80 泥にハマる……
ヤマッハを出発して6〜7時間が経っただろうか?
その時点でカブでガス欠寸前まで走っていたので、走りがカクンカクンしてくるという日本ではあまり味わわない状況に直面した!
俺は即座にガソリンを給油した。初の給油だ!
「ふぅーっ……。いやー、やっぱりガソリン満タン入ってると安心しますー!」
とか言って、カブはなんか満足げな顔をしていた。
そして俺もターニャも、ずっと同じような姿勢でいる事、そして森の中を走り周りの景色がずっと変わり映えのない単調なもの――という理由により、退屈を通り越して虚無なる表情を見せていた。
カブに限らずバイクで長距離を走った事がある人間なら分かるかも知れないが、俺は今猛烈にケツが痛い!!
「あ、あぐっ……。ちょ、ちょっと限界だ。5分休もう……!」
カブがそれに答える。
「カ、カイトさん。大丈夫ですか?無理しないで下さいよー!」
「あ、ああ……。すまんが一旦止まるわ」
――キ、キキー……。
ターニャはどうだろう?さっきからずっと大人しいが……あっ!!
ターニャは俺の膝を背もたれにして、またしても眠りこけている!よう寝るやっちゃなー……。
俺はターニャを起こし、膝を解放させると近くにあった大きな岩の上に仰向けに大の字になった。
「ああああーーーー…………」
全身を伸ばすとめちゃくちゃ気持ち良く、思わず声が出てしまった。
ターニャも俺の真似をして「のび」ている。
しかし俺と違って疲れはあんまり無さそうだ。
「座りっぱなしで疲れたか?」
「……うーん、ちょっとだけー」
ずっと座りっぱなしでいるのは子供の方が体が軽い分かなり楽なようだ。
俺はしばらく大岩に寝転がったあと、ストレッチやラジオ体操を軽くやってから、再びターニャとカブに乗り込んだ。
そして再び走っているとターニャが文句を言ってきた。
「おじ、ずっと森の中でつまらん!」
それは俺も思っている事だ。
「うーん、そうだな……。でももう少ししたら山越えだぞ!ちょっとは楽しめるんじゃねーか?」
俺はカブのタブレットに映された地図を見ながら言った。
「ふーん……、山もちょっとあきたー」
「ふっ、文句言うな。退屈ってことは逆に言えば安全に配達出来てるってことだぞ」
「ぶー……」
やはりずっと同じ状況だとダレるな、予想はしてたけど。
そうしているうちに俺達はここからさらにカブを走らせ、ちょっと細めの山道に入っていった。そこでちょっとしたアクシデントに見舞われるのだ……。
――ズルルルルル!!
この音は、ちょっとした坂道を登っていったところで、聞こえてきた悪魔の音である。
アクセルを捻っているのに前進しない……!?俺は嫌な汗をかきながら下を見ると見事にタイヤが空転している!!
どうやらあの大雨で山道が泥状になって、タイヤが地面との摩擦力を発揮できない状況になってしまったようだ。完全にスタックしてしまった!
やっべー……。
ズルルルルルッ!!
アクセルをゆっくり捻っていっても同じくタイヤは空転し泥を後方に跳ね上げていく!
「くっそ。まだ距離にして200キロちょっとだぞ!半分も来てねえってのに……」
「ヤバいですねカイトさん、しばらくこんな道が続きそうですよ!」
カブにそう言われ、俺は先に続いている山道を見上げる。すると同じ様な斜度でここと同じようにぬかるんで泥が溜まっている箇所があちこちに見受けられた!!
たとえ今この箇所を乗り切ったとしてもすぐまた泥に捕まるかも知れない……。
よし。あの手で行くか。
「よし、ターニャ!」
「うん、おじ!ターニャおりるー。そんで押す!」
おっ、さすがだ。俺の言いたいことを理解してくれている!
俺もやるぜ。カブを下りてハンドルをしっかり握って――。
押す!!
……ズルルルルルルルルルッ……!!
ダ、ダメだ……。むしろさっきよりタイヤが空転している。ここでカブが言った。
「カイトさん。ハンドル握りながらより、荷車の後ろからターニャちゃんと一緒に押したほうが良いかもです!車体のバランスは僕が取りますから!!」
「お!そうか。そうだな!そっちのほうが絶対力が入る!」
早速俺はターニャと一緒に荷車を後ろから力いっぱい押した!!……しかし、無常にもタイヤは空転を続けた。
……ズルルルルルルルルルッ……!!
この辺から俺は本格的にネガティブな感情に襲われた。
まずいぞ、こんなところで止まってたら日が暮れちまう。
もし配達できなければセシルはギルドマスターの仕事を失うしギルドそのものが無くなるかも知れねえ……!!
やばいやばいやばい……。
俺の焦りは確実に大きくなっていった。
……ここでカブが言った。
「カ、カイトさん……今なんか、カイトさんが僕を降りる前よりタイヤの空転具合がひどくなってる気がします!」
俺は反発するように言い返した。
「んな馬鹿な話あるか!?お前を降りて車体を軽くしてる上、後から押してるってのに……!?……ん!?」
ここで俺は重大な見落としに気付いた。
「あ、……も、もしかして……俺達が降りてカブが軽くなったからタイヤの摩擦力が無くなったって事か!?単純な事を見落としていたのか……」
俺はここからやっと冷静になることが出来た。そしてちょっと考え何をするのが一番良いか結論が出た。
俺は荷車のビニールシートを開け、中からロール紙の入った木箱を両手で掴み、グイッと持ち上げた!
3~40キロはある箱は流石に重たかったが文句はない。これが天の助けになるかも知れんのだ!!
そのまま俺の足はカブのリアボックスへと向かっていた。そして――。
ド……ッッ。
そのまま木箱をリアボックスに慎重に入れた。木箱はかなりの大きさだったがカブに取り付けられた65Lのクソデカリアボックスの方が容量が上だぜ!!
「はあっ、はあっ……ターニャ!!」
「な、なに?」
俺があまりに真剣な顔で呼んだので、ターニャはちょっとビックリしていた。すまん。
俺は笑顔でこう命じた。
「お前、リアボックスのあの木箱の上に乗ってみ!それでもしかしたらうまくいくかも知れん」
「わかった!」
俺の提案を聞いたターニャは真剣な表情でうなずき、ダッシュでリアボックスによじ登った。
よし、今は相当カブの後輪に荷重がかかっているハズだ。さて、後は俺の体力がものを言うぜ。
「ターニャ、絶対そこから落ちるなよ!!カブ、発車準備は良いか!?」
カブはいい顔で答える。
「オッケーです!!」
「よっしゃいくぞ。うおおおおおお!!」
俺は全力で荷車を後ろから押す!それと同時にカブはアクセルを少しずつ捻っていく……。
ドゥル……ルル……ルル……。
その瞬間、今までのタイヤの空転音は消え、カブのエンジン音だけが山中にこだました。
動いている……!俺はニヤリとした。
「やった!うごいたー!!」
「やりましたねカイトさん!!泥沼脱出です!!」
ターニャとカブは共に弾けるような笑顔で喜んでいた。
だが――……!!