90 ヤマッハ到着
俺はこのイヴという女子をちょっと誤解していたかも知れない。
悪党に利用され、生きる意味も分からない不幸でか弱い少女……そんな風に考えていた時期が俺にもありました。
「関係ありませんよ。私、ライバルがいたほうが燃えるタイプなので。ふふっ」
今目の前にいるこの娘は、自信と魅力に溢れた勝ち気な美少女にしか見えない。うーん……人間って変わるもんだなー。などと俺は呑気に考えるのだった。
――キュルルン、ドゥルルルル……。
「カイトさーん。起きました?そろそろ出発しましょう!」
カブが何やら張り切っている。よっしゃ。俺も頑張るか!
「おう、イヴ。またターニャと一緒に荷車に乗ってくれ。あ、コイツ完全に寝ちゃってやがる……しゃあねえなぁ」
俺は気持ちよさそうに寝ているターニャを抱えて荷車にゆっくり運ぶ。
イヴは快くターニャの子守を引き受けてくれた。
「ターニャちゃんは癒やされます。ぜひ子守させて下さい」
「おお、頼もしいな。じゃあ任せるわ」
……という訳でカブも入れて俺達4人は再び動き出した。
それからの旅路は順調も良いところだった。
空は天晴れ、風も強くなく、道はゆったりとした下り坂が多い。トラブルなど皆無だった。
途中でターニャは目を覚まし、イヴと何やら仲良く話している声が後ろから聞こえてきた。
そして俺達は例の場所へ到達した。
ドゥルルルルー。キキッ……。おっと!ここだけは要注意だ。俺はカブを止め、話しかけた。
「カブ。ここ覚えてるよな?」
「もちろんです!」
そう、そこはヤマッハからニンジャーへ行く途中、泥にタイヤを取られて冷や汗をかいたあの場所だ。一晩経ったが地面はまだ若干湿っている。
「行きと違って今度は下りなんだよな……」
「でもカイトさん。行きの時より危険度は高いですよ!」
ああ、俺はカブの言っていることはすぐに分かった。
「だな、今回の場合下りなうえ荷車の重さが半端ないしな」
スリップしたら止まらず下まで滑ってカブが一撃で廃車になる可能性もある。もちろん俺達の体もタダじゃ済まねえだろう。
「おーい、イヴ、ターニャ。ちょっと降りてくれ!」
するとすぐターニャの声が聞こえた。
「おりるー!イヴもおりる!」
「あ、うん……」
ターニャが先に荷車を降りてイヴを案内するように手招きした。
俺はゆっくりアクセルを捻って坂を下っていく。
そしてほとんどスピードが出ていない中、俺は前後フルブレーキをかけてみた。すると――!!
ザザザザザザッッ……。
秒速50センチぐらいの超鈍足から止まったにも関わらず、カブは後ろの荷車に押されて2メートル程地面を滑っていった!
もちろんブレーキにより前後タイヤはロックされながらだ。ちなみにこのカブはABSは付いてない。
しかもまだ勾配は緩やかな下りで、もう数メートル進めば本格的な下り坂が50メートルは続いている。
「うわっ!こりゃヤベェわ。おいイヴ、ターニャ。ちょっと後ろから荷車を引っ張っておいてくれ!」
ちょっとでも荷車からの圧力を減らしたいと思ってそう命じた。
「はい!」
「ういーー!」
もちろん俺も協力する。
俺は荷車の後右側、イヴとターニャは左側を持った。
「よし、カブ。後は持ってるからゆっくり進んでくれ!」
「了解です!」
――ドゥルルルル……。ガチャンガチャン……。
カブが前に進むと、荷車もゆっくり前に進んだ。
俺達3人はその荷車を逆方向に引っ張る訳だが、荷車の力は相当なものだった。
ザザザザッ……。
「うわっ……すごい力……!」
時折靴を滑らせて後ろに体重をかけたまま、イヴがそうつぶやく。
「んぎぎぎぎぎーー!」
ターニャも頑張って引っ張ってくれているがちょっと焼石に水のような感はあるな。
俺も頑張るかー。
「ふっ……!!」
イヴやターニャと同じように俺も荷車を逆向きに引っ張った。
「カイトさん、いい感じです!スリップも一切してません!もう20メートル程で坂も終わりです!」
「よし、分かったー!皆もうちょいだ。頑張ってくれ!!」
「はい!」
「うい!」
――数分後、ようやくカブと俺達は坂を下り切った!
「いやー、皆頑張ったな。お疲れさん!もう乗って大丈夫だ」
俺はイヴとターニャを労った。
「ふうっ……もう大丈夫ですか?お役に立てて良かったです」
イヴは笑顔でそう言ってくれた。
ターニャがカブの方へ駆け寄っていく。
「カブ。大丈夫?」
「はい!おかげさまで何とか乗り切れました!ターニャちゃん。ありがとうございました!」
カブは仕事したーという感じのいい笑顔で答えていた。
「よっしゃ。それじゃ続き行くかー!」
「はい」
「うぃーー!」
それからは坂道もなく、トラブルもなく、天気の悪化もなく……。配達には最高のコンディションだった。
そのまま心を無にしたように走り続け、ある時トリップメーター代わりの南京錠を見ると、走行距離は950キロになっていた!!
うおおおお!あともうちょいだぁああああ!!
「あと50キロぐらいで着くぞカブ!」
「うわあーー長かったですねーカイトさん!さすがの僕も今回は走りすぎてちょっと休みたくなりました!もうちょっと、頑張りましょう!」
カブもさすがに疲労?したようだ。
帰ったらチェーンの調整をしてやろう。これだけの距離を重量物を乗せて走ってんだ、大分伸びてるに違いねえ。
後の荷車を見てみると、荷車に乗っているイヴとターニャはお互いくっ付いて座りながら寝ているようだった。
微笑ましい光景だな。
そのまま1〜2時間走った時、辺りはすでに夕方を過ぎて薄暗くなっていた。
そしてついにヤマッハの町が見えた!うおおおお!
「ヤマッハだ!ヤマッハが見えたぞー!おいターニャ、イヴ。起きろー!!」
俺は荷車を振り向いて叫んだ。
「ん……?」
イヴが目を覚まし、隣で寝ていたターニャの肩を軽くポンポンと叩いて起こしていた。
「んぉ!?……」
ちょっと間の抜けた声を出して周りをキョロキョロと見回すターニャ。
よし、2人とも起きたな。
ドゥルルルルルー……。
俺は久しぶりに自分の知っている場所に帰ってきて安心感を覚えた。
まずはギルドだ。
とにかくギルドでこの荷物を渡して……それから、……とにかく寝たい。
俺はとにかく疲れ果てていた。走っている時は自分でも疲労に気づかなかったが、実際はとんでもなく疲れているようだった。
荷車で寝ていたイヴやターニャも同様のようだ。
――キキーッ、ザザッ。
周囲が薄暗い中、俺はギルドの裏にカブを止めた。
もうそのままぶっ倒れて寝てしまいたいぐらいだ。
エンジン音が聞こえたからだろうか?裏口の扉が開き、そこからよく知る人物が迎えにきてくれた。
それは、やはりセシルだった。