋った。

「奥永班長。感謝したいのは僕の方ですよ。あなたが示してくれたこの道を、僕は進んでいこうと思います。少しの間でしたが、あなたの班員として活動できて、私は嬉しかったです」

なんてやつだ。

私よりも数段上の返答をしてきやがった。

「晴太、お前はそんなに恥ずかしい事を平気で言えるんだな。ま、まあまあ嬉しいし、悪い気はしないけどな」

真剣な眼差しでそんなことを言うもんだから、少し誤魔化すように返答した。

だが、とても嬉しい。

ずっと胸の奥にかかっていた霧が晴れたような気がする。

こんなにも晴れ晴れとした気持ちになったのはいつぶりだろうか。

自然と笑顔がこぼれる。

この気持ちはちゃんと伝えるべきだろう。

「いや、もう一度言うけど、こちらこそありがとうだよ晴太君。君と話していたら些細な悩み事がどうでも良くなった気がしたよ。今日の仕事は上手くいくぞ」

目を合わせて喋るのは少し恥ずかしいが、それでもいつにないくらい笑顔で晴太にお礼を言った。

だが、何か晴太の様子がおかしい。

何故か晴太は手で目を隠していた。

片手で両目を覆って隠すように泣いている。

「は、晴太?私がなにかやったか?」

心配して声をかけると、晴太は少し首を横に振った。

「目に...ゴミが入っちゃいまして...」

「そ、そうか」

あまり涙には触れないようにしよう。

窓の外を見ると、いつの間にか森は抜けて開けた場所に出ていた。

車が止まっている。

どうしたのかと少し周りを眺めてみる。

「着いたみたいですよ。皆さんが待っているので早く降りましょう」

晴太が教えてくれた。

「そうか、じゃあ降りよう」

とりあえず降りてみる。

周りを見渡してみても特に物珍しいものもなく、ただ木々が鎮座している。

「おーい!マブダチー!」

声が聞こえた。

道の開けている少し遠くの方を目を凝らしてみると、手を振ってる人物がいた。

逆光に慣れてくると、誰がいるのか明確にわかった。

「玲於!玲於じゃないか!」

嬉しくて思わず声を荒らげた。

そこには私の親友、新田玲於が手を振っていた。

私が駆け寄ると、玲於は嬉しそうに肩を組んできた。

「久しぶり!待ちくたびれたよ、恭也。元気にしてたか?」

「あぁ、元気にしてたさ。私を舐めてもらっちゃ困るよ」

「舐めてなんかねぇよ、元気そうでなによりだな!」

げらげらと玲於が笑う。

「なに2人だけで盛り上がってるんスか」

さらに声が聞こえた。

声が聞こえた方を見ると、神崎たち6人がいた。

「お前たちも来てたのか!どこに行ってたんだ」

「何言ってんスか!奥永先輩を待ってたんスよ!」

しばらく会っていなかった後輩達にもあえて、私は気分が有頂天になる。

今日はなんて幸せな日なのだろう。

「さ、行こうぜ!マブダチ!後輩ども!俺の家で飲み明かすぞ!マブダチを連れてったら、俺の家族も泣いて喜ぶぞ!」

玲於が私の肩を揺する。

「分かった分かった、行くから」

適当な反応をしたが、正直満更でもない。

そうか、こんなにも楽しかったんだな。

「なんか、夢でも見てる気分だ」

おもわず目頭が熱くなった。

ふと、すすり泣くような声が聞こえた。

辺りを見渡してみると、近くの木の下でしゃがみこんでいる少女を見つけた。

「どうしたんだい?」

近付いて話しかけてみると、少女が顔を上げた。

「パパとはぐれちゃった...」

そう言うとわんわん泣き始めてしまった。

困ったな。

お父さんはどこへ行ってしまったんだ。

「おーい、何してるんだマブダチ!行くぞー?」

「すぐ行く!」

みんなを待たす訳には行かないが、彼女を置いていくのも可哀想だ。

彼女に手を差し伸べて話しかける。

「良ければ、おじさん達と一緒に来ないか?もしかしたら、パパも見つかるかもしれないよ」

少女は少し泣きやみ、聞いてきた。

「パパに、会える?」

子供らしい、答えを出すのが難しい質問をしてきた。

普通ならば会えるなんて安易な発言は控えるべきだろう。

だが、彼女の父親は必ず見つかる。

確証は無いが、何故か見つかる気がする。

「きっと見つかるよ」

そう言葉をかけ、少女の涙を袖で拭ってあげた。

一段落すると、私の手を取って彼女は立ち上がった。

「じゃあ、一緒に行こうか」

私は手をしっかり繋いで歩き始めた。

もう離したりはしない。

「自己紹介をしていなかったね、私の名前は奥永恭也。君の名前を聞いてもいいかな」

「...三咲!三咲って言うの!」


………


僕はヘルメットを外して、折りたたみのベンチに腰を下ろした。

ヘルメットを脱いだことで心地よい風が頬を撫でる。

気持ちが落ち着くと、疲れがどっと押し寄せる。

「お疲れ様、小暮班長」

潜水服を着た宮田班長が一声かけてきて、ふぅーっとでかいため息を吐いて同じくベンチに座った。

「ヘルメット、取らないんですか?」

座った宮田班長に疑問を投げかけてみた。

「今やろうとしてたところですよ」

彼は吐き捨てるように言い返し、ヘルメットを外して地べたに置いた。

その曇りなき晴れ晴れとした青空を見上げながら、宮田班長は話しかけてきた。

「いやぁ、ベテランだった奥永を取り込んでしまうほどの溶水がなんぼのもんだと思っていましたが、想像を絶するほどの狂気に満ちたもので驚きましたね。ありゃ事前情報があっても浄化出来たかどうかですよ」

50歳を越えている大ベテランの宮田班長にも今回のは応えたらしく、愚痴のように言う。

僕も会話を合わせる。

「警察からの八尾一家の報告がもう少し早ければ、奥永班長の浄化作業を中止させることが出来たかもしれなかったですよね」

警察が八尾一家を訪れた時には、誰も居なかったらしい。

警察の方々が調べたところ、家の主人が子供の行方意不明届けを出していたが、その後音信不通になっていたようだ。

自分が殺して湖に捨てた子供の行方意不明届けを出すなんて、もう父親の精神状態は普通では無かったのだろう。

そんな精神状態で形成された溶水が安全なもんか。

八尾一家の背景を思い出していると、宮田班長は会話を続けた。

「まあ、でも、やっと彼を解放してあげることができた。12年間も、彼を待たせてしまいましたね」

その言葉に、私は胸を締め付けられた。

「そうですね」

こんな長い間も待たせてしまって、ひたすらに辛い。

だけど、宮田班長は僕よりも辛いのだろう。

僕が実際に奥永さんと仕事を共にした期間は二週間前後だったけれど、僕とは比べ物にならないほどに数多の死地を共にした盟友とも言える2人だったのたがら。

彼は視線を落として、湖を力なく眺めていた。

気付くと、ベンチに置いてあった携帯が鳴っていた。

着信の主は、多賀谷さんだった。

「すみません宮田班長。少し離席しますね」

そう言って立ち上がった。

宮田班長は返事はしなかったけれど、静かにこっちを見ていた。

少し離れたところでやっと電話に出た。

「もしもし、小暮です」

「あ、晴太さん。お疲れ様です」

いつも通りの声で多賀谷さんが声を返してくれた。

備天才的なカリスマ性で溶水監視局の重鎮に成り上がった多賀谷さんは、今日は外せない仕事で浄化作業には来れなかった。

だが、電話をかけたということは仕事が終わったのだろうか。

「外せない用事は済んだのですか?」

純粋に聞いてみる。

すると、直ぐに多賀谷さんは返答した。

「えぇ、何とか終わらせました。そちらの作業は順調でしょうか」

心配そうな声で聞いてきた。

「はい。浄化作業は完了しましたよ。負傷者も0人です」

簡潔に歯切れよく言った。

その言葉を聞くと、彼は安堵の声を漏らした。

「良かった、本当に良かったです。皆さんも無事で」

本当に安心したようで、声の緊張が解れている。

僕も、この浄化作業の許可を取り付けてくれた多賀谷さんに感謝を申し上げねば。

「本当に、今回の浄化作業を出来たことに心からの感謝を申し上げます。本当にありがとうございました」

僕が感謝の意を述べると、彼もまた返してくれた。

「こちらこそですよ、晴太さん。私の悲願を君に押し付けてしまう形になってしまって申し訳もない」

彼が謙って言ってきた。

そこまで僕に頭を下げる義理は無いだろうと感じていると、多賀谷さんは一際落ち着いた声で聞いてきた。

「不躾な質問ですが、聞いてよろしいですか。奥永は、どんな感じでしたか」

「奥永班長の…感じですか」

彼にそう聞かれて、僕は奥永さんとの最後の一時を思い出す。


「『ありがとう、晴太君』」


「とても笑っていましたよ。はい。奥永班長のあんな笑顔を見たのは初めてでした」

「そうですか。それは、良かったです」

多賀谷さんの声は嬉しそうな、でもどこか寂しそうな声だった。

湖の漣が聞こえるほどの少しの静寂の後、また多賀谷さんが会話を続けた。

「柴崎さんにも、この吉報を後でお持ち致しましょう。あと、ひとつ。一段落したら、どこかでまたお会いしませんか。今日のこと、お酒でも飲みながら聞きたいものです」

嬉しい誘いだ。

「はい。ぜひご一緒させて下さい。その時は、根田さんもお呼びしませんか?」

そう聞いてみた。

「そうですね、根田さんも是非お呼びしましょう。ただ、あの方はもう聖歌隊を降りてしまっているので今は何をしているのか。打診はしてみましょう」

もし会えるなら、奥永班長を救えたことを伝えたい。

「ありがとうございます!」

「いえいえ。では、一旦失礼しますね。後日また連絡します。本当にお疲れ様でした、晴太さん」

別れの挨拶と共に、電話が切れた。

何気に携帯のホーム画面をみると、気付かぬうちにメールも来ていた。

どうやら坂部班長からのようだ。

きっと彼も心配してくれている。

後でちゃんと連絡を返そう。

またベンチに戻って僕は腰を下ろした。

「失礼します。今お時間、頂いてもよろしいでしょうか」

ハキハキとした声が聞こえた。

振り向くと、後ろには水質調査の人が立っていた。

「えぇ、構いません」

宮田班長は背中を向けたまま力無く言う。

「感謝いたします」

彼は感謝を述べながら、手元にある書類を見ながら話を始めた。

「小暮さん。宮田さん。お二人の力添えのお陰で、残留思念の活性化が収まった事を確認致しました。誠にありがとうございます。増水も止まり、標準より大幅に増幅した水位もゆっくりと基準値へ戻ると思われます。危険性の排除もクリア致しましたので、只今の時刻を持ってこの周辺区域の溶水非常事態宣言及び避難指示を解除致します。何か質問はございますか?」

「大丈夫です」

その質問に、宮田班長は振り返って1つ頷いた。

僕も返事をする。

「僕も質問は特にありません。報告ありがとうございました」

僕は水質調査員の方を向いて一礼をすると、彼もまた深々と一礼して仮説テントの方へ戻って行った。

水質調査員がテントに入るのを見送ると、宮田班長は自分のことを嘲り笑って言った。

「2人のご活躍により、ですか。私はなんにもしちゃいない。奥永を見送ってくれたのは君だし、なんなら今回のMVPは奥永だってのに」

僕もそれには同感する。

「そうですね。この12年間、あの人がこの湖の増水を止め続けてくれていました。それが無ければ、ここら一体も溶水大災害で沈没した東京同様に、立入禁止区域になっていたでしょう」

奥永さんは溶水に呑まれても戦い続けてくれた。

12年もだ。

彼の勇姿は、奥永さんの人を護るという想いは、もう影も形も無くとも僕達が間近で見届けた。

あとは、どこか遠くの所で幸せに笑っていてくれることを願うばかりだ。

しかし、宮田班長だって奥永さんが探していたナイフを送り届けてくれた。

ナイフを渡せなければ、きっと浄化出来ずに奥永さんが怪物に成り果てる胸糞悪い未来が待ってたはずだ。

「宮田班長だって、奥永班長にナイフを届けてくれたじゃないですか」

励ますつもりで僕は言う。

「友に死んでくれとナイフだけ渡して、誇る人間はいないでしょう」

僕の目を見て苦笑いして言い返してきた。

励ますつもりだったが逆効果だったようで、自身のバツの悪さに耐えられず僕は目を逸らした。

「すみません、何も考えずに気持ちを吐露してしまって。ただ、私の無力加減に、憤りを感じるんですよ。本当に、情けなくて」

そう言うと、宮田班長は頭を抱えた。

何も言うことが出来ない。

今の彼には、何を言っても裏目に出るだろう。

僕も気持ちが分かる。

僕もどれだけ無力感に苛まれたことか。

12年前、3人が潜水してから僅か10分もせずに慌てた様子で根田さんと多賀谷さんが戻ってきた。

奥永班長が目の前で消えてしまった、と。

僕は言葉を失った。

早めに到着した小林班のみんな、特に小林班長の現状を理解した時の苦悶に満ちたあの顔を、今でも鮮明に覚えている。

親友の訃報を聞いた時の彼の気持ちを、図り知る事など出来ない。

間もなく周辺地域に溶水非常事態宣言が発令された。

僕らも何も出来ず、ただ撤退するしかない無力感にどれほど悩まされたことか。

目の前で危険にさらされている人も助けられないのに、誰かを助けたいだなんて言っていた僕が憎くてしようがない。

でも、負の感情は未練しか生まない。

どんなに辛くても、後悔を抱いても、前を向いて進み続けることを、奥永班長は教えてくれた。

歩みを止めては行けないことを、奥永班長に思い知らされた。

たとえ未来が暗闇に包まれて見えなくなっていても、美しい過去が未来を阻んだとしても、あなたのように、私は歩みを止めたりはしません。


「『今日の仕事は上手くいくぞ』」


ええ、きっと上手くいきます

あなたは前に進み続けたのですから

だから私達も

「前に進みましょう。お互い、道を見失わない様に」

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

初投稿の作品ですが、至らぬ点は多かったかなと思います。

書いてる内に書きたいことが無数に湧いてきて、気付けばだいぶ複雑なものになってしまいました。

なるべく読みやすいようには努力しましたが、読みづらいところはご愛嬌と言うことで…

この作品を作ろうと思ったきっかけは、私自身あの時こうしていれば、みたいな過去を悔やんだ時でした。

後悔しないようには生きていますが、やはり後悔が必然的に多くなっていくのが生きるということなのかな、と常々感じています。

そんなどこにもぶつけられない後悔が、少しでも報われて欲しい。

例えそれが、夢の中、であっても。

そういう考えに至り、思いつきでこれを物語にしてみようと思いました。

みなさんもぜひ、後悔のない選択をして下さい。

大事なのは後悔しないことです。

それが最善の選択ではなくても、後悔さえしなければ後味はスッキリです。

と、持論を失礼しました。

完成したこの作品を改めて読んでみて、ちょっと情報量が多いですw

なるべく「説明しよう!」みたいな展開は挟まないで作品に没頭してもらおうと思ったのですが、逆に難しくなってしまったような気もします。

もし、この作品を気に入って頂ければ再度読み直して、私の世界観を深めてもらえればなと思います。

登場人物の自分語りなどは聞くだけ長くなりますので、ほとんど省かせてもらいました。

登場人物たちの人生背景は、ぜひ皆さんのご想像にお任せ致します。

皆さんの解釈で、私の作品に彩りを持たせてくれたら喜ばしく思います。

最後に、この作品を読んでくださり、ありがとうございました。

また機会があれば、お会いできるのを楽しみにしています。

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