89 誘惑
「く、車が喋ってる!?」
イヴはこんなことある!?という顔だ。まあ無理もない、現代人の俺でも分からないんだ。
「あ、そうなんです。僕、喋れるんです。……へへ」
カブは何かへりくだったような言い方をしている。
……まあとにかく今はイヴをカブに乗せて走り出さねーと!
俺は空を見上げて決めた。
「よし、この晴天なら多分雨は降らねえだろ。イヴ、お前はターニャと一緒に荷車に乗ってな。シートはちょっと剥がしてやるから」
「ういーー!イヴ、ここ乗る!」
ターニャはイヴに笑顔を向けて、荷車を指差していた。
イヴはちょっと戸惑いながら俺に聞いてきた。
「カイトさん、私も乗って大丈夫なんですか?」
「た、多分大丈夫だ。幸いスズッキーニに行く方向は下り坂が多いしな。もし動かなくなったら降りてくれりゃあいい」
「ありがとうございます」
イヴはニコッと笑って礼を述べた。
――さて、これでまた4〜50キロ重量が増して過去最大の重たさな訳だが、果たして発進出来るか!?
俺はゆっくりアクセルを捻っていった。
ドゥルルルル……ガチャ、ガチャ――!
よし!動いた。初速は遅くてもタイヤが回りさえすればとりあえず動くな。
そして出来るだけ1速でスピードが乗るまで引っ張り2速で走っていく。うん、行けるぜ!
「す、凄い……。こんな静かな車、初めて見ました。しかもこんなに速いなんて……!」
イヴはカブの性能に驚きを隠せないようだ。
それにカブがドヤ顔で応じる。
「ふっふっふ。どんなもんですかイヴさん。これが僕、スーパーカブの実力です!」
「……あなたは生き物なの?」
「いいえ、体は完全なる機械です。しかしその内には熱い心を秘めています。今日もその熱い心をエンジンに乗せてあなたの町まで走ります!そう、僕がHONDAの生み出したビジネスバイク――スーパーカブです!!」
「な、何言ってんだおめぇ……」
カブが唐突にCMみたいな事を喋り出して俺はちょっと恥ずかしくなった。
「カブ、あなた面白いですね」
「ドゥフフッ……」
うっ……!カブの顔が過去最高レベルでだらしない。
若い女の子に気に入られて喜んでやがる。コイツ絶対中身おっさんだ!
それからはお昼頃まで軽い休憩を挟みつつずっと走りっぱなしだった。
特に大きなトラブルもなく順調に走ってゆく……。
距離を見ると、ヤマッハを出てから700キロになろうとしていた。あと300キロかー、大分走ったなぁー……。
ここで後ろの荷車からイヴとターニャの声がした。
「おじー!」
「カイトさん!」
俺は振り向き答える。
「お?何だ!?」
「めしー!めしー!」
ああ、もうそんな時間だったか。
俺達の持って来た弁当の残りも僅かになっていたが、嬉しい事にイヴが宿から少し食料を持って来てくれていた!
「私が作ったものではありませんが、召し上がって下さい」
イヴの持って来た箱の中にはパンと共にステーキとニンニク、ソーセージ、アスパラガスやポテトサラダなどが埋まっていた!
「おおー!こりゃうめえな!!」
さすがに冷めてはいたが味は損なわれていない感じだ。
「にく、うまい!イヴ、これは芋ー!?」
ターニャも食いながら感想を述べる。ポテトの事を聞いているようだ。
「そう。これは芋を蒸して潰したポテトよ、ターニャ」
「うーん、うーん。ターニャ、丸ごとの芋がすきー」
「えっ、そうなんだ。意外ね、子供だから柔らかい方が好きそうなのに……」
「そういやコイツ芋食ってモゴモゴしてる時めっちゃ幸せそうな顔してるからな」
「でも、おいしい!」
ターニャはやはり口をモゴモゴさせながらうまそうな顔をしていた。
――さて、飯食ったあとはまた運転だー。
ここで俺は考えた。走ってる最中眠くなるんだから今寝ておこう、と。
「なあ、また眠くなったら嫌だから俺、軽くここで寝とくわ」
するとカブが反応した。
「運転なら僕が出来ますけど?カイトさん」
「いや、居眠り運転のクセがついちまったら嫌だからいいわ。ま、20分程度で起きるからよ!」
そう言って俺はスマホの目覚ましタイマーを20分にセットして荷車のシートを地面に敷いてゴロンと横になった。
「おじ、おやすみー」
ターニャの可愛い声が聞こえる。ターニャは飯食っても眠くなんねーんだったな……。羨ましいぜ……。イヴはどうだろ?……。……ま、……いっか…………――。
それから俺の思考はフッと消え去り、俺はストンと眠りに落ちたのだった。
――ピリリリリリリリリィン!
例のスマホの目覚まし音が聞こえる。頭はスッキリとしていて眠気は完全に吹き飛んでいた。
よし、大分良い感じだ!
その時!俺は両腕に違和感を覚えた。
「あれ?手が動かないぞ……!!??」
寝起きでぼやけた視界がクリアになると、その視界に真っ先に飛び込んできたのはイヴとターニャだった!!
ターニャはいつものように俺の腕にアームロックを決め、なんかスヤスヤ寝ている……!
それはまだ良い……問題はイヴの方だ。
イヴは俺の手のひらを自身の胸に当てがい、何やら顔を紅潮させて、
「ぅう……はぁっ……」
と興奮したような吐息を漏らし、体をくねらせている。
俺は自分の手に、ハッキリとイヴの柔らかい胸の感触を感じとり、体が反応しそうになっている事に気がつき衝撃を受けた!
うおおおっ!
……いや何してんだおめーは!?
「おいこら!イヴ」
ゴンッ!
俺はイヴに掴まれていた方の手でげんこつを作り、軽くイヴを小突いた。
イヴは小悪魔のような笑みを浮かべ、
「起きたんですね、カイトさん」
とか言ってくる。お前なぁ……。
「宿屋の続き、したくないですか?」
平然とそんな事を言ってくる……。やべ、コイツは危険な女だ。
俺はもう一方の腕に絡みついたターニャの手を丁寧に剥がしてやっと自由を得た。
そして俺は真面目な顔をしてイヴの顔を見た。
「イヴ、お前普段からこういう事やってるのか?」
「自分の意思でした事はなかったですよ?やらされた事はいっぱいありますけど」
イヴはニッコリ笑って堂々と言う。
……マズいな。このままだとマズいぞ。
ここはハッキリ言っておかねばならん!このままヤマッハに帰ったら、セシルになんて言えばいいんだ!?
「俺にはよ、付き合ってる女がいるんだ」
もちろんセシルの事だ。
するとイヴは妖艶で挑発的な笑みを浮かべて返してきた。
「だったら何ですかぁ?」