79 ja59はどう思う?
俺はターニャを一喝した。
「あほ!ただの水浴びなら良いけどバイクで走ってんだから風邪引くぞ。絶対ダメだ!」
「えー……分かったー……」
渋々納得するターニャだったが、まだ問題は解決していない。
「……しっかし雨具はねえ……あ、そうだ!!」
俺は後ろのビニールシートの掛けられた荷車を指差した。
「ターニャ、お前狭くて悪いけどこの中に入っててくれ!雨が上がったら合図するから――」
と、俺が言い終わる前にターニャは真っ先に駆け寄った。そして少年のようにワクワクした表情を見せながら言った。
「ここ入るー!?」
「おお、自分から!?……そういや子供ってこういう小さい隠れ家みたいなの好きだよな。よし!」
俺は早速ビニールシートに結ばれたロープの一端を外し、ターニャを中にいれ、再びロープを括った。
「ちょっと雨が止むまで横になっててくれ。悪いなターニャ」
「だいじょーぶ!」
返事を聞いて安心した俺は自分もササッと雨具を着た。
よし、バッチリだぜ!
雨よ、来るなら来い!!でも出来れば降るな。
などといって再びカブで走り出して数十分経った頃……。
ザァァァァーー……。
しっかり雨は降り出した!しかも結構強い雨だ。
バチバチバチバチッ!
上下にしっかり着込んだレインウェアに打ち付けられる雨粒の音が耳に響き渡る。
「こりゃあ、かなりの大粒の雨だ。ターニャも俺も備えてて良かったぜー」
ふとタブレットに目をやると、天気予報の傘マークと、その下に100%の文字が表示されていた。
いや、良いんだけど俺は天気予報が知りたいぞ?
「カブ、これからの天気は?」
「カイトさん、僕アレ○サじゃないんで……」
「なんでお前そういうの知ってんだ?」
「いや、そこはほら、家にいるとき暇なんでネットサーフィンして情報収集してるんですよ!偉いでしょう?」
「はっ。なかなかやるな!だが今俺はこの世界の情報が欲しいぞ?」
「いやー。無理ですね!それに仮にネットが繋がってる家であっても現代の情報しか入って来ませんよ、残念ながら……」
「それもそうか」
俺は日本にいた時の事を思い出し、水も食料も電気もスマホもあった現代がいかに便利な世の中だったかを思い知るのだった。
――それから雨が少しだけマシになった頃、今何キロ走ったのか気になった俺はミラーの根本に取り付けた小さめの南京錠に目をやった。
「今んところ走行距離は……まだ50キロぐらいか、先は長げーな」
この南京錠の使用目的は鍵ではない。以下にその使用方法を示す。
この3桁の南京錠をオドメーター(総走行距離)の下3桁に合わせておき、それから走行して走行中のオドメーターの下3桁からその南京錠の数値を引いてやれば出発地点からの距離が出て、簡易なトリップメーターとして機能する――割と昔からある方法らしい。
まあスマホで撮影しても良いんだがポケットから取り出していちいち確認するのが面倒くさい。
そして南京錠も鍵としてのクオリティはどうでもよく、要は数字が回れば良いので100均で十分だ。
……トリップメーターの事を話していると、俺は新型カブja59のことを思い出した。
「そういえばトリップメーターで思い出したけどja59は最初から付いてたよな?」
「はい、アレのメーターにはシフトインジケーターと時計まで内臓されちゃってますね……ああ、それとエンジンもロングストローク化して燃費が更に良くなったらしいです!カブもやっぱり日々進歩してますね!」
ここで俺は少し気になった事をカブに聞いた。
「てかお前、ja59の事はどう思ってんだよ?前みたいに嫉妬しねえのか?」
するとカブは生暖かい目をしてこう答えた。
「ja59は僕(ja44)の後継車なんで、まあ後輩みたいなもんですよ!温かく見守りたいと思います!ただハンターカブみたいなポッと出の車体がアレだけ売れちゃったら、さすがに……ねえ?」
「ねえ、と言われても……俺はバイクじゃないからよく分かんねえわ」
「で、ですよねー」
などとそんな話をしつつまた1時間ほど走っていたら、完全に雨は止んで青空が見え始めた!
「うおおお!雨が止んだ、あっちの空に雨雲はねえ。これはもう降らねえぞ!」
と、いうわけで早速ターニャのいる荷車のビニールをめくりに行った。
考えてみればターニャは2〜3時間ずっとここに入れっぱなしだった。普通に考えてヤバくないか!?
中で一人寂しく泣いてるかもしれん!!
「おーい!!ターニャ。もう雨止んだぞー!出て来ていいぞー……え!?……」
ビニールシートをめくって俺は驚いた!
「クー……クー……」
なんとターニャは予備のビニールシートを敷いて横になってスヤスヤと寝ていたのである!
「つ、強い……」
俺の背中からカブが緊張感を含んだ声で尋ねてきた。
「カ、カイトさん!ターニャちゃんは!?どうかしましたか!?」
「大丈夫だ。コイツ、こんな雨音のうるさい所で余裕で寝てやがる。おーいターニャ!起きろー。雨止んだぞー」
そしてターニャの肩を掴んで体をゆすってやると、ターニャは薄っすらと目を開け、やがてカッと見開いた!
俺はその瞬間、学習したように後ろにのけぞる。
すると案の定ターニャは一瞬で起き上がる!俺が避けなければ間違いなくヘッドバットをくらっていただろう。
「雨!やんだー!?」
「おう、もう当分降らねーだろう。前に乗るか?」
「うん!」
ターニャはちょっと寝ぼけたような笑顔を見せ、いそいそと荷車から降りていく。
ベトナムキャリアに目をやると、当然ながらクッションとして使っていたタオルはビシャビシャに濡れていた。
ジャアアア――。
俺はタオルを外してよーく絞ってまたベトナムキャリアに括り付け、ターニャに座るよう促した。
「あの中狭かっただろ?よく我慢したなターニャ」
……と、俺はターニャを労ったが、ターニャはあっけらかんとして答える。
「おじ、最初はたのしかったけどあきた。だからねむくなってねたのー」
「お、おう。そうか、楽しかったなら良かったぜ」
コイツ、本当にたくましい奴だな。それともこの世界のガキは皆こんな感じなのか……?まあいいや。
「じゃ、雨も上がったし引き続き走るぞ!」
「はい!」
「ういーー!」
順風満帆。……かのように思われた今回の旅だったが、この後厄介なトラブルに見舞われる事になる。