91 イヴとセシルとイングリッド
「カイト。お帰りなさい!疲れたでしょ……!?」
そう俺を労ってくれたセシルは、俺と共に後ろの荷車に乗っている謎の人物に目を奪われたようだ。もちろんイヴの事だ。
「おう。セシル、無事荷物は届けてきたぜ。そんで向こうの荷物もちゃんと積んできたぞ!あと、この子は向こうで色々あってな。ちょっとゼファールで暮らせなくなったみたいで、ここに運んできたんだ」
セシルは何とも難しい顔をして一瞬判断に迷っていたが、やがてこう切り出した。
「ま、まあ事情は後で聞こう。一旦中へ入ってくれ。私は荷物の確認をするから、終わるまでしばらくゆっくりしていて欲しい」
お、さすがセシル。気配り助かるわー。
「分かった、ちょっとさすがに疲れてな……今この場でぶっ倒れそうなぐらいだわ、はは……」
そう軽くセシルに話す俺だったが、セシルの表情はやや硬かった。
イヴが荷車から降りて、セシルに向き直る。顔は和かな笑顔だった……。
お前、変な事しねーだろうな?
「初めまして、イヴです。今後、お世話になるかも知れませんがよろしくお願いします」
ペコリと頭を下げるイヴ。ほっ、良かったー。
俺はひとまず安心した。
「……あ、ああ。よろしく。私はここのマスターをしているセシルだ。イヴ、とりあえず中へ入ってくれ」
という訳で俺とターニャとイヴはギルドの裏口から中の部屋に入った。
もう本当に俺は疲れ切っていたので、背中を部屋の壁に預けて足をのばして座り、そのまましばらくぐったりしていた。
ターニャも同じく疲れているようで口数は少なかった。
しかしイヴだけはちょっと余裕がありそうな表情をして、俺の隣に密着するように座った。
「お、おいイヴ、あんまりくっつくなよ」
「えー、何でですかー?」
あからさまにセシルに対抗意識を燃やしての行動に見える……あー、やべぇー。
「セシルに見られるとマズいだろ」
「いいじゃないですかー、セシルさんも中でゆっくりしててって言ってましたしー」
うおー、マズい予感がマックスだぜ。やはりこの女、危険だ。
「失礼しまーす!紅茶お待ちしましたー!」
そこへギルドのカウンターの方からまた1人の女が部屋に入ってきた。イングリッドだった!助かったわ。
「おう!イングリッド。サンキュー、ちょうど飲み物が欲しかったんだ」
俺は立ち上がって椅子に腰掛けた。
ターニャはやはりそのまま寝ている。イヴはちょっと残念そうにした後、イングリッドをまじまじと観察するように眺めていた。
イングリッドはそんなイヴにいつものように笑顔を向けた。
「あ、こんにちは……えーっと?」
「ソイツはイヴって奴でな、ゼファールで悪い輩にいいように利用されてて、こっちに逃げて来たんだ」
「えっ、……そ、そうなんですか!?とんでもない事聞いちゃった……大丈夫でしたか?」
イングリッドは素直に驚いて聞いていた様だった。
一方イヴはそれまでの余裕のある感じから、一転してイングリッドには遠慮しているような話し方になっていた。
「い、いえ……、カイトさんに助けて頂いたので。い、今は、平気です……」
「しっかしこういう場合どうすんだろうな?何かしらの事情があって他国から逃げてきた人間をかくまってくれる場所ってあるか?」
イングリッドは笑顔のままちょっと上を見て一緒に考えてくれたが……。
「カイトさん。残念ながらそんな所はないですね……でも……」
「ん?」
イングリッドはあっけらかんとして答えた。
「そんな人そこらじゅうにいますから!しれっとこちらで働いてれば良いんじゃないですか?バレませんよ!」
なるほどな!現代だと密入国とかで問題になりそうだがこの世界は緩いらしい。
「良かったなイヴ!お前ここで食っていけるぞ」
俺はなぜか萎縮しているイヴの背中をポンと叩いた。
「えっ!……えっ……!?私、ここで働くんですか!?」
「ああ、ここでってのはこの国でって意味な。別にこのギルドに強制就職ってわけじゃねーぜ?」
俺はちょっと笑って答えた。あ、あとコレも問題だ。
「コイツ、今日からどこに泊まればいいかと思ってな。どこかねえか?」
これに対してイングリッドは素直に聞き返してきた。
「え?カイトさんのお家では?」
それを聞いたイヴはパッと明るい顔になった。
「そ、そうですよね!」
「ばっ、馬鹿野郎!こんな娘みたいな年齢のやつと同じ家で住めるか!?ターニャとはわけが違うぞ!!」
しかもコイツの性格から言って絶対何かしら誘惑してくるに違いない!俺がもう20歳若けりゃあ大喜びで誘いに乗ってただろうが、すまんな。
それからセシルが入ってきてこう告げられた。
「カイト。全て確認が出来たよ、お疲れ様。今日はもう家に帰って休む?」
「ああ、もう今にでもブッ倒れて寝ちまいそうだよ。ただコイツ……イヴをどうしようかと思っててな」
セシルは自分でも考えていたのかすぐに答えた。
「ああ、じゃあウチで泊まるかい。イヴ?」
「えっ……?」
イヴは突然の提案に戸惑っていた。というか若干嫌そうな顔に見える。
もちろん俺は大賛成だ!そうしてくれるとありがたいぜ。
……と、ここでイングリッドが口を挟む。
「えー。いいなー。私もセシルさんの家、泊まってみたいですよー」
「いいよ。イングリッドも来てくれたら色々助かる。イヴと年齢も近そうだしね」
勝手に話が進む中、イヴ本人はここにいるセシル達や俺の顔をキョロキョロと見回している。
ん?なんか俺の予想と違って随分大人しいな。もっとセシルやイングリッドとバチバチに揉めるかと思ってたが……。
まあ、俺にとってはその方が有難いぜ。
「じゃあまあとにかく今日は俺は帰るな。ターニャも寝ちまってるし」
俺が疲れた笑いを浮かべてそう話すと、セシルは満面の笑みで送り出してくれた。
「お疲れ様カイト、本当にありがとう!正直、国の方からは大手でもない零細の民間業者を使うのは不安だという声もあったんだ……今回の功績でそいつらも黙るだろう」
セシルは両手で俺の手を握って感謝の意を伝えてくる。
俺は素直に嬉しかった。今までよりもハードな配達だった分、感謝される喜びもひとしおだ。
――と、そこへイヴがそれまでと違ったデカい声で割って入ってきた!
「セシルさん!!」
そしてセシルをすごい形相で睨んでいた。